目立ちたくない私の、静かな選択 〜婚約破棄の場で真実を映しただけの話〜
突然目が覚めたら、私は知らない女の人に抱っこされていた。意味がわからなかった。え、だってついさっきまで大学生だったんだよ? 普通に意味がわからないでしょ。しかも、その女の人、めっちゃ美人なの。見かけたら2度見どころか、10度見くらいしそうなほど。
「まあ、見てあなた。あなたにそっくりな白銀の髪だわ」
「それを言うなら君の宝石のように美しい瞳とこの子の瞳はそっくりさ」
訂正。めっちゃ美人な女の人だけじゃなくて、めっちゃイケメンな男の人もいた。女の人は声まで綺麗だし、イケメンは声までイケメンだった。羨ましっ! やはり天は二物も三物も与えるようだ。
それよりも今の状況を知りたい。このまま美人に抱っこされ続けるのはとてもご褒美でニヤニヤしてしまうが、生憎と私はそんな特殊性癖は持っていない。とっくに大学生として一人暮らしをしている身としては赤子のように抱っこされている今の状況は恥ずかしい。
とにかく状況を知るために声をかけるしかない。そう思い立ち、私は2人に向けて「こんにちは、初めまして」と言おうとした。けれど、出てきた言葉は産まれたての赤子のようにふにゃふにゃとした意味のない声だった。
は? 余計意味がわからなくなった。
「とっても元気ね〜。レティシア、私の、私たちの可愛い子」
「レティのことは俺たちが必ず守るさ」
じたばたと暴れる私は必死に腕の中から抜け出そうとするも、しっかりと抱えられているのか抜け出せない。そこでようやく嫌な考えが頭をよぎった。
有り得るはずがない。けれど、こんな美人が軽々と私を抱きかかえられるはずがない。冷や汗が流れるのを感じながら、私は視線を動かし、そこで大きな姿見が目に入った。
そこに写っていたのは私がいま目の前で見ている美人な女の人とイケメンな男の人。そして美人な女の人に抱っこされている赤子ながら2人の美という美の遺伝子を余すことなく受け継いだであろう、産まれたての赤子なのに分かってしまうめちゃくちゃ可愛い赤ちゃんがいた。
そしてその赤子を目にして、私は直感でわかった。この赤子は私なのだと。
……いや、なんでだよ!!
そう叫ぼうとも、私の口から出てきた言葉は言葉にならない声だけだった。
* * *
はい、先日誕生日を迎え、10歳になりましたレティシア・ウェレナーヴァです。
突然として赤子になっていた私は自分が生まれ変わっていることを理解し、現在この世界をエンジョイ中です。いやぁ、でもさ、なんで生まれ変わったか全然分からないんだよね。
事故にあった記憶もないし、通り魔に殺されたこともない。過労死かな? とか思ったけど、大学生だった私は程よくバイトし、真面目に勉強し、友達と楽しく遊ぶ日々を送っていた。過労死とは縁遠い生活だったはずだ。
なんで生まれ変わったのか謎のままである。しかし! 読書が趣味であった私は知っている。転生する理由に大した意味がないことが多いということを! なんか目が覚めたら〜とかよく小説ではあった。つまり、深く考えすぎても意味がないのだ。
そりゃあ、大学生だった頃が恋しいし、何よりも家族や友達とももう会えない。寂しいよ!! でも、異世界に生まれ変わって、今世の家族と10年も過ごすと、その寂しさは少しずつなくなっていったのだ。我ながら薄情だと思ってしまうが、いつまでもくよくよしていたら楽しい日々は送れないのだ。
それになんと! よく異世界転生であるあるの魔術というものが使える世界に転生したのだ! いやぁ、それを知ったときはテンション爆上がりしたよね。これまた転生特典あるあるのめっちゃいい頭脳と膨大な魔力量、魔術の才能という、素晴らしいものまで私にはあった。
そんなことを知ってしまったら、魔術なんてない世界で生きていた私は魔術を使いたくなってしまうわけだ。けれど、私は数多の小説を読み、知っている。こういうのは目立ちすぎると厄介なイベントに巻き込まれるのだ。
既にウェレナーヴァ侯爵家という王族を除けば、まあまあ上の爵位の生まれな上に、両親の美という美を受け継いだ私は自分で言うのもなんだがとても整った外見をしていると思う。
だってサラッサラな白銀の髪に、宝石かな? と思うような青紫色の瞳を持って生まれているのだ。顔のパーツも羨ましいほどに完璧な配置をしている。
貴族としても上の立場で、美少女である時点で面倒ごとに巻き込まれない方がおかしいくらいだ。しかし、私はそんなもの望んでいない。
魔術使って、うぇーいチートだ、チートだとやりたいだけで、目立ちたい訳では無いのだ。だから、すぐに目立つ行動は止めたのだ。
具体的に言うと、貴族の子女としてごく一般的な能力だけを周囲に見せることにしたのだ。まだ10歳ということもあり、まだまだ伸び代はあるが、天才ではない。ただ、平均値を見るとやや上で、侯爵家の生まれとしては優秀と見られるように調整したのだ。
地味に大変だった。この優秀な頭脳は一度見たものは二度と忘れないし、一を知れば百も二百も理解できる。魔術も楽しいから新しい魔術を次々と作ってしまう。それらを全て、人前では見せないように注意を払い続けるのは疲れる。
しかし、おかげで私の評判は天才には届かず、けれど凡人を超える能力を持つ貴族としては平均的な、顔が取り柄のレティシア・ウェレナーヴァとなったのだ。
素晴らしすぎて自画自賛してしまうほど狙った評判だ。侯爵家の生まれで10歳という年齢にある私は本来ならば婚約者という将来の結婚相手がいるはずだが、貴族社会では珍しい恋愛結婚だった両親は私にも恋愛結婚してほしいと望んでいるらしく、未だ婚約者はいない。素晴らしいかな。
まあ貴族に、それも侯爵家に生まれてきたのだ。家のために結婚する覚悟くらいある。しかし、余程ウェレナーヴァ侯爵家に不利益ながなければ相手は自分で選びたい。だから私は両親の恋愛結婚政策には大賛成なのだ。
しかし、そんな両親でもどうにもできないことくらいある。むしろ、侯爵家というまあまあ上の立場に生まれてきたがためにどうにもできないのだ。
「相変わらず、レティちゃんは可愛いわ。今日のお茶会では一番になれるわよ」
「……母さま、私、一番にならなくともいいんだけど」
「お友達ができるかもしれないのに?」
「それは楽しみ。だけど、お茶会の目的は王子殿下の婚約者探しでしょ? 母さまだって、恋愛結婚推してるのに、一番になったら私の意志に関係なく婚約者になるじゃん」
そう、この国の王子であるレオンハルトと年齢が近かったために、こうしてお茶会と称して、婚約者探しの場に出向かなければいけなくなったのだ。私は10歳、王子は11歳でめっちゃ近い。友達ができるかもという点では楽しみだが、お茶会の本来の意味を知ってしまっているため、憂鬱な気持ちが勝つ。
「母さまもレティちゃんに恋愛結婚してほしいけど、殿下に選ばれたら、辞退は難しいかしらねぇ」
「ほらやっぱり。今すぐにこの首飾りと髪飾りをもっとシンプルなものに変えようよ。このままじゃ、絶対に目立つ」
「えー、でも母さま、可愛いレティちゃんが見たいわ」
「また別の機会にしようよ。というか、王子殿下が私以外に婚約者を決めたら、母さまが好きに着飾っていいから」
鏡に映る私は文句なしに可愛い。しかし、それではダメなのだ。11歳の王子なんて、どうせ顔の善し悪しや優しそうとかで相手を決めるに決まっている。そもそも、お茶会に呼ばれる時点である程度のふるいはかけられている。その中で王子が誰を選ぼうと、あまり差はないのだ。
「私は堅苦しそうな、王子殿下の婚約者にはなりたくないの。お茶会で目立つこともするつもりないし」
「母さまはレティちゃんに好きな人と結婚して欲しいと言ってきたけれど、王子さまって、皆が憧れるものじゃないのかしら」
「私は憧れない。だから、今日のお茶会は絶対に大人しくしてるから」
「そうなのね。まあ、レティちゃんの気持ちが大事だから、可愛く着飾るのは今度にしましょうか。別にウェレナーヴァ侯爵家は王家との繋がりが何よりも大事というわけでもないもの。大事なのはレティちゃんだからね」
母さまはそう言い、私から首飾りや髪飾りを外し、あまり飾りのないシンプルなものへと変えた。それだけで一気に存在感は薄れた。それでも、生まれ持った私の顔面の強さは健在だが、あとは私の行動でなんとかなるはずだ。
ちなみに、ここで魔術を使って存在を消したり、気配を薄くしたりなどはしない。王子の能力値が分からない今、下手に魔術を使い、おもしれー女扱いされるなど嫌すぎる。まあ、私の魔術の実力で王子に見破られるはずもないが、念には念をと言うやつだ。
それに、私はこういったお茶会の場で、どうすれば目立つことなく過ごせるか、すでに考えている。絶対に、王子の婚約者イベントを回避してみせる!
そう意気込み、私は王家主催のお茶会へとやってきていた。周りを見れば、同い年くらいの少女たちが何人もいる。派手とはいかないが、目を引くような装いをしている少女は多く、皆が王子の婚約者の座を狙っていることがわかる。
そんな中、私は彼女たちに紛れ込むように端っこにいた。ここで重要なのは一人行動をしないことだ。一人行動というのはこういう場ではとても目立つ。目を引くものだ。だから私は一人行動はしない。
そして、葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中というように、あえて王子の婚約者の座を狙っている1人のように集団にいた。そうすることで、周りは私が誰よりも目立つ! という意気込みが強くなり、さらに王子へとアプローチしてくれるだろう。
それに、私は今回のお茶会ですでに候補として上がっているであろう少女たちに気づいていた。そしてその中に、残念ながら私が入っていることも。しかし、それがなんだ。私は王子の婚約者にならないように全力でお茶会に臨むだけだ。
やがてお茶会開始の時間となり、王子であるレオンハルトがやってきた。それに気づいた少女たちは我先にと挨拶しに行く。私も遅れないようにあとを着いていくが、こういうのは最初のインパクトが大事なのだ。ほら、王子は婚約者有力候補として上がっていると思われる少女たちの方しか見ていない。
それを感じて、私はシメシメと思った。このままいけば、間違いなく彼女たちの誰かが婚約者となる。そして一人行動という逆に目立つ行動をしなければ王子の視線がこちらに来ることはない。
まあ、一応は挨拶しておくが、ごく普通の挨拶をしただけでは印象には残らないだろう。私の顔面は確かに強いが、王子の視線を射止めた彼女たちもまあまあな顔の整い具合だ。出遅れた私では見向きもされないだろう。
「初めまして、私はレティシア・ウェレナーヴァと申します。殿下にお会いできて、光栄でございます」
「ああ、お前がウェレナーヴァ侯爵家の。確かにまあ、顔はいいか。でも、それ以外は平凡なんだろ? いくら顔が良くても、能力がなければ話にならないな」
どこか馬鹿にしたような態度のレオンハルトは私の顔を見て鼻で笑った。その瞬間、私はすぐさま、「あ、こいつ無理だ」と感じた。何がなんでも婚約者になりたくない。11歳で性格が終わってるやつの婚約者など、絶対に嫌だ。
断じて照れ隠しなどではない。生理的に受け付けないのだ。声を大にして言いたい。皆、こいつの方が顔だけだ。結婚しても未来はない。
そう思い、私は愛想笑いをして王子から距離をとった。まあ王子は他の少女たちに囲まれてチヤホヤされて満足しているらしく、距離をとった私には気づいていない。
私の真の能力にも気づかない馬鹿め。話にならないのはどっちだ。顔だけ野郎め。用意されたお菓子を食べながら、私は密かに罵倒する。そうしているうちに時間は過ぎ、お茶会は閉会となった。この様子では私は婚約者になることはまずないだろう。それを感じ取り、ルンルンで屋敷に帰った。
そして数日後、王子の婚約者が決まったという話が上がった。案の定、私は婚約者という立場になることはなかった。婚約者となったのはアイシャ・オラフェリア公爵令嬢という美人だが気の強そうな少女だった。
「あら、レティちゃんじゃなかったのね」
「これで私だったら国外逃亡してるよ」
「そんなに嫌なのか? レティくらいの年頃の女の子なら、皆王子殿下に憧れを持つと思うのに」
「父さまったら、母さまみたいなこと言わないでよ。いいの、私は私の相手を自分で見つけるから」
とにかく、あの王子の婚約者とならずにすんで、一安心だ。まあ、あの王子の婚約者なんて大変だろうな。なんかいつか、とんでもないことしでかしそうだし。
* * *
────たしかに、なにかしでかしそうとは思った。でも、これは流石にないでしょ。
「アイシャ・オラフェリア! 俺は今この場をもって、お前との婚約を破棄し、エリス・フェルナンドと婚約することを宣言する!!」
今日は王立魔術学院の卒業式だ。私は王子たちの一個下のため、本来ならばパーティーには出席しないが、この7年間、不思議なことに王子の婚約者であるアイシャと仲良くなっていたのだ。それはもう親友と呼べるほどに。
アイシャは私の一つ上で王子と同じく卒業生だ。そのアイシャからぜひ卒業パーティーに出席してほしいと招待状を貰い、パーティーに出席していた。
元々お茶会などで交流はあったが、アイシャと私が仲良くなったのは学院に入学してからだ。先輩であるアイシャは後輩として入学してきた私に対して積極的に声をかけてくれた。
初めは王子の婚約者ということもあり、距離を取っていた。しかし、アイシャは気の強そうな見た目のせいで勘違いされやすいが、本来は可愛いものが大好きな普通の女の子であった。可愛いものが好きなアイシャは当然、見た目がとても可愛い私と仲良くなりたがっていた。
それに気づき、私はなぜか絆され、アイシャと繋がりを持つことにした。そこから私はアイシャと過ごすのは気が楽で、堅苦しくなく、私たちはただのレティシアとアイシャとして過ごすことができていた。まあ、もう一人だけ、気が楽なやつはいるけどね。
それにアイシャは頭がよく、私の本来の能力ももっと上なのではないかと気づいていた。けれど、私の気持ちを汲み取り、騒ぎを起こすようなことはしなかった。だから私はアイシャといるのが好きだった。
それなのに、いつからかアイシャは顔を曇らせることが多くなった。話を聞けば、婚約者であるレオンハルトは子爵家のエリス・フェルナンドにご執心らしい。自分たちを運命と呼んで、逢瀬を楽しんでいるようだ。それを咎めたアイシャはレオンハルトから酷い叱責を受け、落ち込んでいるとのことだ。
それを聞き、は? と思った私は悪くない。だって、要は浮気でしょ、それ。浮気を咎められて逆ギレとか頭がおかしいでしょ。誰が能力がない顔だけだ? ブーメランだよ、ブーメラン。アイシャは何も悪くないでしょ。
しかも、そのエリスっていう女はアイシャに虐められてるとかホラ吹いてるらしい。それをあのバカ王子は信じているようだ。呆れてしまう。
あと少しでアイシャたちは卒業だ。そうすればアイシャとレオンハルトは数ヶ月の準備期間を経て、婚姻を結ぶことになる。私は今のままで、アイシャが幸せになる未来が想像できなかった。
けれど、アイシャは未来の国母として優秀で、アイシャ自身もそのことにプライドを持っている。容易に何かを言える訳がなかった。だから私はアイシャの話を聞き、愚痴をこぼす場を設けて、らしくもなくアイシャの幸せを祈ることしかできなかった。
それなのに、だ。
レオンハルトというバカ王子は卒業パーティーという公衆の面前で婚約破棄をしやがった。しかも王子の話は続いていき、アイシャがエリスを虐げていたと妄言している。それに対してのアイシャの謝罪も要求している。
これは名誉毀損に他ならない。私はグッと手のひらに力を入れた。
「わたくしは、フェルナンド子爵令嬢に対して何もしていません!」
「嘘をつけ! こちらには証言があるのだぞ」
「証言って……」
そうして前に出てきた卒業生4人はアイシャがエリスを虐めている現場を見たと口々に証言した。もうこの場は卒業パーティーの場ではない。
アイシャ・オラフェリアという少女を糾弾するための場となった。パーティーに参加している人間はアイシャがエリスを虐げたかどうかなど、どうでもいいのだ。ことの行く末により、自分たちが愉悦になれば、それでいいのだ。
反吐が出る。こういう小説の展開は前世でもよく見た。しかし、物語と現実とでは気分が違う。何よりも、アイシャはやっていないのだ。それは私が誰よりも分かっている。
けれど、今のこの場で私が出ていくことはできない。なぜなら、これは王家の問題であり、当事者ではない私は口を挟むことができないからだ。証言者は王子に言われての行動のため、許容されるが、私の場合は違う。下手に口を挟めば、処罰の対象になりかねない。
それに、証拠がない今、前に出てもアイシャを救うことはできない。王子たちはアイシャが私を脅して、または操っていると思い、さらにアイシャを糾弾するだろう。
いくら侯爵家の娘と言えど、王族には敵わない。今この場に出て口を出すことができるのは、それこそ王族以上となる。
見ていることしかできないのかと唇を噛み締めると、ふと隣から知っている香りと魔力を感じた。え、と思い、隣を見つめると、月のような黄金に輝く瞳と目が合った。
その姿に私は人知れず目を見開いた。だって、私の知っている人物とはあまりにも見た目が違うから。けれど、彼の纏っている香水の香りと魔力は間違えるはずもない。
「力を貸そうか? レティ」
「アレク……?」
「俺が分からないのか? 酷いじゃないか。人目を忍んであんなにも会っていたというのに」
どこか揶揄を絡んだ言葉に愉しそうに歪んでいる三日月の瞳は彼が眼鏡をしていても良く見えていた。眼鏡をし、私と同じようにわざと人の印象に残らないように徹底していた隣国からの留学生、アレクシス。
私と同じ歳で、よく図書館で交流していた。留学生であるアレクシスは謎が多く、身分も分からなければ、積極的に誰かと交流しようと考えている訳ではなかった。
私自身もあまり目立つことはしなくなくて、休み時間に図書館で休憩しているときに出会った。はじめの印象は眼鏡をかけた月のような瞳が特徴の留学生だった。あのときはお互いを認識していたが、話しかけるようなこともしなかった。
それが変わったのはなんて事ない、お互いが読みたい本が被り、手が重なりかけたことだった。その本は学院でも理解できるものがいないと言われるほど、高難易度な内容で、平均よりやや上の実力を示していたレティシアや大して能力値が高くなさそうに振舞っているアレクシスには理解できないものであった。
それをお互いは疑問を持ち、交流が始まった。そこで私はアレクシスはただの留学生ではないと気づいた。一つ一つの所作や会話の端々で分かる頭の良さ、そして制限しているであろう魔力量。どれをとっても高位貴族の生まれの人間のそれだった。
そしてアレクシスも私の能力について気づいていた。会話というのは案外相手の能力値を図るのに最適な場だ。会話の内容である程度のふるいはかけられ、次に紡がれる言葉で頭の回転の良さがわかる。油断していたつもりはなかったが、アレクシスの頭の良さは私と同等のもので、思いがけず会話を楽しんでしまっていたのだ。そのせいで、アレクシスには私の能力は気づかれてしまった。
しかし、お互いがお互いの秘密のようなものを知っても、それについて言及することはなく、何事も無かったかのように交流を続けた。それがとても、私にとってもアレクシスにとっても居心地が良かった。だからいつの間にか、私はアレクと呼び、アレクは私をレティと呼び合うようになった。
そんなアレクが今、眼鏡を外し、あの輝かんばかりの月の瞳をさらけ出して、私の隣にいた。髪も普段とは違ってセットされており、眼鏡を外したアレクはここまでの美貌を持っていたのかと場違いにも思ってしまった。
「もう一度聞くけど、俺が力を貸してあげようか?」
「力を貸すって……。この状況が分かってるの? 王族以上じゃないと介入すらできない。できたとしても、アイシャの無実を証明する手段がない」
「手段ならあるじゃないか」
そう言い、アレクは私を指さした。
「私? 私はアイシャを信じているけど、アイシャの無実を証明できるものを持っているわけじゃない」
「そうじゃない。向こうが虚言により、場を塗り固めるのなら、こちらは―――魔術により場を作り替えるだけだ」
それはつまり、何かしらの魔術により真実を捏造するということではないか。しかし、突破口はそれしかないと思う。実際に起きた出来事・記憶を場に投影する魔術は難易度は高いが、私の周囲の評価であればギリギリ可能だ。
けれど、アレクが言うのはそれじゃない。アイシャがエリスを虐めていないということは彼も知っている。だからこそ、私たちが見た『アイシャがエリスを虐めていない』という虚実を真実のように魔術により捏造して投影するのだ。
この魔術は単に投影するものではなく、術者の実力によって解像度は左右される。そして、アレクは私の真の実力を知っている。もう目が語っている。
―――レティなら、できるだろう?
そうだとしたら、私はそれに対抗するために頷いみせるしかない。加えて、私が広げた嘘の実力では魔術による捏造投影はできないことになっている。つまり、あの場に介入さえできれば、私はチート能力をふんだんに使って、アイシャの無実を証明すればいいのだ。
アレクのおかげで頭も冷静になってきた。けれど、まだ問題は残っている。アイシャを助ける手段があっても、私は王族じゃない。あの場に介入できる権利がないのだ。
一体どうするつもりだと、私はアレクを見上げると、彼は徐に内ポケットから何かを取り出した。そしてそれを私の手のひらへと乗せた。
「は……っ!?」
乗せられたものは懐中時計だった。しかも、隣国のレルトリア帝国皇家の紋章が刻まれている。それ即ち、アレクが皇家に連なる家系出身であるということだ。
一体どういうことだと、私はアレクをバッと見上げた。するとアレクは可笑しそうに小さく笑っていた。
「まさか、最後まで気づかないなんて……っはは。レティならとっくに気づいていると思ってたよ」
「気づくって、アレクが単なる留学生じゃなくて、高位貴族出身であることは気づいていたけど……」
「まあ、俺は兄上と違って、この国に来たことは今回の留学が初めてか。隣国と言っても他国の皇家とか興味ないと知らないものだからね」
そこでふと、私は記憶がよぎった。それは隣国のレルトリア帝国には2人の皇子が存在し、たいそう美しい黄金の瞳を持っているというものだ。兄である皇太子の方は既に成人しており、公務に参加しているということで薄らと記憶にはある。
しかし、弟の第二皇子の方はまだ成人前ということで他国には広く知られていない。そこまで考えて、私はアレクの瞳をまじまじと覗き込んだ。アレクは私の意図を読んだのか、目を三日月に歪め、私と目を合わせてくる。
そこでようやく、私は気づいた。私の表情で分かったのか、アレクは私の方を向き、婚約破棄の最中という状況で、優雅に挨拶して見せた。
「俺はアレクシス・レルトリア。レルトリア帝国第二皇子であり、レティの友人のアレクさ」
「……何かあるとは思っていたけど、まさか第二皇子だったなんて」
「レティってば、賢いのにどこか抜けてるよね。でも、そんなレティを好ましいと思っているけど」
アレクは私から懐中時計を回収すると、アイシャたちを見た。私も釣られるように視線を向ける。
「さあ、これでレティもあの場に介入する権利を得た。俺は第二皇子で、他国といえど騒ぎを起こされたんだ。話を聞きに行くことはできるし、レティは俺の付き添いとして参加できる。そこからはレティの能力次第だけど、問題ないでしょ?」
「そうだね、こっちだってアイシャを守るために虚実を作り上げるよ。……でも、なんでアレクは協力してくれるの? 私とアレクは友人だけど、アイシャとアレクに繋がりはないんじゃない?」
私の知らないところで知り合っていたとしたら何も言えないが、おそらく違うと考えられる。それに、身分を隠して留学していたのに、ここに来てわざわざ身分を公にしてまであの場に介入メリットがアレクにはない。
何を考えているんだと思っていると、アレクは困ったように笑いながら、私に告げた。
「レティはさ、目立ちたくないんでしょ。だから自分をあえて、やや平均より上の能力値として周囲に知らしめている。でも、それっていつまで隠せるものなのか、考えたことある?」
「それ、は……」
「今あの場に介入できるのは王族以上。でもレティは侯爵令嬢で、介入できる権利はない。そうなると、大切な友人であるオラフェリア嬢を救い出すことはできない。けれど、レティはそれを許せるはずがない。だからレティは……」
―――このパーティーに張られている結界を壊すことで、全てを有耶無耶にしようとしたんじゃないかい?
その言葉に私は息を飲んだ。アレクの言葉は私が取ろうとしていた最終手段そのものだったからだ。
パーティーには安全のためとして結界が張られている。それは国トップの王宮魔術師が張るもので、誰も彼もが簡単に破壊できるものではない。パーティーに結界を張るということは出席者の安全とこの国の魔術師の実力を知らしめる場でもあるのだ。
それを一学生に過ぎない私は破壊しようとしていた。結界が破られたとなれば、当然、パーティーは中止となる。今回の婚約破棄も有耶無耶となり、あのバカ王子が再度婚約破棄を突きつけてきたとしても、公正な国王陛下やアイシャの父であるオラフェリア公爵が厳正な調査を行うだろう。それにより、何も罪を犯していないアイシャの無実は証明されることになる。
その一方で、私は今まで隠していた能力がバレ、王宮に召集されることになるだろう。結界を破るとき、完全に魔力を消すことはできない。どうしてもほんの僅かな魔力の跡が残ってしまう。
それを王宮魔術師は見逃さないだろう。国トップの王宮魔術師が張った結界を破った人間として、私は召集され、監視される。あれだけ目立たないようにと立ち回っていたのに、全てが水の泡になるほどの行動だ。
それでも、私はアイシャを助けたいと思った。だから、アレクがいなければ、私は私の全てを投げ打って、アイシャを助けるために行動に移していたはすだ。
私のそんな考えを見破ったアレクは呆れたようにデコピンしてきた。え、油断していたせいで普通に痛い。
「全く、なんて危ない橋を渡ろうとするんだ。俺はレティの気持ちを尊重したい。だから、なるべくレティの身に危険が及ばない方法を取ることにした。それがコレなんだよ」
「…………」
「目立ちたくない気持ちは分かるさ。だけど、いつかレティは誰かのためにその身を投げ打ってでも、能力を使うことになると思う。今回のようにね。そうなったとき、強い後ろ盾があった方がいい。俺はさ、単に心配なんだよ。大切な友人であるレティを、心配してはいけない?」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は咄嗟に声が出なかった。それほどまでに、アレクは私を心配してくれているのだと分かるからだ。
アレクはこれから先の私の人生を守るために選択肢を与えてくれたのだ。私が今までしていたことは『生存戦略のひとつ』でしかなく、不安定な要素はたくさんあった。けれど、アレクは前もって私をアレクの保護下にいると示す事で、私がこの先、力を隠しても、力を使っても、私の自由を保証できるようにしてくれたのだ。
身分を教えてくれたことも、手段のひとつとして隣国への留学もあるということを示してくれたのだろう。
「…………ありがとう、アレク」
そこまで考えて、私はアレクに感謝を告げること以外、思い浮かばなかった。そんなアレクは私の言葉に嬉しそうに笑い、手を差し伸べてきた。
「さあ、レティ。レティの大切な友人であるオラフェリア嬢を助けに行こうか」
「―――うん」
私はアレクの手に自分の手を重ねて、一歩前に踏み出した。
既に卒業パーティーではなくなったこの場で、アイシャは俯くことしかできなかった。いくら無実を訴えても、いるはずのない証言者によって事実は捏造されていく。王族による婚約破棄の現場では一介の貴族が介入できるはずもなく、誰も彼もがアイシャたちを見ているだけだ。
(……こんなことになるなら、レティをこの場には呼ばなかったのに)
きっと、レティはこの場の婚約破棄に腹を立てて、何もできない自分を酷く悔やんでいると、アイシャは思った。しかし、仕方がないのだ。身分の差というものはどうしようもない。大好きな親友に自分の晴れの姿を見て欲しかっただけなのに、どうしてこうなってしまったのか、アイシャには分からなかった。
全てがアイシャのせいになるこの場で、段々と声を出す気力もなくなっていく。座り込まないのはせめてもの矜恃故だった。
そんなとき、声が聞こえた。
「お待ちください。ここにいるアイシャ・オラフェリア嬢がそちらの令嬢を虐げていたということですが、証拠はあるのですか?」
アイシャは俯いていた顔を上げ、声の主を見ようとした。しかしその前に、ここにいるはずのない親友の顔が映った。
(なんで、レティがここに……)
呆然としながらも、アイシャはレティシアを見つめる。アイシャは声の主である男からすっかり意識を外し、レティシアの方ばかりに視線が行く。
けれど、 王子レオンハルトの不機嫌そうな声により、意識が戻る。
「誰だお前は。俺はお前にこの場への参加を認めた覚えはないが?」
「これは失礼を。俺は隣国レルトリア帝国第二皇子、アレクシス・レルトリア。ここには留学生として通っています」
その瞬間、会場にどよめきが広がった。もちろん、レオンハルトもその一人だ。
「は、はあっ!? 第二皇子!?」
「ええ、証明が欲しいのなら、こちらをどうぞ。皇家の紋章が刻まれた懐中時計です」
見せられた懐中時計には間違いなく、レルトリア帝国皇家の紋章が刻まれていた。それ即ち、彼は正真正銘、レルトリア帝国第二皇子アレクシス・レルトリアだということだ。
「何やら卒業パーティーで騒ぎがあったようで。何事かと拝見していると、なんと婚約破棄の現場ではないですか。事情も事情ということで、話を聞きに参ったのですよ」
アレクシスはそう言い、月のような瞳を三日月に歪め、笑みを浮かべた。そのとき、アレクシスの隣にいたレティシアと目が合い、『大丈夫』と言われている気がした。
アレクと共に婚約破棄の場に介入すると、早速アレクは身分を明かした。普通に話しているのに、それもタメ口ではなく、丁寧な口調のはずなのに、どこか相手をバカにしているような雰囲気があるのは一体なぜなのだろう。でも、相手は間違いなくバカ王子だ。バカにしても何も悪くない。
私はアイシャと目が合うと、『もう大丈夫だよ』と気持ちを込めて、見つめ返した。その瞬間、アイシャの瞳には薄らと水膜が張った気がした。
「き、貴殿が第二皇子だとして、なぜこの場に? 他国の皇子である貴殿には関係がないはずだが」
「関係はないのですが、これだけの騒ぎを起こされたのですから気になってしまったのです。それに、どうやら私の友人はあなたが用意した証言者の発言に異議があるようで。証言者の方々はそこにいるアイシャ・オラフェリア嬢がそちらの令嬢を虐げている場を目撃したというのですが、私の友人はその場を見たらしく、そんな現場見たことがない、と」
アレクがそう言った途端、エリスは顔を歪め、レオンハルトは顔を顰め、周囲で聞き耳を立てていた人間は驚きを顕にした。それもそうだ。一国の皇子が連れている令嬢がレオンハルトの証言者を否定するように介入したのだから。
案の定、バカ王子であるレオンハルトは私に視線を向けると、馬鹿にしたように鼻で笑いながらアレクに告げた。
「申し訳ないが、そちらの令嬢は見間違いをしたのではないか? 学院では能力も平凡。記憶力も大して期待できないな。貴殿はウェレナーヴァ嬢に騙されているのではないか?」
それは明らかに私とアレクへの侮辱の言葉だった。けれど、私たちはその言葉にピクリとも反応せず、逆に冷めた視線をレオンハルトへ送った。
そして同時に、私はエリス・フェルナンドにも視線を向けた。これは宣戦布告の視線だ。
―――先に私の親友に手を出したのはお前だ。虚言により、アイシャを陥れようとしたお前に対して、私は絶対に許さない。私の魔術をもって、お前の立場を翻してやる。
そう意思を込めて、エリスを見た。 彼女は私の視線に気づくことなく、隣のアレクの方を見て、僅かに頬を染めていた。それに私は何故かイラッとし、アレクの裾を引いた。
「もういいでしょ。始めるから」
「派手にやりな、レティ」
小声で会話をすると、私はアレクの一歩前に踏み出し、声高らかに告げた。
「アイシャ・オラフェリア嬢がエリス・フェルナンド嬢を虐げていたと、証言者の方々は発言しましたが、私もその現場を目撃していました。そして、それは事実ではないことを、今この場にて証明してみせましょう!」
その途端、証言者として呼ばれた彼らはそんなわけが無いと大きく否定した。あの場にて、私の姿などなかったと、声を大にして発言する。それに乗っかるように、エリスも声を震わせながら告げた。
「そんなっ! 私たちが嘘を言っているとでも言うのですか!? 私はあの日あの場所で、間違いなく、アイシャさまに階段から突き落とされたのですよ!? その一部始終を彼らは偶然見ていて、すぐに私を助けてくれました。それに階段から突き落とされただけではなく、お茶会での異物混入もあったのですよ!? これも嘘だと言うのですか?」
「ええ、そうです。なぜなら、私は見ていたので」
普通なら可哀想とか思う場面なのかもしれないが、犯人がお前だとわかっている今のわたしにそんな悲劇のヒロイン劇場など通じるはずもない。そもそも涙目で訴えれば済むと考えている緩い頭に呆れる。同情を誘いたいならもっと上手くやれよ。爪が甘いんだよバカめ、と私は内心鼻で笑いながら、口では即座にエリスの言葉に対して頷いた。
「そもそも、証拠もないのに相手を疑うなど、いかがなものではないですか?」
「確かにそうですよね。証言だけで、一方的に責め立てるのは品性を疑いますよ」
アレクの追撃もあり、流れは一気にこちらに傾いた。それを緩めることなく、私は魔術を使う準備を進める。
「証拠がないそちらの方々とは違い、私はきちんと、アイシャ・オラフェリア嬢が無実であると証明してみせます」
指をパチンと鳴らし、私は空中にスクリーンを映し出した。そこには件の階段突き落とし事件の現場となった階段が映し出されている。
「これは皆さんも知っての通り、記憶を他者と共有するために使われる魔術の1つです。記憶をそのまま映し出しているため、これから流れる映像は私が見たもの全てです」
そのまま私は自分で見たかのように映像を捏造し、階段の場面を流した。あくまで私は部屋の窓越しで見ているという設定なため、その場に駆けつけられないという設定も作っている。そしてエリスが一人、階段の上に立っている。そのまま彼女は足を踏み外し、階段下へと落下した。誰かが彼女へ駆けつけるところで映像は途切れた。
「これが私の見たものです。アイシャ・オラフェリア嬢はそもそもあの場にはいませんでした。記憶が正しければ、その日その時間帯、彼女は図書館にいたと思います。図書館への出入りは記録されているはずです。学院側に確認すれば、エリス・フェルナンド嬢が階段から落ちたという日、時間帯、アイシャ・オラフェリア嬢は図書館にいたと証明されるはずです」
ちなみにアイシャが図書館にいたのは本当だ。こういうのは嘘と真実を織り交ぜながら話すことで信憑性が増す。それにエリスが落ちたときなど知らないが、どうせ自作自演だ。私が捏造した映像にあまり差異はないだろう。
現に、エリスの表情は愉快なほどに歪んでいる。
「次に、お茶会での異物混入というものでしたね。証言者の方々とエリス・フェルナンド嬢の話を聞くに、それはひと月ほど前の出来事で間違いありませんか?」
「……っ、ええ、そうです」
「それはアイシャ・オラフェリア嬢が主催したお茶会ですか?」
「……っ、だったら、なんなんですか!?」
「いいえ、ただ、私の記憶の確認しているだけですよ」
そう言い、私はにこりと微笑みかけた。またしても爪が甘いと、馬鹿にしたくなるほどだ。
アイシャが主催したお茶会はそもそも相手を選んでいる。こう言ってはなんだが、子爵令嬢に過ぎないエリスは参加できるはずもないのだ。そんなことも考えられないのかと、私はエリスの頭の悪さを嘆き、エリスの虚言をすっかり信じ込んでいるレオンハルトの馬鹿さに辟易した。
魔術での捏造投影するまでもない。これは事実を突きつけるだけで十分だ。
「なにか誤解しているようですが、そのお茶会に、エリス・フェルナンド嬢は招待されていないと思いますよ?」
「……は?」
「アイシャ・オラフェリア嬢が主催するお茶会は伯爵家以上の方々であり、彼女が選んだ相手だけが参加を許されるのです。つまり、子爵令嬢であるあなたにはそもそも参加権などないはずなのですが」
ここで追い打ちをかけるように、私はまたしてもスクリーンに映像を流した。そこにはアイシャのお茶会の映像が流れている。ちなみにこれは捏造ではなく、本当のものなので、私も堂々と流している。
「やはり、エリス・フェルナンド嬢の姿は見られないようですね。……一体、なんのお話をされているのですか?」
笑みを浮かべながら問いかける私に、エリスは悔しそうに唇を噛み締めている。証言者の彼らは顔色を悪くし、レオンハルトは意味がわからないと混乱しているようだ。レオンハルトの様子を見るに、やはりエリスに唆されただけのようだが、次期国王がそんなことでいいのかと頭が痛くなる。
「結構おっかないね、レティは。それほどまでに腹が立ったのかな」
「もちろん、そうに決まってるでしょ」
1歩後ろで見ていたアレクは思わずと言ったように呟いたが、それに答えるように私は前を向きながら小声で返す。そして、最後の仕上げと言わんばかりに、私は声を張り上げた。
「レオンハルト王子殿下、何が真実で、何が嘘なのか、証拠を集めず、片方だけの言葉を鵜呑みにしていては罪のない人間が罪を被ることになりますよ。それは王族として、いかがな能力かと」
屈辱だと言わんばかりの表情を浮かべるレオンハルトから目を離し、エリスに視線を向ける。
「今回の件は立派な犯罪行為に他なりませんよ? レオンハルト王子殿下を唆し、その婚約者であるアイシャ・オラフェリア嬢にあるはずのない罪を被せようとした。そして、婚約者がいる相手に対して浮気行為を繰り返し行い、あまつさえ虚言を吐き、場を混乱へと陥れた。とても褒められた行為とは言えませんね」
そうして私は一歩下がり、アレクへと向き直ると、彼へ頭を下げた。その行動にアレクは戸惑っていたようだが、これはアレクへの感謝なのだ。
「アレクシス第二皇子殿下、この度はお力を貸していただき、誠にありがとうございます。あなたのおかげで、私はこの場にて真実を証明する機会を得ました」
するとアレクは私の気持ちを汲み取り、第二皇子らしく返答をした。
「罪のない人間を罪人にする訳にはいきませんから。他国といえど、皇家に生まれたものの責務として行動したにすぎませんよ。―――それに、レティの力になりたいからね」
やはり丁寧な口調のアレクよりも、気楽な口調のアレクの方が安心してしまう。けれど、ここで気を緩めるつもりはない。まだ私にはやるべきことがある。
全体を見渡すように姿勢を正し、私は口を開いた。
「此度の件、証明といっても私の記憶違いだと仰る方がいるかもしれません。しかし、この件には王家並びにオラフェリア公爵家が関与しています。何が真実なのか、きっと詳らかにして下さることでしょう」
その言葉により、エリスは大きく顔を歪めた。けれど、そんなこと私の知ったことでは無い。罪のないアイシャを陥れようとしたのだ。それ相応の報いは受けてもらう。
「最後に、神聖なる卒業パーティーにてこのような事が起きたことは悲しいですが、卒業される先輩方にはこの先に幸があらんことを祈っています」
私はお手本のような淑女の礼を披露すると、アイシャに向けて笑いかける。
「アイシャ・オラフェリア嬢、あなたは私の知る限り、誰よりも気高く、努力を惜しまない尊敬に値する方です。それに誇りを持ち、これからのあなたの人生に光があることを祈っています」
「……っ、ありがとう、レティっ……」
そう笑いかけてくれるアイシャは決して涙を流さないように目尻に力を入れている。けれど、その矜恃の高さがこの場において最後までアイシャの心を守っていたのだ。
あんな悲しみで、途方にくれたような表情など、アイシャには似合わない。誰よりも勝気で、思わずついて行きたくなるようなカリスマ性を持ったアイシャの笑みが似合っている。
「真実を証明するためとはいえ、この場を借りたこと、お詫び致します。それに伴い、私はこの場から退出させて頂き、この後のことは皆さま方にお任せしたく存じます」
面倒ごとは任せたと言い切った私はアレクの元に戻り、アレクの手を掴んで二人揃って会場をあとにした。どうせこの後は今回の婚約破棄についての詳細、エリスへの刑罰、そして私とアレクの仲についてで話はいっぱいになるだろう。
あれだけ目立たず、面倒ごとを避けるように過ごしていたのに、今回のことで一躍時の人になることは間違いない。けれど、まだ私の能力が完全に知られた訳ではない。人の噂も七十五日だ。
それに、私にはアレクという心強い味方がいる。だから、この先のことはきっと大丈夫だ。
そう思い、私は前を向いた。
* * *
あの婚約破棄が起きた卒業パーティーから1週間が過ぎ、私の周りは一時とても騒がしかった。けれど、私とアレクが無言を貫き、あの件に関しての箝口令が国王陛下から敷かれたため、ヒソヒソと噂されるも前とはあまり変わらない日常を送っている。
「それにしても、アイシャは優しいよね。あんな王子と婚約を続けるなんて」
「まあ、あれもオラフェリア嬢のプライド故の行動でもあるのだろうさ。でも俺も彼女の発言には驚いたよ」
「ほんとにね」
私とアレクは学院内にある申請が必要な部屋でこっそりお茶会を開いていた。ここだと人目も付かないし、自由に話せるのが利点なのだ。
そしてここで話しているのは先日の婚約破棄について。なんとアイシャはあのバカ王子との婚約を続けることを選んだのだ。それには流石にびっくりし、辞めた方がいいんじゃないかと思わず口にしてしまったほどだ。
しかし、そんな私に対して、アイシャは言ったのだ。
『わたくしが殿下を正しく王へと導いてみせます。わたくしはオラフェリア公爵家の娘ですもの。殿下を導くことも臣下の務め。元々殿下に恋愛感情は抱いておりませんでしたし、婚約破棄の件はショックではありますが、失恋という訳では無いので心の傷は大きくありません。それに、王妃教育もほぼ終わっている状態なのに辞めるのは勿体ないですわ。わたくしは次期王妃として殿下を次期国王としてビシバシ鍛えていきます』
そうハッキリと告げたのだ。なんと強いのだろう。本来ならば婚約破棄した上であのバカ王子に何かしらの罪を問うところだが、アイシャはあのバカ王子への次期国王としての再教育をお願いし、それに自身も関わることを許可してもらうことだけで手打ちとしたのだ。
優しすぎて涙が出そうになるほどの罰だ。是非ともあのバカ王子を尻に敷き、ビシバシと鍛えて欲しい。飴と鞭ではなく、鞭と鞭の勢いでお願いしたい。
それと、エリスと証言者の彼らについてだが、それほど重い罪にはならなかった。アイシャ自身が望んだということもあるが、王家としてもこれ以上醜聞が広がらないように圧をかけて揉み消すようにしたせいで、あの場での出来事はパーティー出席者と一部の人間しか知らないのだ。
だから嘘の証言者をしたもの達は王家からの要監視処分となり、制限される人生となった。今回の事件を引き起こしたエリスは実家から絶縁された上で修道院へ送られたそうだ。表向き派療養ということになっているが、賢い人間は悟っているだろう。けれど、それを口に出すことはしない。
「生ぬるい気がする。でも、アイシャがそれでいいなら、生ぬるい気がするけど、別にいい」
「納得はしていないって顔だ」
「当たり前でしょ。王子に至っては罰なんてないも同然じゃん」
けれど、アイシャが決めたことなのだ。アイシャが納得し、肯定しているのなら、私にはどうこう言う権利はない。それでも、あの場で婚約破棄というふざけた出来事を引き起こした連中はこの先ちょっとした不幸があることを祈るくらいはいいだろう。
「ところで、話は変わるけど、レティは卒業後、どうするつもりなんだい? 何かやりたいことでもあるのかな」
「卒業後ねぇ。まだ何も決めてないよ。婚約者はいないし、まだ結婚は先だろうしね。目立ちたくないって思って行動してたけど、アレクの話を聞いて、いつそれがバレるか分からないことに気づいたから、バレるまでは今まで通りに過ごして好きに生活していこうかな」
チート能力はまだ隠していたい。本当に必要になったときに、私にとっての切り札となるからだ。だから、何もなければ学院では平均よりやや上の令嬢を演じ続ける。
「……もし、レティが望んでくるのなら、レルトリア帝国で過ごす選択肢は用意できているよ」
「それって……」
「でも、それはレティが望むのならの話さ。卒業まで一年、考えてみてよ。この選択肢はレティを守ることにもなるけど、同時にレティの平凡から離れることにもなる。答えは急がないで、ゆっくり決めてよ。―――これは、君の人生なんだから」
卒業パーティーで見た時と同じ、嘘偽りのない瞳に吸い込まれそうになる。私はなぜか頬が熱くなるのを感じて、咄嗟に視線を逸らした。そして、声を絞り出す。
「……考えて、みる」
「うん、レティが望むまで、ここにいるから」
卒業まであと一年、私は知らない。
この選択が何をもたらすのか。
けれど、晴れ渡る太陽の光が差し込むこの場所で、ふたつの国の未来が静かに歩き出していた。




