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黒き水の華、白椿の誓い  作者: 朧月 華


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第63話 私は商人、死刑執行人ではない

黒崎隼人は、龍園蓮を、彼の書斎で、見つけた。



かつては、常に、一切の隙なく、全てを掌握していた男が、今や、ただ、一枚の、薄いシャツを着て、一人、巨大な窓の前に座り、その手には、とっくに冷めたウィスキーが、あった。



窓の外の、無数の灯火が、彼の、あの深淵のような黒い瞳に、映り込んでいたが、一片の、光さえも、差し込んでいなかった。



彼は、まるで、全世界から、見捨てられた、孤島のようだった。



「若……」黒崎の声は、どこか、かすれていた。彼は、自家のご主人が、これほどまでに……憔悴した様子を、一度も、見たことがなかった。



蓮は、振り返らず、ただ、淡々と、尋ねた。「彼女は、何と?」



黒崎は、困難に、唾を、飲み込み、澪の、あの氷のように冷たい宣戦布告を、一字一句、漏らさず、復唱した。



「……不死不休、と。」



蓮の、グラスを持つ手が、わずかに、震えた。



グラスの中の琥珀色の液体が、次々と、砕け散った波紋を、広げた。



長い時間が、流れた。彼は、ようやく、ゆっくりと、顔を上げ、あの冷たい酒を、一気に、飲み干した。



強い酒が、喉を、刃物のように、滑り落ちた。



しかし、彼は、一片の、辛さも、感じなかった。



なぜなら、どんなに強い酒も、彼の心にある、あの、彼女自身の手で、切り開かれた……傷口には、及ばなかったからだ。



「フッ……」



彼は、意味不明な、軽い笑いを、漏らした。



その笑い声には、自嘲と、苦しみと、そして……彼自身も、気づいていないほどの、甘やかしが、あった。



「不死不休、か。」



彼は、喃喃と、呟いた。



「この小悪魔……全く、情け容赦、ないな。」



「若、では、我々は、今……」黒崎の瞳に、獰猛な光が、よぎった。「いっそのこと……」



「彼女に、手を出すな。」



蓮は、彼を、遮った。その口調は、かつてないほど、氷のように冷たく、決然としていた。



「誰であろうと、彼女と、彼女の周りの人間に、髪一本たりとも、触れるな。」



「これは、命令だ。」



「しかし、若!」黒崎は、焦った。「彼女は、既に、あの連中と、手を組み始めて……」



「分かっている。」蓮は、再び、彼を遮り、ゆっくりと立ち上がり、書斎の机の前まで歩み寄り、再び、あの金縁眼鏡を、かけた。



レンズが、彼の視線を、遮ると、彼もまた、自分自身の、全ての、脆さと、感情を、遮断した。



彼は、また、あの、策略を巡らす、龍園顧問に、戻っていた。



「彼女が、遊びたいというのなら、俺が、付き合ってやる。」



彼の声は、平素の平穏さを、取り戻していたが、どこか、心臓を鷲掴みにするような、疲労が、あった。



「俺の命令を、伝えろ。全ての産業は、最高レベルの、防御態勢に入れ。守るだけで、攻めるな。」



「若!」黒崎は、信じられないというように、彼を見つめた。「これでは……彼女の、やりたい放題では、ありませんか?!」



「彼女は、そう長くは、打たないだろう。」蓮の視線は、窓の外の、あの、綾辻グループに属する、きらびやかな灯火に、落ちた。その眼差しは、極めて、複雑だった。



「彼女は、ただ……心に、鬱憤が、溜まっているだけだ。どこかで、発散したいだけなのだ。」



「彼女の、気が済めば……それで、いい。」



彼は、竟に、まだ、甘い考えを、抱いていた。彼女が、ただ……機嫌を、損ねているだけだと。



・・・


しかし、蓮は、すぐに、自分が……間違っていたことに、気づいた。



とんでもなく、間違っていた。



澪は、「発散」しているのでは、なかった。



彼女は……命を、賭けていた。



宣戦布告の、翌日。



綾辻グループは、突如として、記者会見を開き、大々的に、発表した。「港湾運輸」と、深く協力し、巨額を投じ、共同で、「オーストラリア—東南アジア」間の、生体牛及びコールドチェーン輸送の、新航路を、開発すると。



そして、綾辻は、そのために、「港湾運輸」に、三十億にも上る、無利子ローンを、提供すると。



この知らせが出ると、東京全体の海運業界が、蜂の巣をつついたような、騒ぎになった!



誰もが、「港湾運輸」が、蓮傘下の、「アーク海運」の、国内最大の競争相手であることを、知っていた!



澪の、この一手は、ほとんど、綾辻家の金で、蓮の敵を、支援するようなものだ!



薪を、抜く!一手一手が、致命的だ!



続いて、翌日。



以前に、粛清された、長老派閥の残党が、突如として、結託し、新たな投資会社を、設立した。



そして、この会社の、最初のプロジェクトは、まさに、蓮が、国内で、展開していた、極めて重要な、新エネルギープロジェクトを、正確に、狙撃することだった!



その手法の、正確さ、その情報の、通達ぶりは、まるで……蓮自身が、自分の手の内を、彼らに、渡したかのようだった!



わずか、三日のうちに、蓮が、国内で、苦労して、築き上げた、「陽の当たる産業」は、未曾有の、壊滅的な、打撃を、受けた!



株価は暴落し、プロジェクトは停止し、提携先は、次々と、契約を解除した……



「龍園会」内部で、元々、彼に不満を抱いていた長老たちは、なおさら、不満の声を、上げ、再び、宮廷革命を起こさんばかりの、勢いだった。



そして、この全ての、張本人である、澪は、しかし、まるで、何事もなかったかのように、毎日、定刻に、綾辻の、最上階のオフィスに、現れた。



彼女は、窓の前に立ち、コーヒーを飲みながら、冷ややかに、向かいの、あの、蓮に属する、風雨に揺れる、アーク・コンサルティングのビルを、見下ろしていた。



彼女の瞳には、もはや、いかなる葛藤も、苦しみも、なかった。



ただ、一面の、復讐の、快感だけが、あった。



「私は、商人、死刑執行人ではない……」



彼女は、そっと、蓮が、かつて、彼女に言った、あの、可笑しい「嘘」を、反芻し、その口元に、氷のように冷たい、嘲りの、弧を、描いた。



龍園蓮。



あなたは、商人でしょう?



では、私は、ビジネスの場で、あなたを、完膚なきまでに、打ち負かし、全てを、失わせてあげるわ。



あなたは、死刑執行人ではないのでしょう?



では、私が、自らの手で、あなたを、断頭台へ送る……死刑執行人に、なってあげる。



これこそが、あなたが、私を、欺き、私を、裏切った……代償よ!

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