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即断即決すぎです



パスは困っていた。アイビーに紹介された商人は西パキラ領におり、東パキラ領との境目で兵士に止められていたのだ。


「どうしても通して頂けませんか?」


「当然だ。あんたはアネモネ領の人間なんだろ。なんで敵になったあんたを、通さなきゃいけないんだ」


その兵士の言い分は、感情的には理解出来た。だが、パスとしても今から湖を迂回し、アネモネ領に戻ってから再度西パキラ領へ行くのは、どう考えても時間が勿体なかった。


「ちょっと、何を争ってるのよ!」


パスたちが揉めていると、少女が声を掛けてきた。


「これは姫様、騒がせてすみません。すぐにこの者を外へ放り出しますので」


「は? なんでよ? どう見ても普通の女性にしか見えないんだけど」


少女は怪訝な眼差しを兵士に向ける。


「いえ、この女性はアネモネ領の人間です」


「だから、なに?」


「姫様はご存知ないかもしれませんが、アネモネ領は西パキラ領の敵です」


「そうね。私にも知らない事は沢山あるわ。でもね、知ってることもあるの。お父様が領内への立ち入りを禁止したのは、他家の兵士及び工作員のはず。この女性は兵士に見えないけど、工作員だという証拠でもあるのかしら?」


「それは……ですが敵ですよ。きっと良からぬことをするに決まってます」


「へぇ……貴方って凄いわ。名前を教えてくれるかしら?」


「え……」


「だって私には工作員に見えないのに、貴方には見抜けるのでしょ。それって凄い才能だもの。お父様に報告したいわ。もちろん彼女が工作員でない場合は、お父様の命令を無視し独断専行をしたことになるけどね。問題無いでしょ?」


「えっ……それは……その……」


兵士はあたふたし始めた。

その様子に少女は呆れながらため息を吐く。


「もう一度言うわ。彼女が工作員だという証拠が無いなら、さっさと通しなさい」


「は、はい!」


こうして、パスは関所を通過することが出来た。


「ごめんなさい。気分を悪くしたわよね。でも、本当は皆んないい人たちなの。ただちょっと戦争が近いから、皆んなピリピリしてるの」


少女はパスに謝っていた。


「いえ、気にしてません。それよりも助けて頂きありがとうございます。私はアネモネ領の領主代理、パスと申します」


「領主代理って……さっきの兵士は何を考えてるの!? 度重ねて謝罪します。本当にご不快な思いをさせて、申し訳ございませんでした。私は西パキラ家当主の娘、マリーです」


自己紹介をしながらマリーは思う。

領主代理を工作員に出来る領地が存在するなら、どんな工作を仕掛けてくるのか見てみたいものだと。


「あの、本当に謝罪は大丈夫です。先ほどの兵士の気持ちも、よく分かりますので」


「そう……パス様って変わってるわ。普通なら怒っていい状況よ。ところで、西パキラ領へは何しに…………あっ、もしかして傷心旅行かしら?」


若干目を輝かせながらマリーはパスを見る。

しかして、パスは困惑していた。


確かに一般的に見れば、自分は夫に逃げられた妻である。傷心旅行の1つもすべきなのかもしれない。

だが、パスは傷心してなかった。そもそも夫との関係性は、パスの生家が亡ぼされてから完全に冷えきっており、それが理由で2人の間に子供はいないのだから。


「その……傷心旅行ではなく、ベコニア商会へ行く途中でした」


マリーの期待を裏切るようで、なんとなく気まずそうにパスは言う。


「あら!? それは丁度いいわ。ベコニア商会なら私が案内出来ます。良かったら私の馬車で行きませんか?」


「え、それは助かります。ですが、よろしいのでしょうか?」


「ええ! だって私、もっとパス様とお話ししたいもの!」


マリーは元気よく、そう答える。

そしてパスより一回り近く若いマリーに圧倒され、パスはマリーの馬車に同乗することになった。






「それでね、親戚のお姉様とも話してたんだけど、本当に男ってバカだと思う。どうして戦争なんかで決着をつけようとするのかしら?」


「そうですね」


「でしょ! 今回の事だって、お祖父様と長男の伯父様が事故で亡くなったのが原因なのよ。それなのにお父様も次男の伯父様も、お互いに相手が暗殺したと思ってるんだもん。バカすぎるわ」


マリーは話す事が大好きなのだろう。

車内ではほとんどマリーが話していた。


「それではマリー様は戦争を止めるために、東パキラ領へ行かれてたのですか?」


「そのつもりだったわ…………でも、今は違うわよ。伯父様とお話ししてよく分かったの。男って生き物は、戦って死にたいのよ。私には理解出来ないけど、たぶんそこに矜持があるんじゃないかな」


「そうなのかもしれませんね」


「正直なところ本当に理解出来ないけどね。でも、男の命は男のもの。女が口を挟むな。って言われちゃったら、それについては納得出来たの」


その話を聞きながら、パスは考えていた。

男が戦う生き物だというなら、逃げた夫はなんだったのだろう。パスとの関係が冷えきってからは、これ見よがしに屋敷に女を連れ込んでいたところをみると、性欲だけはあるのだろうが。

男としての矜持みたいなものは、持っていたのか疑問だった。


「ですが戦争に負ければ、女も死ぬことになります」


カルミア家はそれで亡びた。唯一パスだけを残して。


「そうね。確かにお父様が戦争で負ければ、私も死ぬことになるわ。でも、不思議とそれは嫌じゃないの。ふふふ。なんでかな? 案外バカな男と一緒に死ねるくらいには、女もバカなのかもね」


その気持ちはなんとなくパスにもあった。もちろん逃げた夫と死にたい訳ではない。

ただ、カルミア家が亡びた時、みんなと共に死にたかっただけだ。








パスが案内されたベコニア商会は、アイビー商会と比べても遜色のない立派な建物だった。

そこの商会長と会う場合、普通なら「少しお待ちください」と言われ、数日待たされるのが当たり前。アポイントを取ってすら、数時間待たされるものだ。


「お待たせしました。私がベコニアです」


パスが応接室へ通されて、出されたお茶を飲み終える前にベコニアは現れた。


「あ、突然の来訪にも関わらず、お時間を頂きありがとうございます。私はアネモネ領の領主代理、パスと申します」


慌てて席を立つと、パスは挨拶を交わした。


「ご丁寧にありがとうございます。どうか席にお掛けください」


「はい……」


「本題に入る前に少しお話がしたいのですが、アイビーの奴はともかく……マリー様とのご関係はどういうものなのでしょう?」


「道中で知り合い、こちらまで案内して頂きました」


その内容に余程納得したのか、ベコニアは何度も頷く。



ベコニアが知る限り、アネモネ領とパキラ領の関係は非常に消極的なものだった。それは兵士を送って占領する価値がないだけではない。むしろ、北の勢力図が変わってからは、北との接点がアネモネ領だけであることで、クッション的な役割が出来たのだ。

つまり、北がパキラ領へ攻めてくるには、まずアネモネ領を亡ぼす必要があるという事だ。


だからこそ、パキラ家は放置してきた訳だ。そのパキラ家の人間がアネモネ家の人間と仲良くしてるのが、ベコニアには不思議で仕方なかった。


「なるほど、色々と納得出来ました」


「お忙しいところ、わざわざお時間を作って貰えたのです。なんでもお尋ねください」


「ははは。ありがとうございます。この商会で一番の暇人ベコニアです。改めて、よろしくお願いします」


それはただのユーモアではない。

このベコニアという男。忙しいという言葉は絶対に使わなかった。


「さて、早速本題に入りますが、アイビーからの手紙では、パス様はわたくしどもと取引がしたい、と言うことでお間違えないでしょうか?」


普段なら世間話でもするところ、パスの状況を考えて、ベコニアは本題を話し始めた。


「はい。お願い出来ますでしょうか?」


「そのご返事の前に確認したいのですが、パス様は私とアイビーの関係をご存知ですか?」


「その……信用出来る間柄だと伺っております」


「ははは。それはまた、アイビーらしい言い回しですね。ま、私たちの間柄はよく言えばライバル。端的に申せば商売敵しょうばいがたきです。なにせ取扱う商品が、ほとんどアイビー商会と被ってますから」


「そうなんですか」


「はい。その商会敵がパス様と取引して欲しい、と手紙を寄越した訳です」


そこまで聞けばパスにもわかる。

何か裏があるんじゃないかと、ベコニアは疑念を持っているのだ。


「それは、私の責任です」


「パス様の?」


「はい。私がもっとちゃんとしていれば、こんな事にはなっていませんでした。商人からの信用失墜の原因は、私なのです」


「なるほど……パス様の人柄はよく分かりました。えぇ、いいですとも。取引しましょう。こちらこそ、今後よろしくお願いします」


ベコニアは即決した。

その判断の速さに、むしろパスのほうが戸惑った。


「あ、あの……取引して頂けるのですか。ありがとうございます。本当にありがとうございます」


「ただ一点、こちらからも条件といいますか、お願いがあるのですが」


「はい。なんでも言ってください」


「では、今からパス様の領地へ行っていいですか?」


「えっ…………!?」


パスは驚いた。




こうしてあれよあれよと言う間に、段取りが決まり、気がつけばベコニアとその妻ガーベラ、そしてパスの3人で馬車に乗りアネモネ領へ向かうことになった。


その段取りの速さと行動力を目の当たりにして、パスはベコニアの能力の高さを知った。

そして余りにも仕事が速いから、周囲から暇人だと見られるのかもしれない、と思った。



しかしてベコニアは別の事を考えいた。

それはアイビーが自分を頼った理由だった。パスの話やアイビーがアネモネ領の領民から受けた仕打ちは知っていた。

だが、それが理由だとはベコニアには思えなかった。



ゆえにベコニアは考える。

現在の情勢は、西パキラと東パキラの戦争前である。もしも西パキラが勝てば、東パキラで活動するアイビーは窮地に立たされるだろう。

ならば、アイビーは西パキラが勝つと予想して紹介したのだろか。


いや、違う。

どっちが勝ってもいいようにしたのだ。

もしも東パキラが勝ち自分が窮地に立たされたら、その時はアイビーがアネモネ領に手を差し伸べられるように。



そこまで考えをまとめると、不敵な笑みを浮かべるベコニア。


「いいでしょう。乗ってやります」


馬車に乗る前、そう呟いた。

その夫ベコニアに怪訝な眼差しを向ける妻ガーベラ。


「ぶつくさ言ってないで、さっさと乗ったら」


「あ、はい」


だが、呆れ顔のガーベラに言われ条件反射に返事してる姿は、ベコニア家の内情を垣間見るものだった。



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