【9話 豆田VSグラザ】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
「ウォォォォォォー!!」
グラザは持てる限りの力を前腕の筋細胞に集約し、豆田を握り潰そうとする。が、腕に力が入らない。
「な?! なんだ?! 俺様の握力が!! どうなってやがる?!」
「気付かないのか?」
豆田はそう言いながらグラザの前腕に視界をやった。グラザはそれに釣られて自身の自慢の前腕を確認する。肘の裏と内側に内出血の跡が見られた。
「お、俺様の腕が!!!!」
「正中神経と尺骨神経を狙った。しばらくは何も握れないはずだ」
「神経?! くっそが!!! てめえは許さねー!!」
グラザは歯を食いしばり、両腕を高々と振り上げた。豆田に向かって強烈な打撃を振り下ろそうとした。その時、「あー。動かない方が身のためだ」と、豆田は呟いた。
「?! な、なにを言っている?」
グラザは打撃を途中で止めた。いや、止められたのだ。グラザの顔から血の気が引いて行く。
「こ、今度は何をしたんだ?」
「ほう。流石に気付いたか。お前が自身の腕に視線を持っていった隙に、コーヒー鍼を作り出し、鎖骨上の腕神経叢に刺しこんだ。1ミリでも動けばそのご自慢の腕は二度と使えなくなる……」
その言葉が嘘でないことをグラザは瞬時に感じ取った。両腕を挙げたままのグラザの目が左右に泳ぐ。
「お、おい。ウソだろ? おい! も、戻してくれ!!」
両手を挙げたまま懇願するグラザを無視して、豆田はシュガー達の方に向かい歩く。
「豆田まめお。流石、時間通りね!」
「ああ。簡単な仕事だ」
「で、アレはあの後どうする?」
シュガーは、ダラダラと冷や汗を垂らすグラザを指差した。
「おい! 帽子野郎! 悪かった。許してくれ! もうこの件から手を引く! なんなら自首もする」
「シュガー。そうだな。警察の無線をハッキングして、ここに来るように促せるか?」
「分かったわ。ちょっと待ってね……。はい。これで大丈夫よ」
「流石シュガー。仕事が早い」
「おい!!!! とりあえず俺様の手を戻してくれ! 助けてくれ!!」
グラザは必死に訴えかける。豆田は冷たい視線をグラザに向けると、コーヒー銃を構え、銃弾を発射した。あご先をかすめた弾丸がグラザの意識を奪った。グラザの巨体がその場に崩れ落ちた。
「やれやれ。これで静かになった」豆田は帽子を被り直し、一口コーヒーを味わった。
「豆田まめお。もうタクシーが到着するわ。どこに向かう?」
「一度CAFE&BAR『ショパール』に向かおう。そこで、ハンスにこの状況を詳しく説明した方がいいな」
「はい。豆田様。そうして頂けると助かります」
豆田は微笑すると到着したばかりのタクシーに乗り込んだ。
***
エレナを乗せたオレンジ色のコンパクトカーはミュンヘン市から郊外に向かって北上する。
銃口はエレナに向けられたままだ。エレナは豆田に見せられたメモの事を思い出しながら、唇を噛んだ。
(次は私が頑張る番ね)
「ねー。私がシュルツ・エレナ。シュルツ財団の愛娘と知ってて誘拐するの?」
「ん? 知っているに決まっているだろ?」
「私を誘拐してどうするの?」
「身代金をあんたの父親から目一杯貰うためだ」
「誰の差し金?」
「そんなことを聞いてどうする?」
ダリーはエレナの質問に違和感を抱いた。
(しまった。もっと上手くやらないと……)エレナは内心焦った。
「理不尽に、何も分からず利用されるのが嫌なの……。どうせ殺されるんでしょ? 少しくらい分かっていても良いじゃない!」
「ふー。そうだな。確かに理不尽なのは許せないな……」
納得した様子のダリーはそう言うと、路肩に車を停め、ポケットから手錠を取り出すとエレナの両手に手錠をはめた。そして、銃を懐にしまった。
「いいか? 俺はこれが仕事だ。あんたを目的地に届けるまでが任務だ。俺はあんたを殺したいわけじゃない。でも、逃げようとするなら殺すしかない。分かったか?」
「……。分かったわ……」
ダリーは頭を掻きむしり、ハンドルを叩くと、アクセルを踏みこんだ。
「ミュンヘンから国道75号線を通って北上するのね。シュルツ財団の化学部門に向かうのかしら?」
「良く知っているな。そうだ。あんたを誘拐するように指示をだしたのは化学部門のワーグナー博士だ」
「ワーグナー博士? 何の博士なの?」
「知らないのか? シュルツ財団の娘が自分の財団の事を知らないとは、めでたい事だな……」
「仕方ないじゃない! 私の周りの情報は規制されているのよ! 心許せる大人はハンスと、家庭教師のキャメル先生くらいなの!」
「……。それはすまない事を言った……」
「誘拐犯のあなたに言っても仕方ない事だけど……」
唇を噛んだダリーは、しばらく沈黙したあと、少し声色を和らげ話始めた。
「ワーグナー博士は、遺伝子工学の専門家だそうだ」
「遺伝子工学? 何を作っているの?」
「詳しい事は、俺は知らないが、危険な生物を扱っているようだ。だが俺には関係ない。お前を博士の元に連れて行くだけだ」
「その博士が私の大切なブランケットを取ったのね」
「ブランケット?」
「そうよ! お母様の形見のブランケットを宝物庫から盗んだじゃない!」
「宝物庫? 知らないな。俺は関与していない」
「宝物庫から盗んだ物を売って、銀行強盗をして、次に私を誘拐して、何にそんなにお金が必要なの?!」
「この誘拐以外にも色々やっているのか?!」
「そうよ。あなたは知らないの?」
「俺は知らない。俺はワーグナー博士に雇われた私兵の1人だ。俺に決定権はない」
「決定権がなくても、拒否はできるでしょ?! こんな事をあなたはしたいの?」
「うるさい!! 俺の命など。ワーグナー博士にかかれば……。いいか? 俺はお前をワーグナー博士の元に連れて行く。それだけだ。あとの事は俺には関係ない!」
険しい表情をしながらダリーはそう言い、黙ってしまった。
(豆田探偵。最低限の事は聞きだせましたよね……)
エレナは、視界の外れに見えてきたシュルツ財団化学部門が入る20階建ての大きなビル『LPビル』を見つめた。
***
CAFE&BAR『ショパール』の隠し部屋に戻ってきた豆田は、大きな伸びをした。
「さー。ここまでは順調だが……。シュガーどうだ? エレナに取り付けたGPS付き盗聴器は正常に動いているか?」
「豆田まめお。ちょっと待ってね。すぐにハッキングするからね」
髪を後ろで束ね直したシュガーは、ノートパソコンをデスクに置き、周辺機器に接続した。
「あのー。豆田様。GPS付き盗聴器というのは……?」
「あー。爺さん。すまん。説明を忘れていた。私に取り付けられていた物を外して、エレナに取り付けた」
「豆田様が取り付けられていたのですか?」
「ああ。今朝、エレナと爺さんが来る前に、クライスという刑事がやって来て、私の襟元に取り付けて行ったんだ」
「あー。ハンスさん。先週ミュンヘンで起こった銀行強盗のこと知っています?」
「銀行強盗……。あの沢山の方が亡くなられた事件でございますか?」
「はい。その事件の動画を豆田に見せに、探偵さんが来ていたんです」
「? なぜ、それが盗聴器を?」
ハンスはそう言いながら、まだピンと来ていないようだ。
「私の推理力を利用し、自分だけ美味しいところを持っていこうとしていたんだろう」
「なるほど……。それで、あのメモですか?」
「ああ。盗聴されていたからな」
豆田はデスクに置かれたままだったメモをハンスに見せた。
メモには、『言葉を発するな。エレナをわざと誘拐させる。捕まった後は、細かく情報を口に出せ。その情報を元に一気に叩く』と書かれていた。
「エレナが誘拐された事は、警察も分かっているはずだ。あとは誰が犯人でどこに誘拐されたかを細かくエレナが話せば、警察も誘拐犯を捕まえる為に動くだろう」
「なんと!」
「私を利用しようとした分は、クライス刑事にしっかり働いて貰わないとな。これで少なくとも、凶悪犯を野放しにすることはなくなった」
「流石です。豆田様。後々の事も考えて下さり、ありがとうございます」
ハンスは姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「豆田まめお。エレナちゃんに取り付けたGPS付き盗聴器に接続できたわ。予想通りミュンヘンの北部に向かっているわね」
「なるほど。では、続いて警察の無線も傍受できるか?」
「ふふ。もちろん。って、言うか、もうやったわ」
「ほう! 流石シュガー! 完璧なアシスタントだ。優秀すぎる!」
真っ直ぐ面と向かって褒められたシュガーは、照れくさそうだ。
「豆田まめお。じゃー。無線の音声を流すわね」
シュガーはノートパソコンを操作し、傍受している無線の音量を上げた。
『こちら、マル6。誘拐犯が乗る車両を発見。オレンジ色のコンパクトカー』
『こちら本部。了解。そのまま尾行するように。犯人一味は他にシュルツ財団の宝物庫事件、先週の銀行強盗に関与している模様。本部を見つけて一網打尽にする』
『了解』
『警察全車両に次ぐ、緊急事件発生。動ける車両は全車ミュンヘンの北部のシュルツ財団が保有する『LPビル』を目指せ』
『了解』
シュガーはニコリと微笑んだ。
「シュガー。予定通りだな」
「豆田まめお。私達もすぐに向かう?」
「いや、おそらく『LPビル』には、先ほどより強力な『こだわリスト』がいるだろう。少し準備してから向かうとしよう」
「了解。じゃー。『オヤジの豆屋』ね」
「ああ。そうだな」
豆田は口角を上げ、帽子を被り直すと、隠し部屋から出て行った。シュガー、ハンスもそれに続く。
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