4・あなたを守るためなら
そこは薄暗い食糧庫につながっており、さらに奥へ進むと厨房があって、使用人たちがパーティーの準備で忙しなく動いていた。この動きに紛れてこっそりとこの場を抜けようとしたが、さすがに気づかれた。
「あらまあ、セイラ様! またお城を抜け出していたんですか!?」
ノキアはビクッと心臓が跳ね上がりそうになる。
セイラも変装しているとはいえ、表情を強張らせた。
「ええ……そう、なの……」
「えぇと、こちらの方々は……?」
使用人の女性が、本物のセイラの顔を覗き込もうとしたので、さすがに至近距離はまずいと、セイラはデュランの影に隠れる。セイラが言い訳を述べれば、声で正体がバレてしまう可能性がある。
デュランは、それを察したのか一歩前へ出た。
「突然のご訪問、申し訳ありません。私どもは王女様の友人でして。急遽プライベートな相談をしたいとのことだったので、あえて表から入るのは控えさせていただきました。何しろ、城内であまり目立たない方がよろしいかと思いまして。ご理解いただければ幸いです」
デュランは流れるような口調で言い訳を述べると、疑いの目を向ける使用人の女性の手をそっと取った。
軽く微笑みを浮かべたデュランに、使用人の女性はほのかに頬を染める。
「あ、あらぁ……そうでしたか……。ほほほ、ここは見ての通り皆忙しくて。出口なら、そちらですわ」
「感謝いたします」
デュランは使用人の手を包み込むように握り、感謝の気持ちを込めた。
彼女がぽーっとなっている間に厨房を出ると、ノキアは気を引き締めて王女らしく振る舞いながら廊下を歩く。
セイラの部屋の場所は、先ほど雑貨店で教わっている。
「デュラン……。そんな演技もできるとは思わなかったよ」
ノキアは歩きながら、呆れるように横目でデュランを見る。
「本当は遠慮したいところですが。あなたを守るためなら、いつでも」
「私は、そんなに弱くない」
「……そういう意味ではないのですが……」
少し距離を置いて後ろを歩くセイラは、そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていた。
ようやくセイラの部屋に辿り着き、ノキアは自分が王女になっていることも忘れてソファに倒れ込んだ。
デュランは、別室で待機してもらっている。
「あーっ。もう疲れた……」
「うふふふっ、パーティーは夕方からだから、それまで準備があると思うの。着替えとかお風呂とか……とにかく、侍女が全部やってくれるから、あなたは気楽に構えていてね」
「気楽にって……できるものか。いつかバレるんじゃないかとヒヤヒヤしているのに」
ノキアの心配をよそに、準備は着々と行われた。
部屋に次々と侍女がやってきて、セイラに扮したノキアの世話を焼く。
「湯浴みの時間でございます」
あっという間に浴室へ連れてこられ、侍女がさっさとノキアの服を脱がせていくので、ギョッとした。
「ひ、ひとりでできるからいい!」
「しかし、それではわたくし共が叱られてしまいます」
「い、いい! 今日は、特別に私が許す。責任ももつ」
ノキアは、あまりの出来事に声がひっくり返った。
「左様でございますか。では、あまり時間もございませんので、お早めにお願いいたします」
ようやくひとりになれたノキアは、ゆっくりと広い湯船に浸かる。心地よい温度が、今までの旅の疲れを癒してくれる。このまま眠ってしまいそうだった。
「お城の生活も、貴族の生活も、皆同じか……。セイラも、私と同じ、か……」
ノキアは、雑念を振り払うように、勢いよく顔を洗った。
湯浴みが終わるとマッサージ、次にはメイクとパーティーに着るドレスに着替える。
ドレスは柔らかなアイボリーのシルクで、前面には華やかなビーズが施され、流れるような曲線を描く。裾はふわりと広がり、薄いシフォンが重なり軽やかに揺れる。見た目だけは優雅だが、しばらくぶりのコルセットが苦痛だった。
ノキアは、正体がばれないようにと、なるべく口を開かないでいた。
「姫様、今日は随分と無口なんですね。いつもはパーティーなんてって、愚痴ばかりですのに」
侍女が、後ろでネックレスのホックをつけながら優しげに話しかけてきた。
無口すぎるのも問題なようだ。
「あ、あの、ちょっと、喉の調子が……」
わざとらしく、ケホケホと咳払いをする。
「まあ、風邪ですか? 今日は早めに就寝なされたほうがよろしいですね」
旅の疲れもあるし、ノキアとしても、そう願いたいところであった。
変装してノキアと名乗るセイラは、王女の友人としてパーティーに招かれることになり、簡単にドレスアップしていた。その傍には友人の用心棒として、デュランがいる。
「わぁ、王女様、似合う似合う。ね、デュランもそう思うよね?」
セイラは嬉しそうに手を叩き、デュランに同意を求めた。
「はい。あなたのそのような姿は、久しぶりです」
優しく微笑むデュランに対し、ノキアは真っ赤になってうつむく。
「う……。このような姿は、もう二度としないと思っていたが……」
「そんなこと言わずにさ、やっぱり女の子だもの。たまにはドレスも着たほうがいいよ」
セイラが、ノキアの手を取り会場へと案内する。
客将扱いであるデュランと下級騎士のスタンは、出入り口の側に立たされ、非常時以外、貴族の傍に行くことは許されなかった。
「姫様もノキア様も、綺麗だすねぇ……」
うっとりしているスタンは、デュランに同意を求めるように言ったが、デュランは無言だった。
ただ一心に、ノキアの姿を目で追っていた。