五、二度目の訪問
まさかこんなにもすぐに彼の家に来ることになるとは思わなかった。私はトマトを見比べながら、隣で携帯を触っている神山をチラ見した。とっさの思いつきで言ったのは自分だけど、こうもすんなりと了承をえられてしまうのはやはりどうなんだろうか。私の存在はあくまでサポーターという立場がハッキリしているという事なのか。
「……トマト食べれる。」
彼は私がこっちを見ていたので、選んで良いか悩んでると思ったのだろう。
「あ、うん……食べれないのある?」
「パクチーはやだっすね。」
「それはなかなか使わないかな。」
「そっすか。」
私は手に持っていたトマトをカートに入れて、そのまままっすぐに進み絹豆腐を沢山入れた。
「豆腐、そんないります?」
「水を抜いてチーズ代わりを作ろうかと、脂質は少なめがいいんでしょ?」
「へー。」
「あとは甘いものも食べたいの?」
「え、マジっすか。それも用意してくれるんすか?」
「ギリシャヨーグルトでティラミスにしようかな。」
「よっしゃ。」
彼は甘いものが嬉しいのか少し花が飛んでいた。
「……そんなに嬉しいの?」
「……?、はい。俺、チョコ好きなんで。」
「あ、高校の時のバレンタイン、沢山あってスゴかったもんね。」
「そう、ですか?……あんまり記憶に……。」
彼は少ししかめっ面をしながら考えてた。当時の彼女達の思いと必死さが伝わってないと思うと辛いなと私はやれやれと手をぴらぴらした。
「……何すか、その残念そうな顔。」
「ご尊顔の持ち腐れ。」
「この間から、それ何かのことわざっすか。」
「…………はぁ、ほらどんどん選んで早く行こう。」
私はこういった類いのトークは埒があかないと思い、買い物を再開した。選びきった必要な食材、調味料、保存容器となかなかの量と金額になった。私はバックから財布をとろうとすると彼がそれを制した。
「……いや、さすがに少しは……。」
「いいっす。作ってもらうんで……。」
「じゃあ、お言葉に甘えます。」
私はそっと財布をバックにしまい、彼が支払いをしている間に移動し、買った物を袋にしまい始めた。しばらくするとながーい精算レシートを持った彼がやってきた。
「……ごめん、買いすぎたよね。」
「まぁ、なかなか長いレシートっすね。」
「……すみません。」
「別にいいっすよ。俺、食費くらいしか使わないんで。」
「休みの日に買い物とかしないの?」
「……休みも練習日もやること大して変わらないっすね。」
「そんなに毎日やってて、疲れない?」
「疲れる……?」
彼は私の質問が不思議のようできょとんとしていた。毎日の習慣だからか辛いとか苦しいがなくて、当然の日々なんだろう。彼の脳内はバスケットボールで埋め尽くされていて、他には入る余地なんてないらしい。
「愚問でしたー。」
「愚問……?」
「……うーん。気にしないで、こっちの話。」
「はい、、あ、重たいのは俺持ちます。」
彼にそう言われたので、ありがとうとお礼を言って各々袋を持って車へと向かった。後ろの座席に荷物を積み、助手席に戻ってシートベルトをしめようとしたら、何回引っ張っても動かなかった。
「あれ~?さっきまで平気だったのになぁ……。」
「……ちょっとすいません。」
「…………っ!」
そう言うと、彼は私のシートベルトを確認する為に身をのりあげ、私の前に近づいた。さっきは測定する為に私から近づいたけど、逆になるだけでこんなに緊張するもんなのか……。私はチラッと彼の横顔を見た。真剣な眼差しでガチャガチャ作業している。喉仏から首筋、鎖骨、女性とは違う骨々しさ。あと気のせいか洗濯洗剤のような爽やかな香りもする。私は無意識にその香りをクンクンと嗅いでしまった。すると彼はとっさに自分の首もとを隠した。
「……今、嗅ぎました……?」
「……あ。」
私は出会ってから初めて彼がぎこちなく照れてる顔を見た。その表情を見た瞬間、心臓がギュッと締め付けられた。
「汗臭くはないようにしてるんすけど……。」
「うん、いい匂いだよ。」
「そっすか……あ、取れましたよ。」
彼はそう言いながら、シートベルトを差し込んでくれた。私は自分の感情が表にでないようぶっきらぼうにどうもと返事をした。
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家に着き2人で買ったものキッチンに置いた。やはり高級マンションなだけあって、オーブンが足元にあったり、食洗機、ウォーターサーバーも全て壁に埋め込まれていてスマートなキッチンだった。
「……き、緊張する。」
「何がですか?」
「ここで料理して、万が一、何か壊したらって考えると恐ろしい……。」
「爆発だけはやめて欲しいっすね。」
彼は袋から食材を出しながら答えてきた。
「うん、気を付ける。さてさて、ボウルとかはここかな?」
そう言いながら、私は近くの上の棚を開け始めた。綺麗にボウル、計り、鍋が並んでいた。やっぱり綺麗できっちりしてるなぁと思いながら背伸びをして取ろうとした。するとさっきの優しい香りが薫ってきたかと思うと、すぐ後ろに彼が立ち、棚のほうに手を伸ばした。
「これっすか。」
「あ、ありがとう。」
私がいちいちドキドキしているのも知らず、彼は棚から必要な物をどんどん下ろしてくれた。
(私さっきから反応しすぎじゃない……?中学生じゃないんだから……平常心、平常心……。)
私は頬に両手を置きながら自分に心の中で言い聞かせた。
「何か手伝いましょうか?」
「あ、じゃあ、野菜洗って、レタスは千切って水切りして貰っていい?」
「うす。」
彼と私はそれぞれ作業にとりかかった。しばらくはカチャカチャと作業の音だけが響いていたが、私は無音で料理するのは苦手なので途中で手を止めた。
「……あの音楽流してもいい?」
「ん?どうぞ。」
私は彼から了承を得たので、スマホに入ってる音楽サービスアプリから好きなバンドのメドレーを流した。
「好きじゃなかったらごめん。」
「いや、平気っすよ。」
「…………神山はさぁ、、。」
「……?」
「彼女欲しいって……思わないの……?」
「はぁ、女子って、その質問好きっすよね……。」
「……あー、うざいんですね、、忘れて。」
私はその他大勢と一緒にされた感があって少し嫌だったので、話を終わらせた。そしてまた沈黙になり、食器の音と音楽の音だけが鳴っていた。
「…………必要性が、まだ分からない……。」
「……何?」
「だから、欲しいかの前に、必要かが分からないんです。」
私は作業していた手を止めて隣の彼を見た。彼はレタスを千切りながら、いつも通り淡々としていた。
「必要……かどうかね……。」
「青葉先輩は彼氏いないんすか。」
「……いない、もうだいぶ前に別れた。」
「……ふーん。」
「興味なさそー。」
「……まぁ、、、あぁ、でもいなくて良かったです。」
「へ?」
「というか居たら困ります……。」
「…………それ、どういう意味……?」
「……ん?そのまんまの意味です。」
「…………。」
「何すか。」
「…………私に、彼氏がいたら……困るの?」
「……そっすよ。だって……。」
「……だって?」
「サポートしてもらうのに、俺の家来てたら疑われるの目に見えません?」
「………………はぁ。」
「……どうしました?」
「神山って鈍感にぶお君だよね……。」
「は?」
「……あとオブラートなしおくん。日頃、気を付けなよ……刺されるよ……。」
「こわ、さっきから何の話っすか。」
「……いつか分かるといいね。」
「はあ?」
「野菜貰うよ……あとは大丈夫だから座ってて。」
彼は納得いかなそうな顔をしながも、素直にレタスの入ったボウルを手渡してリビングへ去っていった。
(本当に何なんだ……優しいけど時折失礼だよな……この人といつか付き合う人は絶対に振り回される……大体、私の事サポーターってハッキリ言いやがって……)
私はモヤモヤしていると自分の心臓がチクッとした。(この感じ………いや、まさかまさか、違うって……。)
私は作業しながら自分の感情の答えが勘違いだろうと頭ですぐに処理した。