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八十八、不安の種

「………………今のって………………お姉さん?」

 私はもう一度スマホに書かれた名前を見た。青葉香奈。お姉さんがいるのは聞いてたし、既婚者らしいから名字が違ってもおかしくない……。いや?わざわざ名前のデータ変えないか……。じゃあこれが雑誌で噂の彼女なのか……?気になってとっさに出てしまったが、声の感じは落ち着いた女性って感じだったな。私がそんなことを考えながら画面とにらめっこしていると、上からスマホを取り上げられた。

「……あっ。」

「なにしてんすか?」

 声が聞こえたほうに顔をあげると汗だくのイケメンが艶やかに登場した。神山澄。今年の春から移籍してきた次期エースになるであろう選手。私は彼に初めて会った瞬間、ドストライクすぎて一目惚れした。数ある選手と出会ってきたが、こんなにストイックで女にだらしなくない人は出会ったことがない。スポーツ選手は自分に自信があるのか、やたらと欲まみれな行動が目立つ人もちらほら見かける。私はやっと運命の人と出会えたと確信した。しかも今は彼女と遠距離恋愛。狙うなら今しかない。

「神山さん!お疲れ様です!」

「なんで俺のスマートフォン持ってるかを聞いてるんですけど?」

「…………さっき、鳴ってたのに気づかなそうだったので、忙しいですって伝えときましたぁ~。」

「は?」

 彼はそれを聞いて、スマホを確認した。そして呆れたようにこちらを軽く睨んできた。そんな顔もイケメンすぎて、私はキュンと、ときめいてしまった。

「……織咲さん。」

「麗奈です。」

「……………いえ、下の名前で呼ぶような関係じゃありません……今度こういうことしたら、俺はあなたとは関わらないようにします。」

「えぇ~………………。」

「…………………わかりました?」

「わかりましたぁ~…………。」

「あと用件、今週の雑誌インタビューの変更などでしたら、さっき別の人から聞いてます……ありがとうございました。」

「………………神山さん…………私は、ラブですよ。」

「………はあ……帰ってください。」

 彼からの冷たい返答に私ははぁとため息を吐いて、いさぎよくその場を離れた。これ以上いたずらしたら、さすがに本気で怒りそうだった。


―――――――――――――――――――――――――― 

  

「………………はぁーーー。」

俺は精神的な疲れを感じて、ロッカールームで思いっきり息を吐いた。 

「澄~まぁだ、麗奈ちゃんに狙われてんのか?」

「杉田さん……。」

 俺の肩を叩きながら、チームメイトの杉田さんが話しかけてきた。

「まじで……あれ、どうにかなりませんか?」

「…………俺達のメインスポンサーのお孫さんだからなぁ~……あんまり強くは言いづらいわな。」

「……………………はぁ、そろそろ俺、キレそうなんすけど……。」

「落ち着けって……でもあんな感じでも、仕事はちゃんとしてんだぞ。」

「それがあるから耐えてますけど、、、これ以上しつこいなら、俺は古巣に戻るか、移籍します。」

 俺がそう言うと、杉田さんはせめてリーグ優勝してからにしてくれよなと半ば本気よりの冗談を言って去っていった。俺は再度盛大に息を吐き、一旦、ロッカールームから出て、近くのベランダまで歩いた。冬の沖縄は過ごしやすくて、外に出ると爽やかな海風がふいていた。そしてさっき電話にでれなかった相手に折り返し電話をしたが全然繋がる気配がなかったのですぐにやめた。

「…………説明しないとだけど、文だけでは駄目な気がする……。」

 俺は香奈に一応心配かけないようにとチャットにさっき電話にでれなかった謝罪と電話に出た人は気にしないでほしい旨を文で送った。さすがに浮気を疑われることは無さそうだが、心配はかけたくないので、改めてあとで電話しようと決め、背伸びをした後、ゆっくりとロッカールームに戻った。


 ――――――――――――――――――――――

「………………電話ごめん、あとさっきの人は仕事の関係者だから気にしないで…………?」

 私はトイレの個室でスマホに映った文を読み上げた。たった一言しかない文に私は正直ショックをうけた。閉店作業も終わり、ふと連絡してないことを思い出して、着替えるよりも先に確認しに来たのにこれだけ。もっと彼女の情報がほしかった。明らかに澄に好意があるようにしか感じなかった。そうじゃなきゃわざわざ電話にでるはすがない。私がどんな女性か探るために電話に出たはずなのがあからさまなのに、弁明する感じがないのは、する必要がないと思われてるのだろうか。

「……あの声は……若そうだった……。」

 私は色々頭で思考をぐるぐるし始めたが、考えていたらきりがないと思い、立ち上がり、出口に向かって歩き始め、そのまま通路に出るのに扉をいきおいよく開けた。するとたまたま着替え終えた傑先輩とタイミングよく鉢合わせてしまった。

「…………おっ、と。」

「あっ、す、すみません。」

「いや、全然………………え、体調悪い?」

「へ?」

「なんか顔色悪くない……?大丈夫?」

 彼はそう言うと、私の頭をポンポンし始めた。私はその行動にさすがに手を払い除けてしまった。

「あっ、ごめん、つい……。」

「いえ、私もつい……すみません。」

「で?体調は?」

「悪くないです……すみません、急いで着替えます。」

 私はそう言って、会釈してすぐに離れようとすると、急に腕を彼に捕まれた。私は驚いて彼を見ると、本気で心配してくれてるようだった。

「本当に?」

「……………………はい、大丈夫です。」

「無理しちゃ駄目だよ……頑張りすぎるとこあるんだから……。」

「はい、、、ありがとうございます……。」

 私がそう伝えるとゆっくり私の腕を離してくれた。

「今日さ……ご飯、行かない?」

「へ?」

「どうせなら、みんなでご飯食べてから帰ろうよ……。」

「………………いや、楓さんはリアタイが……。」

「じゃあ、二人で行こう。」

「いや、さすがに……。」

「そんな状態で帰ったら余計に辛いんじゃない?」

 彼は真剣な眼差しだった。私はふいにもドキッとしてしまった。過去に好きだった人。それだけ大切だった人。いつもの自分なら絶対に断わっていた。でも今日はあまり1人で居たくなかった。私も弱い人間なんだな。

「………………………………1時間だけなら。」

「うん、1時間ね、ほら着替えてきな。」

 彼はそう言って優しく微笑んだ。私は昔好きだった顔だとふと思い出して、誤魔化すように深くお辞儀をしてロッカールームに向かった。

 

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