六、毎日の連絡
軽快な目覚まし用の音楽が枕元でスマホから鳴り響いていた。俺は寝ぼけながら一回スヌーズにスライドし、うっすら開けた目で画面を見た。時間は朝の6時を示していた。その下に連絡通知が何個かきていたが、後回しにしようともう一度枕に顔を埋めた。しかししばらくするとスヌーズした目覚ましが再度鳴り始めたので、またスマホを手に取り、今度は解除にスライドした。俺は大きなあくびをしながら起き上がり上に伸びをした。そしてベッドテーブルに寝る前に準備をしたサプリメントをペットボトルの水で流し込んだ。ペットボトルを手に持ちながら、反対の手でスマホにきていた通知を確認した。一つはチームからの連絡事項、もう一つは朝比奈さんからだったので、すぐにパパっと連絡を返した。そしてふとやらないきゃいけないことを思い出したので、さっき飲んだサプリメントを写真に撮った。
「あぶねぇ……忘れるとこだった。」
そう言いながらベッドから降りて、キッチンに向かった。キッチンに着くと冷蔵庫を開けて、小分けにしておいたヨーグルトをその場に置いた。それは一旦そのままにし、今度は風呂場で顔を洗い、歯磨きをして、そこに準備した朝のランニング用ウェアに着替えた。そのまま玄関に向かい、カウンターにある計測機能付きのスマートウォッチを腕に着け、イヤフォンを耳にはめた。いつもの音楽を流そうとしたら、たまたま先週聞いた音楽のバンド名が目についた。そしてしばらく悩み、たまには気分転換に変えようかなとそれを流し始めた。
「今日は雨上がりでジメってんなぁ……。」
エントランスで軽いストレッチをして、いつも通りのランニングをスタートさせた。朝日が昇り始めたばかりの外はすでにセミが鳴いていた。そのセミが鳴いているほうの空を見ると虹がかかっていた。さっき止んだばかりだったからか結構ハッキリと見えていた。いつもだったら素通りしてしまうとこだが、何となくスマホで写真を撮って、またすぐに走り出した。いつもの通りに出て、信号待ちになったところで止まると誰かから通知がきた。トレーニング中はあまり邪魔されたくないので、俺は確認しないでそのまま走り続けた。
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「ねぇ、私に話すことあるよね……?」
「………………。」
私が2限を待つ間に大学のラウンジで朝食を食べていると美咲がじろっとしながら話しかけてきた。私は口の中のおにぎりを飲み込んで、お茶を飲んでから話し始めた。
「この間も伝えたけどさ、ただ仕事の手伝いを頼まれただけで、私も卒論に使えるから了承したまで……。」
「うそだ!それじゃ、つまらない!」
「つまらないって言われても……。」
そう答えると美咲は周りをキョロキョロした後に私の耳元に手を添えた。
「だって、あのイケメン選手の神山澄だよっ?!そんな人と会ったり、家に行ったり、ご飯食べたり……デートじゃん!!」
「まぁ、旗からみたらそうだけど……でもあいつそういうとこ欠落してるし、何も意識されてないの駄々漏れしてるから……。」
「そこをかんちゃんのテクニックで落としなさいよっ!」
「はぁあ!?テクニックなんてないからっ!」
私は呆れながらスマホを手に取ると、同じタイミングでチャットの通知がきた。噂の神山からだった。私はその画面を美咲に見せた。
「ほらっ!見てみなよ!業務連絡でしょ?」
「……ヨーグルトは言われた通りに常温に戻してから食べました……律儀かよ。」
「分かった?た、だ、の、業、務!」
私は溜め息をつきながら返信をしようとしたら、写真がもう一枚送られてきた。
「……にじ?」
私はこの写真は何だろうと疑問に思っていたら、スマホの時間がなかなかいい時間を表示していた。
「やっば!……じゃあ、美咲また3限でね!」
「くそぅ、聞き足りないのに……じゃあね!」
そしてそれぞれの選択した授業の教室へと向かった。
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チームの体育館では3ポイントシュート練習が始まっていた。個人の前に今は慣らしで各々好きなとこから打っていた。
「おい、神山……青葉とはどうなんだよ……。」
「……練習に集中したいんすけど……。」
俺がそう答えるとわざと俺の手から朝比奈さんがボールをかっさらった。
「…………小学生っすか。」
「うるさーいっ!チャットでもほぼスルーするお前が悪いんだ!」
「いや、だから、普通にただの報告しかしてないんで、チームのサポーターと連絡してる感覚に近いです。」
「……じゃあ、後で見せろよ……内容。」
「いいっすけど……何すか?」
「青葉は女の友人の中でも、かなりの優良物件だって分かってる?」
「は?」
「あいつマジで性格良い上にあのスタイルだろ……顔だって可愛いほうだし……お前にはもったいないくらいなの!」
「………朝比奈さんって……母ちゃんなんすか。」
「うるせー、友達の幸せ願ってんだよ、俺も、仁美も……。」
(ホント昔からこの人って……義理人情がスゴいよなぁ……朝比奈さんの一番、尊敬するとこだよなぁ……まぁうざいっていうのは変わらないが……。)
「……で、お前、青葉に彼氏できたら……。」
「途中でもこれ止めますよ……さすがに訴えられたりしたら堪ったもんじゃない……。」
「…………はぁ、お前なぁ……。」
「……ん?」
そんなことを話していると、本格的に練習が再開する号令がかかったので話は中断した。
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3限も終わってやっと落ち着いたので、美咲と食堂に移動した。今日は前もって約束していたので、注文口に2人で並んだ。
「……あれからやっとかんちゃんにも春がくると思ったのになぁ……。」
「すみませんね、浮いた話一つもなくて……。」
「だってもう2年くらい経ってるよね……?傑先輩だっけ……バスケサークルの……。」
「……経ったんじゃない……たぶん……思い出したくもない……。」
「二股事件……?」
「違う、三股事件……。」
「わー、引くー。」
美咲がそう言ったのでホントだよと答えながら注文したA定食を受け取った。大学に入って初めての彼氏だったが、半年経ったある日、浮気現場に遭遇した。色々聞いてみたら他にも女が居たのでその場でふってやった。私の中で黒歴史にしたい案件。
「でもさぁ、神山君って逆に恋したら一途なんじゃない……?」
「いや、無理っしょ。そこにいけないんだからさ。」
私は美咲の淡い夢を一刀両断で切り捨てた。しかし彼女は負けじと反論してきた。
「いーや、絶対にタイミングによっちゃあ、いける!」
「その自信……何なのよ……。」
「だって、他に気になる人もいないんだから、こうハッと、した瞬間にさ、これはまさか恋なんじゃ……ってなるのよ……漫画だとそうだから。」
「最後の最後に二次元ぶちこまないでくれます?」
私は呆れながらそう答え、席に着いた。美咲はなんですとーと言いながら同じく目の前の席に着いて、いただきますと手を合わせた。私は会話でさっき途中だったのを思い出したので、再度スマホ画面をタップしてチャットを見た。するとさっきの写真の後に文が送られてきていた。
“今日も1日宜しくお願いします。”
「……それだけかい。」
「……ん?かんちゃん何か言った?」
「うぅん、何も…ってか、さっきの授業のさ――――。」
私は了解、そちらも頑張ってとだけ送り、美咲とのランチタイムを楽しんだ。
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「朝比奈さん、ほら、これで良いんすか。」
ロッカールームで着替えてる朝比奈さんに俺はスマホを堂々と渡した。朝比奈さんはシュパッと奪い取るとスライドしながら読み始めた。
「ほら、ただの業務報告でしょ?」
「……何この写真……。」
「ん、?今朝、見た虹です。」
「これ、お前がわざわざ撮ったの?」
「……うす。」
「……で、わざわざ送ったの?」
「そういうの好きそうじゃないっすか……?」
「………………。」
「……そのニマニマした顔、気持ち悪いんすけど……。」
「ふ~ん、、スマホ返すわ。」
そう言われたので、どうもと言いながら手を伸ばし、受け取ろうとした。しかし朝比奈さんは逆に力を入れてきた。
「離してくださいよ。」
「青葉……泣かせんなよ……。」
「あ゙?意味、分かんないっす。」
「だろうな……。」
俺が何の事かさっぱり分からず、疑問に思っているのをよそに朝比奈さんは鼻唄を口ずさみながら荷物を片付けていた。この人のテンションにはついていけないと思いながら、俺も荷物をまとめ始めた。