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出来ることからです



パスが最初にしたのは状況確認だった。パスは執務室で老人のルートと向き合う。


「粗悪品の衣類や靴などは、修理でなんとかなりますか?」


「パスよ。そいつは難しい。まず、修理しようにも工房に人がおらん。なにせコレラが領主の時、人員削減したままだからな」


「えっと、それは再度割り当てれば解決しますか?」


「前任者はとっくに領外へ出ておる。新たに人を割り当てても、技師として育つには時間がかかるぞ」


想像以上に領内はボロボロだった。


「わかりました。それでも育てない訳にはいきません。各種工房には再度人員を配置してください。もちろん人数は最低限で構いません」


「わかった。で、食料はどうする?」


「獣をとる猟師、魚をとる漁師、ベリーなどをとる採取師など、食料に関わる人員を増やしましょう」


「それはいいが、そもそも取りすぎれば取れなくなるぞ」


「そうですね。その辺りは実際に働いてる方のほうが、よく知ってると思います。ですから、その方たちと相談した上で人数を決めましょう」


「なるほど。日持ちがきかない生鮮食料はどうする?」


「そちらも可能な限り燻製工房と腸詰め工房の稼働を増やし、それでも腐らせそうな物はドンドン東パキラ家の兵士へ送ってあげましょう」


「ほう、それはいい。欲を言えば、ガラスもあれば瓶詰めも出来るのだがな」


「それについては、後々ということで……」


何もかも出来る程、アネモネ領は豊かではなかった。むしろ、足らない物だらけである。


「そうだな。肝心なことだが、増やす人員はどこから持ってくる?」


当たり前のことだが、人手は都合よく増えたりしない。しかも、人手が増えるということは、その分の食料消費も増えるということだった。


「そうですね。薪の増産もしたいですし、畑を疎かにする訳にもいきません。何か良い方法はありますか?」


「倹約するしか無いだろう。贅沢品や嗜好品など酒場を含めて閉鎖することになる。もっとも、暮らしの水準が落ちれば、皆の不満が爆発しそうだが」


「そうですね。それでもやるしか無いでしょう」


「ふむ。その結果、この領地を捨てる人間が増えても構わないのか?」


「それについては仕方ないと思います。それに出ていった人々も、この領地が豊かになれば、きっと戻って来てくれると信じてます」


「そうか……ま、苦しい時に見捨てた連中など、戻って来て欲しいとは思わないがな」


「それは言わないでください。それより、これからアイビー商会へ行ってこようと思います」


「アイビー商会に? だが、あそこは……」


「はい。わかってます。ですが、それでも謝罪はすべきです」


「そうか……」


ルートは感慨深い様子で頷いていた。

この偏屈な老人はパスにとって人生の師匠とも呼べる人物だった。パスがアネモネ家に嫁いだ時、共にきた数少ない同郷者。そして、他の者がアネモネ家での冷遇に耐えれず辞めていき、次々と領地を去っていく中ただ1人残った変人でもある。


「カルミアの教えは、パスの中で生きてるんだな」


「そ、そんな大層なものではありません」


ルートからの賛辞に、パスは慌てて否定する。どこか照れ臭そうに。








アイビー商会の拠点は、現在東パキラ家の領地にある。アネモネ領とは比べ物にならない程大きな街にあり、なんならアネモネ家の屋敷より大きな店だった。


「遠路遥々お越しくださり、誠にありがとうございます」


商会長のアイビーは、本当に嬉しそうに言う。


「その……突然、申し訳ございません。使者を出すこともせずに……」


「いえいえ、お気になさらずに。それより、お疲れのところ立ち話では、こちらこそ面目が立ちません。どうかこちらの席にお掛けください。お茶などすぐに用意させますので」


「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて座らせてください」


そしてパスはソファーに座る。それはまるで王族になったような、ふかふかで豪華なソファーだった。

実際財力だけなら、アネモネ家とは雲泥の差なのだろう。


「ところで、わざわざこちらまで何用でしょうか? 奥方様でしたら、お呼びくだされば私から伺いますのに」


少し不思議そうにアイビーは尋ねる。

それに対して、パスは頭を下げた。


「その節は大変申し訳ございませんでした。私がお願いしたばかりに、大損害を被ったのです。全て私の責任です」


パスの謝罪にアイビーは優しく微笑んだ。


「いいえ。奥方様に責任は御座いません。全ては私の不徳が致すところ。それに多少高くつきましたが、勉強代だと思っております」


「そんな……賠償だけでも、今すぐにとはいきませんが」


「いえ、本当にお気になさらないでください」


アイビーのそれは本心だった。


「それより御用はそれだけでしょうか?」


「その……お尋ねしたいことがありまして……グールという者をご存知ですか?」


「はて……聞いたことがありません。その者がどうかしたのでしょうか?」


「なんでもミッドランド地方にあるペンタス商会の方らしいのですが、粗悪品を売られたので返金して欲しいのです」


その説明だけでアイビーは何があり、どんな状況なのか把握した。


「なるほど……事情は概ね察しました。ですが残酷ですけど、それは難しいでしょう」


「やはり使用してしまったからですか?」


「いいえ。そういう問題ではありません。確かにミッドランド地方に大商会ペンタスはあります。ですが、恐らくそこにグールなる人物は在籍してませんよ」


「え……!?」


「ま、嘘つきの常套手段です。なりすまして、他者の信用を勝手に使うのです。本人に信用がないのでね」


「それではグールという名前も……」


「えぇ。まず間違いなく偽名でしょう。本名で堂々と活動できるほど、真っ当なことはしてないでしょうから」


「そんなことって……」


パスは落ち込んだ。

グールを捕まえれば、少しでもお金を取り戻せると考えていたからだ。


「慰めにもならないと思いますが……そのグールと名乗った人物が幾ら儲けたか知りませんが、その末路は、悲惨なものになるでしょう。選りにも選って、あのペンタス商会を名乗ったのですから」


「…………!?」


首を傾げるパスに、アイビーは説明を続けた。


「ペンタス商会は私のように一代で築いた商会ではありません。数多の商会の中でも、老舗中の老舗です。それは何代にも渡って信用を築いてきたということです。そのペンタス商会が自分たちの看板に傷をつけ、あまつさえ泥を塗った者を放置することは、絶対にありません」


報復は必ず行われる。その内容は説明することすら憚れるもので。誰にも知られることの無いほど、こっそりと。


なぜならこの手の大商会にとって、周囲に脅威を与えることは損害にしかならない。報復をアピールするより「ペンタス商会を勝手に名乗る不届き者がいるのですね。それは、許しません」と穏やかな笑顔を浮かべながら言うだけで十分だった。

それに気づくことが出来ない連中など、ペンタス商会からすれば生死すらどうでもいい連中なのだから。


「ですが、ペンタス商会は気づくのですか?」


「絶対に気づきますよ。なぜなら、少なくとも私が伝えますから」


なんでもないようにアイビーは言う。

それはローランド地方で活動してるペンタス商会の人間と、面識があるからだった。


「本当にありがとうございます。ご迷惑ばかりお掛けして、何もお礼が出来ず心苦しいです」


「何をおっしゃる。奥方様がいたからこそ、今の私がいるのです。カルミアを出て駆け出し商人の私が、アネモネ領での取引をきっかけに、ここまで大きくなれたのです。恩返しをするなら、こちらの方ですよ」


「その言葉に甘え、どうかお知恵を貸してください。どうすればアネモネ領に信頼出来る商人を呼べますか?」


「なるほど……本来なら私が、と名乗りを上げるべきなのでしょうが、私にも矜持があります」


例え領民が騙されたのだとしても、だからと言ってアイビーを侮辱していい理由にはならない。


「はい。よく理解してます」


「そこで……私に出来ることは、信用出来る商人を紹介することぐらいです。大してお力になれず申し訳ございません」


「とんでもありません。信用出来る商人にどれだけ価値があるのか痛感してます。それを紹介して頂けるなんて、こちらこそなんてお礼をすればいいか」


「ははは。奥方様の人柄は、何年経っても変わりませんね。今は大変かもしれませんが、奥方様ならきっと大丈夫ですよ。そして、奥方様にカルミアの祝福がありますように」


アイビーは人を見抜く能力なら、人並み以上にあると自負していた。

そのアイビーが太鼓判を押していた。


「アイビー商会にも、カルミアの祝福を」


カルミア、それはパスの生家であり、かつてアネモネ領の北にあった領地。そしてパスが嫁いだ後、他の領主によって亡ぼされた場所であった。



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