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第10話 榎本君の解析結果

カチッという音と共に、ボールペンの上部の蓋がパカっと開く。女は驚き、視線をこちらに向けたまま後退りした。



「.........」


「...............」


(な、何も起こらない!!!!)

僕の期待とは裏腹に、ボールペンの蓋からはこの状況を打開するようなアイテムは何も出てこない。出てこない、というか、何も起こらない。しかも、この意味ありげに開いた蓋も、すぐに自動で閉まってしまった。


(榎本君〜、役に立つって言ってたじゃん!いや、そもそも失敗作に賭けようとした僕がバカだった...)


女は注意深くこちらを観察し距離を取っていたが、何も起こらないと分かり安堵し、微笑みながらまたこちらに近づいてきた。


「もー、びっくりしちゃったよ。ゴーストファイターって何持ってるか分からないからね。ほら、お姉さんを驚かすなんてダメでしょ?ごめんなさいは?」


「言うわけないだろ...」

女はふっと笑って、その細く美しい白肌の腕を掲げて、上を指差した。すると、僕の体は宙に浮き、先ほどと同じように天井に叩きつけられ、再度床へ落下する。

体が宙に浮く時、榎本君の失敗作を落としてしまった。失敗作は地面をコロコロと転がっている。


「いった...」

防護服を身につけているとはいえ、二度の衝撃で体の痛みがさらに増した。立たなければ、立って戦わなければならない、が、体が痛くて力が入らない。

女は、倒れ込んでいる僕の顎をくいっと掴み、まるで聖母のごとく優しい笑みを浮かべている。


「痛いでしょ。ほら、ごめんはさいは?」

それは、まるで、子供を諭すかのように、優しさに包まれた声で。この状況でそのセリフを吐くことに、狂気を、感じる。


「...っ」

女は、そばに落ちていた扇風機の破片を僕の喉元につきつけた。尖っている部分が喉に少し当たって、血が出ている。痛い。


「ほら、ちゃんと言いなさい。ごめんなさいって」


「...っや、だ!!」


「...坊や、最後に良いこと教えてあげる。弱いやつっていうのはね、どんなに酷いことをされても、強いやつには逆らっちゃだめなの。『はい、言う通りにします』これだけでいいのよ。それが分からないなんて、本当に弱くて弱くて、可愛くて、醜い存在だね。じゃあ、バイバイ」

女は腕に力を入れて、破片を喉元に押し当てていきーーー



















「私の部下から手を離せ」

突如、破片を持つ女の片腕が地面にポトリと音を立て落ちた。

切られた女の片腕は傷口から霊力が漏れ出し、そのままスッと消えていく。


女は後退りし、距離を取り傷口を押さえている。


「蓮、さん...」

蓮さんだ。蓮さんが来てくれた。

ゴーストファイター専用の剣、ゴーストソードを持っている。


「蓮さん...すごい...いつも銃を使ってるけど...剣も、使えたんですね...さすがっす」


「春野、大丈夫か?」

蓮さんは僕を庇うように前に立ち、視線を逸らさず女に剣を構えている。


「はい、蓮さん。大丈夫です...それより、こ、子供の保護を...」

部屋の隅でサッカーボールを抱えながら震えている子供を指差した。

...せめて、あの子だけでも早く安全な場所へ。


蓮さんはすぐさま子供のところに駆け寄ろうとしたが、それよりも早く、女が子供のところに辿り着いた。


女は子供に近づき、子供の肩を優しく引き寄せる。


「あ、いつ...もう、片腕が、戻ってる...」

蓮さんか切り取った女の片腕は、すでに再生していた。


「強い悪霊ほど傷の再生も早い。まあ、片腕の再生に霊力をかなり消耗しているだろうから、弱っていることに違いはないが」

女は先ほどと打って変わって、眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで睨み、憎しみにまみれた険しい表情に変わっていた。

右手で鼻をつまみ、まるで、臭いものを見るかのような目でこちらを見ている。


「臭い臭い臭い、あんたの霊力臭いんだよ...近づかないでくれる?鼻がひん曲がりそうだわ...」


「申し訳ないが、それは出来そうにない。だって...私は、ゴーストファイターなのだから」

蓮さんは素早く女との距離を縮め、再び剣を薙ぎ払う。女は避けたが、一歩遅く左腕が切り落とされた。


「...あんた、強いほうの人間だね...強くて才能に溢れて、力でなんでも思い通りにできると思っている男。ほんっと、可愛くない...」

女は残っている右手で子供の手を握り、そのまま目の前からいなくなってしまった。


「え!?き、消えた...」

僕は消えた女と子供の跡を眺めて、そしてそのまま体の痛みで意識を失った。





-----------------------------------


目が覚めたら、僕は事務所のソファの上にいた。

...体が痛い。頭に包帯が巻き付けられている。


見慣れない金髪の、派手な装飾付きのドレスを見に着けた女性が、満面の笑みで僕を見下ろしている。


「すごいでしょ〜!わたくしの開発した霊力を使った医療技術!これで病院なんて行かなくても大丈夫ザマスよ〜!!」

煌びやかなセンスを口元に広げて「オッホッホッホッ!!」と高らかに笑っている。どうやら、この人が僕のことを治療してくれたそうだ。


「クリスチーヌさん、ありがとうございます。あの、本当に病院に行かなくて大丈夫でしょうか?」

蓮さんが心配そうな表情をしている。記憶にはないが、ここに僕と蓮さんがいるということは、おそらく、蓮さんが事務所まで運んできてくれたのだろう。


(気絶してどうなったか分からなかったけど、蓮さんも無事で良かった...)


「この程度の怪我なら大丈夫ザマスよぉ〜!わたくしの、この生まれつき人と違った特別で高貴な霊力を練り込んだ特製の包帯ザマス〜!!そこらのやっすい包帯とは訳が違いますの!!オッホッホッホ〜!!」

クリスチーヌと呼ばれた女性は、天井を突き破るのではないかというほど、大きな声で笑っている。僕の頭に響いてジンジンする...


「春野、大丈夫か?お前が戯言うわごとのように、妻に心配をかけたくないから病院だけは嫌だ...と言っていたのでな...クリスチーヌさんに治療をお願いしたが、体は、本当に、大丈夫そうか?」

蓮さんは心配そうに痛めた僕の体を見つめている。いつもなら、『このくらいの怪我なんてこったない!!働け働け!』と笑いながら言う蓮さんだが、流石に今回は心配してくれているようだ。


「らしくないですよ、蓮さん!そんなに心配しちゃって!僕、もう、すっかり元気ですよ!」

まだ体に痛みは残るものの、蓮さんを励ますために痛みを隠して明るく振る舞った。


「そうか、それならよかった」

蓮さんは安堵したように息をふぅ...と吐く。


「あ、先輩ー。そこ、自分専用のふかふかソファなんですからね。貸すのは今日だけっすよー」

榎本君の声が聞こえた。デスクで何か作業しているようだ。

今は20時。就業時間を1時間過ぎている。榎本くんはいつも定時ピッタリで帰宅するのに、今日は珍しく残業をしている。


「榎本、お前のこと心配してたぞ」

蓮さんが、親指で後ろの榎本君をくいくいっと指差しながら、微笑んでいる。


「え?あの榎本君が?ま、まさかそれでこの時間まで残って...?」

発明品と彼女以外に何にも興味のないあの榎本君が!?と驚き、榎本君が座っているところ席をじーっと見つめた。


「先輩のことなんて、心配してませんよー。自分はこれの解析をするために残ってただけっすよ」

榎本君の手には、僕が落としてしまった失敗作のボールペンがあった。


「先輩には言い忘れてましたけどー、これには超小型のビデオカメラが搭載されているんすよ。先輩、これのスイッチ押しましたよね?ほら、現場がちゃーんと、撮影されていますよ」

そういうと、榎本君は僕に見えるようにパソコンをこちらに向けた。

画面には、僕が先ほどまでいた現場が映し出されている。


「あれ?でも、悪霊がうつってないよ」

目を凝らして画面を見るが、悪霊の姿が見えない。ただし、悪霊の霊力はぼんやりと映っているようだ。


「悪霊の姿をカメラに映す技術は今の段階ではないんですよ。ただ、悪霊の霊力だけなら、自分の天才的技術で映すことができるんですよねー」


録画された動画を見ていくと、途中でカメラの画角がくるくると回転し、ただ天井を写している画角で止まってしまった。


「あ、これ、僕がボールペン落としちゃったから...変な角度になってる」

天井へと叩きつけられた時にボールペンを落とし転がしてしまったせいで、カメラの角度が変わってしまったようだ。


榎本君は、「ここ、ここですよ」と言いながら、画面に映っている天井の一部を、鉛筆でコンコンと叩いている。


「ほら、ここ見てください。わずかですが天井に青黒の霊力がくっついてます。この画質だと分かりにくいですけど、画面を分析すると、先ほど映っていた悪霊の体から出ている霊力とほぼ同じみたいっすねー。あと、こいつの能力もある程度分かりましたよ」

榎本君はデスクにある顕微鏡を見ながら、片手でパソコンを操作し、何かを細かく分析しているようだ。



「何を分析しているの?」

僕は体の痛みに耐えてゆっくりと起き上がり、榎本君のデスクに近づいた。近くでみると、顕微鏡には青黒い霊力がある。どうやら彼は、霊力の分析をしているようだ。


「おい、榎本。起き上がって大丈夫か?」


「大丈夫ですよ蓮さん!!まだあいつを成仏させていないのに、寝たままなんていられませんよ!」

内心は“体が、いっ...いたーーーい!!!”と思っているが、蓮さんを心配させないように、引き攣った笑顔でガッツポーズして見せた。


「...まだ痛そうだが、まあ、あまり無理するなよ」

そういうと、蓮さんも榎本君のデスクに近づき、彼の失敗作のボールペンを片手で持ち、隅々を観察している。


「そのボールペンにはもう一つ機能があるですよ。蓋が開くことによって、目の前の悪霊の霊力をほんの少しだけ吸収して収納する効果があるんです。まあこの小ささなんで、微量しか収納できませんし、悪霊がかなりの近距離にいないと吸収さえできない失敗作なんですけどねー」

十分すごい機能に感じるが、発明品に対しては完璧主義者の榎本君にとっては『失敗作』扱いとなってしまうのだろう。


顕微鏡を観察しながら、榎本君は続けて話し出した。

「この霊力、悪霊だけの霊力じゃなさそうですね。人間の霊力も混ざっている。おそらく、誘拐した子供から霊力を奪って、自分の霊力と混ぜているんじゃないですかね。霊力が増えれば自分の能力もパワーアップされますし」


「子供から...霊力を奪っている!?」

僕たち人間にとって、霊力とは生命の源でもある。その霊力を全て奪い尽くされれば、命も消えてしまうだろう。


大人より力の弱い子供を誘拐して、霊力を奪い去る。

わざわざ弱い者を選んで。あの悪霊はとんだ卑怯者だ。


「許せ...ない!!」

怒りのあまり、心の言葉が口から漏れてしまった。


「はいはい、怒るのも分かりますけど、今から悪霊の能力を説明しますから。先輩にも分かるようにわかりやすーく説明してあげますね」

榎本君は立ち上がり、そばにあったホワイトボードに何かを書き出した。


「霊力と録画されたビデオを分析した結果、自分の意見はこうっす。


①先輩が天井に叩きつけられたのは、宙に浮かされた訳ではなく、天井についてた霊力に引っ張られた。


②悪霊が消えたのは、ワープではなく、近辺のどこか別アジトに付着した霊力に、悪霊の体を引っ張らせて、高速で移動している可能性が高い。

子供の体が壁をすり抜けるのは考えにくいですから、どこか見えないところに、子供1人分すり抜けられる穴でもあったんじゃないっすかね。


③人間の霊力が混ざっているので、おそらく誘拐した子供の霊力かと。

この悪霊の「何かを引っ張る特性の霊力」で、子供たちの霊力を引っ張り出して自分の霊力と混合してパワーアップしていると考えられます。おそらく、最初はそこまで強い能力ではなかったと思いますが、霊力が増すにつれて、引っ張る範囲も上がった可能性があるんじゃないっすかね」


「なるほど、さすが榎本だ。...おい、春野?」


榎本君から突然大量の情報が頭に入ってきて、戦いで痛めた頭では処理が追いつかず、僕はフラフラと椅子に倒れ込んだ。


(ただでさえ大量の情報を覚えるのは苦手なタイプなのに...さっき戦いで頭打ったばっかりだから、だめだぁ、頭がジンジンして処理できないぃ...)


「あぁ、先輩はなんていうか、脳筋ですからこんな情報量でも処理できないんすね。お悔やみ申し上げます」


「ちょっと!!煽らないでよ!!」

わざと僕を煽るような言葉で馬鹿にする榎本君に怒りを覚えるが、彼のいうとおり、僕の思考は脳筋よりで、本や資料のように大量の文字を読むことはあまり得意ではない...

時間をかけてゆっくり読めば理解はできるが、頭の良さで言ったらこの事務所で最下位だろう。

蓮さん曰く、僕は勉強は得意じゃないが、野生の勘が働くタイプらしい...



「簡単に言うと、こいつの霊力にはおそらく、先輩の体を引っ張る力があるので、不用意に近づかない方がいいって話っすよ。まあ、悪霊本体に近付かなくても、天井についてたってことは、事前にアジトのそこら中に霊力をつけていると思いますので、絶対に近づかないというのは、なかなか難しいかもしれないっすけど」


「...あ!!!」

僕はアジト調査の時に、ポケット探知機が複数の弱い反応を検知していたことを思い出した。

榎本君の推測が正しいなら、おそらくあれはすべて壁に貼り付けた霊力だったのではないだろうか。


「そのボールペンみたいな物1つで、そこまで分析できるなんて、すごいじゃないか!それのどこが失敗作なんだよ!」

僕は榎本君の肩を掴みながら、ぶんぶんと揺らし「すごい!すごい!」と言いながら興奮していた。


「何言ってるんですか、先輩。ビデオの機能がゴミすぎてわずかな時間しか録画できないですし、悪霊の至近距離にいかないと霊力も吸収できない。

そもそも、これは元々彼女の防犯グッズとして作ったものっす。彼女を襲った悪霊の犯人の顔をばっちり録画するとともに、この蓋部分から悪霊撃退スプレーを発射させるために作ったんですよ」


「え?悪霊撃退スプレーなんてあるの?」

すると、突然榎本君は頭を両手で抱え込み、膝から崩れ落ちていった。


「あああああ!!!!もう少し!もう少しで悪霊撃退スプレーが完成しそう!なんだけど!!結局どれも成功しない!!あああくそ!!何の成分が足りないんだ!!チクショー!!」

...あぁ、榎本君の例の症状が出てしまった。

榎本君は研究に対する情熱は人一倍だ。それゆえに、うまくいかない時はこうやって発狂しながら叫び散らす時がある。


なだめる僕の気持ちを知らないで、毎回喚き散らすんだよなぁ...)


蓮さんは発狂している榎本君をいつものことだと言った表情で、気にもせず話し始めた。


「今回調査した三つのアジトのうち、当たりは春野が調べた一つだけ。榎本の考察通り、別アジトに逃げたのなら、アジトの場所をまずは特定しないとな...クリスチーヌさん、もう一つお仕事をお願いしてもいいですかね?」


クリスチーヌさんはずっと椅子に座り、手鏡で自分の顔を眺めながら「美しいザマス...♡」と呟いていたが、蓮さんに声をかけられ、勢いよく席を立ち上がった。


「オーホッホッホッ!!何やらお困りのようザマスね〜!わたくしにお任せあれ!!」

クリスチーヌさんが指を口に咥えてピューっと、口笛を吹く。

すると、突然ドアの方からものすごい破壊音が聞こえてきた。

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