過去回でナレ死する令嬢に転生したのですが、生き残る方法が分かりません!
ーーきっかけは、父の姉、伯母が見栄っ張りなせいだった。
伯母は伯爵家である我がデーボ家から、侯爵家であるシュエイ家に嫁いだ。内側から光るような金髪に、整った顔、そして何より出る所の出たスタイル。なるほど、高位貴族の妻を勝ち取るだけのものはある外観なのだ。
そして、なるほど、高位貴族の妻を勝ち取るだけのことはあるーー負けず嫌いの勝ち気で高慢なご性質なわけである。
とある茶会で伯母は、若い娘の些細な失敗を槍玉に挙げて言った。
「この様なことをご存知ないなんて、後見の方が残念に思われるわね」
もちろん、その娘の後見者は、伯母のライバル、サイショー家の御夫人である。大臣を務めるサイショー家の御夫人も、そこであっさりしょぼくれたり、ハンカチ噛んでキーッとなったりするはずも無い。
「若い娘の失敗は、後々良い思い出となるものですもの。皆様、年長者として暖かく見守ってくださる方々ばかりで嬉しいわ」
と伯母の攻撃を躱して。
特上の笑顔でもっておっしゃった。
「シュエイ夫人が後見なさる御令嬢は、さぞかし素晴らしい方なのでしょうね」
もちろん煽られて黙る伯母では無い。
身近な小娘を捕まえて、何処に出しても恥ずかしく無い御令嬢をいっちょ完成さしてみないと面子にかかわる。
はーい!
私です。
シュエイ夫人の無茶振りに文句を言わない(言えない)親をもち、立場的にも後見となって不自然でなく、ちょうどよい年周りの小娘でっす!!(10歳)
伯母が分厚い教本と、分厚いメガネのご婦人(作法のキキョウ先生)を並べて、
「さあ、ウチのサクヤに更に磨きをかけましょう。私の姪ですもの。素敵な令嬢になれるに決まってるわ」
と、宣言した、まさにその時。
椅子ごとぶっ倒れた私は、物心ついた頃から抱えていた前世の記憶の点と点が線に繋がりーーここが、物語の世界の『開始前』だと気付いたのであった。
衝撃なんてものでは無い。
異世界転生?あ、スローライフですかね?
と思っていた。我が家はのんびり伯爵家である。伯母の力で金回りが良くなったと言えども、領地にも家にも華はない。
伯母の外観は、祖父母(遺伝子)の良いとこ取りをしたのと、本人の努力と、ここ数年は、侯爵家の金の力の賜物である。
郷にいれば郷に従え。
住めば都。
この国の文明水準が多少日本と違っていても、赤ちゃんからそれで育ってきたのだ。不自由を感じるほどでは無い。
異物は自身だと、分かっているのに、どうして朱に交わって黒で有らんとする。
白ならより無理だ。
せめて、透明であれ。
全てを透過するべし。
○○革命や○○改革などない!
と、思っていた人生、10年目にして晴天の霹靂。
えっ!?突然のスカウト!
私、アイドルになっちゃう☆
「り○ん」で見た漫画かよ…!
違う違う。
そうじゃ。
そうじゃなーい。
しがない伯爵令嬢の前に現れるのは、只々厳しいレッスンの日々でしかない。
だって才能を認められたわけじゃないもの。
隠れた才能も発揮されそうに無いもの。
迷プロデューサーが黙っていないから、震えながら従わざるを得ないけれども。
詰まるところ、シュエイ家がざまぁされる前後チラーッと語られる、過去の悪行の一つで私、死んじゃってるのよ。
死んじゃってるのよ!!
(大事な事なので2回言いました)
いわゆる地の文?ナレーションの中で、あっさりと、悪役令嬢(伯母の娘、私の従姉妹)関連で。
あっさりと。
事件についても情報ほぼなく、地名+事件みたいな。あんなこんなで命を落とした者もいた、みたいな!
情報ー!
死亡回避の為には、情報が足らなさすぎる!
もう良心とか道徳心とか善きものを投げ捨てて、残りわずかな命と腹を括って、侯爵夫人のカワイイ姪っ子として人生を謳歌するのもアリですかね?
そこらの子爵家男爵家の令嬢を突いて転がして嘲笑っちゃって。
いや、そんな趣味ないし。
伯母様回避して、平凡な伯爵令嬢として…刺繍刺して、ドレス着て、お茶会してさ。
と思ったら、キキョウ先生からは逃げられない!!
もうこうなったら、伯爵令嬢の身分捨てて、街に逃走するしかない!?
ーー田舎で平民としてのスローライフ!
家出少女に現実は厳しいだろうな!
せめて、父母に抗う力があれば良かったけれど、もうお父様刷り込みですね!幼い頃から、伯母様に従う系弟ですね!
10の歳まで娘にスローライフさせてくれたのんびりお母様ももちろん…。
叔母様の
「サクヤに侯爵家レベルの教育を」
「あの子はやれる子」
「身について困るものはない」
「教育が足らなくて恥をかくのはサクヤよ?」
などなどなど…
諫言に甘言を織り交ぜて口八丁手八丁、元の関係性も現在の立場もあれば、ドナドナされるしか道はない。
そして伯母様は、ボソリと言ったのです。
お父様お母様も、それを聞くと流石に止まってくれたかもしれませんが、聞こえるか否かという感じで。
「ホラ、今のサクヤはちょうど良い年周りじゃないのーー王弟殿下と」
まさかの王弟妃レースの参戦!
すでにあちらこちらの御令嬢が名を連ねているであろう、王弟妃の候補に、シュエイの陣営としてゴリゴリゴリ押しするおつもり!?
震えあがった所でーー逃げられはしない。
悟り。
そう、悟りの境地とはこのことなのでしょう。
私は仏様とは程遠い世界で、悟りを垣間見ました。
伯母様について行けば、美味しいものが食べられるし(後で家の料理人にあんなこんなのが出て、最新の料理はどうこうと話もできる)、素敵なドレスだって着れるし(後で母と侍女と一緒に最先端とか似合うものについて話もできるし)、ガーデニングもテーブルセッティングも絵画も何もかも、シュエイ家は予算が桁違いだから、品のレベルが違うのだもの。
もちろん、お作法のキキョウ先生も、引く手数多の超人気先生です。厳しくも優しく、そして正しくあろうとされる方ですもの。
御令嬢ライフと考えたら、従属満足。
まぁ、生き残れるかどうかという話になると…。
王弟妃レースも、この辺りで伯母様が妊娠して(後の悪役令嬢)、ゴリ押せなくなるから、自然撤退、というところかしら?
王弟殿下は、後に公爵になるのだっけ?
そこの記憶は曖昧だわ。
所詮モブってことよね。
私の死亡フラグも、未だ産まれぬ従姉妹関連の事故or事件。
もう数年は先なのでしょう。
と、今日も王弟妃レースの内心不参加仲間とお茶会してたら、まさかの殿下のご登場!
いやいや聞いてませんわよ、と、主催のバルトイ伯爵令嬢を見ると、ご本人のアユーラさんも震え上がっており、ニコニコご満悦なのは殿下を案内して来たそのお母様のみ。
ーー殿下を引っ張り出せるんだぞ、というこちらへの牽制と、娘に妃レースで本気を出させる為のようだ。
何ですみっこでレース観戦したいよねグループに放り込まれてくれるかなぁ!?
内心苛立ちながらも、一通りの挨拶を終えると、ワントーン高くした声を出してみる。
「殿下がいらしてくださるなんて〜。今日の私たちは幸せですわねえ」
「今はドレスについてお話ししていたのですか?」
殿下の視点はティーカップの間あいだに置かれたデザインの描き込まれた紙たち。
転がった鉛筆は…それぞれの手元にある。
「これは?」
「鉛筆、ですわ」
そう。この世界にはインクのペンとパスくらいしかなかったので、手が汚れたくない系ご令嬢の私は気軽に持てる鉛筆を所望した。商人と相談してたら作ってくれた。こんなのですか?と。
便利。
鉛筆も便利だし、商人ってすごい便利。
コンビニエンスストアの何十倍も!
そりゃあこのご時世ですもの。スピードはないわよ?その代わりにゼロから作ってくれるんだもの。すごいわぁ。
伝手があるって最強。
あ、現実逃避でした。
「商会が勧めてくれましたの。パスのように軽く書けるのです」
ええ、ええ、作ったのは商会の関係者です。私は買っただけです。欲しかったので。
納得したのかどうか、殿下は何か思案顔で「ふむ」と頷き、散らかったテーブルを見やった。
見られて不味いものはない。
普通のお茶会の様に、ティーセットが並んでいる。
その間に、鉛筆と、ドレスのデザインを描いた紙が散らばっているけれど。
ナイスチームワークで、見られたくない系の衣装は下の方に隠されているから、セーフ、セーフ!
貴族って、お金かけている分、見た目は良いのよ。美醜はあっても、整えられている姿だから。
じゃあ、かわいい子は着飾りたくなるじゃない?
「コレは?」
手袋を嵌めた手で取り上げられた一葉は、見られては良いものの、あまり話題には出したくないモノ。
「……乙女の夢でございます」
ええええ、見ての通り、ウエディングドレスのデザインでございます。
で、我々は一応、貴方の妃を狙う一群なわけですから。そしてその席はひとつだけですから。残りはてんでばらばらに何処そこに嫁ぐ身なわけで、結婚関連の話題は…場合に寄れば、不敬と取られることも、あったり無かったり。
なので、ぼかしておいてくださいませ。
誰の着るドレスを考えてたとか聞かないで。そこは掘ってはいけない穴で。
我々が、寄ってたかって王弟妃レース観戦の挙句、想像結婚式衣装の想像を楽しんでいるなんて、ちょっとアレな趣味には、気づかないでくださいませ。
数パターンありましてよ?
もちろん、ゴールのご令嬢が違うってことです。
紙の下の方に隠されたのは、殿下の衣装ですしね。
そこはだめですわよー。
不敬罪に抵触しちゃうかも。
何度か集団お見合い会でお会いして、多少の会話をしましたけれど、殿下の性格など、界隈で取り沙汰されている程度にしか存じ上げませんからね。
「皆さん、身も心も可愛らしいということですね」
和に一言。
くーっ、流石、洗練されておりますね!
それぞれ座って良いとおっしゃるけれど、格の高い席を譲りつつ、殿下のために急ぎ席が用意され、あれよあれよという間に応接室へ移動の流れとなりました。
どんぶらこっこ。どんぶらこ。
何度かお邪魔させていただいたこのバルトイ伯爵邸ですが、このお部屋はたぶん1番格の高い応接室ですので、お子ちゃまの我々は初めて入ります。
おおう、壁には名画、シャンデリアに重々しいカーテンです。
ウチが羽振りが良くなったのは、伯母の結婚後なので、良いものはやたら古いものか、新しいものの真っ二つ。
こちらは、ウチのとはまた時代が違う格式を感じます。
面白いなぁ。
……。
失礼に当たらない程度にキョロキョロしていたつもりでしたが、何故か殿下の視線が刺さります。
不審ですか!?
不敬ですか!?
「バルトイ伯爵家には、武蔵帝時代の素晴らしい宝物があると聞いていたのですが、こちらの置き時計もそのひとつでしょうか? あちらの婦人の絵は、大層美人であったと後世に語り継がれているお方では?確か侯爵家からこちらへ嫁がれた方……おや、そもそもバルトイ伯爵夫人と血縁であったような…」
そうでしょう。そうでしょうと、バルトイ伯爵夫人の鼻がぐいぐいと伸び、尻尾が勢いよく左右に動くのが見える様です。
殿下は天気の話題を振るかのように、応接室の設えを褒め、伯爵家の血脈を褒め、夫人の美しさを褒めた。すごい。自然な感じがすごい。
その合間にこちらに視線が刺さる。
すごい。怖い。
ドギマギしながらも、ドン引きの令嬢たちを、なんとかアユーラさんと共に奮い立たせて会話に投入しつつ、ドギマギ過ごしていたら、なんとかお別れの時間と相成りました。
小一時間?
長い…戦いでした…。
後でみんなと祝杯あげよう。お茶だけど。
「サクヤさん」
「はい、殿下」
「また共に過ごしたいですね」
「ええ、皆様と今日の様に楽しい時間を是非」
にこり、と細められた目に浮かぶ感情は見えません。
なんだろーなー。
殿下はさらりと各々に声を掛け、主役のバルトイ家の方々で締める。
「アユーラさん。今日は良い時間をありがとう。バルトイ伯爵夫人も、何度も無碍にしてきたのに、お誘いありがとう。おかげで、得難いものを見つけることができました。またこの様な機会をもらえたら、嬉しいです」
丁寧な殿下の謝辞だけど、含んでいるのは何ですかね?
得難い…?そんなレアものあったかしら。鉛筆?伯爵男爵子爵レベルの令嬢がコロンと転がせる程度にはもう浸透してきたので、王族が望んで手に入らないはずもないし。そういえば出入りの商人が、にっこり、とっぷりたっぷりしたお腹を撫でながら、
『…いやいや、王城からも書類作成に便利だと、多くの注文をいただきまして……』なーんて言っていた気もする。
じゃあ、何がレアなのさ。
分かんない。分かんないから、また今度考えよう。
ーーと、思っていたのに、殿下がお帰りになったとたん、バルトイ伯爵夫人は私をヨイショしだした。
みんなで「お疲れ!のりきったね!やっほーい!」と紅茶を掲げたい気分なんて押しのけられて、ぐいぐい褒められぐいぐい次の予定を確かめられ、あまりにぐいぐいなので、アユーラさんが間に入って、ぐいぐい手土産持たされて帰宅。
長い一日でした…。
そう。
私は気づいていなかったのです。
『おもしれー女』認定されかけたところで、誘いに「皆様とまた」なんて返したことで、『おもしれー女』太鼓判をもらったことを!
だってだって、帰ってくれるーとおもっちゃったんだもん!気が抜けるのも仕方ない…(あっ、心の中でキキョウ先生が微笑んでいらっしゃる…ムリ…)。
けっして、「二人は無理」「貴方とは無い」と返事したわけでは!わけでは…っ!
まだ先のナレ死も回避できない上、明日の自分の行方すら分かりません…!!
ナレ死って言葉をタイトルに入れたかっただけの話。
後日談もちらっと考えてはいるのです。