【22話 禁断の生物】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
『LPビル』の17階は、フロア中央の空間が20階まで続く吹き抜け構造になっていた。
六角形にくり抜かれたその広間には、天井に届きそうな高さの巨大な円柱ガラスが一本設置されていて、その内部に巨大な生物が眠っていた。
慌てて17階に上がったワーグナー博士は、その円柱ガラスの前に置かれたパネルを操作する。
「まさか。このような事態になるとは、あの帽子の化け物のせいで、すべてが台無しだ!! この積み上げてきた研究も、もう少しで完成であった生物も!! くそ!!」
ワーグナー博士は、コントロールパネルに怒りをぶつける。
「こうなったら、こいつを使うしかない……。こいつと私を融合させ混合生物を作り上げるしかない……。二度とヒトの姿には戻れないが、致し方あるまい」
円柱ガラスの一部を開き、その内部にワーグナー博士はその身を投げた。
(この生物との融合。ある意味、願いが叶ったともいえるか……。絶対的恐怖をアイツに教えてやる)
円柱ガラスの内部が発泡し、ワーグナー博士と巨大な生物は溶け合い融合していく。
***
16階に残る混合生物を一掃し終えた豆田は、シュガーの元に駆け寄った。豆田が纏っていた蒸気は収まっている。コーヒーが冷めて能力が使えなくなったようだ。
「豆田まめお。これを見て!」
「これは上の階の映像か?」
「17階から20階までの監視カメラの映像よ」
シュガーが豆田に向けたパソコンのモニターには、分割表示された監視カメラの映像が流れていた。
「このデカい筒? これはなんだ?」
「豆田まめお。拡大するわよ。いい? 心してね」
パソコンを操作しシュガーは、画面の1つを拡大した。その画像を眉間に力を入れながら豆田は注視する。
「なんだ? これは? まさか、恐竜か?」
「そうなの……。この筒の中にさっきワーグナー博士が入っていったのが映っていたわ」
「って、ことは……。こいつが動き出すのか?」
「そう考えた方が良さそうね……」
「ワーグナー博士め。恐竜の生きた細胞を手に入れ、育てていたのか……」
深刻な表情を浮かべながら、豆田はその画像を観察する。
「シュガー。この恐竜もおそらく混合生物のはずだ。どの生物とどの恐竜を掛け合わせたか調べられるか? なんとか対策を練る」
「分かったわ。画像の細部を確認して、検索してみる!」
「任せた! おそらくこの巨大生物は数分で動き出すはずだ。急いでくれ!」
受付カウンターの椅子に座ったシュガーは、凄まじい速さで画像を切り取り、検索サイトに上げていく。豆田はその横で持参したガスコンロの火をつけ、コーヒーを淹れ始めた。
「豆田探偵。まさか、シュルツ財団の管轄下でこんな恐ろしい事が進行していただなんて……」
「エレナ。どんな技術も使い方次第だ。そのさじ加減をワーグナー博士は間違えただけだ」
「そうね。間違えたのね。私はシュルツ財団の人間として、ちゃんとした対応をしないと……」
「で、エレナはどうしたいんだ?」
唇を強く結び、少しの時間悩んだあとエレナは、決意の視線を豆田に向けた。豆田はフィルターに挽いた豆を入れ、お湯を回し入れた。辺りにコーヒーの香りが漂う。
「豆田探偵。ワーグナー博士を止めたあと、この施設を破壊して貰えますか?」
「破壊?」
「はい。誰かの眼に止まって、これを悪用されたら、また同じ惨劇を繰り返します」
「なるほど……。それは依頼と考えていいのか?」
「もちろんです! お願いできますか?」
「だ、そうだ。シュガー。それも可能か?」
パソコンを操作する手を一瞬止めたシュガーは、エレナに笑顔を向けた。
「問題ないようだな。では、ワーグナー博士を止めて、施設を破壊。これでいいか?」
「はい。お願いします」
「で、ブランケットを探す。と」
「豆田探偵。この状況です。ブランケットはもういいです」
「なに? コーヒーミルはどうなる?!」
「あの、コーヒーミルは、ワーグナー博士を止めて頂ければ……。もちろんそれ以外にも報酬は用意します!」
「分かった。承諾しよう」
『LPビル』全体が細かく振動した。
「そろそろワーグナー博士が目覚めるか……。シュガー! どうなってる?」
「豆田まめお! 解析出来たわ! でも、大変よ!」
「ん? どういうことだ?」
「これを見て!」
シュガーの操るパソコンのモニターに映る検索結果を見たながら、豆田は出来上がったコーヒーを味わった。
「ティラノサウルス? と、オブトサソリ。それに、ケツルル?」
「豆田まめお。ケツァルコアトルスよ。飛行能力がある恐竜みたい」
「って、ことは? サソリの毒を持つ空飛ぶティラノサウルスを相手に戦うってことか?」
「そうなるわね。監視カメラの映像からは、爪と尾はオブトサソリで、頭と体はティラノサウルス、それにケツァルコアトルスの翼みたい……。おそらくオブトサソリの強い毒を持っているわ。全長は12メートル強。それにワーグナー博士が融合したの……」
「ってことは、頭脳はワーグナー博士と考えた方が良いな……。最悪だな……」
「でも、ここで始末しないと……」
「ああ。分かっている」
16階のエレベーターホールから見えるミュンヘン市内の夜景に豆田は目をやった。
「軍が動いて討伐したとしても、それまでにミュンヘン市内はメチャクチャになっているだろうな……」
『グオオオオオオオ!!』
地響きのような唸り声が上の階から聞こえてきた。
「やれやれ、恐竜さんが復活したみたいだ……」
「豆田まめお。どうする?」
「ま、先ほどの検索結果から特徴は覚えた。何とかやってみる。シュガーは、施設の爆破に取り掛かってくれ」
「ワーグナー博士を倒してからじゃなくて?」
「ああ。あの巨体だ。無事に倒せる保証はない。いざとなればビルを爆破する衝撃で叩くしかないだろ……」
「……。分かったわ。死なないでね」
「ああ。コーヒーミルを手に入れるまでは死ねない……。では、行ってくる! こだわりチャージ!!」
熱々のコーヒーから浮かび上がった『こだわりエネルギー』から、豆田は『こだわりエネルギー』コーヒーカップを取り出し、一口飲んだ。身体が淡く発光し、黒い蒸気がフワリと上がる。
「よし。いいこだわりだ。さー。ゆっくりしていられないな。コーヒー銃!!」
コーヒー銃を作り出した豆田は、16階のフロアの奥に向かって疾走する。
「シュガーさん。こんな大変な事件に巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「ふふ。大丈夫よ。大体いつもこうだから」
「いつもどんな事件を追っているんですか?」
エレナは驚愕したが、シュガーは、笑顔を向けるだけだった。
17階からの振動がさらに強くなり、地響きのような音を鳴らしている。
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