9・王子の本心
あれから、アイゼンブルグの方から何も言葉はなく、リザンブルグはいつも通りに平和だった。
何も咎めてこないということは、重要書類を盗んだことや、リザンブルグの王女であるセイラを傷つけたことを、公にしたくないという理由からだろうと、大臣は予測していた。
それは、こちら側も同じ考えであり、アイゼンブルグとは必要以上に干渉しない日々が続いた。
リザンブルグに留まることになったノキアは、数日おきに、セイラの身代わりとなって式典などに出ていた。
なにをすることもないが、ただ人形のように座っているノキアは、城を抜け出したくなるセイラの気持ちを汲み取っていた。
デュランは、臨時の騎士として、王女になっているノキアの傍にいることを許された。
だが、事情を知らない城の兵士からは、臨時の者をなぜ王女の傍にと、疑問と妬みが飛び交った。
しかし、デュランはそのような視線もお構いなしであった。
一方セイラは、まだ意識が戻らない。
ノキアは毎日見舞いに足を運ぶが、自分と同じ顔の寝顔を見るのも、妙な感じだった。
「セイラ……。このまま目を覚まさなかったら、私は一生おまえの身代わりだ。そんな人生も悪くはないが、できれば勘弁してほしいな」
冗談交じりに、ノキアは眠ったままのセイラに語りかけた。
数日後、アルバート王子が訪問した。
事件のことは公になっていないため、近くまで来たので挨拶に、という名目だった。
セイラが意識不明のため、変装したノキアが対応するしかなかった。
お互い一礼した後、応接室に二人きりで、向かい合って座る。
しかし、王子はしばらくノキアの顔を見た後、鼻で笑った。
「なるほど。事件を公にしたくないのは、そちらも同じということか」
「……なに?」
ノキアは、警戒して王子から距離を取るように体を引く。
「王女になりすましているんだろう? ミタの剣士さん。そこまで僕もバカじゃあない。彼女のことは、幼い頃から見てきたからね。一度見比べれば、その表情や態度で別人だということはわかる。……それに、瞳の色が少し違う」
正体がばれてしまい、ノキアは手に汗を握る。
「だったら……どうする? 私の正体をばらすのか?」
ばれたらどうなるだろうかと、ノキアは不安になる。
逃げ出してもいいのだが、ドレス姿では動きにくいし、そうなれば城の人間にも迷惑がかかるだろう。
すると、王子が明るく言った。
「話を聞いていなかったのかい? 事件を公にしたくないのはお互い様だと。セイラ殿も、それを望んでいるだろう」
王子は、肩をすくめた。少し嫌味を含んだ口調であった。
「おまえは一体、どうしたいのだ。セイラを愛していると言ったり、あんなとんでもないことをしたり……」
すると王子は立ち上がって、頭を深く下げた。
「すまなかった。……いや、これはセイラ殿に言うべきだろうな。しかし、セイラ殿を傷つけるつもりはなかった。おまえが庇うだろうと見込んでの行動だ。それはわかってほしい」
「それにしても、爆弾を使うなど……!」
「僕は王子だ! 国を守ることが、第一だ……」
「セイラの命は二の次だと言うのか!?」
「そのつもりはない! 今の僕が、何をいっても言い訳にしかならないだろうが……。セイラ殿を愛している。それは確かだ……」
王子の言葉は本心なのだろう。しかし納得できないノキアは、ぎゅっと拳を握る。
「だが、おまえは国のためにセイラと結婚すると言った。私には、それが許せない……。なぜセイラのために、おまえ自身のためにと言えない!? 国を捨てる覚悟もないのか!?」
「僕が国を捨てたら、民はどうなる!? アイゼンブルグはどうなるのだ!! 僕は、民のすべての命を背負っているんだ……。僕には、国を捨てることなどできない。彼女も一国の王女、それはわかっているはずだ……」
ノキアは言葉を詰まらせた。王子の言っていることは正論であるが、胸の中に広がる違和感は消えない。「国を捨てる覚悟もないのか」──その言葉が、自分自身に向けられているような感覚に襲われた。
ノキア自身もまた、ミタの後継者として逃げ続け、いつか自分の過去と向き合う覚悟を迫られているのではないか──その思いが頭をよぎり、それ以上は何も返せなかった。
それから王子はセイラを見舞い、しばらくして帰っていった。
眠っているセイラに、何度も何度も謝っていた王子の姿が、ノキアの脳裏に焼きついていた。




