第30話 悪魔からの贈り物
続く三日間、綾辻澪の心は、どこか、焦燥に駆られていた。
一方では、龍園蓮が、彼女が望む証拠を持ってきてくれることを、期待していた。他方では、これが、ただの、空振りに終わるのではないかと、恐れていた。
そして、蓮は、まるで、消えてしまったかのように、会社に、二度と、現れなかった。
この、待つという行為は、無言の、拷問のようだった。
三日目の早朝、澪が自分のオフィスのドアを開けた、その時。彼女の瞳孔が、急激に、収縮した。
そこには、彼女の、あの、きれいに整頓された机の上に、静かに、一つの黒い、何の印もない、暗号化されたUSBメモリが、置かれていた。
それは、まるで、悪魔からの贈り物のようで、致命的な、誘惑を、放っていた。
澪の心臓が、制御不能に、激しく、鼓動した。
彼……やってのけたのね。
彼女は、足早に歩み寄り、オフィスのドアに、内側から鍵をかけ、そして、USBメモリを、パソコンに、差し込んだ。
パスワードはなく、直接、開くことができた。
中には、いくつかの、分類整理されたフォルダがあり、その命名は、簡潔で、明瞭だった——【王取締役】、【李取締役】、【劉取締役】……
澪の手が、わずかに震えながら、最初の、【王取締役】のフォルダを、クリックした。
その中の内容に、彼女は、瞬く間に、息を呑んだ。
そこには、王取締役が、職権を濫用し、会社の注文を、低価格で、自分の息子の会社に、下請けに出し、それによって、私腹を肥やしていた、全ての契約書、送金記録があっただけでなく。
さらに……彼の、海外の秘密口座の、全ての資金の流れ、そして、彼が、郊外の、あの別荘で、彼の愛人と、密会していた……高画質の、映像まで、あった。
証拠の連鎖は、完璧で、論理は、明晰。彼を、刑務所の底に突き落とし、再起不能にするには、十分すぎるものだった。
澪は、次に、【李取締役】のフォルダを、開いた。
中には、李取締役が、外部の供給業者と、結託し、仕入れ価格を、水増し請求し、会社の資産を、横領していた、全ての証拠が、あった。
さらに、彼と、供給業者が、電話で、値引き交渉をしていた……録音まで、あった。
一つ、また一つと、フォルダを開いていく。
どれもが、一人の人間、一つの家庭を、破壊するに足る……強力な、爆弾だった。
澪は、スクリーンに映し出された、あの、衝撃的な内容を見つめ、ただ、手足が、冷たくなっていくのを、感じた。
彼女が、欲しかったのは、ただ、彼らが、公金を横領した、商業犯罪の証拠だけだった。
しかし、蓮が、彼女に与えたのは、これらの人々が……全ての、一切の、闇の最も奥深くに隠された、最も、汚らわしい、秘密だった。
これは、もはや、「非合法な手段」などではない。
これは、明らかに、地獄からの……天羅地網だ。
この男、彼は、一体、どれほどの、力を持っているのか?
彼の、情報網は、一体、どれほど、恐ろしい領域にまで、浸透しているのか?
澪は、初めて、自分が、狼を、室に引き入れたという決断に、心からの……恐怖を、感じた。
しかし、すぐに、この恐怖は、より、強烈な、復讐の、快感に、取って代わられた。
これらのものが、あれば。
彼女は、深呼吸をし、USBメモリの中の、全てのコンテンツを、自分の、暗号化されたハードディスクに、バックアップした。
そして、彼女は、スマートフォンを取り出し、蓮に、一つのメッセージを、送った。
【受け取りましたわ。感謝いたします。】
すぐに、蓮からの、返信が、来た。
【どういたしまして。我々が、共に戴く『女王陛下』の戴冠式が、滞りなく行われますことを、お祈りしております。】
「女王陛下」という四文字を見て、澪の口元に、氷のように冷たく、そして、決然とした、笑みが、浮かんだ。




