八十七、悪天候の為
思わぬ元カレとの再会からなんだかんだと数ヶ月経っていつの間にか年が明けていた。今年の年末年始は澄も私も忙しくて、実家の帰省はあきらめた。なので今回の件も今さらすぎて話してなかったが、意外とそこまで問題なく働けていた。正直担当している内容が違う分、話すことがあっても引き継ぎの内容くらいなので、そんなに関わらないことに気づいた。ただなぜかたまに、楓さんから例の4人で食事に誘われることが増えて、それに行ったり、休憩室で休憩がかぶり喋ることはあるが、それくらいならと思えてきて最初の頃よりは気持ち的にも楽だった。
パソコンで事務処理をしていると、休憩から戻ってきた例の人が隣に座り、同じようにパソコンを開き始めた。運が悪く隣のデスクが空いていたので、隣同士で勤務することになってしまったのは本当にタイミングが悪い以外なかった。ただ私は仕事は仕事と思い、戻ってきた人への連絡事項を伝えるために声をかけた。
「……宮野さん、池上さんの予約時間、15時に変更になりました。」
私がそう声をかけると、彼はパソコンからこちらに目線を移し、腕時計を確認した。
「あ、そうなんだ、ありがとう……。」
「とんでもないです。」
私は彼に無事に伝え終わったので、またパソコンのキーボードをカチカチし始めた。すると彼はしばらくの沈黙のあと、こちらに急に話しかけてきた。
「そういえば、例の笹木野さんすごい順調だね。」
「……あー、そうなんです。グラフ見てくれました?」
「うん、計画的に数字も落ちてるし、綺麗に筋肉もついてるからバランスいいよね。」
そう言いながら、彼は自分のパソコンでデータを見てうんうんと頷いていた。私は何となく疑問に思っていたことをついでにそのまま聞いてみた。
「この間取り入れた、新しいプログラム内容も良かったんだと思うんですけど、あれは海外でやってたんですか?」
「そうそう、笹木野さんに絶対に合うと思ったんだよね。」
「それならバッチリじゃないですか。さすがですね。」
私は笑いながらそう返事をすると、彼は目を丸くしてこちらを見つめてきた。
「………………え、なんですか?」
「笑ってくれた……。」
「は?」
「…………やばい、めっちゃ嬉しい……。」
彼はそう言いながら両手で顔を隠しながら、急に噛み締めるように喜んでいた。
「……な、なんですか……。」
「いや、もうあの時みたいにはなれないって思ってたから……うれしくて……。」
「………はぁ?………………あの………仕事中ですよ。」
「えっ、あ、ごめんなさい……。」
「それに別に、笑うときは笑いますし……。」
「そうだよね……ごめんね……でも再会してからそんなことなかったから……思わず……。」
彼はハハハと苦笑いしながら、頭をかいていた。私はこの憎めないとこは相変わらずなんだよなって思いながらパソコン画面を見ながら彼に伝えた。
「……仕事の面では尊敬してますよ……ちゃんと。」
「………………え!」
「お客様からの信頼が厚いのも知ってますし、店舗スタッフとしてはみんな助かってると思います。」
「……………………。」
「澁谷君もよく頼ってますもんね。」
「あ、青葉ちゃんの支えにもなれてる…………かな?」
私はまさかの一言にキーボードを打つ手を止めた。
(今のは……深い意味……ではないはず……だけど、なんか、聞き方が…………。)
「……………………………………多少は。」
「多少かぁ~~…………おれ、まだまだ駄目だね。」
傑先輩はそう言う割には何故か嬉しそうにまたパソコンに視線を戻した。私はそうですね、まだまだですねと言いながら、考えるのをやめて作業を再開した。すると今度は後ろのほうからバタバタとバックルームに楓さんが戻ってきた。そして早々に最悪だよ~っと嘆きながらデスクについた。
「楓さん、どうしたんですか?」
「これ、見て。」
私は向けられたスマートフォンをまじまじと見た。ゲリラ豪雨の影響で、電車が運休、再開の目処なしと書かれていた。
「うわー、最悪ですね。」
「でしょ?!……今日は早く帰って推しの音楽番組をリアタイするつもりだったのに~……最悪。」
「それは残念すぎますね……ってか、私もしばらく帰れないので残業確定ですよ。」
「俺が車で送ろうか?」
その一言に私と楓さんはピタッと会話を止めた。もちろん声の主は傑先輩だった。
「…………あー、いや……私は……。」
「2人ともぜひ!お願いします!」
楓さんは食いぎみに即答した。
「え?え!?楓さん?私はいいですよ!」
「なんでよ、早く帰れるほうが絶対にいいじゃん!……ってか、傑さん、車珍しいですね?」
「こっち帰ってきて、やっと手続き済んだんだわ……じゃあ、2人とも帰りは任せて。」
「助かります!良かった~……ね!青葉ちゃん。」
「…………はぃ。」
こうなってしまっては断わる訳にもいかず、私は渋々返事をした。そして私はちょっと離れますと、デスクを後にしてロッカールームに向かった。たぶん方向的に私と傑先輩が最終的に二人になるのは避けられない。さすがに澄には一言伝えないとと思い、駄目元で一回電話することにした。電話のコール音が鳴ると意外とすぐに電話に出てもらえた。
「……あ、澄?ごめんね。急に……。」
「どちら様でしょうか?」
私は聞き覚えのない女性の声に一瞬固まった。そして自分の耳を疑った。しかし間違えたのかなと画面を確認したが、間違えなく澄の名前が表示されていた。私は戸惑いながらも、その女性に話しかけた。
「…………逆にこれ彼の電話ですよ……ね?どちら様でしょうか?」
私はなるべく平然と聞こえるようにそう答えた。
「私はチームの専属マネジメントをしている織咲麗奈と申します。いま、神山さんが手が離せない状態で、了承を得た上で電話にでております。ご用件はなんでしょうか。」
「………………いえ、また…………あとにします。」
「さようでございますか。では、失礼します……。」
そう言って、彼女はすぐに電話を切った。私は彼の電話から女性の声なんて聞かされるなんて思わず、放心状態に陥った。あの澄が、手を離せないから……?代わりに?出てと言うだろうか。ましてや女性にそんなこと……。私はあまりの衝撃にしばらく頭が働かなくなった状態でデスクに戻り、考えないようにするあまりに仕事をこなすことに……。例のことを伝えることなんて思い出せもせず、気づいたら時間は過ぎ去っていった。




