第34話 勝利の後の対峙
株主総会は、どこか奇妙な静けさの中で、幕を下ろした。
かつては絶大な権勢を誇った長老たちは、まるで闘いに敗れた雄鶏のように、うなだれて、弁護士と警備員に「連れられて」出ていった。彼らを待っているのは、法の裁きと、破産の結末だろう。
そして、あの中小株主たちは、投票の段階で、我先にと、澪の全ての提案に賛成の手を挙げた。まるで、先ほど激しく反対していたのが、彼らではなかったかのように。
綾辻宗一郎が閉会を告げると、誰もが大赦を受けたかのように、この、息詰まるような会議室から、逃げるように、立ち去った。
すぐに、巨大な会議室には、澪と龍園蓮の、二人だけが、残された。
ああ、宗一郎も、いた。
彼は自分の娘を見つめ、その眼差しは、極めて複雑だった。安堵、誇り、しかし、それ以上に、どこか……見知らぬ人を見るような、そして、胸を痛めるような、感情があった。
彼は澪のそばまで歩み寄り、口を開きかけたが、何かを言おうとして、結局、ただ、力強く、彼女の肩を、叩いた。
「澪……お前は、大きくなったな。」
そう言うと、彼はため息をつき、踵を返して、去っていった。彼は、娘がもはや、自分の翼の庇護を必要としていないことを、知っていた。彼女には、彼女自身の空があり、そして、彼女自身の……鋭利な刃がある。
彼にもまた、今日起こった全てを、消化するための、時間が必要だった。
会議室のドアが閉められると、全世界が、静まり返ったかのようだった。
広々とした部屋に、ただ、澪と蓮の二人が、長い会議テーブルを隔てて、遥か、向かい合っていた。
先ほどの血生臭い嵐は、まるで、幻覚だったかのようだ。
「おめでとうございます、お嬢様。」蓮が、先に、沈黙を破った。彼の顔には、かすかな笑みが、浮かんでいた。「いや、今や、私は、あなたを……綾辻会長と、お呼びすべきでしょうかな。」
澪は、笑わなかった。
彼女は、ゆっくりと、一歩、また一歩と、会議テーブルを回り、蓮の、目の前に、立った。
彼女は今日、とても高いハイヒールを履いていた。そのため、蓮と対峙する時、もはや、以前のように、完全に、彼を、見上げる必要はなかった。
彼女は顔を上げ、彼の、あの深淵のような瞳を、まっすぐに見つめた。その瞳には、今、彼女自身の、あの氷のように冷たく、決然とした顔が、映っていた。
「龍園蓮」と、彼女は口を開いた。その声は、平穏だったが、どこか、気づかれにくい、震えが、あった。「あの、古い書類、見つけましたわ。」
彼女は、何の書類か、言わなかった。
しかし、彼女は、彼が、必ず、分かると、知っていた。
案の定、蓮の顔の笑みが、わずかに、滞った。
彼の、レンズの奥の視線に、複雑な感情がよぎったが、すぐに、また、平穏を、取り戻した。
「存じております。」と、彼は答えた。
「では……」澪は一歩、前に出た。二人の間の距離は、互いの呼吸が、感じられるほど、近かった。「あなたが、今日なさった、この全ては、私に『罪滅ぼし』をするためですの?それとも……私が、あなたを、もっと信頼するように仕向け、次の計画を、実行しやすくするため、ですの?」
彼女の質問は、鋭利なメスのように、容赦なく、二人の間にあった、あの「同盟者」という名の、偽りの仮面を、切り裂いた。
蓮は、彼女を、見ていた。
彼女の、あの、憎しみと、警戒心に満ちていながらも、彼女自身も気づいていない、戸惑いと苦しみが入り混じった瞳を、見ていた。
彼は、今、いかなる説明も、無駄であることを、知っていた。
彼女の心の中では、彼は、既に、「仇敵」の十字架に、磔にされているのだ。
彼は、彼女の質問に、答えなかった。
逆に、問い返した。「それは、重要ですか?」
「何ですって?」澪は、呆然とした。
「私の目的は、重要ですか?」蓮の視線が、鋭くなった。「重要なのは、今日、あなたが、勝ったことです。かつて、あなたを裏切り、あなたを傷つけた者たちは、皆、代償を支払った。これこそが……あなたが、望んでいたことでは、ありませんか?」
彼の言葉は、重い槌のように、澪の心に、激しく、打ちつけられた。
そうよ。
これこそが、私が望んでいたことでは、なかったか?
しかし、なぜ……
なぜ、私が、本当に、この「仇敵」の手を借りて、この全てを、成し遂げた後、心には、復讐の快感どころか、むしろ……もっと、空虚で、もっと、苦しいのか?
「目的を達成するためなら、あなたは、過程を問わず、その刀が、一体、誰から渡されたものかも、気にしない。違いますか?」蓮の声は、悪魔の囁きのようで、蠱惑に満ちていた。
「我々は、同類なのですよ、綾辻澪。」
「我々は、結果しか、見ない。」
澪の体が、抑えきれず、震え出した。
彼女は、反論したかった。「私たちは違う」と、彼に告げたかった。
しかし、彼女は口を開きかけたが、一言も、発することができなかった。
なぜなら、彼女は、蓮が、正しいことを、知っていたからだ。
彼女が、彼に助けを求める決断をした、その瞬間から、彼女は、もはや……自分と彼は違う、などと言う資格は、なかったのだ。
彼女の、あの、内心の葛藤で蒼白になった顔を見て、蓮の心に、一筋の、不忍の情が、よぎった。
しかし、彼は、今が、その時ではないことを、知っていた。
彼は、まだ、全ての真相を、彼女に、告げることは、できない。
彼は、ゆっくりと、手を伸ばし、その指先で、そっと、彼女の顎を、掬い上げ、彼女に、自分を、見させた。
その仕草は、どこか、暗黙の、力強さと、所有欲が、あった。
「ですから、もはや、このような、無意味な質問は、おやめなさい。」
彼の声は、極めて低く、まるで、恋人同士の囁きのようだったが、どこか、氷のように冷たい、取引のような、口調があった。
「あなたは、ただ、私に、告げればいいのです……」
「……次は、誰ですか?」




