四、興味本位の会話
「……よしっ!測定と撮影終わりました!お疲れ~。」
「ども。」
一通りデータを取り終えて、全てノートパソコンに保存もしたので問題なく終わった。もう少し手こずるかなって思ってたけど、思いの外順調にことを得た。
「じゃあ、着替えてきて~。」
「行ってきます。」
私は彼が着替えている間に機械を片付け始めた。全部、電源を切らないといけないので、ちゃんと一つ一つ確認しながらすすめていった。しかし最後の一つの抜かなきゃいけないコードがなかなか固い。
「んーっしょ!あれ……抜けない。もう一回やるか。」
私は片手から両手に変えたが、動く気配がない。でもマニュアル的にはロックがかかる仕組みは無いらしいので、ただ単純に私の力量不足で起こっているのだろう。
「ん゙ーーーっ!」
「代わりましょうか?」
「ん゙ぎゃあ!」
急に耳元で囁かれたので、私は変な声をだしてしまった。
あまりの声に少し恥ずかしかったので、耳を抑えながら彼をじろっと睨んだ。
「サーセン。」
「……まったく……止めてよね……。じゃあ、代わって。」
「うす。」
彼が何食わぬ顔で代わり引っ張ると嘘のようにスポンとすぐ抜けた。
「おー、さすが。」
「いや、これ、先輩が非力……あ、いて。」
私は口が過ぎた彼の頭を軽くポカッと叩いてやった。測定器の片付けが終わり、今度はそのまま教授室に向かった。部屋をノックするとはーいっといつも通りの返事が返ってきた。
「失礼します。」
「青葉さん、無事に終わった?」
「お陰さまで無事に……あ、こちらが実検体の神山澄君です。」
「……言い方ひどくないっすか。」
「はは、はじめまして。教授の向島です。話は伺ってるので、ぜひこちらの部屋をご自由にどうぞ。」
「……ありがとうございます。」
「教授はお昼に行かれますか?」
「ううん、今日はもう大学出ちゃうから戻らないよ。青葉さん、もしも部屋をでる時は戸締まりしてね。鍵はいつもの場所に返してね。」
「承知しました。」
私が軽く敬礼しながら返事をすると、手をふりながら教授が去っていった。
「神山、プロテインならあるけど飲む?」
「……普通、お茶じゃないんですか?」
「だって空腹始まったら筋肉落ちるじゃん。」
「はは、あざーす。」
「ホエイプロテインのチョコしかないけど平気?」
「平気っす。ってか、青葉先輩も飲むんですか?」
「ん?うん、お昼食べる暇なさそうだし、話ながらでも補給できて一石二鳥。」
私はVサインをしながらイエーイと高々と手を上げた。すると私の行動を見て、彼は急に吹き出して笑い始めた。
「はー、青葉先輩、さいこー、好きです、そういうとこ。」
「は?」
私はプロテイン袋を床に落としてしまった。幸いにも封を開ける前だから散らばりはしなかったが、好きです発言が頭の中でこだましている。
「……落としてますよ?」
彼は私が落とした袋を拾って手渡してきた。たぶん彼にとって深い意味などないのだろう。けどそんなご尊顔で、キラキラ笑顔を向けて、好きですなんて達が悪い。
「……ありがと。」
「……ども、あ、さっきのデータとここにある資料見てもいいっすか。」
「どーぞ。」
私がどぎまぎしてるのなんて気づいてもいない様子で、彼はソファに腰かけるとパソコンと資料をまじまじと見始めた。本当に私は女性として意識されてないんだなと実感してきた。私はシェイカーを両手に持って、彼が座っているソファの隣に腰かけた。
「ねぇ、神山って彼女いたことあんの?」
「ないっす。」
間髪いれずの即答かつ、彼はこちらに見向きもしないで資料を見ながら答えてきた。
「好きなタイプは?」
「さぁ?」
「好きな芸能人は?」
「いないっす。」
「じゃあ、、、。」
「……さっきからなんすか?」
さすがにしつこいって思われたのか、彼がじとーっと嫌そうな顔で見てきた。
「……ちぇ、ちょっとした興味本位じゃん。」
「興味は俺の身体だけにして下さいよ。」
「だ、だからこの間から、言い方が紛らわしいっつの!」
「……は?」
「~~ん、もういい!始めるよ!あとこれ飲みなさい!」
「いただきます。」
そういうとこは礼儀正しいから腹立つわと思いながら、私達はこれからの食生活と身体作りの計画表を作成した。
あれやこれやと話し合い作業に没頭していたら、あっという間に3時を過ぎていた。
「はー!ざっとこんなもんかな?」
「了解です。食事は写真で報告します。」
「成分表もあるやつは写真でよろしくね。」
「うす。」
「ってか、さすがにお腹空いたー!何か食べて帰らない……って、ダメか。車だもんね。」
「別に乗ってけばいいんじゃないすか。」
「だって、チャリあるし。」
「チャリ車に乗せれば?」
「ご馳走してくれんの?」
「いいっすけど……それくらい。」
私は彼の言葉にやったーっと両手を上げて喜び、パパッと片付けを始めた。そんな私を見て、彼は分かりやすい人っすねと言いながらも一緒に片付けを手伝ってくれた。部屋の戸締まりをして、さすがに廊下で立ちながら待たせるのはと思い、鍵を返してくる間に車に向かっててもらうことにした。私はささっと鍵を返却し、駐輪場で自転車にまたがり、猛スピードで駐車場に向かった。夕方前なのでまだまだ日差しは強く、日に当たる肌はヒリヒリとしていた。私は額に汗を流しながら、自転車を必死にこいだ。そして駐車場に着くと、車内でスマホをいじりながら彼が待っていた。
(やっぱこの人、好きなの男性なのかな?いっそ、それならそれでファンも納得しそうだけど……。)
私はすぐ横に自転車を停めて、彼の車の窓ガラスをノックした。それに気付いた彼は車から降りてきて、私の自転車を軽々と持ち上げると倒していた後部座席に乗せた。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
「はい、で、どこに行きますか?」
「神山の行きつけで!」
「…………行きつけ。」
「うん!」
「すげー困ること言いますね。」
そう言うと彼は真剣に悩みながら、またスマホをいじり始めた。
「別にオシャレなとこじゃなくていいよ?」
「いや、そもそも行きつけがないっていうか……外食なんてほぼ付き合いでしか行かないんで……。」
彼の顔を見てみると本当に困っているようで、だんだん顔の雲行きが怪しくなっていった。
(困ってるわりには頑張って探そうとしているのちょっと可愛いかも……。)
「っあ!じゃあさ、私が神山の家で作ろうか?」
「…………え。」
「…………え。」
彼は私の返答が想定外だったのか、目をぱちくりさせながらこっちを見ていた。その反応を見て私もさすがに一回行ったからって、彼女でもないのにずかずかと男の家に行くのはまずいかったかと思い始めた。
「ご、ごめ――――。」
「いいんすか?」
「……え、逆にいいの?」
「ってか、わがまま言っていいなら金は出すんで、少しだけ余分に作り置いて欲しいんすけど……。」
「……あ、うん。全然いいよ。」
「ありがとうございます。じゃあ、スーパー行きましょっか。俺の家、調味料も塩、コショウくらいなんで好きなの選んでください。」
「あ、はーい。」
私はとんでも発言したかなと少しそわそわして、彼を横目でチラッと確認したが案の定彼は普通に運転をこなしている様子。やはり彼は乙女心とか女性を意識する気持ちとかないんだな。逆に割りきれていいかもしれないと私も考えるのが馬鹿馬鹿しくなってやめた。
「あー、そうだ食材も無添加がいいとかあるならスーパー調べる?」
「……あー、やっぱそこもこだわったほうがいいんすかね?」
「んー、身体には本来いらない物だし、消化できないか、消化に時間がかかる物だから、身体の内側からケアするって意味では無いに越したことないけど……。」
「じゃあ、良さげなスーパーの住所にナビに入れてくれませんか?」
「ん、分かった。」
私は言われた通り、ここから近くて無添加食品が多そうなスーパーを見つけてナビに入力し始めた。
「ってか、何か食べたいのある?」
「ヘルシーで高タンパクであれば……。」
「分かりやすい要望をどうも。」
「あと美味しいので」
「おい、刺すぞ。」
私はそう言いながら、彼のほっぺを人差し指でグリグリした。彼は冗談すよと言いながら、ハンドルを握っていない片手で私の指を握ってきた。その握られた手は大きくて、ゴツゴツしていて、皮が厚くて、しっかり男性らしい手をしていた。
「…………手、大きいね。」
「そっすか?逆に青葉先輩は指細すぎません?」
そう言いながら彼は私の指を握りながら、自分の親指で優しくさすってきた。私はその触り方が何となく恥ずかしくなって、勢いよく自分のほうに引っ込めた。
「な、なんかっ!……やだっ!」
「は?何がっすか。女の人なら細いほうが嬉しいんじゃないんすか。」
「そう……だけど。」
「だけど?」
「………………っなんでもないっ!」
「意味わかんねー。」
「こっちのセリフです!」
「……めんどくさいんで、スルーしていいっすか。」
「どうぞ。」
私は自分の顔が熱いのを相手にばれないように、窓の外の景色の方にそっと顔を向けた。