八、回復の目覚め
「………………ん……。」
俺はうっすら目を開けた。どうやらいつの間にか朝になっているみたいだった。いつもは寝る前に閉める遮光カーテンが開いていたので、太陽光がガンガンに顔をめがけて降り注いでいた。太陽光を手で遮りながら、ベッド上に掛けられてる時計を見たら8時過ぎを針がさしていた。
「…………久しぶりにこんなに寝たな……。」
俺はゆっくり起き上がり、大きく伸びをした。そしてそのままの体勢で下を見ると人の存在に気付いた。その人は絨毯の上でバスタオルにくるまりながら丸まっていた。
「…………夜通し、居てくれたのか……。」
その人は昨晩、突然訪問してきた青葉先輩だった。俺はそっと近くにしゃがんで顔を覗いた。彼女はすやすや気持ち良さそうに寝ていた。寝返りの時に口に入ってしまったのか、まとめた髪からこぼれ落ちた髪を咥えていた。俺は起こさないようにそっとそれを取ろうと少しだけ肌に触れた。
「……ぅぅん…………や……。」
その初めて聞く色っぽい声に、俺は危険信号を感じ、ババっと両手を上にあげた……。よく分からないけど、本能的にこれ以上触れちゃいけない気がした。
「へへ……。」
そんなこちらの状況も知らず、寝ながら笑ってる。
「…………はぁ。」
俺はそっとベッドのシーツを新しいのに切り替えて、
床で寝ていた彼女を抱き抱え、ベッドに移して部屋を出た。
――――――――――――――
私はぱちっと目が覚めてガバッと起き上がった。いつの間にか私は神山のベッドで一人寝ていた。シーツの色が変わっていたので、たぶん彼が私をベッドに運んだのだろう。私は病人のベッドで何やってんだぁと自問自答しながら頭をポカポカ叩いた。そして唐突にハッとした。
「…………まさか、あの人……治ったからってランニング行ったんじゃ……。」
私はあり得ると思い、ベッドから飛び上がり、部屋から飛び出した。すると同じタイミングで、脱衣場からバスタオルだけ腰に巻いた神山が出てきた。
「………………っ!」
「……あ、起きました?」
「~~~っんぎゃぁーーーっ!」
私はパニックになり、顔を両手で隠しながらその場にしゃがんだ。
「なななっ……何で、何も着てないのっ!」
「汗かいたからシャワー浴びたんすけど、着るもの忘れてて…………ってか、この間測定した時とあんま変わらないし……。」
「か、変わる!……全然違うっ!下着履いて!」
「…………はいはい。」
彼は何食わぬ顔で自分の部屋に向かって扉を閉めた。
「あいつ、本当にいちいち心臓に悪い……。」
私は早くなった鼓動を深呼吸しながら落ち着かせようと、1人廊下でスーハースーハーしていた。その間にラフな格好に着替えた彼はすぐに部屋から出てきた。
「青葉先輩…………。」
「何よ……。」
「腹へった……。」
彼はお腹をさすりながら空腹をアピールしてきた。何だその仔犬のような頼み方。
「…………おかゆ……食べる……?」
「お願いしまーす。」
彼は嬉しそうに微笑んだ。いつの間にか表情豊かになりつつあるなこの人。練習すれば笑顔もすぐ出せるのでは……?
私はすぐにキッチンに向かいおかゆを作り始めた。彼は一緒にキッチンに入ると隣でゆっくりと水を飲み始めた。
「……青葉先輩、ありがとうございました。」
「うん、どーいたしまして。」
「何で、来てくれたんすか?」
「……ん、?……辛そうだったから……。」
「……そっすか。」
「それに神山って……頼らなそうだし……。」
「…………。」
「ぜーんぶ、何とか1人でしようとしそうだから……だから電話もすぐ切ったんでしょ……?」
「…………さすがに、看病は頼めないっすよ……。」
「別に頼って良いのに……これくらい。」
私は鍋のおかゆをお玉で、クルクルしながら答えた。すると彼はすぐ横に座って、私の足に頭をのせてきた。
「……朝比奈さんの言う通りっすね……。」
「何?朝比奈…?」
「はぁ、、青葉先輩っていい人なんですね……。」
「そりゃどーも……おかゆ、何味?梅?それとも卵?」
「梅。」
「……ってか、病み上がりなんだからソファで横になんなよ……。」
「立つのめんどくさい……。」
「分かった、言い方変える……さすがに邪魔。」
私はそう言いながら足で彼を軽く押した。彼はやっぱ優しくないかもと言いながら、渋々リビングのソファに行き横になった。それを確認すると私はキッチンで崩れ落ちた。
(何今の、何今の、今の何……?そんなつもり1ミリも無いくせに何なの……。むやみやたらにひっつくなよ……勘違いしそうになるでしょーがっ!)
私は一回息を深く吐き、おもいっきり吸いながらすくっと立ち上がった。おかゆが良い感じだったので、火を止めてお皿の準備を始めた。
「辛いならそこで食べる?」
「んー、そうします。」
私はおかゆを彼の側に持って行った。
「はい、召し上がれ。」
「青葉先輩は……?」
「ん?あー、いいよ。気にしないで。」
「……そうっすか、いただきます。」
彼は手を合わせながらそう言った後、火傷しないようにふぅふぅしながら食べ始めた。
「うめぇ。」
「あと食べれなかった時用に冷凍庫にレモンとヨーグルトのシャーベット作ったから、それも食べたい時に食べて。」
「ども、何から何まで……。」
「いいえ、じゃあ私は帰るよ……。」
「……じゃあ、玄関まで見送ります。」
「え、いいよ、食べてなよ。」
「それくらい平気っすよ。」
「……じゃあ。」
私はスマホなどをショルダーバッグにしまい、玄関に向かいしゃがんで靴を履き始めた。
「何かあったらまた連絡してね。」
「…………。」
「…………あ、あと冷蔵庫の…………っ!」
私は買ってあったフルーツについて話そうとした瞬間、髪を止めていたヘアクリップを彼が外してきたので首筋から全身に電気が走ったみたいにビクっとした。
「……なっ、何してんのっ!」
「あ、やべ……つい……。」
「……つい?……何のイタズラよ……はい、返して。」
私は彼に手を差し出した。彼は戸惑った顔をしながらヘアクリップを私の手にのせた。しかし私がそれを掴もうとしたら、彼はそのまま私の手をヘアクリップごと握りしめてきた。
「………っ!」
「…………。」
「……あの~握ったら……貰えないんですけど……。」
「…………来週の日曜日、何してんすか。」
「……え?」
「……何か予定あるんすか?」
「…………家で卒論……。」
「じゃあ、俺の家でもできますよね……?」
「で、できるけど……何?」
「今日のお礼させて下さいよ。」
「い、いいよ。気にしないで……勝手にやったこと――――。」
「来て。」
そう言うなり、彼はさらにギュッと私の手を握りしめた。
「…………わ、分かったから……離して……。」
「はい、、、じゃあ、日曜日昼くらいに来て下さい。」
「……うん。」
「じゃあ、気をつけて。」
「じゃあ、お大事に……。」
私は彼に軽く手を振って、扉の外に出た。そのままエレベーターに乗り、下へ降りて、エントランスに向かった。そして近くの小さな公園のベンチに腰かけた。
「………………何……今の……ヤバい、ダメだ……。」
私は両手で顔を抑えながら目をつぶった。脳内でさっきの彼の姿が出てきた。
(私……ダメだ……神山のこと、好きになりかけてる……ど、どうしよう……。)