【11話 LPビル】
1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!
コーヒー豆の焙煎が終わるまでの間、CAFE&BAR『ショパール』の隠し部屋に戻ってきた豆田達は、『LPビル』の内部構造を調べる事にした。
「じゃー。豆田まめお。まずは現状のエレナちゃんの様子から確認するわね」
「ああ。頼む」
シュガーはノートパソコンをテーブル上に置き、周辺機器と接続した。モニターに電源が入り、8台の画面に『LPビル』周辺の地図、建物内の見取り図、近辺の監視カメラの画面が映し出される。
「豆田まめお。ここの画面見て」
「おっ。ちょうどエレナが『LPビル』に入るところだな……。取り付けた盗聴器からの音声も流してくれるか?」
「OK! 分かったわ」
シュガーはノートパソコンを操作し、盗聴器の音声をスピーカーから流した。
***
シュルツ財団はドイツ国内で知らない人がいないほどの大企業である。
1962年にアパレルショップとして創業した同社は、年々事業を拡大し、現在では化粧品、製薬、それに医療機器まで扱う大手企業に成長していた。
その製薬業の化学部門がこの『LPビル』に集中している。 20階建てのこのビルは、ニワトリのトサカのような目立つ外観をしていた。
エレナを乗せたオレンジ色のコンパクトカーは、その地下駐車場に向かっていた。
「『LPビル』の地下駐車場ね。ここには始めてくるわ」
そのエレナの言葉にダリーは、敢えて何も反応しない。車内は無言のままスロープを下り、地下駐車内に入る。広々とした駐車場の1番奥まで車を進めたダリーは、再度懐から拳銃を取り出すと、銃口をエレナに向けた。
「エレナ嬢。降りろ」
「この『LPビル』の中に私の誘拐を指示したワーグナー博士がいるのね」
「ああ。そうだ。いいか。逃げようなんて気を起こすなよ」
「銃口を向けられて、手錠もしているのよ? 逃げようなんて思わないわ」
エレナは、そう言いながら助手席のドアを開け車外に出る。ダリーは、銃口をエレナに向けたまま自身も車から降りた。
「そこの扉を開けろ」
「扉? この鉄の扉?」
「ああ。その奥に俺達専用のエレベーターがある。それに乗るんだ」
そう言うとダリーは銃口をエレナの後頭部に当てた。エレナは撃たれないことは承知しているが、冷や汗が滲む。深い溜息を一度付き、ダリーの指示に従って扉を開けた。
扉の奥には、広々としたエレベーターホールがあった。ダリーは銃口でエレナの後頭部を押し、進むように促した。エレナは呼吸が早くなり、自身の鼓動が耳に響いた。
ダリーは、エレナが逃げ出さない様に細心の注意を払いながら、エレベーターの扉横のモニターに専用IDをかざす。カメラが作動しダリーの顔認証を行う。
モニターに緑色のライトが点灯し、エレベーターの扉が開いた。
「厳重なセキュリティね」
「そうだ。最新のセキュリティシステムだ。顔と網膜、それに骨格を同時にスキャンする。つまり、外部から助けは来ない。分かったか?」
「……」エレナは無言のまま頷いた。
ダリーはエレナをエレベーター内に入れると、16階のボタンを押した。
「16階?」
「ああ。そこにワーグナー博士がいる」
エレベーター内は妙に広い。エレナは少しでも情報を口に出そうと、目玉をキョロキョロさせるが、無機質なエレベーター内にはコレと言って、伝えるべき物は見当たらない。エレベーターは静かに16階に到着した。
「さ、着いたぞ。降りろ」
「この16階がワーグナー博士の統括するフロアなの?」
「ここから上、全部だ。早く降りろ!」
エレベーターから降りると、そこは広々としたエントランスになっていた。白をベースにした無機質な空間は天井が高く、圧迫感が全くない。
受付嬢は、事前にダリーが訪れるのを知っていたのか、迷彩服のダリーに驚いた様子を見せず対応してきた。
「エレナ様。ダリー様。奥のホールでワーグナー博士がお待ちです」
「分かった。そこまで連れて行く。ところで、グラザ様からの連絡は?」
「はい。それが交戦されたところまでは確認ができたようなのですが、そこからは映像が映らないらしく……」
「まさかー。やられたのか?」
「それは、ないように思われますが……。しかし、もしもの事態も想定しておく必要があるかと……」
受付嬢とダリーの会話を聞いたエレナは、『シュガーがハッキングして、情報が流れないようにしている』と思った。つまり、『現状は予定通り』なんだと。エレナは自身の鼓動が小さくなり耳に届かなくなったことを認識した。
(メモには、なるべく状況を声に出すように書かれていた……。つまり、私に盗聴器が仕掛けられていて、豆田探偵が聞いていると、考えたら良いわよね……。必要なのは敵の情報。もっと話を聞き出さないと……)
エレナの瞳から恐怖が消え、決意が宿った。
(とりあえず情報を整理しないと。受付嬢も絶対グルよね? このワーグナー博士の化学部門のスタッフ全員が共犯の可能性もあると思ったらいいわよね)
エレナは、言葉を慎重に選ぶことにした。
「ダリーさん。私は、ワーグナー博士にあった後はどうなるの?」
「エレナ嬢。あんたは人質だ。利用価値がある間は生かされるだろ」
「その後は、殺されるのね……」
「……」ダリーは、無言を返事にした。
「ダリー様。エレナ様。では、こちらにお越しください」
エレナとダリーは受付嬢に促され、その後に続く。カツカツとヒールを鳴らしながら歩く受付嬢の身なりは、不自然なほどキチンとしている。
エントランスの奧にあるホールも白を基調にしたインテリアが並び、高級感が漂っていた。中央にドカッと置かれたU字型のソファーには、エレナの事を鋭い目線で見る初老の男の姿がみえた。
白髪に丸メガネの白衣姿のその男の際には、2人のスーツ姿の男が見える。恐らく白衣の男がワーグナー博士で、スーツの男達が護衛の者なのだろう。その立ち姿からでも手練れである事がエレナにも感じられた。
「コレはコレは、エレナお嬢様。お元気そうで」
「あなたがワーグナー博士ね!」
「そうですよ。あなたを誘拐した者です」
「何故、こんな事をするの?」
「こんな事? あなたのお父様が私に行った仕打ちに比べれば大したことはございません」
「父が何をしたって言うの?!」エレナは思わず声を荒げた。
「いいですか? あなたのお父様は私の研究を無下にした。それだけで万死に値する」
「あなたは、なんの研究をしているのよ! 素晴らしい研究なら父も認めるはずよ!」
「ほう。あなたも私の研究に価値がないと?」
ワーグナー博士の鋭い視線がエレナに刺さる。
「私はあなたの研究を何も知らないわ! 良いも悪いもないわ!」
「なるほど。確かに、そうですね。エレナお嬢さんは何も知らない……。そうだ。では、私の研究をお見せしましょう。素晴らしい事が理解できるはずです」
ワーグナー博士は、そう言うとソファーから立ち上がった。護衛の2人は銃を懐から抜き出し、もしもの事態に備える。
ワーグナー博士は、かしこまった雰囲気を演出しながら、エレナをフロアの内部に誘導する。エレナは警戒しながら、その後に続く。退席するタイミングを逃したダリーも渋々その後に続いた。
フロアを奥に進むにつれて照明は減り、薄暗くなってきた。通路の両脇に円柱状のガラスの筒が等間隔に並ぶ。筒はコントロールパネルが設置された銀色の台座の上に置かれている。高さ3メートルほどの円柱ガラスの内部は、液体で満たされ怪しげに発光している。
フロア全体にその筒が配置されているようだ。一つ一つに生物が保存され、その数は百を超える。ワーグナー博士はその中をさらに奥に進んだ。
(これは、何? こんな物に財団の予算を使っていたの?)
エレナは盗聴器の事を忘れ、言葉を口から出すことを忘れていた。
圧倒されているエレナの姿を横目で見ながら、ワーグナー博士は円柱ガラスを擦る。
「エレナお嬢さん。これには特殊な液体が入っていましてね」
「? 特殊な液体?」
「そうです。この液体に浸されている間は、生物は冬眠しているような状態を維持する。貴重なサンプルを保存するには最適でしてね」
「サンプル?」
「ええ、世界中から集められた様々な生物をここに保存しつつ、その遺伝情報を解析するのです」
「それは、何の為?」
「人に有効な遺伝子を見つけ出し、応用する為ですよ」
「応用?」
「ええ。あのようにね!!」
ワーグナー博士は、足を止め前方を指差した。そこには先ほどとは変わり、土台が緑色の円柱ガラスが置かれていた。
「きゃー!!!!」
円柱ガラスの内部に眠る奇妙な生物を見たエレナは、悲鳴を上げた。
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