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状況は悪化しました



冬を目前にアネモネ領には使者たちが来ていた。彼らはそれぞれ東パキラ家と西パキラ家からだった。

領主が逃げたことに呆れつつ、両使者の要求は同じである。

つまり、西と東のどちらにつくのかの確認だった。


そしてアネモネ領民は、東につくことを決めた。

この理由は地理的な事情がある。

このアネモネ領は北に山があり、南西には大きな湖がある為、攻めるのが難しい西側が防衛し易いからだった。


もっとも東についたからといって、西パキラ家の使者はさして怒りもしてなかった。

なぜなら、そもそもアネモネ領に魅力は皆無である。だからこそ今までパキラ家は攻めずにいたのだ。両陣営からすれば、旗色さえ明確にしてもらえば、正直どうでもいい場所だった。








春になりアネモネ領民と取引するためアイビーは再度訪れた。

そして、領民から信じられない事を言われる。


「ちょっと待ってください。どう言うことでしょうか?」


「なに、どうもこうも無い。あんただってわしらと取引するのが嫌そうだったろ。だからな、取引するのをやめることにした」


「荷馬車の手配や商品の手配など、既に費用がかかっています。その辺りの損害は持って頂けるのでしょうか?」


「は? 何言ってる。そんなものはわしらには関係ない。大体悪いのはあんただ」


「……私ですか!?」


「ああ! わしらに分からんと思って、ぼったくりしようとしたあんたが悪い! それにな、あんたの代わりなど他にもいるってことだ」


その言葉にアイビーは唖然とした。

アイビーは今まで、誰よりも誠実に商売をしてきた。

信用を大切にし、信頼出来る人との付き合いを大事にしてきたのだ。


領民のその言葉は、そんなアイビーを侮辱するのには十分過ぎた。


「…………わかりました。失礼します」


最低限の礼儀を払い、アイビーは席を立つ。

そうして立ち去るアイビーに対して、領民たちは馬鹿にするように笑っていた。


「いやはや気分のいいものだ。あの悪徳商人もこれに懲りて、真っ当な商売をして欲しいものだな」


「ええ、本当にそうですね」


さりげなく事の顛末を聞いていたグールは、領民に笑顔で言う。


「おぉ! グールさんか。おかげであの悪徳商人に一泡吹かせてやれましたよ」


「それは良かったです。それに私も面白いものが見れました」


その言葉で、領民たちはさらに笑っていた。

その笑いが収まる頃、グールは申し訳無さそうに話し出す。


「ただ、皆さんに少しだけお願いがあるのです」


「おう、何でも言ってくれ」


領民は気分よく答える。


「ありがとうございます。皆さんから買い取る予定の石と木なんですが、今物凄く在庫が余っておりまして、せっかく買い取っても置く場所にすら困る状況なのです。そこで相談なのですが、出来ましたら買い取り価格を8割程に抑えて頂けないでしょうか? あ、もちろん申し訳無いと思いますので、なんなら売らなくても大丈夫です」


領民たちに売らないという選択肢は無い。物を売らないことには、買う為のお金が無いのだから。


「それは大変だな。ところで、わしらが買う商品の値段は変わらないのだろ?」


「はい。それは勿論です」


「なら、売った金で買えるなら問題無いか」


「ありがとうございます。そう言ってもらえ助かります」


「なに、困ったことがあればお互い様だからな」


こうしてグールと領民は取引した。

石と木を売却した代金は、そのままグールの商品を購入するのに消費された。




領民たちが終始笑顔のグールに騙されたと気づいたのは、少し後になってからだった。


「ちょっとどういう事! 買ったばかりの服がすぐに破けたんだけど!」


「おい、どうなってんだ! 買った道具がたいして使ってないのに壊れたぞ!」


「こっちの靴も破けたんだけど!」


グールが倉庫にしまった商品は、全て粗悪品だった。

本来なら売り物にすらならないゴミである。

つまり、アネモネ領民はわざわざゴミを引き取り、そして安く資源を売っただけだった。


「この責任、とってくれるんでしょうね!」


グールと取引した領民たちは、そのことに消極的だった領民たちに責めらていた。


「ちょっと待て。そもそも逃げたコレラが悪いだろ! その責任をわしらに押し付けのはおかしい! 大体、わしらだって騙されたんだぞ!」


「だったらどうするのよ!」


揉めに揉めた話し合いは、なぜか最終的にコレラが全て悪く、そしてその責任は妻であるパスが取るべきだ、となった。





「わかりました。私でお役に立てるのでしたら……」


パスの家に押しかけた領民たちに説得され、アネモネ領の領主代理としてパスは就任することになった。


「トムさん……申し訳ございません。せっかくお仕事を頂けたのに」


「なに、気にすることはない。パスさんが領主になってくれるなら、きっとこの地も豊かになるからな」


そう言って送り出してくれるトムたちに感謝しながら、パスは旧アネモネ家に帰っていく。




そして、戻ったパスに難題が押し寄せる。

領内には粗悪品が溢れ、新たに取引したくても商人が来なくなっていたのだ。

その原因は悪い噂で、アネモネ領の評判は地に落ちていた。しかもタチが悪いことに、その噂は大体が事実だった。


曰く、アネモネ領では長年取引してきたアイビー商会に対して、一方的に契約破棄し大損害を与えた。というもの。




それだけでも大問題だったが、追い打ちをかけるようにアネモネ領へ兵士たちがやって来た。

彼らは東パキラ家の兵士で、その数200人。


「俺たちが来たからには、防衛は心配しなくていい。ただ、約束通り防衛に必要な資源は貰っていく」


「……はい。お願いします」


知らなかった、一部の領民が勝手に決めた、そんな言い訳が通用する相手ではない。

パスは東パキラ家の部隊長にそう答えるしかなかった。


ただでさえ財政難の状況で、この兵士たちが防衛の為に丸太や石など資源を持っていく。更に駐屯する為の食料も。

領内の備蓄考えたら、どうやっても領民たちが冬を越せず困るのが目に見えていた。

とはいえ、それが分かっていても断れない。


なぜなら、アネモネ領の領兵は200人いるが全員兼業である。数だけは同じだが、装備も練度も桁違いだった。

もっとはっきり言ってしまうと、彼ら東パキラ家の兵士だけでアネモネ領を簡単に占領出来るのだ。




こうして、財政難、商人からの信用失墜、備蓄不足、戦争の気配という最悪の状況から、パスの統治が始まった。


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