七十一、彼の我慢
「はぁ、、、、。」
「おい、会ってそうそうに失礼だぞ。」
俺の盛大なタメ息に朝比奈さんはすかさずツッコミを入れた。今日は移籍前最後の朝比奈さんとの時間を過ごす会で、二人で贅沢に個室でしゃぶしゃぶを食べていた。香奈にも声をかけたが、さすがに遠慮すると言い、今日はここにはいない。
「……姉貴が邪魔すぎる。」
「光秋さん、来てんだ?」
「数日だったはずが、あいつ実家に帰る日付も両親に伝え間違えてて、、、最悪。」
「んだよ、たまにはいいじゃん、あんま会えないんだから……。」
「……………………二人時間欲しい。」
「はは、お前、本当に素直になったよな。」
「……………………。」
朝比奈さんはそう言いながら、鍋から俺の皿によそって渡してくれた。それを受け取り、いただきますと冷ました後一口食べた。
「……で、いつまでになったの?」
「…………明後日。」
「なんだ、あとちょっとじゃん。」
「…………………………長い。」
「どうせ、青葉は気にしてないんだろ?」
「正解。」
俺とは反対にあの夜が嘘かのように彼女は通常運転だった。なんなら隙を見て引っ付こうものなら、かわされてさえいる。またタイミング悪く、彼女も遅番勤務が多く、寝る時間も少しだけずれていて、余計に時間がなかった。
「…………あの人……しっかりしすぎ。」
「今さら?」
「たまに自分が情けなくなる。」
「へー、ストイック神山くんが?」
「うるさ。」
俺はいらっとしながらお茶を飲んだ。
「まー、青葉って、肩の力ぬくの下手くそだよなぁ~。」
「あー……確かに。」
「完璧にしたがる……っていうか、妥協できない?」
「………………元彼の話って、聞いたことあります?」
「……なに、急に……気にしてんの?」
「ふと思ったことあって……。」
俺の言葉に朝比奈さんはビールジョッキを持ちながら、んー、と考えた後にあぁと思い出し話し始めた。
「大学の時に……三股?されたやつ?」
「………………クズだな。」
「その時に……なんだっけかな……仁美が、青葉の性格についていけないって言われたって香奈が嘆いてたって言ってたような……。」
「……ついてけないような性格っすかね。」
「よくわかんねぇよな……あんな尽くすタイプいなくね?」
「そいつが見る目ないだけか。」
「……ふ、。」
「なんすか。」
「いやー、お前から彼女の話とか……信じらんねぇなって……。」
確かに朝比奈さんが言うように自分がこんな話をしてる未来は想像してなかった。
「………………。」
「安心……?嬉しいのなんの……。」
「親父かよ。」
「は?うるせー後輩、あっちいったらケチョンケチョンにしてやるからな。」
「……望むところ。」
俺はそう言いながらお茶のグラスを前に出すと、いつまでも生意気なやつと言いながらも、カチャンとジョッキを朝比奈さんはあててくれた。
話していると時間はあっという間で、良い時間になり、店をでることにした。さすがに今日はご馳走になったお礼に朝比奈さんの自宅まで車で送ることにした。
「……ってか、結局プロポーズしないんだな。」
朝比奈さんは夜風にあたりながら、急にそんなことを言ってきた。
「……まぁ、タイミング、逃した……かなとは思ってます。」
「とっとと入籍しちゃえばいいものを……。」
「なんか……縛りつけそうで……。」
「物理的?」
「んなわけあるか、。」
「なに、我慢させるってこと?」
俺は素直にそっすねと頷いた。
「……たぶんプロポーズしたら、仕事もやめて、ついてきそうだし、あの人。」
「否定は……しないけど、譲れないとこは案外譲らないぜ……あいつ。」
「でも悩ませはする。」
「…………………………。」
「あと水河さんじゃないけど、ちゃんとしてからにしたくなった……。」
「お前らどっちも不器用ですねー。」
朝比奈さんはそう言いながらも、最後はまぁ、君たちらしいんじゃないと言って、自宅に帰って行った。
自宅に戻ると姉も彼女も寝ているようで、家の中が静かだった。しかし俺が静かにそのままキッチンに向うと、リビングで彼女が何かを書きながら寝落ちしたように間接照明の明かりの中で寝ていた。俺は起こさないようにグラスにミネラルウォーターを入れて、ソファに座った。そして、ふとテーブルにノートの束が置いてあるのに気付いた。ノートには澄用と書かれていた。
「……おれ用?」
俺はそれを手にとって中身を見た。
「……………………。」
それは彼女が俺があっちに行った時に困らないようにと考えられた食事メニューだった。しかもいつも買ってるメーカーや簡単にできるものだけを厳選しているようだった。ノートはそれぞれ、日頃、試合後などしっかり分かれていて、びっしりと、分かりやすく書かれていた。
「…………………………忙しいくせに…………。」
「……ん?澄……?」
「……ちゃんと寝ないと、風邪引く。」
「ふはぁ~……ん、ごめん、、、あ。」
「?」
「おかえりぃ~。」
彼女は寝ぼけぎみに笑いながら一言そう言った。その姿を見た時に姉貴の言葉を思い出した。
うん……もちろん、初めは優しいなとか、ご飯上手だなとか普通だったんだけど……ふと、あぁ好きっていうよりダメなとこも含めて、愛おしいって思った。
「……………………分かる。」
「……ん?……わかる?」
「……いや、こっちの話。」
「眠い……。」
「ほら、おいで……。」
俺は彼女にそう声をかけて、抱っこして寝室に運んだ。彼女は幸せそうにベッドでまたすやすやと寝始めた。
「こっちの気も知らず、寝やがって……。」
俺は穏やかに眠る彼女の頭を優しく撫でて部屋をでた。




