【3話 コーヒーの『こだわリスト』】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
エレナは目の前で繰り広げられた光景に、圧倒され言葉が出てこない。
迷彩服の2人が倒れるまでの一瞬の間、エレナの視界に映ったのは、豆田探偵の持つコーヒーカップから液体が浮かび上がり、それがいつのまにか銃になっていた事だけだった。
「やれやれ、お気に入りのガラス窓が粉々だ」
「これは、掃除が大変そうね」
「まったくだ。で、シュガー。周辺の状況は?」
「もう調べているわ……。そうね。現状、事務所の前には他に怪しい人影はないわ。でも、中央通りを爆走する車両が2台こっちに向かっているわ」
シュガーはノートパソコンのモニターを見つめながらそう言った。キッチンを覆っていたポリカーボネートの板は早々に収納されていた。
「くそ。やっぱりろくでもない依頼だ」
「豆田まめお。もう依頼を受けたあとよ」
「……。分かっている」
「ここにその車両が到達するまで3分ってところかしら?」
「くそ。急ぐか。エレナ。立てるか?」
「あ。はい。すいません。こんなことになるなんて!」
「それは構わない。それより、コーヒーミルの画像は見つかったか?」
「え? あの。まだです」
「くそ! 早く見たいのに! 急いでくれ!」
豆田は余程画像が見たかったのか、一通り悔しがったあと、視線を放心するハンスの方に向けた。
「爺さん。動けるか?」
「豆田様。大丈夫です。動けます」
ハンスはガラスの粉が飛び散るソファーの陰から立ち上がった。
「で、爺さんは何の『こだわリスト』なんだ? どう動くにしても情報が欲しい」
「豆田様。凄まじい洞察力です。やはり『こだわリスト』とバレていましたか……」
ハンスの能力を話すことはエレナの身にも危険が及ぶことになる。その為、ハンスはエレナに視線を送り許可を求めた。
「爺や。話していいわ。豆田探偵がいなければ、私は殺されていたか、誘拐されていた……」
「かしこまりました。豆田様。私はネクタイの『こだわリスト』です」
「ほう。ネクタイ。興味深いな。詳しく聞きたいところだが、今は時間がない。戦えるかだけ教えてくれ」
「はい。多少は戦えますが、私の技は執事向きでして、このようにネクタイが腕のように動くだけです」
ハンスの黒色の光沢のあるネクタイが生物のようにウネウネと動いた。
「なるほど。手が三本あるのと同じようだな。確かに執事業には便利そうだ」
「ええ。理想的な能力だと思っております」
ハンスは誇らしげに胸を張った。豆田はその様子を見て口角を上げた。
「爺さん。ところで、銃は持っているか?」
「護身用程度の物ですが……」
「よし。無いよりはマシだな。では、まずはここから出て、エレナを安全な場所まで連れて行く。爺さんは自分の身は自分で守ってくれ。いいな?」
「はい。もちろんです。では、どのような段取りで?」
「そうだな。本当なら、ここで敵を迎え撃つか、堂々と向かって行きたいところだが、町中で銃撃戦を行う訳には行かない……。シュガー。安全な経路を割り出してくれ」
シュガーはニコリと微笑むと、パソコンのモニターを豆田に向けた。豆田は黒い銃の持ち手を手放しモニターを覗き込んだ。
豆田の手から離れた銃は、浮遊する球状の液体になり、コーヒーカップの上にフワリと移動した。エレナはその光景に目を丸くする。
「流石。シュガー。相変わらず仕事が早い。なるほど……。確かにこのルートが最善か」
「豆田まめお。どうする?」
「仕方ない。年代物のコーヒーミルの為だ。コーヒーソード!」
その言葉に反応して、カップの上に浮遊していた球体の形状が変わり、その上部に突起物が現れた。豆田はその突起物を掴むと、一気に引き抜いた。
浮遊していた球体は、コーヒー色の透明な刀身の刀に変わった。
「豆田探偵。それは? まさかコーヒー?」
「エレナ。惜しいな。コレはコーヒーのようで、コーヒーではない。コーヒーから発生した『こだわりエネルギー』をそのまま使っている」
「『こだわりエネルギー』? コーヒーみたいだけど違うの?」
「ああ。コーヒーを使うと、勿体ないだろ?」
豆田は、そう言うとコーヒーカップに口をつけ、一口飲んだ。
「豆田まめお。ゆっくり話をしている時間は無さそうよ」
「そうか。エレナ。話は後だ。今は最小の被害で乗り切る」
「じゃ。豆田まめお。よろしくね」
「はー。この漆喰の壁。塗るのに丸1日かかったというのに……。仕方ない」
肩を落としながら、カウンター奥の壁の前に立った豆田は、そこにコーヒーソードの剣先を当てた。柔らかな豆腐を刺したように壁にスーッと入る。コーヒーソードの半分まで壁に入れると、豆田は剣先の向きを変え、人が通れる大きさに壁を素早く切り抜いた。
「さー。ここから出るぞ」と、言いながら豆田は、壁を蹴り倒し、出来上がった穴から路地に出た。
一同は頷き、豆田の後に続いた。鳥籠に入ったポロッポをその場に残して……。
***
豆田探偵事務所の前に、黒塗りのワンボックスカーが急ブレーキをかけて止まったのは、豆田たちが探偵事務所から脱出してすぐだった。
スライドドアが素早く開き、4人の迷彩服の男達がライフルを構えながら、豆田探偵事務所に突入する。無駄のないその動きは、玄人のものである。
「くそ。返事がないはずだ。こちらダリー。先行して突入したムツリと、イフトは戦闘不能。殺されてはいない」
ヘルメットに内蔵されたインカムに向かって最低限の報告をしたダリーは、周囲を警戒したままムツリとイフトに近づくと、その頬を軽く叩いた。
目覚めたムツリたちはダリーの顔を見ると目を丸くした。状況が飲み込めていないようだ。
「え。ダリー。なんでここに?」
「何でではない。お前たちのびていたぞ。敵は何人だ?」
「いや、分からない。突入と同時にやられていた」
「くそ。まだその辺にエレナ嬢はいるはずだ! 手分けして探すぞ!」
「「「はっ!!」」」
ダリーと共にワンボックスカーから降りた部下たちは、掛け声と共に周囲に散開した。
ムツリとイフトは、まだふらつく身体を動かし、ワンボックスカーに乗り込んだ。
ダリーはこの場にエレナが残っている可能性を考慮し、鋭い目線で探偵事務所を捜索する。
「ここは豆田探偵事務所? 探偵が協力しているのか? 今は事務所内に誰もいないようだ。ん? 鳥籠に鳩? 飼っているのか?」
ダリーは、カウンターに置かれた鳥籠を手に取った。ポロッポの額から冷や汗が垂れる。
鳥籠を観察したダリーは、元の場所にそれを置いた。そして、視線を奥にやる。
「ここの壁を破って、逃げ出したようだな……」
この部隊に所属し5年になるダリーは、少しの油断で命を散らした同僚達の姿を見てきた。
敵の攻撃を警戒し、壁穴の先を手鏡を用いて慎重に確認する。
「裏は路地か……。こちらダリー。エレナ嬢は、ポイントから移動。再度取り付けたGPS発信機から位置を追跡してくれ」
『了解。エレナ嬢の位置情報を各自のゴーグル内にリアルタイムで表記する』
「了解。では、その情報を元に挟み撃ちにする。各員、ワンボックスカーに戻れ!!」
「「「はっ!!」」」
ダリー達は素早く車内に戻り、装着しているゴーグル内の端に映る地図を確認した。
ワンボックスカーはGPS発信機の示す場所に向かって急加速した。
(ふー。無事に行きましたね。殺されるかと思いました。やれやれ……。あれ? わたくし、ここからどうやって出れば?)
鳥籠の中、ポロッポはバタバタと暴れる。
***
「豆田まめお。後方から追手はやって来ていないわ」
狭い路地を疾走しながらシュガーは豆田に状況を報告した。
「すぐに追いかけて来ないとなると、こちらの位置情報が割れているな」
「多分、GPS発信機ね。探す?」
「そうだな。じゃー、とりあえず、CAFE&BAR『ショパール』に向かうか」
「了解!」
「よし! 次の通りに出たらを右に曲がるぞ」
エレナとハンスは、疲労する身体に鞭を打ち、再度その足に力を込めた。
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