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身代わり令嬢はクールすぎて騎士の熱愛に気づかない  作者: 草加奈呼


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5/12

5・隣国の王子

「まあ、セイラ様よ」

「本日も愛らしいですな」

「お隣の女性は、お付きの人かしら?」

 

 会場を歩いて、用意されている王女専用の席へ向かう途中、四方八方からセイラを褒め称える声が聞こえてきた。町で出会ったお転婆な印象とはまったく異なり、まるで別人のようだ。

 ようやく席に辿り着いて座るが、緊張ですでに汗をかいていた。

 

「ねえ、ノキア。そういえば、聞くの忘れていたんだけれど、あなたってダンス踊れる?」


 こっそりと、斜め後ろに待機していたセイラが耳打ちしてきた。


「え、まあ、基本的なステップは……」

「よかった! この後ダンスがあるから、そこで失敗すると怪しまれちゃうからさぁ!」

「……そういう大事なことは、もっと早く言うように、な……」


 ノキアは、観念したようにため息をついた。


 やがて音楽がワルツに変わり、ダンスの時間になった。周りの者はパートナーを見つけ、次々と踊っていく。


「セイラ殿、踊っていただけますか?」


 セイラに扮したノキアの前に現れたのは、白いスーツ姿の優男だった。

 一見、爽やかで整った顔立ちに思わず目がいくが、どこか軽さを感じる笑顔が引っかかる。


「きゃあ、アルバート様よ」

「今日も見目麗しいわ」

「アルバート様とセイラ様のダンスが見られるなんて、夢見たい!」


 会場のあちこちから歓声が上がる中、ノキアはわずかに眉をひそめた。

 

「アイゼンブルグの王子よ。女好きで有名だから注意して。一応(・・)婚約者だから、とりあえず踊ってあげて!」


 背後から、ひそひそと注意する声と共に肘で軽く突かれる。

「一応」を強調された辺りにノキアは苦笑しつつ、王子の手を取り立ち上がる。

 不安そうに振り返ると、セイラがにっこりと笑って手を振っていた。

 


 その様子を見ていた、デュランが眉を動かした。


「スタン殿、あの男は……?」

「ああ、彼は隣国の王子だす。姫様と婚約を交わしている仲なのだすが、口上だけで、まだ正式に婚約者というわけではないのだすが……。まあ、向こうの一方的な片思いだすけどね。姫様は、彼を嫌っていますし」


 それを聞いて、デュランはしばらく様子を見ようと、再び壁にもたれかかった。

 



「どうしました? いつもの元気がないようですが」


 踊りながら、王子が話しかけてくる。


「ちょっと、体調が悪くて……」

「あなたは、元気な姿が一番ですよ。そこがまた魅力的で、僕が魅かれた理由でもあるのですけどね」

「はぁ……」


 なんと答えればいいかわからず、ノキアは気のない相槌を返した。


「ところで、正式な婚約の話、考えていただけましたか?」


 ノキアは言葉につまったが、先ほどのセイラの態度からして、するつもりはないのだろうと判断した。


「まだ、決めかねています……」

「ふぅ、いつになったらいい返事をいただけるのでしょうか? もう、何十回もその台詞です。リザンとアイゼンの調和を保つためにも、いい話だと思いますが」


 ……つまり、政略結婚のようなものか。と、ノキアは思った。


 ──セイラも、私と同じなのだ。

 ただ私は、そこから逃げて、自由になっただけ……。


 無心になっていると、急に会場の明かりが薄暗くなり、音楽が緩やかなテンポに変わった。

 何事かと周りを見渡すと、踊っている人々皆、さらに体を密着させて踊っている。

 ノキアもまた、王子に体を引き寄せられた。

 

 それを見たデュランが、驚いて剣の柄に手をかける。


「た、ただのダンスだす! 落ち着くだすよーー!」


 慌ててスタンが止めたが、さらに続くこの時間に、デュランは手を震わせている。


「お、お嬢様が……お嬢様が……あんな得体の知れない男と……」

「落ち着くだす、デュラン殿ー! 隣国の王子なので、得体は知れてるだすー!」


 スタンは慰めにもなっていない言葉を発したが、デュランにとってはどうでもよかった。


 

 しかし、ノキアもこの雰囲気に耐えられなくなり、王子を振り払ってバルコニーの方へ逃げた。


「あらぁ? ノキアと王子は?」

 他の男と踊っていたセイラは、二人の姿がないことに気づいた。

 

 バルコニーでは、ノキアと王子のふたりだけだった。

 かろうじて護衛の目の届く距離ではあるが、なにかあっては遅い距離である。


「セイラ殿、どうしたんだい? こんなところに誘い込むなんて、君もやっとその気になってくれたということかな?」


 王子は、ノキアの肩を後ろから抱いた。驚いたノキアは目を見開き、体を強張らせる。

 


 その後ろ向こうでは、デュランが目を光らせ、スタンが止めていた。

「気持ちはわかるだすが、落ち着くだす、デュラン殿ー!」



「ひとつ、教えてください……。あなたは、私を愛して婚約を求めているのですか? それとも……国のため、ですか?」


 ノキアは、セイラに代わって問い(ただ)した。


「ふう、愚問だね。君も一国の王女ならわかるだろう? そりゃあ、僕は君を愛している。しかし、僕は一国を背負った王子、後継者だ。国のためになることをするのは、至極当然のことだろう?」

「そう、ですね……」


 ──私はそこから逃げてきたのだ。

 ミタの後継者という立場から。


「なにも心配はしなくていい。君は僕と結婚する運命にあるのだから」


 ──違う。仕方がなかった。私には、その資格がなかったから。

 言い訳にすぎないのか……?


「早かれ遅かれ、そうなるんですよ」


 ──私は逃げてきた。

 だから、こんなこと、私が言う資格はないのかもしれないが……。


「さあ、誓いの口付けを……」


 王子がノキアに近づくのと、デュランが剣の柄に手をかけたのは、ほぼ同時だった。

 しかしノキアは怒りを抑えた表情で、靴のヒールを王子の足にぐりぐりと食い込ませた。


「私がこんなことを言う資格はないのかもしれないが……。おまえに王女はやらん!!」


 ノキアは、憤慨してバルコニーを去った。


「そ、それでこそ……我が妻にふさわしい……」


 王子は、そう言いながらその場にしゃがみ込んだ。


 ノキアが廊下に出ると、追いかけてきてくれたのはデュランだった。


「ノキ……王女様」


 その姿を見た途端、安心したのか、ノキアは軽く眩暈を覚え足元がふらつく。

 デュランに支えられる形になったが、そこへセイラがやってきた。


「デュラン、あなたは客将。軽々しく王女に触れてはダメよ」

「すみません、ふらついていたものですから」

「そうですか、感謝いたします。王女様、一旦お部屋に戻りましょう」


 セイラに支えられ、ノキアは部屋に戻った。

 

 部屋にふたりきりになると、ノキアは事の顛末を説明した。セイラが神妙な顔をしている。


「ごめん……国際問題に、なるかな?」

「ううん、大丈夫よ。すっきりしたわ。これで少しでも距離を置けるなら、それでいいし……」


 セイラは笑顔でノキアに抱きついたが、その表情はどこか寂しそうだった。


「本当にありがとう。ノキアがこの町に来てくれて、出会えて、本当に良かった。わたしたち、本当の友達になれるかしら……?」

「ああ、本当の友達だ。入れ替わりは、もうゴメンだけどな」

「なーんだ、先に釘を刺されちゃったか」


 セイラは、ぺろっと舌を出した。


「さて、パーティーも終わったことだし、入れ替わりはそろそろ終わっていいかな?」

 ウィッグを脱ごうとするノキアを、セイラが止めた。


「あら、まだよ。言ったでしょ? 『一日体験』だって」

「えええええ……」


 二人の笑い声が部屋に響く。

 生まれも育ちも異なるが、同じ波長を見つけたかのように、自然と心が通い合うようだった。


 パーティー終了後、セイラの父親である国王陛下から少々のお咎めはあったが、正体がばれることもなく、無事に一日が終わった。

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