7・作戦開始
アイゼンブルグは、リザンブルグより北方の国。領土も経済的にも、リザンブルグより大きく豊かな国である。
セイラに扮したノキアを先頭に、一行はアイゼンブルグ城を訪問し応接室へ招きいれられた。
「これはこれはセイラ殿。本日はいかがなされたかな?」
アルバート王子の顔を見るなり、ノキアは顔を引きつらせるが、今はセイラになりきらなければならない。
ソファから立ち上がりドレスの裾を持ち上げて一礼する。
「せ、先日の非礼を詫びにきました」
「ああ、よいのですよ。僕もあれで目が覚めたといいますか……運命をより強く感じた、といいますか……」
王子が自分の世界に入っているうちに、扉の前に待機していたセイラとデュランは作戦実行に出る。
ノキアは、お茶を濁しながら王子と会話をして時間を稼ぐしかない。
二人の無事を祈りながら、自分の正体がばれぬよう願いながら、ノキアは楽しめないお茶を口にした。
*
こそこそしているとかえって怪しまれるため、変装を解いたセイラとデュランは、堂々と金庫のある部屋の前まで来た。
「これはこれは、セイラ様。このようなところに何用で?」
さすがに警備兵が多い。セイラは、横目でスキがないか見回したが、そのようなものはなさそうだ。
「王子に頼まれたものを取りに来ましたの」
「左様でございますか。では、中にいる管理官にお申し付けいただければよろしいかと」
管理官に「リザンブルグの重要書類を」と言っても、出してくれるわけはないだろう。
問題は、ここにいる警備兵をどうするか、ということである。セイラは、笑顔で警備兵に近づく。
「ところで警備兵さん? 王子が呼んでらしていたの。私との時間を安全に過ごしたいから、周りの警備兵を増やしたいって」
そう言うと、警備兵は困ったように頭をかく。
「またですかぁ? ここの警備も重要なんですよ」
「ええ、わたしもそう言ったのですが……王子はああいう性格でしょう? 聞いてくださらなくって……」
セイラは頬に手を当ててため息をつく。その演技を、デュランは黙って見ていた。
「仕方ないなぁ、で、どこに行けばいいのですか?」
「西の塔に、できるだけ人数を集めてくれ、とのことですわ。わたしも後から参りますので、先に行っていてくださいますか?」
「わかりましたよ。王子のワガママは、いつになったら直ってくださるんでしょうね。おい、王子がお呼びだそうだ、行くぞ」
他の警備兵に声をかけ、その場にいた警備兵は、全員西の塔へ小走りで向かった。
「……やりますね、王女様」
デュランが、感心する。
「王子の性格を逆手に取った作戦よ。王子がワガママでよかったわ」
セイラは、鼻を高らかに笑った。
*
その頃、セイラに扮したノキアの方も、王子を西の塔へ行かせるための作戦に入っていた。
「久しぶりに、西の塔へ上ってみたくなりました。あそこからの眺めはすばらしいですから……」
「いいですとも、君の望みなら、それくらいお安い御用ですよ」
王子がノキアの肩に触れようとしたところを、不自然にならないように、ノキアはささっと離れる。
「では、私はその前にお化粧を直してまいりますので、王子は先に行っていてください」
王子と離れた後、ノキアは化粧室でドレスを脱ぎ、変装用のカツラと眼鏡を着用した。
これで、どこから誰が見ても、最初に王女と共に来た護衛の一人である。
ノキアは、二人と合流するために、東の金庫室へ急いだ。
*
金庫室から警備兵が去った後、中は老人の管理官一人であった。
この管理官も、セイラを子供の頃から知っている人物である。
「おや、セイラ殿。お久しぶりですなぁ。またいたずらに来ましたかな?」
管理官は、優しげに笑う。
「もう、昔のことはいいでしょう? 今日はね……」
セイラは、どこからかスプレーを取り出し、管理官に吹きかけた。
「セ、セイラ殿、それは……」
「ごめんねぇ、睡眠スプレーなのよ」
管理官は床に倒れ、いびきをかいて寝てしまった。
「早く金庫を!」
デュランに言われ、セイラは金庫を探した。
たくさんあって、どれがどれだかわからないが、資料類は一番左の金庫だと管理帳に記されていた。
「デュラン、セイラ、あったか!?」
ノキアがやっと金庫室に辿り着く。
「今、探しているところです」
「リザンブルグの紋章……。あった、これだわ!」
セイラは、巻物状になっている重要書類を筒にしまい、懐に入れた。
「では、早く脱出を」
デュランが二人を促すが、セイラは金庫の中のもうひとつの物に気がついた。
水晶のような宝石が金庫の中で輝いている。セイラは、思わずそれに見惚れ手を伸ばす。
「なにかしら、これ……。とっても綺麗……」
「セイラ、なにをやっている。早くしないと……」
ノキアの言葉を余所にセイラが水晶を手に取ると、警報が鳴り響いた。
どうやら、防犯用の魔導具だったようだ。
「えっ!?」
あわてて水晶を元に戻すが、警報は鳴り止まない。それどころか、金庫室の扉が閉まろうとしている。
「まずい! 二人とも走れ!」
デュランの掛け声で、一斉に走り出した。
扉は間一髪ですり抜けたが、警報で警備兵がこちらに向かっている姿が見えた。
「まずい……。ノキア殿、警備兵は私が引き付けておく。セイラ殿を頼む」
「わかった。セイラ、道を教えてくれ」
「わ、わかったわ、こっちよ!」
ノキアとセイラは、走り出した。
「デュラン、大丈夫かしら?」
走りながら、セイラがノキアに問いかける。
「デュランなら大丈夫だ。私の最期を看取るまでは、絶対に死なない」
「……えっ?」
どういう意味だろうと、セイラは目を見開く。
「それよりも、人の心配をしている暇はなさそうだぞ」
二人の目の前には、王子と警備兵数人が立っていた。
「そんなことじゃないだろうかとは思っていたけれど、まさか本当にこうなるとはね」
ノキアは剣の柄に手をかけ、セイラを背に庇うように立った。
「読まれていたのか?」
「多分……。それに、王子ならわたしと一緒で、隠し通路も知っている。先回りも可能だわ」
後もどりはできない。しかし、前方には王子と警備兵。逃げ場はない。
王子は肩をすくめ、やれやれといった風に首を横に振った。
「残念だよ。君のことは信じていたのに……」
「なに言ってるのよ! そっちが先に盗んだんでしょう!?」
「セイラ!」
「ふふふ……認めたね? 書類を盗んだということを」
「あっ……」
しまったと、セイラは口を押さえた。
黙っていれば、シラを切り通すこともできたかもしれないのに。
「やれ。ただし、王女は傷つけるな」
王子の号令で、警備兵は一斉に剣を構えた。
警備兵は4人。他の警備兵は、デュランのところと、他の場所で待機しているのだろう。
ここを切り抜けても、難関は多い。
しかし、まずここを切り抜けられなければ脱出は不可能である。
ノキアもまた、剣を構えた。
「仕方がない……。行くぞ! 我が名はノキア・ミタ・カーラウト!」
名乗りながら剣を抜き、地面を蹴って走り出す。
「なにっ、ミタだと!? て、鉄砲だ、鉄砲を用意しろ!」
「はああああああっ!!!」
王子は指示したが、すでに剣を振りかざしている者に間に合うはずもなく、警備兵4人は、あっという間にノキアに叩きのめされる。
「ノキアも、ミタの使い手だったんだ……」
ミタの剣術の使い手は、デュランだけだと思っていたのだろう。
セイラは、ノキアの剣術を見て驚いていた。
ノキアは、残り一人となった王子に狙いを定める。
「ま、待て! 反則だろ、おまえがミタの使い手だなんて……! そ、そうだ、待て、こうしよう……!」
言いながら、王子は懐を探った。
懐の中で、カチリ、と音がした。それがなんなのか、ノキアにはすぐわかった。
「なーんてな」
王子は、にやりと笑いながら、拳銃を発砲した。
動きを読んでいたノキアは、かろうじて避けたが、衝撃でウィッグと眼鏡が飛んだ。
「あの近距離で避けただと!? くっ……拳銃はまだ試作段階で、連続では…………え?」
ウィッグと眼鏡の飛んだノキアの姿を見て、王子は困惑した。
ノキアは、念の為もう一つ、ローズピンクのウィッグを身につけていたのだ。
「セイラ殿が、二人……? どうなってるんだ……?」
そのスキを見て、ノキアはセイラの手を掴み、引っ張った。
「今だ、走れ!」
「しまった! これは使いたくなかったが……仕方がない!」
王子は、最後の手段に何かを投げた。
「いけない! あれは、アイゼン最新型の爆弾よ!」
「なにっ!?」
ノキアが、セイラを抱きかかえようとしたその時、セイラがつまづいて転んだ。
「セイラ!」
「大丈夫、走って! あっ……!」
起きあがろうとした拍子に、書類の入った筒が転がり落ちた。
「ダメだ、戻るなっ……!!」
ノキアは制止するが、セイラはそれを慌てて拾う。
再び走り出すと、すぐにノキアがセイラの手を引っ張った。
しかし、それとほぼ同時に爆弾が光を放つ。
ノキアはセイラを胸に抱きかかえ、伏せようとしたが遅かった。爆発の直撃は逃れたが、爆風で廊下の向こう側まで吹き飛ばされ、体を強く打った。城壁が少々崩れ、細かい破片がノキアの上に降り注ぐ。
ノキアは、ほんの少しの間だけ、気を失った。