聞こえる合い言葉は変わらない
テーマは『合い言葉』
『第7回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』の対象となる超短編作品です。
この地を離れてもう十年になるだろう。
久方ぶりに歩く街並みの懐かしさに感慨に浸る。
自分にとって、この街にはまるで長い年月を過ごしたかのような思い出がある。だけど、本当は違う。
たった数年。
人生においてそれだけでしかない。
短い学生生活を送っただけなのだ。
なのにはっきりと憶えている。何度も歩いたこの道、何度も訪れたあの店。
その中でいくらかの風景があの頃とは様変わりしていことに寂しい気持ちが膨れ上がる。
もう、何もかもが昔と変わってしまったのだ。
昔に戻りたいというわけではない。あの頃をやり直せたらとも思わない。
あの過ごした日々があって今の自分があるのだから。
そう思ってしまうのはささやかなプライドだろうか。後悔などありはしないというちっぽけな自尊心。
それは正しくないのかもしれない。だけど、間違っているとも思えない。
今の自分を否定してしまえば、あの頃の日々まで否定してしまうような気がするから。
それだけは嫌だった。
今の自分の姿が胸を張れるものだという自信はない。かつての友は今の自分を見て何を思うだろうか。何を言うだろうか。
それが少し怖くもあり、そして、楽しみでもある。
たどり着いたのは待ち合わせの場所。
「―――」
声が聞こえる。
それは自分の名前を呼ぶ声。
だから応える。
自分も名前を呼ぶ。
それだけ。
いつもと同じやり取り。あの頃と何も変わらない。
それが合い言葉。
それだけで心が、魂が過去に引き込まれる。
変わらない言葉でまるで世界が巻き戻るかのような不思議な感覚。
本当は違う。
昔のままではない。その姿も、思考も変わってしまっている部分は多いはずだ。
「久しぶり」
再会のあいさつはそれだけ。すぐに話題は切り替わる。何事もなかったかのように。
これからどうしようか、どこへ行こうか。
それでいい。
眼の前にいるのは昔の友人で、そして今の友人。
昔と変わらず、今も変わらず。きっと、未来も変わらない。
そう信じている。そう願っている。
だけど本当はわかっている。そんなことはありえないのだと。
人は変わっていくものなのだから。
少しだけ目を瞑る。
想いを馳せるように。そして、ここから歩き出すために。
今はもういない君を想い。
未来へ一歩踏み出す。君の思い出とともに。




