11・婚約発表
翌日、ノキアは眠い目をこすりながら、デュランと共にパーティー会場である王城の中庭へ向かった。
先日の祭典の時よりも人があふれ返り、正装の者ばかりだった。
ノキアとデュランは、このパーティーの後すぐに出立するつもりだったので、旅の装いのまま隅の方で目立たないように立っていた。
セイラが昨夜言っていた「決めたことをパーティーで発表する」ということが、関係しているのかもしれない、とノキアは思った。
セイラや国王、王妃の姿はまだない。すると、階上のバルコニーから、セイラが姿を見せた。
その後ろには国王と王妃、そしてなぜか、アイゼンブルグの王子までいる。
「あいつが、なぜ?」
ノキアは、訝しげにつぶやいた。
セイラの表情は、いつになく引き締まり、王女の顔をしていた。その姿を確認すると、皆静まり返った。
「みなさま。本日は、わたしのためにお集まりいただき、礼を申し上げます」
王女の言葉に、会場にいた者は一礼をした。ノキアだけが、心配そうに上を見上げたままだった。
「今日お集まりいただいたのは、他でもありません。わたしはここに、宣言いたします」
目を伏せるセイラを見て、ノキアは不安を隠せなかった。
しかし、そんな不安を無視するかのように、セイラは言葉を続けた。
「わたしは、アイゼンブルグのアルバート王子と婚約します」
「なんだって……?」
王女の宣言を聞いた一同は、各々声を挙げる。
ノキアだけが、納得できない顔をしていた。
「そういうわけですので、みなさん、これからもよろしくお願いします」
セイラの隣に立ったアルバート王子が、セイラの肩を抱き一同に向かって言った。
「嘘、だろう? セイラ、嘘だと言ってくれ!」
階下から叫んだノキアは、周囲の注目を浴びた。
「ノキア殿……!」
ここで騒ぎを起こしてはいけないと、デュランが止めに入る。
セイラは一瞬ノキアを見たが、すぐに視線を戻し、隣にいたアルバート王子を改めて紹介した。
ノキアとセイラが入れ替わったパーティーの時とは打って変わり、セイラは王子を受け入れている。
ノキアの知る、セイラの表情ではなかった。
ノキアは唇をかみ締め、いてもたってもいられずに会場を飛び出す。
「ノキア殿!」
城内に入り、バルコニーにつながる階段を目指すが、デュランにすぐに追いつかれた。
「ノキア殿、どこへ行くつもりですか!」
「はなして! セイラと話をしてくる!」
掴まれた手を引き剥がそうと抵抗するが、デュランは離してくれない。
「セイラ殿が決めたことです。我々がどうすることではありません」
「しかし、セイラはあんなに嫌がっていたではないか!」
「気が変わった、ということではありませんか?」
「そんな……そんな急に……!」
「急ではないわ」
ノキアが振り向くと、そこにはセイラがいた。
「セイラ……どうして、こんなことに……」
「ノキア。わたしはね、ノキアと会うずっと前から考えていたの。考えないわけにはいかなかったのよ。だって、わたしは……リザンブルグの王女だもの」
「わかってる! だが、嫌ではないのか? 国のために、自分を犠牲にすることを」
「犠牲だなんて思っていないわ。それに、王子のことも少しわかったし」
「わかった、とは?」
「わたしを愛してくれていること。そして、戦争を止めようとしていたことよ」
「戦争……!?」
アルバート王子が盗んだ重要書類は、リザンブルグの軍事計画の一部だった。
その計画書には、武具や兵器などの発注内容が詳細に書かれており、それを盗み見たアルバート王子は「リザンブルグが戦争を企てている」と思い込んだ。リザンブルグが、突然大量の武器を調達していることが不自然に見えたのだ。
軍備増強に対する明確な理由や背景が書かれていないため、王子は「これは侵略の準備だ」と確信し、戦争を未然に防ぐために、その計画書を奪ってしまった。
しかし、実際のところリザンブルグ側の意図は「自衛」にあった。アイゼンブルグのような強国と比べると、リザンブルグは軍事力も劣り、領土も小さく人口も少ない。万が一隣国に攻められてはひとたまりもないと、軍事力を強化しようとしていたのだ。、決して戦争を起こす意図はなかった。
「王子は、戦争を止めようとしていただけなの。結果はあまり良くなかったけれど、彼なりに考えてのことだったのよ。方法が不器用なだけ、気持ちは同じだわ」
「セイラ、おまえはまさか」
ノキアは思わず一歩前へ出て、不安そうにノキアを見た。
「わたしたちが結婚しないと、リザンもアイゼンも戦争になるわ」
セイラは顔を上げ、ノキアの目をまっすぐに見据えた。
その目には、セイラが背負っている責任の重さが宿っている。
ノキアはその視線を受け止めることができず、一瞬目をそらした。
「やはり、そうなのか……」
「戦争になったら民も、もちろんあなたたちにも迷惑がかかる。そうならないようにするのが、わたしたちの役目よ」
「それはそうだが、でも私はミタの剣士だ。困っている人がいるなら、助けに行きたい」
そう言うと、セイラは目を伏せ首を横に振る。
「ノキア。それはあなたの人を守る力だわ。でも、わたしに剣を振るう力はない。私は、こうすることでしか人を救えない。こうしてでも人を救いたいのよ」
その言葉に、ノキアは言い返せなかった。「それでいいのか?」と、問いたかった。
しかし人を救うための行為と言われれば、ノキアは何も言う術がなかった。
そして自分自身がミタの血筋から逃げてきたことを、恥しく思っていた。
俯いていたノキアを、セイラが抱きしめた。
「これでお別れになってしまうけど、また遊びに来て。あなたたちなら、歓迎するわ」
「セイラ…………。元気で、ね」
言いたいことはたくさんあったが、決意を固めたセイラには、それだけしか言えなかった。
そして、そのまま背を向けてその場を去った。デュランもセイラに一礼をして、ノキアの後を追った。
*
「気を利かせてくれてありがとう、アルバート」
ふたりが去った後、セイラは、背後の通路に隠れていたアルバート王子に声をかけた。
「どういたしまして。おや、泣いているのですか?」
俯いているセイラの様子を見て、王子はセイラの肩にそっと触れた。少し、ふるえているようだった。
「泣いてなんかいないわ。笑顔で、見送らなきゃ」
「それでこそ、我が妻にふさわしいお方です」
笑顔を繕うセイラに対し、王子は優しい笑顔で答えた。