三、謎の契約
ピピピピとスマホのアラーム音で目が覚めた。今日の授業は三限目からだったので、いつもよりは遅めの起床になった。アラームを止めるとメッセージが入っていた。寝ぼけながらそれを確認すると8時くらいに例の人から空いてる日の候補日の連絡がきていた。
「……ゆっくりでこの時間に起床って、日々どんだけ朝早いのよ……。」
私は独り言を呟きながら、枕に顔を埋めた。
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「もう一回確認するんだけど、夏休み中に、私が……?プロのアスリートの……?サポート……?…………いやいや無理がないでしょうか?」
「そうっすか、だって色々詳しかったし、あと青葉先輩だって研究?みたいな感じにできていいんじゃないんですか?」
「研究って…………なるほど。」
「………………?」
「ちょっと確認したいことあるから、返事1日だけ待ってもらえる?」
「別にいいっすけど……。」
「あ、あと私の大学これそうな日教えて。」
「……え?」
「とりあえず、、、遅いから帰る!」
「はい……じゃあ、行きましょう。」
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私は昨日の彼とのやり取りを思い出しながら、歯を磨いていた。なんか急な再会からの急展開が始まってしまって、正直頭が追い付いてない。まぁでも私も元々は情報収集の目的で行った飲み会だったので、逆にありがたい話ではある。私は口をゆすぎ、顔を洗って、鏡の自分に頑張れ自分と声をかけた。
カバンにおにぎりとお茶の入ったタンブラーをしまい、大学に向かう為にチャリにまたがった。梅雨明けがつい最近宣言され、蝉の鳴き声が響き渡る季節になっていた。ジリジリと日差しの強さを感じながら、日焼け防止コーデで私はすいすいと道を走った。安いマンションを選んだのはこの近さが決め手だった。学費もバカにならないのにさらに家賃となるとさすがに申し訳なかった。なので何とか探した結果、最低限の生活ができる部屋にした。自転車で通えるから交通費もかからないので一石二鳥。私は大学の門を潜り、駐輪場に自転車を止めて、教授がいる部屋に向かった。三限目が始まる前に相談したかったので、早足で向かっていると後ろからバタバタと誰かが近づいてくる音が聞こえた。そして振り返った瞬間、美咲が私に抱きついてきた。急に力強く抱き締めてきたので、私はカエルみたいな変な声が出た。
「ちょっと、ちょっと、かんちゃん!昨日、持ち帰りされてたじゃない?!」
「く、苦しい。」
「あ、ごめん。」
私は美咲にやっと解放されて新鮮な空気が吸えた。
「で?どうなの?やっぱスマートなの?」
「なぁーーんにもないっ!そしてスマートでもないっ!」
「は?」
「ごめん、美咲。私、ちょっと急いでて!落ち着いたら説明するから!じゃ、後でね。」
「えぇ!ちょっと……。」
私を呼び止める彼女を一旦置き去りにし、また急いで部屋に向かった。エレベーターを待つのも面倒なので、階段を3階までかけ上がり、一番角にある部屋の扉の前にやっと着いた。
「はぁ、息が……ふぅ、、失礼します。」
私はノックをしながらその部屋に足を踏み入れた。
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ブー、ブー、ブーとスマホのバイブが鳴っていた。俺はランニングマシンを止めるのが嫌だったので、誰も居ないし、イヤフォンしてるし、いいかとそのまま電話に出た。
「はっ、はっ、なん、すか、朝比奈さん。」
「おい、先輩の電話にでる時くらい走るのやめろ。」
「はっ、はっ、だって、どうせ、しょうもない……。」
「お前、マジで高校の頃から可愛くねー。」
「はっ、で、、なんすか、はっ。」
「……お前、いつからお持ち帰りなんて覚えたんだよ……。」
「お持ち帰り……あー、、青葉先輩ですか?……はぁ……。」
さすがに息が苦しいので、俺は渋々マシンから降りた。
「……あんなにありとあらゆる女をふり続けてたお前が……まさか……急にお持ち帰りなんて……俺は若干ショックだ!」
「……はぁ、勘違いがすごいっすね……想像力がすごい。」
「おい、誤魔化すな。」
「誤魔化すもなにも……じゃあ、青葉先輩に聞いたらどうですか?」
「……っま!女性にそんなこと聞けるわけないじゃないっ!」
(この人って朝から晩まで、何でこんな高いテンションキープできるんだろ……試合中は有り難いけど、それ以外はなかなか面倒だな……ってか仁美さん、毎日一緒にいて辛くないのか……?)
「……ぃっ、おいっ!……無視はやめろ!」
「ただシーズンオフの間のサポートをお願いしただけです。」
「……は?それでわざわざ家に連れてったのか?」
「だって店は解散だったじゃないですか。」
「……それ、お前、青葉にちゃんと説明してから、行ったんだろうな……?」
「説明は家、着いてからしましたよ。」
俺がそう言うと、電話の向こうで信じらんねぇと先輩が叫びだした。俺は若干耳がキーンとした。
「うるさ……。」
「お前、よく考えなさいよ!夜に、男の家に、女の子連れ込んで、ダメでしょっ!…めっ!」
「別に何もしてないっすけど……朝比奈さん、さっきから何でおネエ口調なんすか、きも。」
「……おいーっ!神山が色々考えなしだからっ……。」
「あれ、何か電波悪く、なってきたんで……。」
「あ、おい!てめっ!うそ――。」
俺は失礼しまーすと、ブチッと電話を切った。そしてトレーニングを再開しようとしたら、またスマホが鳴った。しつこいなと思いながら、スマホの画面を見ると別の人からの着信だった。俺は一旦休憩するかと近くのベンチに座って、その電話にでた。
「もしもし、神山です。」
「あ、もしもし青葉です。」
「どうしました?」
「あの例の提案、受けます。それに伴ってなんですが……さっそく今週の日曜日に大学来てもらえますか?」
「……いいっすけど、何するんすか?」
「データを取ります!」
「すげー、ちゃんとやってくれんすね。」
「そりゃあね!教授も機械使っていいって言ってくれたから、3ヶ月みっちりいきましょうっ!」
(昨日とは打って変わってこの人、スゲーのりのりだな。)
「…………おーい、聞いてる?」
「聞いてます。で、何時に行けばいいんすか。」
俺は電話の向こうの人が話している内容をスケジュールアプリに打ち込んだ。
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日曜日の昼前に私は大学の駐車場で彼を待っていた。大学には駐車場利用を申請したので、何もなければそろそろ着くはずだ。この間車に乗らせてもらったから、車種もバッチし把握している。来るであろう方向をしばらく眺めていると待ち合わせの15分前に車が近づいてきた。私はおーいと手を左右に揺らして大きく降った。そして近くに止まると車の窓が開いた。
「おはようございます。13番に停めればいいですか?」
「おはよう。うん。お願いします。」
彼は窓を閉めてスムーズに駐車し、車から降りてきた。さすがに誰かに見られてSNSなどに投稿されたらまずいので、キャップ、サングラス、マスクと厳重に顔が見えないようにしてもらった。それでなくても高身長、細マッチョなんだから、大学生達が騒ぎかねない。
「うん。身元がばれなそう格好だね!」
「まぁ、そっすね……暑いっすけど。」
「だよね。すぐそこの施設だから行こう。」
今度は私が彼を施設へ案内した。私の大学は競泳など有名なアスリート大学生が沢山いるので、施設はかなり充実している。本来はその学生向けなのだが、教授に相談して2時間だけ貸切にしてもらった。さすがに色々測定している間は変装していられないので、こうしないと正確なデータも取れず意味がなくなる。
「じゃあ、私は機械の操作準備するからあのロッカールームで着替えてきてくれる?」
「うっす。」
彼は私の指示通りに真っ直ぐロッカールームに向かった。私は今日使う機械のマニュアルを片手にちゃんと測定できそうか確認を始めた。初めて使う機械もあるし、壊したら弁償代が恐ろしい金額になるので私は優しく丁寧に、慎重に作業をすすめた。
「終わりました。」
後ろから彼の声が聞こえたので、はーいと返事をしながら振り返った。その姿に私はまたドキッとしてしまった。テレビで見る姿はユニフォームなので、さすがに上半身裸の姿は目のやり場に困る。しかし身体の測定をするのだけでなく、写真も撮って、変化を記録したいので必要最低限の衣服じゃないと意味がない。しかしイケメン、高身長、細マッチョの相乗効果の威力はハンパない。
「……この姿、写真撮って売ったら高値かな?」
「いいっすけど、訴えますよ。」
彼が呆れながら答えたので、冗談ですと言いながらペコペコした。
「じゃあ、始めていきましょうか!…よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
お互いに深々とお辞儀をしてデータ収集の作業を始めた。