【2話 エレナの依頼】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
「爺や! 私だけで大丈夫!!」
「いえ、そうはなりませぬ。お嬢様に何かあっては、先代に顔向けが出来ません」
「でも、依頼を頼みたいのは私なの! 家のことなんて関係ないわ!」
「と、言われましても、わたくし目を離すなと、言われておりまして……」
「分かったわ! じゃー、本当に見ておくだけね!」
買い物帰りのシュガーは、豆田探偵事務所の前でもめている2人を目撃した。
1人は14~5歳くらいの銀髪のお嬢様らしき少女。もう1人は、執事服をまとったお髭が凛々しい白髪の60歳ほどの男性。どうやら、豆田探偵事務所に依頼をしにきたようだ。
「あのー。もしかして、10時に予約されている方ですか?」
「ん? あー! ここの探偵事務所の方ですか?」
「はい。そうです。豆田探偵のアシスタントをしています。シュガーです」
「初めまして! 私はエレナ。こちらはハンスです」
「ハンスです。お見苦しいところをお見せ致しました」姿勢を正したハンスは丁寧に頭を下げた。
「あのー。少し到着が早くなってしまったのですが、構わないでしょうか?」
「ええ。エレナさん。大丈夫ですよ。では、こちらに……」
豆田探偵事務所の赤い屋根の上で羽を休めていた1羽の鳩が飛来し、エレナとハンスを案内しようとしていたシュガーの肩に止まった。
(え? 肩に鳩が止まった?)
驚くエレナをよそに、シュガーは何食わぬ顔でターコイズブルー色の玄関扉を開け、2人を事務所内に通した。
キッチンに立つ豆田は、それにすぐさま気付き話しかける。
「依頼人か? 予定より早いな。今、コーヒーを淹れているところなんだ。すまないが後10分ほど待ってくれるか?」
「もちろんです。こちらが予定より早く到着しただけですので……」
「助かる。で、ポロッポ。お前は何のようだ?」
待っていましたとばかり、シュガーの肩からパタパタと飛び立った鳩は、キッチンカウンターの笠木に止まった。
「豆田さん。わたくしの依頼はいつ受けてくれるんですか?」
蝶ネクタイをしたような模様が胸にある鳩が、小生意気な声でそう言った。たすき掛けした革製の小さなバッグがポロッポの動きに合わせて、小刻みに揺れる。
(え? 鳩が話している?!)エレナは思わず驚きの声が口から出そうになる。
「ポロッポ。お前の依頼は受けない!」
「豆田さん! 何でですか? 今からこの人の依頼を受けるんでしょ? なら、わたくしの依頼も受けて下さい!」
「だから、私は鳩の依頼は受けない!!」
ポロッポは、目を丸くして心底驚いた表情を見せた。
「酷い! 豆田さんは依頼人を選ぶんですか?」
「うるさい! 私は依頼人を選ぶ! だが、依頼鳩はそもそもお断りだ!」
「何でですか? 報酬にドングリを3つ渡すって言ってるじゃないですか!!」
「ポロッポ。人間はドングリ3つでは、働かん!」
「キラキラの珍しいドングリですよ!!」
「ポロッポ。煩い! 焼き鳥にするぞ!」
大きく口を開け、驚いた表情を見せたポロッポは、シュガーに助けを求めた。
「ポロッポ。あのね。豆田まめおは、暇じゃないの! 今からこちらの依頼人と話をするのよ」
「わたくしの依頼は?」
ポロッポはすがる目線を豆田に向けた。
「ポロッポ。邪魔するなら、永遠にその番は来ない!」
「な! 分かりました……。今日のところは引き下がりましょう。そこの少女に順番を譲ります」
そう言ったポロッポは、口を尖らせ拗ねながらカウンターの端に寄った。
コーヒーの用意を再開した豆田は、一瞬鋭い視線をエレナに向けた。
(この鳩の事は触れてはダメってことね)そう察したエレナは、自身を落ち着かせるために、大きく深呼吸した。その様子を見た豆田は、少し口角をあげた。
「お嬢さん。人間の依頼は、ちゃんと話を聞く。安心して、そこのソファーに座って待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます。そうさせて頂きます」
銀髪のセミロングヘアの少女エレナは、ソファーの真ん中に腰掛けた。執事のハンスは、ソファーに脇に立ったまま周囲を警戒している。
豆田は、その2人の様子を観察しつつ、コーヒー豆の入ったガラス瓶を壁に取り付けられた棚から取り出した。オーク材で作られた見せる収納に特化した棚には、コーヒー豆が入った瓶がオシャレに並んでいる。
コーヒー豆の残量を確認した豆田は、「2人もコーヒーを飲むか?」と、声をかけた。
「豆田さん。わたくしは、コーヒーはいりません。出来ればミルクを……」
「ポロッポ。お前には言っていない!」
「なんと! わたくしに言ったのかと?」
「2人! と、言っただろ? 2羽とは言ってない!」
「ププ。豆田さん。2羽ですって?! わたくし以外にここに鳥がいますか?」
豆田は冷たい視線をポロッポに向けた。
「シュガー。アレを」
「はい。豆田まめお!」シュガーが差し出した鳥籠を受け取った豆田は、ポロッポの身体を掴むと、その中にねじ込んだ。
「鬼! こんなところに入れるなんて!」
「うるさい! そこで黙ってろ! お前のせいで話が進まない!」
一度溜息をついたあと、中折れ帽子を被り直した豆田は、改めてエレナとハンスに問いかける。
「コーヒーは、いるか?」
「あのー。申し訳ございません。お嬢様は他人が淹れた物は飲まないことになっておりまして……」
「爺や。良いじゃないの」
「いえ、そうはなりません」
豆田は、2人のやり取りを眺めつつ、ドリップポットに火をかけた。
「爺や。分かった。もういい。じゃー。見学だけならいいでしょ?」
「お嬢様。見るだけですよ」
「やった! ポロッポさん。この横に座るわね」
「どうぞー。このカウンターに座ると、良くキッチン内が見えますよー。ま、このカゴから出て飛んだ方が良く見えますが!」
その言葉に笑顔を返したエレナは、カウンターに座りキッチン内を眺めた。エレナの顔には、満足気な笑みが見えた。
エレナの座るカウンターの正面の壁は濃いダークグレーに塗装されている。その壁に取り付けられた棚には、綺麗に手入れの行き届いたコーヒーツールの数々が並ぶ。どのアイテムからも豆田の『こだわり』を感じられた。
「お嬢さんは、コーヒーに興味があるのか?」
「ううん。特にコーヒーに興味がある訳じゃないんだけど、人が何かに真剣になっているところを見るのが好きなの」
「そうか。それは良いことだ……」
「ねー。コーヒーのこと聞いて良い?」
「あー。もちろんだ」
豆田はコーヒーミルに2人分の豆を入れながら、少し嬉しそうに口角を上げた。ポロッポは、口をあんぐり開けている。
(あー。豆田さんに、この人はコーヒーのことを聞きましたねー。これは大変なことになりますねー)
ポロッポは、そう思いながら視線をシュガーの方に向けた。
買い物袋の中身を食料庫に直したシュガーは、ポロッポの視線に軽く頷くと、さり気なく、カウンターに腰掛けた。
「では、お嬢さん。私のコーヒーへの『こだわり』を説明しよう。いいか? 一切妥協してはいけない。常に最高を狙い、そして、最高を更新していく。まずコーヒーを淹れる道具すべてに神経を通わすように丁寧に扱う。水も道具の1つと考え、自身の血液のように扱う」
「え、あのコーヒーを淹れるだけの話ですよね?」
「ああ。淹れるだけだが、それが私の人生のすべてだ」
「人生のすべて……。ですか……」
「ま。ひとそれぞれ『こだわり』があるもんだ。そうだろ? な! 爺さん?」
「え? あ。はい。そうでございます……」
急に会話を振られたハンスは目を丸くし驚いた様子を見せながら、豆田にそう返答した。
「で、続きだが、まず見てくれ! このコーヒー豆の輝きを!! ミュンヘンで一番のコーヒー豆職人。通称『オヤジ』の完璧な焙煎を!! マンデリンを中心に2人で半年間悩み抜いたブレンド。それをシティローストで焙煎し仕上げた一品! どうだ!」
「え? あの……。素敵ですね」
興奮気味に早口で話す豆田にエレナは圧倒されながら、適当に相槌を打った。豆田はその釣れない様子を気にもしないで話を続ける。
「だろ? で、次はこのフィルターだ! 雑味が出ない様にこだわられた……」
「あの……」
困り切ったエレナは、シュガーとポロッポに助けを求める視線を送った。シュガーはニコリと微笑むと、ワザとらしくカウンター内を覗き込んだ。
「豆田まめお。私のカフェオレはまだ?」
「ん? ああ。すまないすぐに淹れる」
豆田はエレナとの会話を忘れ、ドリッパーにお湯を注ぎ入れた。その動きには全く無駄が無い。エレナはその豆田の繊細な手付きにコーヒーへの愛を感じた。コーヒーの芳醇な香りが豆田探偵事務所に充満していく。
「凄い! 素敵な香りですね……」
エレナは、そう言いながらハンスに向かって、おねだりの甘い視線を送った。
「ん……。お嬢様。一杯だけですよ」
「ありがとう! 爺や! 豆田探偵。私にも一杯貰えるかしら?」
「ん? 無いぞ! これは私の分とシュガーの分だ」
「え……」エレナは豆田からの思わぬ返答にしばらく固まってしまった。
「豆田まめお。そんなこと言わないの!」
「いや、しかし、無い物は無い! 新しくもう一杯淹れるか?」
「あー。分かったわ。私の分をエレナちゃんにあげるわ」
「あの……。シュガーさん。良いのですか?」
エレナは申し訳なく思い小さく頭を下げた。シュガーは優しく微笑むと、豆田から受け取ったカフェオレをエレナに手渡した。エレナはカフェオレをまじまじ眺めてから口に運んだ。
「んー!! 美味しい!!」
「だろ?」
豆田は、得意気な表情を見せると、自身のカップにコーヒーを注ぎ、コーヒーを味わった。エレナは幸せそうな表情を浮かべつつ、カフェオレを堪能する。
「で、お嬢さん。依頼の話だが……」
「あ。すいません。実は豆田探偵にお願いしたいことがありまして」
エレナは少し姿勢を正して改まった。その姿勢からも日々しっかりとした教育を受けていることが想像できた。ワンピースに上着を羽織っただけのラフな出で立ちだが、品の良さが表に出ている。
「依頼と考えていいんだな?」
「はい。もちろんです。報酬は充分お支払いするつもりです。どうか、まずは話だけでも……」
豆田は、コーヒーを一口飲むと、シュガーに視線を送った。シュガーは無言のまま自身の白いノートパソコンを開いた。
「では、お嬢さん。話を聞こうか」
「エレナで良いわ」
「分かった。では、エレナ。何を探せばいい?」
「え? まだ探し物だなんて一言も……」
豆田は帽子のツバを少し引いて、少し口元を緩めた。
「私は探偵だ。この街で起こった事件は一通り頭の中にある。シュルツ・エレナ。シュルツ財団の愛娘だ。たしか……。シュルツ財団の宝物庫に窃盗団が入ったのは、半月前のことだったかな?」
「流石です。じゃー。話が早いですね。実はある物を取り返して欲しいの……」
「ん? シュルツ財団ほどの財力があれば、わざわざ危険を冒して取り戻さなくても大した問題ではないんじゃないか?」
「いや……。その。大切な物なの……」
「断る。相当厳重なセキュリティの中から盗み出されたのだろう? 手練れの仕事だ。そんな奴を相手にするほど、バカじゃない」
「どうしても、必要な大切な物なの……」
「具体的にそれは何なんだ? 相当危険な物でも盗まれたのか?」
「あの……。笑わない?」
豆田は片眉を上げ、エレナの様子を頭からつま先まで眺めた。
「当たり前だろ。人の大切なものを笑ったりしない」
「あのね。盗まれた物は、沢山あるんだけど、取り戻して欲しい物はブランケットなの」
「ブランケット?」
「そう。私が生まれた時から使っていた物で、お母さまの形見なの……」
「……。そうか……」
「お願いできるかしら?」
豆田はアゴに手を当て、この依頼を受けるか思案しているようだ。
「豆田まめお。エレナちゃんの大切なものよ。取り戻してあげたら?」
「んー。断る!」
「豆田まめお。嘘でしょ?! この話を聞いて断るの?」
「ああ。私に危険が及ぶのは同じだ。断る!」
「あの。豆田探偵。報酬は沢山しますから!!」
「断る!!」
「1万ユーロ。いや、10万ユーロで、どうです?」
「断る!! 私はお金では動かない!」
エレナは、涙を溜め、黙ってしまった。
「豆田まめお。何とかしてあげたら?」
「ダメだ! シュガー。いつも子供には甘すぎるぞ!」
「いいじゃない! それに、大金も頂けるわよ!」
「ダメだ。帰って貰ってくれ!」
豆田は、頑なに拒み続ける。その一部始終を見ていたハンスは渋々その重い口を開いた。
「エレナお嬢様。我が家に19世紀半ばほどに制作されたコーヒーミルがございますが、それを豆田様に差し上げると言うのはどうでしょうか?」
その声を聞いたエレナがハンスの方に、振り向くより早く、豆田の眼が輝いた。
「よし! 早速、盗まれたブランケットの特徴を教えてくれ!」
「え? 豆田まめお? この仕事受けるの?」
「シュガー。当たり前じゃないか!! エレナが困っているのを見過ごして、何が探偵だ!」
シュガーとポロッポは、(よくそんなことが言えるな)と、思ったが今は口に出さない。
「豆田探偵。本当に受けて頂けるのですか?」
「ああ。必ず依頼を達成すると誓おう。だから、せめてそのコーヒーミルの写真だけでも見せてくれ!」
「え……。あ、はい」
エレナはスマートフォンを取り出し、コーヒーミルが映っている写真をスクロールしながら探す。豆田はコーヒーを片手に持ったまま、キッチンからカウンター側に回った。
「豆田探偵。ちょっと待ってくださいね。すぐに出します」
「ああ。なるべく分かりやすい写真を頼む。あと、エレナ!! 伏せろ!!!!」
「え?」
豆田はその言葉に反応できずにいるエレナの上着の腕の部分を掴むと、床に向かって強引に引いた。
「爺さん!! あんたはソファーの陰に隠れろ!! シュガー!!!!」
「豆田まめお!! 分かってる!」
シュガーは、カウンターの裏面に隠されていたスイッチを素早く押した。すると、カウンターの横の床から防弾性のポリカーボネート板がせり上がり、カウンター周りを保護する。
豆田はエレナの身体を床に付けると、リビングに向かって跳躍する。立ち上がったポリカーボネートの横をすり抜け、瞬く間にソファーの前に移動した。その瞬間、発砲音と共に通りに面したガラス窓にヒビが入る。
その異常な光景を眺めながら、豆田は動揺することなくコーヒーを一口飲んだ。
鋭い発砲音が数回聞こえ、ガラス窓に大きなヒビが入る。一瞬の静寂のあと、人影がぶつかり、ガラスは粉砕された。迷彩服にヘルメット姿の2人が豆田探偵事務所に突入した。
「動くな!!」着地と同時に、迷彩服の男はライフルを豆田に向かって構え殺気を放った。
「大人しくすればすぐに終わる」
そう言った長身の男は、豆田に銃口を向けたまま、もう1人の男にエレナを拘束するようアゴで指示を出した。が、もう1人の男はその指示に反応することなく倒れた。
「な!」倒れた男の方を振り返った長身の男のこめかみに強い衝撃が走り、その意識は飛んだ。
「やれやれ、やはり厄介な依頼だったか……」そう言いながらコーヒーを飲む豆田の右手には、黒色に光る拳銃が見えた。
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