12・ぶつかり合う想い
「デュラン。私は、間違っていたのだろうか?」
「なにをです?」
城下町を抜け、静かになり始めた街道沿いを歩きながら、ノキアはデュランに訊ねる。
もうすぐ乗合馬車の停留所が見える頃だった。
ようやく身代わり生活から解放されたと言うのに、ノキアの心は晴れないままだった。
「セイラは、身を挺して戦争を止めようとした。だが、私は何もできない……。それどころか、ミタの後継者から、カーラウト家から逃げ出し、のうのうと生き延びている」
その言葉を聞いたデュランは、少し眉を寄せ冷静に答える。
「仕方がありません、ミタには危険がつきものです。逃げなければ、安息の地はありません」
「だが、こうやって逃げていても、いつかは戦乱に巻き込まれるのだろう……。それがミタの運命だと言うのなら、私はどうしたらいいんだ……」
「では、ミタの名を捨てることですね」
突き放されたような言葉に、ノキアは反射的に顔を上げ、デュランを強く見つめる。
「それはできない! セイラは身を挺したのだぞ! 私だけ逃げるわけないはいかない! それに……ミタの継承者がいなくなれば、おまえも困るのではないか?」
ノキアの問いに、デュランの険しい顔が、さらに険しくなる。
「どういう意味です?」
「私が、なにも知らないとでも思っているのか?」
ノキアは、デュランをまっすぐに見た。デュランは、観念したのか短く息を吐く。
「……いつからです?」
「気づいたのは最近だ。でも、なぜ? なぜ、私を殺さない? 正式にミタを引き継いでいないからか?」
「あなたが本気を出せば、私は敵いませんので」
「ふざけているのか?」
デュランは冗談を言うタイプではない。しかし、そんなわけはないだろうと、ノキアはむっとする。
「では、勝負しますか?」
デュランは、目を細め剣を抜いた。ノキアは剣の柄に手をかけるも、抜くことをためらう。
「……勝負をする意味がない」
「勝った方がミタの後継者です」
言いながらも、二人は通行の邪魔にならないよう、街道から外れたところへ少し移動する。
「それは、お互いワザと負けようとするのでは?」
「私が手加減するとでも?」
「……いや、しないなッ……!」
言いながら、ノキアは細身の長剣を抜き先手を打った。
しかし、デュランはすでに剣を抜いていたため、それを簡単に受け止める。
しばらく、剣が交差する音が響いた。
ノキアの細身の剣はその軽やかさで素早い攻撃を繰り出し、対してデュランは力強い斬撃で応戦する。
その攻撃を避けようとノキアが身を捻った瞬間、デュランの剣が彼女の耳元をかすめ、風を切る音がした。
ノキアはそのまま低い体勢になり、素早く地面を蹴って一気に間合いを詰め、その勢いでデュランの脇腹を突こうとする──が、それは数センチ横に逸れた。致命傷を避けるために、ノキアが意図的に逸らしたのだ。
勝負は、ノキアの勝利で終わった。
「……うそだ。嘘だっ! 絶対に手加減していただろう!?」
息を整えた後、ノキアはデュランに詰め寄る。
「していません」
「私の知るデュランは、もっと強かった! そんなにミタの後継者になるのが嫌なのか!?」
ノキアは、デュランを見上げて捲し立てる。
デュランは静かに剣を鞘に収めた後、視線を落とし、自分自身を納得させるかのように言った。
「違います。私の実力は、元々これくらいなのです」
「なにを……!」
「私は魔法協会の人間ですよ」
言われてノキアは、ハッとした。
つまり、今までは魔法でなんらかの強化をかけていた。
「どうして……」
「強くならなければ、あなたを守る騎士としてカーラウト家に認められないではないですか」
魔法協会の刺客として潜り込んだのが五年前。秘密裏に行われるはずだった暗殺は失敗に終わった。
デュランはノキアの父であるカーラウト伯爵に負けた。その時にミタの門下に入ることを命じられ剣術を身につけた。その間もデュランは、いつかカーラウト家を滅そうと目論んでいた。しかし、五年の歳月を経て、デュランの心は少しずつ変わっていった。デュランの中で、ノキアの存在が大きくなっていったのだ。
「だから……。守ってもらうほど、弱くはないと……」
ノキアは視線を落とし、困惑した様子で顔を伏せた。
「傍にいたいのです。私の目の届く場所で。勝った方がミタの後継者だとは言いましたが、やはり私はあなたにその名を捨ててもらいたい」
デュランは、そっとノキアの手を取った。
優しい手に包まれたノキアは、少し驚いてデュランを見上げると、その瞳は真剣だった。
「マクレガーの姓を……名乗ってはいただけませんか」
「つまり、家族になる、と?」
「そうです。ダメでしょうか……?」
懇願するように言われ、ノキアは一瞬考える。
デュランとは長い時間を共に過ごしてきた。剣術の同志であり、すでに家族のような存在だとも思っていた。
そのため、改めて言われることの意味がわからなかった。
「ダメ……では、ない。しかし、そうか……デュランと義兄妹になるとは……」
そう言うと、デュランは困惑したように額に手を当てて声を上げた。
「ああ、もう!」
デュランは焦れたように、その感情を抑えきれず、勢いよくノキアに口付けをした。
唇が触れた瞬間、何が起こったか理解が追いつかず、ノキアの体が硬直した。
ほんの数秒だったが、互いの熱がじわりと伝わる。
「んなっ……!」
デュランの顔が離れてすぐに、口元を手で隠すようにする。
ノキアは、デュランの手に両頬を包まれた。
「本当に、あなたは鈍いですね……! 夫婦になろうと言っているのです!」
「ふうふ……」
真っ直ぐに言われたその言葉はノキアの心を強く打ち、頭が爆発したようになった。
「ふうふなどッ……! わ、私はまだデビュタントも済んでいないのだぞ!?」
ノキアは十八歳でデビュタントの予定だった。
その時にカーラウト家と釣り合う家柄の令息と婚約し、家同士の結束を強めるはずだった。
しかし、そうなる前に魔法協会に領地を攻められ、両親は殺害、ノキアとデュランは国を追われるように逃げることになった。
「そうですね。しかし、結婚はできる年齢です。それに……ミタ・カーラウトの名を捨てればそんなものは関係なくなります」
デュランは情熱的な瞳でノキアを見つめてくる。
その視線に、ノキアはますます照れくさくなり、思わず目を逸らす。
「そ、そんな風に見ないでくれ……。どう接したらいいか、わからなくなる……」
命を狙われていたはずなのに、いつの間にか守られていた。
それに加えて、先ほどの求婚。
まるで現実感がないし、自分にはまだ早すぎる話だと思っていた。
でも、デュランの真剣な眼差しと言葉が心の中に刻まれ、消えない。
自分は、もうずっと剣士として生きるつもりでいた。
デュランが傍にいること自体は嫌ではない。むしろそれが自然だと思っている。
しかし、夫婦となると話は違ってくる。ノキアは、答えが出せないでいた。
デュランがそっとノキアを抱きしめる。
力強くも優しいその腕に、ノキアは身を預けることをためらった。
「答えは、今すぐでなくともいいのです。ただ……覚えておいてください。私は、いつでもあなたの味方です」
「……うん」
デュランの腕の中で、ノキアはただ、それしか答えられなかった。
乗合馬車の停留所に着くと、デュランは懐から財布を取り出し中身を確認した。
途端に表情が曇り、ため息をつく。
「ノキア殿、言いづらいのですが……」
「ん?」
ノキアは、首をかしげる。
「路銀が尽きているのを忘れていました」
「……え?」
「このままでは、乗合馬車に乗れません。しばらくは、リザンブルグで仕事をするしかなさそうですね。住み込みの仕事を探しましょう」
その時、停留所の建物の影から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「住み込みの仕事ですって!?」
そう言って姿を現したのは、セイラだった。
「セイラ!?」
「セイラ殿!?」
セイラは、最初に出会った時と同じ格好をしている。
また城を抜け出してきたようだ。先ほど別れを告げたばかりだと言うのに、どうやって先回りしたのだろうか。
「それなら、お城に来ればいいじゃない! ちょうど、侍女が一人辞めて困ってたのよ〜」
セイラが、キラキラした目で見てくる。
「わ、私は剣士だ!」
ノキアは貴族としての礼儀作法こそ習得してはいるが、家事などの花嫁修行はほとんどやらず、剣術の修行に明け暮れていた。自分が侍女などできるわけがない。
「あら、私の世話をしてもらうんだから、家事能力は必要ないわ。ねぇ〜? デュランも、ノキアのメイド姿を見てみたいと思わない?」
「う、うむ……。そうですね……」
デュランはノキアのメイド姿を想像してしまったのか、咳払いをした。
心なしか、顔が赤い気がする。
「ノキアなら、私の影武者にもなれるし、お給金ははずむわ!」
「それはありがたい!」
デュランも乗り気になり、裏切られた気分になった。
「い、入れ替わりはもうゴメンだってばー!」
セイラから逃げるように、デュランの周りをくるくると移動する。
リザンブルグの平原で、ノキアの叫び声が響いた。
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一旦完結とさせていただきますが、
続きを書くとしたらショタ王子を出したいです!