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【1話 コーヒーの香り】

1日、2話掲載。朝夕6時公開予定。全25話です。楽しんで頂けたら光栄です!

「おい! 早くしろ! このバッグに詰められるだけの金だ!」

「ひぃー! 分かりました! すぐに! すぐに用意します!」

「いいか? 余計な真似はするなよ。俺はコートを汚したくない」


 ブロンズヘアーの男が放ったその言葉は、『撃つぞ!』より、余ほど効果的だったのだろう。拳銃を突きつけられた男は『撃たれた自分の姿』を瞬時に想像してしまった。

 怯え切った男は、情けない声をあげながら命乞いをする。


「助けて下さい! 何でもしますから!」

「俺は無駄な時間が嫌いだ」


 男の頭蓋骨に引き金を引く振動が伝わる。


『殺される』死を覚悟した男は目を固く閉じる。が、その時はやってこない。そっと瞼を開けると、そこには肩を震わせ笑うブロンズヘアーの男の姿が見えた。


「お前が1番偉いんだろ?! 部下を動かせ!」

 その怒鳴り声に、銃を向けられた店長らしき男は生存本能のまま動き出した。


「何をしている! 早くバックヤードの金庫から金塊を持ってこい!」

「しかし!」

「しかしもあるか! 俺が殺されてもいいのか?」


 必死の形相で部下にそう命じた。しぶしぶ両手を上げたまま立ち上がった眼鏡の男は、バックヤードに向かう為に、ブロンズヘアーの男に背を向けた。


『パン!』鋭い発砲音が銀行内に響く。眼鏡の男は大腿を押さえのたうち回る。室内に反響する叫び声。次いで、そこら中から悲鳴が上がる。

 ブロンズヘアーの男は、その悲鳴にウザがる仕草をしたのち、天井に向かって発砲した。

 この場にいるすべての人間が死を覚悟した。銀行内は先ほどとは打って変わって、物音一つしなくなる。


「ふふふ。いいねー。そうだ。こうしよう。このバッグに金塊を入れた人物だけ助けよう!」


 男は、持参した革製のボストンバッグをドカッとカウンターの上に置いた。


「あ、私が……」「ちょっと待て!」「退いてよ!」


 銀行内にいるすべての人間が我先にとバックヤードに向かって走った。男は高々と笑いながら、その光景を眺めていた。


――― 映像はここで終わる。


「豆田探偵。何か気付いたことは無いか?」

「クライス刑事。残念ながら、この映像だけでは犯人の手がかりになりそうなものはないな……。他の監視カメラには何も映っていないのか?」

「ああ。何故か、周囲の監視カメラは作動していなかった」

「……。誰かが意図的に止めたのか?」

「そのようだが……。まだ詳細は分かっていないようだが」

「……」

「ま、豆田探偵。また何か気付いたことがあったら教えてくれ……」

「ああ。この映像は借りていいのか?」

「あー。ダメだダメだ。返してくれ」


 クライス刑事はボサボサの金髪を横に振りながら、『返せ』の意思を込めた右手を差し出した。

 パソコンから抜き出したUSBメモリをクライス刑事に差し出した豆田は、ノートパソコンを閉じた。


「じゃー。また来る」そう言いながらソファーから、のっそり立ち上がったクライス刑事は、豆田の肩をポンポンと叩くと玄関から出て行った。


「また面倒なことになりそうだな……」


 豆田はそう心境を漏らすと、中折れ帽子を被り直し、キッチンに向い、コーヒーを淹れ始めた。


 豆田の自宅兼探偵事務所は、ドイツ『ミュンヘン』のオシャレな店舗が並ぶ一角にある。

 綺麗に敷き詰められた石畳の通りから、ターコイズブルーの扉を開け玄関に入ると、室内はカフェと見間違えるような空間になっている。


 踏みしめる度に心地良い音を鳴らすオークの床材に、眩しすぎない白い漆喰の壁。入ってすぐ右手側に置かれた革製のソファーと、天井に黒いシーリングファン。そして、部屋の左奥には豆田お気に入りのキッチンとカウンターがある。


「で、豆田まめお。本当に映像から何も分からなかったの?」


 ウォルナット材で作られたカウンターに座るココア色のロングヘアの女が、耳にその艶やかな髪をかけながらそう言った。


「……。シュガー。本当に私が何も分からないと思っているのか? 私を誰だと思っているんだ?」


 ラフな着こなしの白いシャツに細身の黒いパンツ。動きを制限しない服を身にまとった端麗な顔立ちのシュガーと呼ばれた女は、カウンター越しにニコッと微笑むと、


「豆田まめお。28歳。出身地は日本。身長175センチ。中折れ帽子に白いシャツが好みのスタイル。たまにベストを着用する凄腕の探偵。ドイツに来たのは5年前。で、コーヒーの『こだわリスト』。違う?」


 豆田は、黒い中折れ帽子の陰に隠れた片眉をあげると、


「そういうことだ……」と答えた。

「じゃー。やっぱり何か見つけたのね?」シュガーは好奇心に満ちた眼差しを豆田に向けた。


 淹れ終わったばかりのコーヒーをブラウン色のカップに注いだ豆田は、その1つをシュガーに手渡した。いつも自分自身にブラックコーヒーを、シュガーにはカフェオレを作る。


 豆田はコーヒーを一口味わうと、良い感じにヘタった革製のソファーに座った。シュガーもすぐその横に腰掛けた。


「いいか? シュガー。これを見てくれ」


 豆田はノートパソコンを開き電源を入れる。すぐさま起動したパソコンのモニターには、クライス刑事が先ほど持ち込んだ事件の映像が流れていた。豆田の眼光は獲物を見つけた獣のように鋭く光る。


「豆田まめお。これ返したんじゃなかったの?」

「少し気になることがあってな。バレないようにダウンロードしておいた」

「良くあの状況で出来たわね……」


 豆田は返事変わりに、また片眉を上げた。


「で、シュガー。この映像を見て何か感じないか?」

「これって先週起きた銀行強盗の映像よね? 確か6人が犠牲になったっていう……」

「ああ。その事件だ」

「特に変わったところは無いように思うけど……」

「じゃー。ここを拡大するぞ」


 豆田はモニターの映像を拡大した。犯人の顔がモニター画面いっぱいに映る。


「あれ? 声の割に顔が若い?」

「惜しいな。この犯人は特殊メイクのようなマスクを付けている」

「え? 本当に? 何で分かるの?」

「犯人が銀行員を威嚇しているこの場面だ。この時の表情を見てくれ」

「……。分からないわ……」

「この犯人が声をあげてから、眼輪筋の収縮までタイムラグがある。おそらくテープなどを使いマスクを固定しているのだろう。明らかに不自然だ」

「そう? いたって普通にみえるけど……」


 シュガーはモニターに映る男の顔をまじまじと観察する。やはりシュガーの目に違和感は映らない。


「まー。完璧に近い変装だが、私の目はごまかせない」

「流石ね。じゃー。豆田まめお。それをクライス刑事に言わなかったのは何で?」


 豆田は帽子を目が隠れるほど深く被り直すと、大きな溜息を一つ付いた。


「シュガー。いいか? 先ほどのクライス刑事は信用できない」

「なんで、そう思うの?」

「まず、この映像の続きがないこと。そして、監視カメラが壊されたという嘘からだ」

「え? あの話は嘘なの?」

「ああ。監視カメラの話をする直前、クライス刑事が大きく息を吸いこんだ。それに、こちらの質問のあと、視界を右上に持っていった」

「視界? 目線ってこと?」

「ああ。ウソをつく時、大概の人間は視界を右上に向けるもんだ」

「そんなことだけで、疑うものなの?」

「いいか? 少しの違和感に気付けるか、それが探偵に一番必要なことだ」

「へー。流石豆田まめおね!」


 豆田は片眉を上げると、コーヒーを一口飲んだ。


「で、シュガー。今日の依頼は?」

「あ、今日の依頼ね。このあと、10時からの一件だけね」

「依頼内容は?」

「メールではマズイらしくて、直接会って話したいって」

「OK。厄介な依頼じゃなければいいが……」

「『こだわリスト』が絡んでいる依頼とか?」

「それはもちろんだが、それ以外にもな……」

「そっかー。じゃー。メールで言えないような依頼主は断る?」

「いや。話を聞いてから判断しよう」

「分かったわ。じゃー。私、時間まで買出しに行ってくるわね。豆田まめおは何かいる?」

「あー。そうだな。じゃー。いつものコーヒー豆を頼む」

「『オヤジの豆屋』のコーヒー豆ね」

「ああ。それが必須だ」

「じゃー。あとは、美味しそうなパンを買ってくるわね。あと、デザートも」

「デザートはいるか?」

「それは私の必須!」


 シュガーは、キラキラした瞳でそう言うと、濃いオレンジ色の小さなショルダーバッグを肩からかけ、玄関を飛び出していった。

 豆田は微笑したあと、再度ノートパソコンを開き、先ほどの動画を注視した。


***


 警察署に戻ったクライス刑事は早速『アトラス銀行殺人事件。捜査本部』と書かれた部屋に入室した。


「あ! クライス刑事。何か進展はありましたか?」そう話しかけたのは、透き通った肌のいかにも好青年な印象を与える新人ミゲルだった。


「そうだな……。まだこれといって具体的な進展は無いのだが……。打開策を求めて、豆田探偵事務所に行ってきたところだ」

「まさか! あの映像をお見せになったのですか?」


 ミゲルは警察外部に助けを求めたクライス刑事を少し軽蔑した。


「見せたが途中までだ……。凄腕の豆田探偵のことだ。あれだけでも何か気付いたはずだ」

「そんなに鋭い男なんですか?」

「ああ。君はまだこの部署になって、半月だったね。彼はこの5年間で数多くの難事件を解決してきた。特にあの洞察力が凄まじい。それに……」

「コーヒーの『こだわリスト』なんですよね」

「ああ。そうだ。ミゲル。君は今まで『こだわリスト』に出会った経験は?」

「……。まだ無いです」

「そうか……。彼らは私たちの常識を簡単に超えてくる……」

「『こだわリスト』。こだわることで特殊な能力を手に入れた人たちですよね?」

「ああ。そうだ。一度目撃すると、人生観がかわるぞ」


 クライスは、苦笑いをしながら、小さな会議室の椅子に腰かけた。簡素なパイプ椅子はふくよかなクライスの重みに軋んだ。


「と、いう事は、クライス刑事は、この事件の犯人も『こだわリスト』と踏んでいるのですか?」

「ああ。この映像を見てみろ。常識の範囲を超えているだろ?」


 ノートパソコンを開いたクライスは、先ほどの映像をモニターに映した。そこには茶色のロングコートを着た男の後ろ姿が映る。


「この後ですよね……」


 クライスはご自慢の短く整えられた顎ヒゲを触りながら、無言のまま頷いた。


 画面上の男は、金塊の入ったボストンバッグを肩にかけると、首元に手をやった。すると、頭頂部から亀裂が入り、頭部が2つに割れる。割れた頭部は首元のネックレスらしき物に巻き取られてゆくように見えた。あっという間にブロンズヘアーの男が白髪の人物に変わった。


「何度見ても凄い変装ですね……。スイッチ一つで顔を変えているみたいですね」

「ああ。この早業にも驚きだが、問題はこのカメラにしか映像が映っていない事だ。監視カメラの位置を完全に把握していて、しかも、こちらを挑発していると考えられる」

「これが『こだわリスト』の力ですか……」

「ああ。確定はできないがな……。可能性は高いと踏んでいる」


 ミゲルは、眉間にしわを寄せながら、モニターをくいるように見つめる。


「ミゲル。いくら見てもそれ以上のヒントは無いぞ!」

「いや、しかし、その豆田探偵に見えるものがあるなら、私だって!」

「ふん。その意気は素晴らしいが、根を詰めすぎるなよ。大事な時にヘバってしまうぞ」


 ミゲルは首を縦に振るが、聞いていないようだ。


(やれやれ。『こだわリスト』の犯行かぁ。一筋縄では行かないだろうな……。さて、豆田探偵は動いてくれるだろうか……)


 クライスは、胸ポケットからスマートフォンを取り出し電源を入れた。



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