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黒き水の華、白椿の誓い  作者: 朧月 華


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第18話 龍園蓮の賛辞

ピエール巨匠の、興奮で震える問いかけは、まるで、静まり返った会場に投じられた巨大な石のように、千層の波を、巻き起こした。



全ての人々の視線が、あの、衝撃的なデザイン画から、舞台中央の、月のように清らかな少女へと、移った。



彼女が?



この、巨匠級とも言える作品が、あの、世間知らずで遊び呆けていると噂の、綾辻家の令嬢が、描いたというのか?



澪は、ピエール巨匠の熱い視線に応え、少しも臆することなく、ただ静かに、わずかに、頷いた。



「はい、巨匠。この《星墜つ》は、私の作品でございます。」



彼女の声は、大きくはなかったが、マイクを通して、会場の隅々まで、はっきりと、響き渡った。



この、肯定の言葉は、先ほどの「盗作騒動」よりも、さらに、衝撃的だった!



もし、先ほど皆が見たのが、汚れた茶番劇だったとすれば、今、彼らが目の当たりにしているのは、塵に塗れた明珠が、世に出る、その瞬間だ!



「素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!」ピエール巨匠は、三度も「素晴らしい」と言い、彼は興奮して舞台に上がり、ここがコンペの会場であることさえ、忘れてしまったかのようだった。彼はその画稿を手に取り、その眼差しは、まるで、絶世の宝物を鑑賞するかのように、うっとりとしていた。



「無駄を削ぎ落とし、余白に意を描く……これこそが、デザインの最高の境地だ!お嬢さん、あなたは……綾辻澪さん、でしたかな?あなたは、真の天才だ!」



この、国際的なデザイン界の重鎮からの、惜しみない賛辞は、その重みで、一人の人間の人生を、変えるに、十分だった。



観客席のメディアは、狂喜乱舞した。



彼らの手にするカメラのシャッターは、火花を散らすほどに、押され、閃光が、澪の、あの清麗な顔を、白昼のように、照らし出した。



【名家の遺珠!謎のデザイナー綾辻澪、鮮烈デビュー!】


【驚天動地の大逆転!デザイナーズコンペ最大のダークホースは、竟に綾辻家令嬢!】


【盗作スキャンダルから天才誕生へ、綾辻姉妹が演じる氷と炎の歌!】



一つまた一つと、爆発的なニュースの見出しが、記者たちの脳裏に、形作られていった。



舞台の反対側で、床にへたり込んでいた紗奈は、信じられないというように、この光景を、見つめていた。



彼女は、衆星に月と仰がれるような澪を見つめ、ピエール巨匠の、あの賞賛と興奮に満ちた顔を見つめ、そして、自分の身に纏った、この「ゴミ」と罵られた華麗なドレスを、見比べ……



嫉妬と、怨恨と、恐怖が入り混じった血の気が、一気に、喉元へと、込み上げてきた。



「ゴフッ——」



彼女は、竟に、その場で逆上し、一口の血を噴き出し、そして、白目を剥いて、完全に、気を失ってしまった。



現場は、たちまち、大混乱に陥った。



靜子は悲鳴を上げて舞台に駆け上がり、スタッフの助けを借りて、意識のない娘を抱きかかえ、一片の狼狽の中、ほうほうの体で、会場を逃げ出した。



そして、澪は、終始、彼女たちに、一瞥もくれなかった。



彼女は、ただ静かに、舞台の中央に立ち、全ての人々の、注目と賛辞を、受け止めていた。



前世で、この栄光は、本来、彼女のものだったのだ。



この世で、彼女は、ただ、本来、自分のものであったものを、取り戻したに過ぎない。



・・・


展示場の外の駐車場、一台の黒いベントレー・ミュルザンヌの中で、空気は、どこか、息苦しいほどに、静かだった。



車内のスクリーンには、会場内で起こっている全てが、リアルタイムで、映し出されていた。



黒崎隼人は、スクリーンの中で、閃光の中で泰然自若としている少女を見つめ、自分の世界観が、強烈な衝撃を受けているのを、感じていた。



これが、彼の資料にあった、あの「性格は純粋で、ビジネスには全くの素人」の、綾辻家のお嬢様だと?



これは、明らかに、心深く、計略に長けた、メデューサ女王ではないか!



「若……」黒崎の声は、どこか、かすれていた。「この全て……若の、ご想像通りでしたか?」



龍園蓮は、答えなかった。



彼は後部座席に深くもたれかかり、その指先には、火の点いていない葉巻が、挟まれていた。その深遠な眼差しは、スクリーンの中の澪に、注がれていた。



想像通り?



いや。



この芝居の素晴らしさは、彼の想像を、遥かに、超えていた。



彼は、彼女が反撃することは、予測していた。しかし、彼女の反撃が、これほどまでに見事で、これほどまでに……一石三鳥だとは、思ってもみなかった。



彼女は、紗奈を名誉失墜させただけでなく、ピエール巨匠の口を借りて、自らに「埋もれた天才」という人物像を、作り上げた。さらに重要なのは、彼女がこの機会を借りて、東京全体に、彼女の「月詠」ブランドに対する、議論の余地のない、主導権を、宣言したことだ。



獰猛で、正確で、一切の、後腐れを残さない。



この、行動様式は、彼に、言いようのない……親近感と、賞賛を、感じさせた。



「若、我々の者を……」黒崎は、「処理する」という仕草をした。それは、靜子母娘が狼狽して立ち去るのに乗じて、道中で、何か「不慮の事故」を、起こすべきか、という意味だった。



「その必要はない。」蓮は、淡々と、口を開き、彼を遮った。



彼はスクリーンの中で、澪がピエール巨匠との会話を終え、立ち去ろうとするのを、見ていた。



「最高の狩人は、獲物が罠の中でもがき苦しむ過程を、楽しむものだ。」



彼の声には、かすかな、笑みが、含まれていた。



「それに、この芝居の主役が、退場する。」



そう言うと、彼はドアを開け、車から降りた。



澪がVIP通路から出てきた途端、一陣の夜風が吹きつけ、彼女は身震いをした。



かすかな白檀の香りと体温が残るスーツのジャケットが、突然、彼女の肩に、掛けられた。



彼女は一瞬、戸惑い、振り返ると、そこには、蓮の、あの美しい顔があった。



彼は彼女の後ろに立ち、その長身が、夜の闇の中で、彼女のために、肌寒い風を、遮っていた。



「お一人ですか?」彼の声は、低く、磁性を帯びていた。



「ええ。」澪は肩のジャケットを整え、この突然の温もりを、拒まなかった。



「見事でしたよ」と、蓮は彼女を見つめ、その眼差しには、隠しきれない賛辞が、込められていた。まるで、教師が、最も得意な生徒を、褒めているかのようだった。「私が想像していたよりも、ずっと、鮮やかでした。」



これは、彼が二度目に、彼女に、この言葉を、言った時だった。



一度目は、彼女が紗奈にスキャンダルを仕掛けた時。



二度目は、彼女が自らの手で、紗奈を深淵へと突き落とした、その後。



澪は顔を上げ、彼の、あの、全てを見透かすかのような瞳に応え、その口元に、浅い、弧を、描いた。



「鮮やか、ですって?」



彼女の声は、とても、軽かった。まるで、彼に尋ねているようで、また、自分に、尋ねているようでもあった。



「そうかもしれませんわね。でも、私がもっと、褒めていただきたいのは……」



彼女は、わずかに、つま先立ちになり、彼の耳元に、近づき、彼ら二人にしか聞こえない声で、囁いた。



「……非情で、冷酷なこと、ですわ。」

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