6・デュランの秘密
『もう随分と経つが、まだ実行していないのか?』
「……は。申し訳ございません。なかなか良い機会に恵まれず」
暗がりの中、魔法ビジョンの向こうで、中年の男が話している。
魔法ビジョンとは、離れた相手と顔を見て話せる通信手段である。
お互いの顔と名前を認知していれば、その魔法を唱えるだけで通話ができる。その男と会話をしているのは。
『もしやお主、情が移ったのではあるまいな? お主に任せたのは失敗だったか?』
「とんでもございません。一刻も早く、それはわかっております」
『うむ。よいか、もうあまり時間は与えられない。一刻も早く処分するのだ! ミタは危険なものだ。手遅れにならんうちにな……。デュラン』
「わかっております……大佐」
デュランは魔法ビジョンを切断し、こぶしを握り締めた。
「どうしたら、よいのだ……」
デュランは苦悩の表情を浮かべ、明かりをつけた。
その直後、誰かがいきなり扉を開けた。
「デュラン、そろそろ出発しようと思うのだが……」
「うわっ!? あ、ノキア殿か……。そのウィッグと眼鏡は?」
珍しく、ノキアがノックもなしに入ってきた。
どうやら、変装した姿を見てもらいたいと焦っていたようだ。
「いつでも出発できるようにと、今度は私がブロンドに変装だ」
ノキアも、それなりに変装を楽しんでいる。変装した姿もまた、昨日のセイラと瓜二つだった。
すると、今度は誰かが部屋の扉をノックした。入るよう促すと、スタンだった。
「あのぅ、出発のところ悪いんだすが、ちょっと大臣に会ってもらいたいだす……」
「大臣に? なぜ?」
変装のことがばれたのだろうかと、ノキアとデュランは顔を見合わせる。
「詳しいことは、オイラもわからないだす。ただ、おふたりを連れてくるようにと……。姫様もいらっしゃいますので、問題があれば対処してくれると思うだす」
とりあえず話を聞いてみようと、ふたりは大臣に会うことにした。
部屋には、ノキアとデュラン、セイラと大臣だけであった。スタンは、廊下で待っている。
大臣は、自慢のヒゲを整えながら話し始めた。
「スタンから聞いたのじゃが……お主、ミタの剣術の使い手だそうじゃな?」
それを聞いて、デュランはしまったと、顔をしかめた。
昨日、スタンと勝負をする時に、うっかりと口にしてしまい、口止めするのを忘れていた。
ノキアは、心配そうにデュランを見ている。
「訳あって、そのことは隠しております。ご内密にお願いします」
「うむ、いいじゃろう。こちらからもお願いがあるのじゃ」
「なんでしょう?」
ノキアが訊ねると大臣は立ち上がり、部屋を歩きながら説明し始めた。
「実は……重要書類が盗まれたようでな。おそらく、昨日のパーティーの間にと思うのじゃが。あー、お主たちのことは疑っておらんよ。パーティーの間はずっと会場にいたと言うし、その後は警備も厳重になっておるからな」
「それで……お願いというのは……」
「要は、その重要書類を取り返してほしいってことなのよね」
セイラが、軽い口調で間に入ってきた。
「姫様! それはワシの台詞ですぞ! うむ、まあ、そういうことなのじゃ。お主を、ミタの剣術の使い手と見込んでな」
「しかし……そういったことは警備兵にまかせたほうが……」
余所者の自分たちより、近しい者にまかせたほうがいいのではないかと、デュランは言った。
「信用がおけんのじゃ。いくら城の者でもな、間者が紛れている可能性もなくはない」
「我々の信頼はよろしいのですか……?」
ノキアが問うと、大臣は「ウォッホン!」と大きく咳払いをする。
「ミタの剣術の極意。人のために剣を振るい、人を生かすための剣」
「…………!」
言われてノキアとデュランは、息を呑んだ。
ミタの剣術は世界的にも名を知られているが、その極意が遠く離れたこの国にまで知れ渡っているとは思わなかった。
「どうですかな?」
「……わかりました。しかし、犯人の検討がつきません。それがわかれば、お引き受けすることもできるのですが」
「それなら大丈夫よ。わたしが犯人をばっちり見ているから!」
セイラが、自信満々に胸を張り、被せ気味に口を開いた。
「犯人を見た!?」
ノキアが驚くと、セイラは頷きながら、さらに声を張った。
「ええ。多分、アルバート王子よ。アイゼンブルグの」
「あいつか……!」
ノキアとデュランが、声を合わせて舌打ちした。
「それで、その……。案内役なのじゃが……」
大臣は、言葉を渋らせる。
「はいはーい、わたしが行きまーす!」
セイラが、元気よく手を上げた。
「……ということなのじゃ」
「……ということ、って、どういうことですか! 王女を危険な目に合わせるわけには……!」
ノキアが勢いよく机を叩いた振動で、置かれていたお茶がこぼれた。
「それはワシもわかっておる! しかし、アイゼンの城をよく知る者は、姫様しかおらんのじゃ……」
「わたし、アイゼンには子供の頃から遊びに行っていたから、庭みたいなものなのよね」
「もちろん、書類も大切じゃが、姫様の命が最優先じゃ。姫様になにかあるようであれば……その時はお主らも覚悟をするのじゃぞ?」
大臣の目が、ぎらりと光った。
「もう! 大臣ったら、脅すことないでしょ! じゃあ、早速作戦を練って行きましょ」
セイラは、大きな図面をテーブルの上に広げた。アイゼンブルグ城の簡易見取り図だ。
誰かが記憶を頼りに手書きしたようだが、滅多に手に入らない城の見取り図は、手書きでもないよりマシだった。
セイラが、簡単に説明していく。
隠し通路まで書き込んであるということは、この手書き図は、セイラが書いたものだろうと推測できる。
「重要書類が隠してあるとすれば、多分この部屋よ。昔、金庫がたくさんあったのを覚えているわ」
セイラは、一番東にある広い部屋を指した。城の出入り口からかなりの距離があるし、ぐるりと迂回しなければいけない道のりだ。この距離を、どうやって相手に見つからずに往復するかが問題である。
「そうねぇ……。こういうのはどうかしら? 先日の非礼を詫びに来ましたって、堂々と入っていくのよ。ノキアとデュランは、護衛ということで……ね?」
「うむ。その方が怪しまれずに済みますね」
デュランが納得した。
「わたしが王子の注意を引き付けて、その間に二人が書類を奪い返す……というのでもいいんだけれど、問題は金庫の開け方を、わたしとアイゼンの一部の者しか知らないということなのよねぇ」
金庫の開け方まで知っているとは、昔どのような遊びをやっていたのだろうかと疑問に思う。
「と、すると?」
「王子の引き付け役は、わたし以外の誰かにやってもらうしかないということで……。ねぇ、ノキア?」
「…………はい?」
向けられた意味ありげな視線に、ノキアは目を瞬いた。
「なんでこうなるんだーーっ!!」
ノキアは、あれよあれよという間にセイラの姿にされていた。
あれほど入れ替わりはもうゴメンだと言ったのに、騙された気分である。
作戦はこうだった。またもやセイラに扮したノキアが、王子を引き付けておき、セイラが護衛のデュランと共に金庫のある部屋まで行く。セイラは、途中で変装を解く必要がある。「王子に頼まれたものを取りに来た」と堂々と言えば、警備は薄くなる。万一見つかった時は、隠し通路から脱出するため、ノキアとデュランも、隠し通路のある場所だけは覚えておく。ノキアは、途中で王子の前から退席し、二人と合流する。
この作戦で、三人はアイゼンブルグへ向かった。




