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この最悪の事態で良かったと言えることがあるなら、それは東パキラ領の領主が戦争の為出陣してたことだろう。

決戦の場へ行軍途中だったおかげで、会いに行く為の日数が大幅に減ったのだ。


それでもパスは寝る間も惜しみ、体力を削りながら向かう。その気持ちに馬も応え、道中にある川で水を飲むだけで、パスも馬も何も食べずに走り続けた。



東パキラ軍の野営地に着いた時、周囲のかがり火が揺らめいていた。


「こんなところまでたった一人で来て、一体何用だ?」


野営用の天幕のなか、用意された椅子に腰掛けパスを見下すように男は言う。その男こそ、東パキラ領主ハイドであった。


「お願いいたします。どうか、どうか皆を助けて下さい」


パスは頭を下げてお願いした。


「なぜ、俺が助けなければいけないんだ? アネモネ領の領民を助けるのは、貴様の役目だろう」


その通りだった。

自領の領民を守るからこそ、領主なのだ。他領の領民を守ることなど、範疇ではない。


「そ、そんな……約束が違うのではありませんか?」


「ん? 約束とはなんだ?」


「そちらの部隊長がいらした時、防衛は任せろとおっしゃってました。それなのに、いざとなったら引き揚げるのはおかしいと思います」


「なるほどな。まず、大前提として貴様の間違いを正そう。アネモネ領と我が領の間には通商条約しか結ばれてない。つまり、我が領にアネモネ領を守る義務も責任もありはしない」


「…………それでは、なぜ兵士を送ってきたのですか?」


「ただの善意だ」


ハイドは平然と言ってのける。

実際、ハイドの立場からすればそうだった。

現代的に例えるなら、店長以外全員アルバイトのお店がある。そこの店長が店を捨て逃げ出し、責任能力皆無のバイトだけでその店をなんとかしようとしていた。

それを哀れんだ他の店が、手伝いの人を無償で貸した。賄いの飯くらいは当然だと思って。

そして、いざ繁忙期になり自分たちの店が忙しくなったのだから、当たり前の如く戻っただけの話だった。


感謝されても、文句を言われる筋合いは無い。と言うのがハイドの言い分である。



ちなみに、責任能力皆無の相手との契約は、そもそも契約として無効である。そのため、無責任な他家の領民と使者が何を約束しようが、ハイドにとってはどうでもいい事だった。

そしてそれこそ、かつてアイビーが領民との直接取引を嫌がっていた理由でもある。


「そうですか。ですが、このまま西パキラの軍がアネモネ領を通過すれば、ハイド様も困るのではありませんか?」


別の切り口から説得しようとパスは試みる。簡単に諦められない。領民の命が掛かっているのだ。


「フン……それこそ弟が愚かな証拠。わざわざ兵力を分散したのだ。こちらは全力で弟の本隊を潰す。その後、別働隊も潰すまで。たいして困らん」


どこまでもパスとは価値観が違った。

いや、物事の優先順位が違う、と言うべきかもしれない。


「その間、領内が荒らされても構わないのですか?」


「もちろん手はうってある。が、多少の犠牲は仕方あるまい。そもそも全ての人間を救うなど、人間に出来ることでは無い」


ハイドはパスに言う。その言葉の真意は、「貴様は神にでもなったつもりか」と。


「全ての人を助けようとするのは愚かなことでしょうか。出来ないと決めつけ、助けようとしないのは賢いことでしょうか?」


「なるほど。一理ある、故に貴様が実践してみせよ。大体、アネモネ領の領民はアネモネ領を大切に思っているのか?」


「それは、どういう意味でしょうか?」


「そのままの意味だ。本当に大切だと思っているなら、戦って守るべきだ。それをせぬなら、命を賭けて守るほど大切な土地ではないのだろ?」


ハイドの言葉にも一理あった。

人に限らず獣も虫も自分たちの縄張りを守る為に、命を賭けて戦うものだ。


だが、その言葉こそパスにとっての禁句でもあった。

パスは全身を震わせる。

抑えようとしても抑えられない気持ちが、パスの体内で暴れ回る。


「………昔、カルミアと呼ばれる土地がありました。その領主も領民も皆んなその土地を愛してました。だからこそ、領主も領民たちもその土地が攻められた時、兵士だけでなく領民たちは全員戦ったのです。誰一人として逃ず、老人も女も子供も病人も怪我人も…………本当に誰一人として、逃げることをせずに」


ハイドは黙って聞いていた。


「それが正しいというなら、私は間違って欲しかった。誰でもいいから、生きて逃げのびて欲しかった。…………私は戦えません。たとえ死んでも、たとえ殺されても、私は人を殺したくありません。……誰も彼もが戦えると思わないでください!」


パスは怒っていた。

どうしようもなく、震えながら怒っていた。

そしてその言葉こそ、パスにとっての矜持だった。それこそ、たとえ死んでも譲れないもの。


「…………」


「なぜ、何も言わないのですか? 笑えばいいじゃないですか。バカにすればいいじゃないですか」


感情を露わにしたパスは、ハイドをきつく睨みつける。

それに対してハイドは、ただ真剣な眼差しをパスに向けていた。


「……いや。笑いはせぬ。バカにもせぬ。むしろ、女とはそうあるべきだ。だが、これ以上話す事はない。帰れ」


ハイドの言葉で、パスは外へと連れ出された。

結局、2人は分かりあえなかったのだ。もしも、パスがここへ一人ではなく、なけなしの領兵200人と共に参陣したなら、ハイドの態度も違うものだっただろう。

いや、そもそもハイドがまだパキラ家の次男に過ぎなかった頃だったら、パスとハイドは仲良くなっていたかもしれない。

だが、そうはならなかった。





パスは馬のところにきた。


「帰ろう………私たちの帰るべき場所に」


パスは馬にそう言って跨ると、野営地を離れた。



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