【15話 コーヒーの香り】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
『LPビル』の地下駐車場に到着した豆田達は、突き当たりにある鉄製の扉を開け、その奥にあるエレベーターホールに向かった。
「あの……。豆田探偵。これはどこに置けばいいですか?」
「あー。アウトドアセットは、そこの壁際に置いてくれ」
「豆田まめお。この折り畳み式のテーブルは、広げる?」
「ああ。頼む」
豆田達は、エレベーターホール内に最新のアウトドア用のテーブルを広げ、その上にガスコンロを置き、椅子を並べた。
ツヤのない黒色に塗装された天板のテーブルは、クライス刑事に無理を言って、豆田の好みの物を用意して貰ったのだろう。エレベーターホールにそれらを配置する豆田は嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
「豆田探偵。この道具箱が最後になります」
「それは、こちらに貰おう」
コーヒー道具一式が入った小さな道具箱を豆田は丁寧にテーブルの横に置いた。
「豆田探偵。私はこれで!」
「ああ。助かった。あとは外駐車場から従業員が避難するのを手伝ってやってくれ」
「はっ!」豆田を連れてきた警察官は、綺麗な敬礼を見せるとパトカーに乗り込み、地下駐車場から出て行った。
「豆田まめお。このエリアのハッキングは、『ショパール』にいるときに終わっているわ」
「と、言う事は?」
「このエレベーターホールの防火センサーはすべて解除したし、屋上から新鮮な外気をこのホールに取り入れることにも成功したわ。もちろんその他のセキュリティも解除済みよ」
「素晴らしい! では、『こだわりのコーヒー』を淹れ始める」
豆田は、BOXからコーヒーセットを取り出し、テーブルに並べた。水筒に入れた中硬水をお気に入りの黒いヤカンに入れると、ガスコンロの上に丁寧に置き、火を点けた。
「よし。この間に、コーヒー豆を挽く。今日はこのコーヒーミルだ。これは小型でアウトドア時に適している」
「あれ? ちょっと待って! それ新しくない? いつの間に新しいミルを買ったの?」
「はは。お昼に購入したんだ」
「え? 今日?」
「ああ。『メリーのドーナツ』を購入しに行った時についでに……」
「はぁー。あの状況で? ある意味流石ね」
「だろ?」
豆田は嬉しそうにコーヒーミルのハンドルを回した。カリカリと豆を挽く音が耳に心地よい。この上が戦場になっていることを思わず忘れてしまうほどであった。
***
メガロが放った手榴弾によって、階段の内の照明は粉々に破壊された。
薄暗くなった階段をクライス刑事は、盾を前方に構えながら進む。ハンスはサーベルを構えたままそれに続いた。手榴弾の火薬の匂いが階段内に充満している。
「階段上の犯人に告ぐ。今すぐ武器を捨て、投降しろ」
「エレナお嬢様をお返し下さい!」
(ふはは。やはりハンスは爆弾では死なないか。よし。少し遊んでやろう)
金髪老女姿に扮したメガロは、ネックレスのボタンを操作した。
「あー。あ、あぁー。よし、コレで完璧な変装だ」
メガロの声色が老女のしがれた声に変わった。マスクに内蔵されたマイクから声を拾い、小型スピーカーから変化した声を流しているようだ。
メガロはニヤニヤと笑った後、大きな咳払いをし、姿勢をさらに丸くした。
「おお。そこにおられるのはハンス様ですか?」
「え? この声は、キャメル先生!」
聞き慣れた声を聞いたハンスは、慌てて階段を駆け上がった。
「ちょっと待ってくれ! ハンスさん! 誰の声だと?!」
「エレナお嬢様の家庭教師のキャメル先生でございます!」
(家庭教師だと?! この場に?)
階段を上がりきったハンスは、キャメル先生の姿を見て、少し安堵した。
「先生も、捕まってらしたのですか?」
「ああー。ハンス様! 良かった!!」
キャメル先生に扮したメガロは、大袈裟に胸を撫で下ろした。
階段を上がりきったクライス刑事は、盾を前方に向け、銃を構えたまま対応する。
「キャメル先生。ですか……?」
「クライス刑事。キャメル先生も捕まっておられたようです。保護して頂けますでしょうか?」
この場に急に現れた老女をクライス刑事は当然怪しみ、銃口を向けたまま会話を続けた。
「すいません。ハンスさん。仕事柄、人を怪しむ事に慣れていまして……。キャメル先生、すいませんが、両手をあげて貰えますか?」
「さっきまで怖い思いをしてきた私に、まだ怖い思いをさせるの!!」
キャメル先生に扮したメガロは、大袈裟に取り乱して見せた。コレがクライス刑事の抱いた疑惑を確信に変えた。
(コイツ。おそらく銀行強盗の『こだわリスト』! 特定の人物にも変装できるのか!)
クライス刑事は、メガロに向けた銃の引き金に力を込めた。
「もう一度言う。両手を上げろ!」
「きゃー! ハンス様! この人が!」
「クライス刑事! 何をなさるのですか?!」
(くそ。ハンスさんは銀行強盗がマスクを使う『こだわリスト』と知らない! 事前に話しておくべきだった)
「ハンスさん。そこの先生は、あなたの知る先生ではない!」
「何を言っているのですか?」
金髪老女姿のメガロは、2人の混乱をじっくり堪能したあと、懐に手を入れた。
「くそ! 勝手に動くな!!!」
クライス刑事は、咄嗟にメガロに向けた銃の引き金を引いた。弾丸はメガロに向かって飛ぶ。
「なんて事を! 執事流剣術。差し出す剣!!」
ハンスは、素早くメガロの前に身体を潜らせ、クライスの放った弾丸をサーベルで弾いた。
「クライス刑事!! 御乱心か?!」
「ハンス様!! 助けて頂きありがとうございます! わたくし怖いです!」
キャメル先生に扮したメガロは、そのままハンスを盾にするような形で、その背後に立った。眉間に皺を寄せたハンスはクライス刑事の方を向き、剣を構えた。クライス刑事の額に汗が滲む。
「ハンスさん。いいか? 落ち着いて聞いてくれ。そこの老女は、変装の『こだわリスト』だ。キャメル先生ではない!」
「何を言っているですか? 私がキャメル先生を見間違うハズがないです!」
「そこの刑事さん。ハンス様が私を見間違うはずなど、ありません。ねー。そうですよね?!!!」
そう叫んだメガロは、素早く懐からナイフを取り出し、ハンスの左大腿を切り裂いた。鮮血が床に飛ぶ。
「うぐ! キャメル先生!! 何を!!」
ハンスの叫び声がフロア中に響いた。
***
豆を挽き終えた豆田はフィルターをドリッパーにセットし、その中に粉を入れた。次いで、ヤカンのお湯をドリップケトルに入れ、その中に温度計を刺しこむ。
「で、83度になったこのお湯をドリッパーの粉に乗せるように優しく注ぐ」
お湯を注がれたコーヒーの粉はムクムクと膨らむ。豆田はそれを確認するとお湯を注ぐ手を止め、粉を蒸らす。蒸らされたコーヒー豆に、再度お湯を注ぎ入れるベストのタイミングを見定めるため、豆田の眼光が鋭くなる。
「今だ!!」コイン大サイズのお湯を『の』の字を書くように、丁寧に注ぎ入れる。コーヒーの粉がドーム状に膨らむ。エレベーターホール内にコーヒーの芳醇な香りが広がった。
「豆田まめお。どう? 満足な出来?」
「ああ。今日は素晴らしい出来だ。香りがひと際たっている。焙煎からコーヒーを淹れだすタイミングが良かったのか? それとも、このエレベーターホール内の湿度か?」
「ふふ。満足な出来で良かったわね」
「ああ。最高の気分だ」
出来上がったばかりのコーヒーを丁寧にカップに注いだ豆田の口角が思わず緩んだ。ゆっくりとした時間が豆田の周りに流れる。
***
左足を押さえ跪くハンスの執事服に血が滲む。
「くっ!! キャメル先生!! 何をするんですか?!」
「フハハ。ハンス。まだ私の事をキャメルと呼んでくれるのかい? とんだお人よしだねー。おおっと! そこの刑事さん。動くなよ。ハンスの首に穴が空くぞ」
コートのポケットから拳銃を取り出したメガロはハンスのうなじに銃口を突きつける。
「やはり、貴様は銀行強盗犯か……」
「銀行強盗犯? そんなチンケな名前で呼ぶな! 俺はメガロだ!」
「キャメル先生。おやめになって下さい!」
「フハハ。ハンス! まだ分かってないのか?」
キャメル先生に扮したメガロは、ネックレスのスイッチを押した。すると、頭上から顔面に向かって亀裂が入り、2つに割れた。割れた顔は素早くネックレスに巻き取られる。金髪老女姿のメガロは、白髪の男に変わった。
「な! あなたは誰です?! キャメル先生は?!」
「いやー。実に滑稽だったぞ、ハンス! この2週間、本物のキャメルと入れ替わっても気付かないのには、流石に笑えたぞ!」
「何ですと?! 本物のキャメル先生は?!」
「フハハ。あの老女には消えて貰った!」
「消した? 殺したのですか? そんな……。なぜそんな事を?!」
「フハハ。まだ分からないのか? 昨日食べたアップルパイは、美味しかっただろ?」
「アップルパイ? 先生がエレナお嬢様にお渡しになった? まさか? あの中にGPS発信機が?」
「そういうことだ。エレナに渡せば、用心深いあんたはエレナには食べさせない。しかし、キャメル先生が渡したとなれば、捨てる訳にもいかず、あんたが食べるとふんでな。中々隙を見せないから苦労したが、いやー。まんまと罠にハマってくれて俺は嬉しいよ。こんな老女の格好をしたかいがある」
ハンスはメガロの変装を見抜けなかった自分を恥、悔しさのあまり俯いてしまった。
(ハンスさん。心が折られたか……。おそらく、もう動けないだろう……。私が何とかしなければ……)
「おい! そこの刑事! お前は銃を捨てろ!」
「くっ……。こんな事をして、許されると思うのか?」
「フハハ。許されるさ。ここに来る者を1人残らず殺したら、明日には海外に飛ばせて貰うさ」
「くそ!」
「いいか? 妙な真似はするな。少しでも動けば、コイツを殺す」
銃を床に置き、両手を上げたクライス刑事の額から冷や汗がボタボタと落ちる。
***
物音を立てないように、薄暗い通路を慎重に移動していたダリーとエレナは、エレベーターホールが見えるところまで移動していた。
「エレナ嬢。マズい事になっている……」
「あれは?! 爺や!!」
飛び出しそうになるエレナをダリーは片手で静止した。
「エレナ嬢。よく聞いてくれ。あのハンスの後ろにいる男。アレは殺人狂のメガロだ。気付かれたら殺される」
「でも、このままだと、爺やが殺されるわ!」
「今、出て行っても、俺たちも殺されるだけだ」
「出て行かなくても、その内、見つかって殺されるわ」
ダリーは少し悩んだ後、決意の眼差しをエレナに向けた。
ご覧いただきありがとうございます!
「面白い!」「続き読みたい!」と、思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!




