真の次元③
無限回廊の障壁が崩壊し始めると、周囲の異次元の静寂が急速に動き出し、空間全体が歪みとともに震え上がった。亜神はその異変に驚愕の表情を浮かべながらも、まだ冷静さを失っていない。
「これほどの力を持つとは…だが、それでも…」亜神は声を絞り出し、再び手をかざして空間を操ろうとする。「この場から逃れることなど、決して許されない!」
亜神の手から放たれた光の鎖が、次元を裂こうとするセレフィナに向かって伸び、彼女の動きを封じようと絡みつく。しかし、その鎖に絡まれた瞬間、セレフィナは冷ややかな微笑を浮かべ、わずかに指を鳴らした。
「この程度で私を縛れると思っているのか?」
彼女の言葉と共に、鎖を覆っていた光が黒い炎に包まれ、瞬く間に焼き尽くされる。その様子を見た亜神は明らかに動揺し、目の前の事態に対する理解を失いかけていた。
「…お前は、一体何者だ…?」
その言葉を口にした瞬間、亜神の胸中を激しい動揺が駆け巡った。長きに渡る生の中で、これほどまでに予測不能な存在に出会ったことは一度もなかった。創造されてからの無数の時を通じて、彼は常に「秩序の守護者」として役割を果たしてきた。彼が向き合う者たちはいつも、恐怖に怯え、あるいは怒りに駆られて剣を振るうだけの存在だった。だが、目の前の彼女は違う。
「…この力は、神々の法則をも超越しているのか?」
彼女の力は規格外だった。亜神が信じていた天地の理を軽々とねじ曲げ、彼の全存在を揺るがす何かを内包しているように見える。彼は生来の本能で感じていた。この者が持つ力は単なる破壊ではない。それは、何かもっと根源的で、世界そのものを再構築する力すら感じさせるものだった。
亜神は自らが守護してきた無数の試練と、それを越えんとする者たちの顔を思い返した。勇者、賢者、魔法使い――彼らは皆、何かしらの目的を持ち、あるいは人間の脆弱さを超えんと努力し、剣や魔術で挑んできた。だが、彼らには限界があった。
その限界こそが亜神の存在を保証し、彼に安心を与えてきた。秩序の範囲内で繰り返される戦いこそが、彼自身の安定を意味していた。
しかし、セレフィナは違った。彼女はすべてを超越していた。
セレフィナはその問いに答えることなく、静かに彼を見つめ返しながら歩み寄る。彼女の周囲には再び魔法陣が展開され、亜神が操る空間をも切り裂くかのように異次元のエネルギーが渦巻いていた。
「あなたには、理解できないでしょうね。」
セレフィナは冷たい視線を向けながらそう告げると、彼女の周囲に無数の刃のような魔力の結晶が生まれ、それが一斉に亜神に向かって放たれた。亜神は必死に防御の魔法を展開するが、その結晶の一つ一つが次元の壁をも貫き、亜神の守りを次々と打ち砕いていく。
「逃れられぬ秩序、動かぬ法則…それが、お前たち亜神の限界だ。」セレフィナの声には一切の躊躇もなく、冷徹な決意が込められていた。
最後の抵抗も虚しく、亜神は彼女の圧倒的な力に飲み込まれていく。崩れゆく空間の中で、亜神はただ一言だけ呟いた。
「…まさか、ここまでとは…」
そして、亜神の姿は次第に光に包まれ、無限回廊の異次元空間そのものもセレフィナの力によって消失していく。その瞬間、静寂が再び訪れ、異空間には彼女一人が立っていた。
セレフィナは勝利を確信すると、小さく息を吐き出し、遠くで待っている仲間のことを思い出した。そして、次元の壁を再び開き、仲間たちの元に帰還するための扉を作り出す。
異次元空間の静寂が戻り、崩れかけた無限回廊の障壁の残響が消える中、セレフィナは辺りを見渡した。亜神の姿は光と共にかき消え、彼が支配していたこの空間も、徐々に闇に呑まれていく。
だが、その奥に一筋の光が瞬いているのを、セレフィナは見逃さなかった。彼女が足を進め、その光源に近づくと、古代の祭壇のような石台の上に、一振りの魔法剣が静かに置かれていた。その剣はまばゆい魔力の輝きを放っており、何千年もの時を超えてこの場に封じられていたかのような神秘的な雰囲気を漂わせている。
セレフィナは冷静に剣を見つめ、鋭い目でその力を感じ取った。「これが亜神が守っていたものか…」
その剣には、異次元を切り裂くほどの力が秘められていると伝説に語られてきた。しかし、今のセレフィナにとって、その剣は単なる戦利品以上の価値があった。この魔法剣が真の次元への道を開く鍵となる可能性を、彼女は感じ取っていたのだ。
「なるほど、亜神もこれに執着していたわけね…」
剣を手に取ろうとする瞬間、セレフィナはふと立ち止まり、遠くで待つ仲間たちのことを思い出した。先に知らせるべきかと一瞬迷ったが、彼女は剣をしっかりと握り、その冷たい柄の感触を確かめると、小さく呟いた。
「待っていて。もうすぐ戻るわ。」
その言葉が虚空に消え、セレフィナは剣の魔力に応じて再び次元を超える扉を作り出した。亜神が最後に残した宝物を手に、彼女は新たな冒険の予感を胸に、仲間たちのもとへと帰還するため歩みを進めた。




