未踏破区域⑫
天使の長はセレフィナの問いに答えることなく、無言で光の槍を構えた。その目は揺るぎなく、セレフィナを倒すという決意で満ちていた。彼の手から放たれた光の槍は、まるで空気自体を切り裂くかのような鋭い音を立ててセレフィナに向かって飛んでいく。光の煌めきが空間を埋め尽くし、その一撃に込められた力は圧倒的だった。
セレフィナはそれを冷静に避けると、即座に反撃の魔力を放つ。しかし天使の長は、光の槍を使いながらも、魔法を察知し、軽やかに身をかわす。再び槍を構えるその姿勢に、一瞬の隙間すら感じさせなかった。
天使の長の心は冷徹で、セレフィナがどれほど強力であろうと、自らの信念が揺らぐことはなかった。彼は自分の存在が「正義」であり、この世界の秩序を守るために戦う者としての誇りを持っていた。セレフィナという存在は、その誇りを根底から崩すものだった。彼の中で、彼女は「異物」であり、何としても排除しなければならない存在だった。
「お前のような存在が、この世界で生きることを許すわけにはいかない。」天使の長は力強く呟いた。「私たちの使命は、この世界を守ることだ。お前はその秩序を乱す者に過ぎない!」
セレフィナは静かに彼の言葉を聞き、無表情のままで言った。「秩序?それはただの束縛に過ぎないわ。あなたが守っているのは、もはや本当の秩序ではなく、腐りきった支配なのよ。」
その言葉に、天使の長の顔が一瞬歪んだ。彼は揺るぎなく信じていたものが、今、否定されようとしていることを感じ取った。それでも、彼はその動揺を表に出すことなく、再び槍を手に取る。「ならば、お前を止めるために、私は何も惜しまない!」
そして、天使の長は再び槍を放った。だが、セレフィナはその一撃をあっさりと捻じ伏せるように避け、瞬時に反撃の魔力を炸裂させる。魔力の波動が天使の長を直撃し、彼の体が一瞬のうちに崩れ始める。光の槍が空中で砕け散り、天使の長はその場に膝をついた。
「光の中にいる限り、私はお前を倒せないと思っていた。でも、この世界が求めているのは、もうお前たちのような『守護者』ではない。」セレフィナは冷徹に告げる。
天使の長は、すべてを理解したわけではなかった。ただ自分の信じてきたものが、破壊され、崩れていくのを感じていた。だが、誇り高き天使の戦士としての誓いは、彼を引きずり込んだ。それでも彼の瞳には、少しの疑念が宿り始めていた。
その瞬間、セレフィナはとどめの一撃を放った。魔力が渦巻き、天使の長はその力に呑み込まれ、消え去る。彼の姿は、眩い光となって霧散し、戦場は静寂に包まれる。
戦いが終わったことで、天使たちも次々と倒れ、セレフィナの前にはただ冷たい風と消えかけた光の残滓だけが残った。空の上には、かつての輝きがなくなり、代わりに穏やかな日の光が降り注ぐ。セレフィナは、彼らの存在がこの世界のバランスをどれほど歪めていたのかを静かに感じていた。
残された天使たちは一瞬怯んだが、すぐに槍や剣を構えセレフィナに向かって突撃する。セレフィナは冷ややかな視線を彼らに向けると、手を軽く振った。瞬間、周囲に展開した複数の魔法陣から無数の魔力弾が天使たちを襲う。逃げる間もなく次々と撃ち倒され、最後の一人が倒れると静寂が訪れた。
セレフィナは戦場に漂う消えかけた光の残滓を見つめながら、小さく息をつく。「これで、不要な軋轢も少しは減るだろう。」
天使たちが消え去った影響はすぐに現れた。空を覆っていた厳かな光の雲が薄れ、日差しが再び降り注ぎ始める。周囲に漂っていた緊張感が解け、自然界の魔力が安定を取り戻したのを感じた。植物の揺れる音、遠くで小動物が動き始める気配——すべてが少しずつ生命の鼓動を取り戻していく。
「やはり、彼らの存在がこの場を歪めていたのか。」セレフィナは静かに呟き、周囲を見渡した。「少なくとも、この場所は再生する余地が残っている。」
足元に散らばる破損した槍の破片を見下ろしながら、セレフィナは軽く手を振る。砕けた光の残骸が静かに空気中に溶け、跡形もなく消えていった。
「次に現れるときは、もう少し意味のある話を持ってきてほしいものだ。」そう呟き、セレフィナは踵を返して歩き出す。背後で微かに響く風の音は、戦いが終わりを告げたことを物語っていた。




