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黒き水の華、白椿の誓い  作者: 朧月 華


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第20話 耳元の致命的な囁き

綾辻澪の、あの挑発的な「当ててごらんなさいな?」という言葉は、舞踏室の周りの、元々曖昧だった空気を、瞬く間に、さらに、熱くさせた。



龍園蓮の黒い瞳が、わずかに細められ、その瞳の奥深くで、危険で、灼熱の感情が、渦巻いた。



この女、彼がまさに捕まえようとしたその時に、いつも、ぬるぬるとした魚のように、彼の指の間から、すり抜けていく。それどころか、逆に、その、一見無害なヒレで、彼の心に、軽くも重くもない、一筋の傷を、つけていくのだ。



痒く、そして、致命的だ。



舞曲の最後の音符が落ち、会場には、礼儀正しい拍手が、響き渡った。



蓮は、流れに乗って彼女を元に戻し、二人は、安全な社交距離に、戻った。まるで、先ほどの、緊張感あふれる対立が、ただの幻覚だったかのように。



「お嬢様のダンスは、素晴らしかった。また、機会があれば、ぜひ。」蓮の表情は、また、あの、知的な、優雅な様子に戻っていた。



「いつでも、お待ちしておりますわ、龍園顧問。」澪もまた、隙のない笑みを、返した。



二人は、暗黙の了解のうちに、別々にダンスフロアを降り、それぞれの交際圏に戻り、彼らの完璧な社会的役割を、演じ続けた。



しかし、先ほどの光景を目撃した者は、皆、心の中では、鏡のように、明らかだった。



この、新進の綾辻家の令嬢と、あの、謎めいた首席顧問との間には、絶対に、何かがある、と。



パーティーの後半、澪は化粧室に行くと言い訳をし、一時的に、人混みを離れた。



彼女は、化粧室の巨大な鏡の前に立ち、冷たい水で、少し火照った顔を、洗った。



先ほどの蓮とのやり取りは、彼女に、久しく忘れていた……興奮を、感じさせた。



あの、刃の上で踊るような、好敵手と出会った、興奮感。



しかし、同時に、彼女に、大きな危険も、感じさせた。



あの男は、まるで、目の詰まった網のようだ。少しずつ、彼女の全てを、覆い尽くそうとしている。彼女は、常に、冷静でいなければ、彼に、飲み込まれてしまうだろう。



彼女は化粧を直し、振り返って、立ち去ろうとしたが、入口で、再び、あの、見慣れた姿に、ぶつかった。



蓮が、入口の壁に、斜めにもたれかかっていた。どうやら、また、彼女を、待っていたようだ。



「龍園顧問は……女性を尾行する癖でも、おありですの?」澪は眉を上げ、その口調には、一筋の嘲りが、込められていた。



「ただ、お嬢様と、二人きりで、お話ししたいことが、少し。」蓮は身を起こした。彼の出現で、廊下の光が、大半、遮られた。



「あら?先ほど、まだ、話し足りませんでしたこと?」



「足りませんね。」蓮は彼女の前に歩み寄り、今回は、彼の眼差しには、もはや、何の探りもなく、ただ、率直な、審判の目があった。「葛城紗奈、橘拓海……次は、葛城靜子か、それとも、綾辻家の、あの長老たちですかな?」



彼が、立て続けに、名を挙げたことで、澪の瞳孔が、わずかに、収縮した。



「何を、おっしゃっているのか、分かりませんわ。」彼女は、口では否定しながらも、心の中の警戒心は、最高レベルにまで、引き上げられた。



「お分かりのはずだ。」蓮の声は、平穏だったが、そこには、反論の余地のない、確信が、込められていた。「あなたがなさることは、一つとして、気まぐれではありません。あなたは、最高の打ち手のように、その一手一手は、全て、最終的な、一つの目的に、向かっている。」



彼は、一歩、前に出た。再び、彼女を、自らの香りの下に、覆い尽くした。



「あなたは、復讐している。」



彼が使ったのは、疑問形ではなかった。肯定形だった。



澪の心臓が、一瞬、跳ねた。



これは、初めて、誰かが、これほどまでに、率直に、彼女の、最も深い秘密を、突きつけた時だった。



彼女は、もはや、否定しなかった。ただ、顔を上げ、彼の、あの、全てを見透かすかのような瞳に応え、冷ややかに、問い返した。「だとしたら、何ですの?龍園顧問は、正義の味方を、気取るおつもり?それとも……分け前に、与りたい、とでも?」



彼女の眼差しには、隠しきれない、警戒心と、殺意が、宿っていた。



もし彼が邪魔をするなら、彼女は、彼を、次の標的にすることも、厭わない。



彼女の、この、まるで、尻尾を踏まれて、瞬時に、全ての爪を剥き出しにした、子猫のような様子を見て、蓮は、しかし、笑った。



彼は手を伸ばし、彼女には触れず、ただ、その指先で、そっと、彼女の耳元に垂れた、一筋の髪を、つまみ、耳の後ろに、戻してやった。



その仕草は、親密で、また、どこか、慰めるような、意味合いがあった。



彼の声は、極めて低く、まるで、恋人同士の囁きのようだったが、その内容は、危険極まりなかった。



「綾辻澪」と、彼は、ゆっくりと、一字一句、区切って、言った。「私は、正義の味方など、気取りません。」



彼の指先が、彼女の髪筋に沿って、そっと、彼女の耳朶を滑り、最終的に、彼女の、緊張でわずかに震える肩の上に、留まった。



温かい息が、彼の、あの、致命的な囁きと共に、彼女の耳に、吹き込まれた。



「私は、ただ……刀を、渡す者です。」



「ですから、教えてください。」



「次は、私の刀を、誰に、渡してほしいのですか?」



この言葉は、まるで、驚雷のように、澪の脳裏に、炸裂した。



彼は、彼女の復讐計画を、見抜いているだけでなく。



彼は、さらに……自ら、彼女の復讐の、共犯者に、なろうとしている。



この男……



彼は、一体、自分から、何を得ようとしているのか?



澪は、彼の、あの、深淵のような、自分の驚愕した顔を映す瞳を見つめ、初めて、心からの……戦慄を、感じた。



それは、獲物が、別の、より強大で、その意図を測りかねる猛獣が、自分に向かって牙を剥いていることに気づいた時の、本能的な……



恐怖と、興奮だった。

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