第32話 致命的な証拠
翌日、綾辻グループ最上階の会議室は、まるで氷が張ったかのように、張り詰めていた。
年次株主総会が正式に開かれ、全員の顔には、それぞれの思惑が、浮かんでいた。王取締役、李取締役を筆頭とする長老派閥は、橘拓海の父である橘氏、そして、葛城靜子が密かに取り込んだ中小株主と、結託し、強大な同盟を形成していた。その勢いは、帝を退位させんばかりだった。
澪は、父である綾辻宗一郎の隣に座り、白いスーツに身を包んでいた。それが、彼女を、ますます、静謐に見せていた。彼女は、静かに、あの、いわゆる「叔父様伯父様」たちが、大義名分を振りかざし、彼女の「罪状」を、一つ一つ、数え上げるのを、聞いていた。
「……東京東地区の土地買収は、幸運にも利益をもたらしましたが、その過程は独断専行であり、グループを巨大なリスクに晒しました!」
「……龍園顧問の専門的な『ノア計画』を、軽率にも否定し、代わりに、何を血迷ったか『生体牛』などと、まるで子供の遊びです!」
「……私は、お嬢様の能力が、将来の跡取りとして、相応しくないと、甚だしく、疑っております!」
王取締役が、唾を飛ばしながら話し終え、締めくくりの言葉として、その矛先を、宗一郎に、まっすぐ向けた。「会長!我々は皆、綾辻のためを思って、言っているのです!我々は、綾辻澪お嬢様の、取締役会における、全ての議決権を、一時的に剥奪し、監査役会を設置し、グループの将来の重大な意思決定を、監督することを、提案いたします!」
これは、もはや、提案ではない。これは、明らかに、権力の、簒奪だ!
宗一郎は、怒りのあまり、全身を震わせ、まさに、机を叩いて、立ち上がろうとした。
しかし、澪は、そっと、彼の、手を、押さえ、彼に向かって、首を、横に振った。
そして、彼女は、ゆっくりと立ち上がり、あの、義憤に駆られた顔を、ぐるりと、見渡し、その顔には、一切の慌てた様子はなく、逆に、浅い、哀れむような、笑みが、浮かんでいた。
(然后,她缓缓地站起身,环视了一圈那些义愤填膺的脸,脸上没有丝毫的慌乱,反而露出一个浅浅的、带着一丝悲悯的微笑。)
「叔父様方」と、彼女の声は、とても軽かったが、マイクを通して、会議室の隅々まで、はっきりと、響き渡った。「あなた方のおっしゃることは、全て、正しいですわ。」
この、予期せぬ、「敗北宣言」に、全員が、呆気にとられた。
「私は、若く、衝動的で、物事の結末を、考えません。」澪は、まるで自己反省をしているかのように、誠実な口調で、続けた。「でも、少なくとも、私には、何が、内から食い荒らす行為で、何が、守るべきものを盗む行為であるかは、分かっているつもりですわ。」
その言葉が終わった、瞬間。彼女は、手の中の、リモコンの、ボタンを、押した。
会議室の前方にある、巨大なプロジェクタースクリーンが、瞬く間に、明るくなった。
最初に現れたのは、書類でも、写真でもなかった。
それは、一つの、監視カメラの映像だった。
映像の場面は、王取締役が、郊外の、あの秘密の別荘の、車庫だった。映像の中で、王取締役は、見知らぬ男の手から、ずっしりと重い、アタッシュケースを、受け取っていた。
そして、その見知らぬ男は、AI顔認証の結果、驚くべきことに、綾辻の競争相手の会社の、副社長だった!
「王取締役」と、澪の声は、まるで、地獄の審判官のように、氷のように冷たく、はっきりとしていた。「先月、あなたが、なぜ、我々のライバル会社の副社長と、密会なさっていたのか、ご説明いただけますかしら?そのケースの中身は、私たち綾辻の新エネルギープロジェクトの、重要データでしたの?それとも……三十本の、金の延べ棒でしたの?」
王取締役の顔が、「サッ」と、血の気を、失った!
彼が、夢にも思わなかったのは、自分が、これほどまで、秘密裏に行っていたことが、竟に、撮影されていたことだった!
「き、貴様……血迷ったことを!これは、捏造だ!」彼は、声の限り、必死に、言い逃れをした。
「捏造ですって?」澪は、笑った。
彼女はリモコンを操作し、画面を切り替えた。
今回は、王取締役の、海外の、秘密口座の、金の流れだった。全ての、巨額の資金の流入は、綾辻の、いくつかのプロジェクトの損失と、時間的に、完璧に、一致していた。
証拠は、鉄壁。反論の余地は、ない!
王取締役は、膝から、崩れ落ちた。
皆が、驚きから、立ち直る前に、澪は、次のボタンを、押した。
スクリーンに現れたのは、李取締役の場面だった。
映像ではなく、音声だった。彼と、供給業者の、通話記録の、テキストが、添えられていた。
「……この原材料、市場価格は三百万だ。君は、五百万で、請求書を出せ。余った二百万は、いつもの通り、四六で、分けよう……」
李取締役の、あの、貪欲で、聞き慣れた声が、静かな会議室に響き渡り、ことのほか、耳障りだった。
彼の顔は、瞬く間に、豚の肝臓の色に、変わった。
「次は、劉取締役。」
澪の声には、一切の感情が、なかった。まるで、正確に、命令を、実行する、機械のようだった。
スクリーンには、劉取締役が、職権を濫用し、会社の優良な注文を、自分の義理の弟の会社に、下請けに出していた、全ての契約書と、送金記録が、映し出された……
一人、また一人と。
一つ、また一つと。
あの、普段は道徳家ぶって、徳の高い「元老功臣」たちが、今や、まるで、服を剥ぎ取られた囚人のように、彼らの、最も汚らわしく、最も貪欲な秘密が、一つ一つの致命的な証拠によって、赤裸々に、全ての人々の前に、晒し出された。
会議室全体が、死のように、静まり返っていた。
ただ、澪の、あの氷のように冷たい声と、スクリーンに、絶え間なく切り替わる、衝撃的な、罪の証拠だけが、あった。
先ほどまで、旗を振って、声援を送っていた、あの中小株主たちは、今や、皆、沈黙し、恐怖に、あの、スクリーンの前に立つ、手にした「審判の剣」の、若い少女を、見つめていた。
彼らは、初めて、この、一見、無害な、お嬢様から、心からの……恐怖を、感じた。
そして、拓海の父、橘氏は、さらに、手足が、冷たくなっていた。
彼は、あの、監察委員会の調査報告書よりも、さらに詳細な証拠を見て、そして、自分の周りの、瞬く間に「同盟者」から「死刑囚」へと変わった仲間たちを見て、彼は、悟った……
終わった。
彼らは、完全に、手を出してはならない相手に、手を出してしまったのだ。
宗一郎も、また、衝撃に、この全てを、見つめていた。彼は、自分の娘を見つめた。あの、よく知っているようで、見慣れない顔には、彼女の年齢とは、全く不釣り合いな、冷静さと、決意が、あった。
彼は、胸の痛みを感じ、また、どこか……安堵を、感じた。
彼の娘は、本当に、大人になったのだ。
たとえ、それが、彼が、一度も、想像したことのない、このように、悲惨な、方法であったとしても。
ついに、最後の証拠が、再生し終わり、澪は、プロジェクターを、消した。
彼女は、振り返り、その視線は、ゆっくりと、あの、顔面蒼白の、いわゆる、「長老」たちを、なぞった。
「皆様」と、彼女の口元に、氷のように冷たく、刃のような、笑みが、浮かんだ。「これで、まだ、私が、ここに座る資格が、ないとでも、お思いですの?」




