三十九、紙袋の中身
15分くらい経っても彼が戻らなかったので、じっとしていられず、私は冷静になろうとテーブルの周りをグルグル回った。スマホで時間を確認すると夕方の4時を過ぎていた。止まっていると色んな妄想が私の脳内を襲ってくるので私はとりあえず身体を動かすことを続けることにした。
「えぇ……どうしようか……でも嫌な訳じゃないし……いやでもこんな明るい時間から……?色々……恥ずかしい……。」
私は頭を抱えながらあぁと軽く叫ぶと、テレビ台の近くに置いてあった紙袋をいきおいで蹴ってしまった。
「あ、やばっ!……………………は?」
私は目の前に散らばったディスクケースをゆっくりと手に取った。
「……俺の初めてを奪ったのは…………先生でした……。」
私は右手に取ったディスクケースに書かれた文字を読んだ。次に左手に取ったディスクケースを見た。
「…………いけないと……分かりつつ……団地妻の部屋を訪問…………。」
私は読みながら頭が真っ白になった。とりあえず5枚くらい入ったディスクケースを並べて正座をして眺めた。
「これは……見たくなって買った……のか……それとも前からあったのか…………?」
私はショックというよりも、彼が興味を持って見ていたことに衝撃が走った。男性だし見てるのはおかしくないのだろうけど、わざわざ買って見る事をする人だとは思わなかったので処理がおいつけなかった。私がそれらを眺めていると、自分のスマホが鳴り響いた。私はその音にビクッと驚き、慌ててスマホを確認した。画面には仁美の名前が表示されていた。私はすぐさま電話に出た。
「っ仁美~!?」
「何……?!」
「ごめん!……あの、さきにこっちの話をしてもいい?」
私はバタバタしながらディスクケースの前にまた正座した。
「なに?……。」
「朝比奈が……その……観てたらどうする?!」
「………………は?」
「だから……大人の……男性の観るやつだよ!……ディスクが5枚もあって、団地妻とか、女教師とか……。」
「……ねぇ、もしかしてさ……」
「なに?!」
「…………それ、たぶん、ハルのだよ。」
「………………へ?」
「それ、ハルのやつ。」
「そうなの?」
「……あいつ何渡して……ってか、神山君……もしかして……………?」
「これ私は見なかったことにするべきだよね?!」
「まぁ、そうね、神山君の為に……。」
仁美にそう言われて、私はスマホをスピーカーにした後に慌てて紙袋にしまった。
「……香奈……大丈夫?やけに慌てるじゃん。」
「そりゃそうでしょ?!」
「いや成人男性だし、いいんじゃない……恋愛とは別物でしょ、性欲は……でも彼がちゃんと興味あって良かったね。」
「そ!?…………そうか、そうだね。」
私は紙袋を元の位置に戻しながら、仁美にそう言われて確かになと少し冷静になった。
「……まぁ、いいや、香奈、忙しそうだからまたにするよ。」
「え、なんかごめん。」
「……香奈?」
「なに?」
「…………結果報告はしてね?」
「…………っこら!」
私が声を荒げると仁美は笑いながらバイバイと言ってきた。私は電話が終わり、はぁと溜め息を吐いた。するとタイミングよく玄関の扉が開く音がした。私はさっきまで冷静だったはずなのに、彼の帰宅が分かるとまた心臓が慌ただしくなってきてしまった。とりあえず私はささっとソファに座り、ずっとそこにいた風に装った。
「ただいま……。」
「お、おかえり~遅かったね?」
「あぁ、なんか欲しいやつなくて……。」
「こだわり…………あるんだ……。」
「…………ん、まぁそれなりに。」
私は彼がキッチンでビニール袋の中をがさごそしているのをなるべく見ないようにした。
「……そういえば……どうすんの?……いれる?」
「な、なにを……?!」
「………………何をって、今日はこのままいれんの?」
「………………。」
「……おーい、聞いてる?」
「心の準備を……しても……いい?」
「あ?こころ?」
「私……さすがに……いきなり……明るいと勇気が……。」
「…………さっきから何の話、してんの?」
「さっき買ってきたんじゃないの……?」
「これ?」
彼は私のいるとこに近付いて、テーブルの上に箱を置いた。私は置かれた箱を見た。
「…………紅茶……。」
「いつものやつ、近くは売り切れてて……甘いもの食べてるなら紅茶も欲しいかなって……。」
「……これ買いに行っただけ……?」
「あとは香奈さん泊まるなら、必要かなって歯ブラシ買ってきた……前のやつ前回捨てたでしょ?」
「…………ありがとう。」
「うん…………どうした?」
私はそのままソファに倒れこんだ。彼はそれを見るなり、隣に座りなんかあったと聞いてきた。
「…………とおる……。」
「なに?」
「……泊まって……ほしい……?」
「まぁ……できれば。」
「……それは…………その……なんで?」
「なんでって……一緒にいたいから。」
「…………そっちかぁ……。」
「そっち……あぁ……そういうことか……。」
彼は何かに勘づいたのかそう言いながら、私の上に覆い被さってきた。私は驚きながら、ゆっくり彼のほうに顔を向けた。すると彼は私を見ながら微笑み、少し意地悪そうな顔をしながら口を開いた。
「……あっち…………行く?」
そう言いながら彼は廊下を指差した。
「…………っ!」
私は全身が一気に熱くなるのを感じた。彼の言葉はさすがにそう意味で言っているに違いない。彼の顔がそれを私に理解させた。そして今日一番の心臓の高鳴りがどくどくとなり始めた。突然の質問と突然のタイミングに私は返答に戸惑った。
「…………香奈さん?」
「………………ムリ。」
「……え……ムリ?」
彼は私の言葉に若干ショックを受けた顔をしていた。私は両手で顔を隠しながらゆっくりと正直に話し始めた。
「……いきなり…………明るいの……はムリ……。」
「…………。」
「………………夜……まで……待って……下さい。」
「…………待ったら……いいの?」
「……でも……本当は……別の日がいい……。」
「……?」
「…………下着…………。」
「下着?」
「下着……新しいの買ったから、着てる日がいい……。」
私がそう答えると彼はふぅんと言いながら、背中を指でなぞってきた。私はそれにビクッとしながら、指の隙間から彼を見た。
「どうでもいい……?」
「んーーーー。」
「あ、どうでもいいんでしょ?」
「勝手に決めつけんなよ……。」
彼はそう言いながら、私の頬に指をグリグリした。
「……そう言われると……待ちたいけど……。」
「…………けど……?」
「そんなこと言われると……より待てなくなるんだけど……?」
「え?」
「だってそういうつもりあったんでしょ?」
彼の直球な質問に私は何も言えず、ただまた顔を隠した。しかし彼は引く気がないのか、そこから動かなかった。
「…………部屋……暗くするから…………ダメ?」
彼はゆっくりそう私に聞いてきた。
「………………暗くなる?」
「俺の部屋……遮光カーテンなの知ってるでしょ……?」
「……うぅ……。」
私は身体を丸めながらもう一回悩み始めた。
「…………やだ?」
「その聞き方……ズルくない……。」
「わざとに決まってんじゃん。」
「……正直すぎ。」
「それくらい、本気なんだけど……。」
「…………っ!」
彼はそう言うと優しく私の手をとり、自分の胸に私の手を当てた。私と同じか、私以上に鼓動が早かった。そしてあの気持ちを伝えてくれた日を思い出した。あの時と一緒の顔をしていた彼は真っ直ぐこちらを見ていた。




