ボロ小屋バージョンアップ
ボロ小屋での生活は大変だったが、パスは別に不幸ではなかった。
「いつもすみません。お肉を分けて頂け助かります」
「なに、気にすることはねーな。どうせほっとけば腐るだけだ。それよりパスさんが来てくれて、むしろ助かったのはこっちだ。あんたがベリーを採取してくれたおかげで、毎日ベリーを食べれるからな」
「いえ、トムさんが狩猟してくれるおかげで、安心して採取出来てます。それに、以前も獣に襲われたところを助けて頂き、ありがとう御座います」
「なに、いいってことよ。ここじゃ助け合うのは当然だからな。それより冬は越せそうか?」
「はい。ジョエルさんから薪を頂けたので、寒さはしのげるかと」
「木こりのジョエルか。そう言えばあいつもパスさんのこと褒めていたぞ」
「え……? そうなんですか」
「おう。なんでも、あいつの子供に読み書きを教えてるらしいじゃねーか」
「はい……手の空いたときにですが」
「そいつは助かる。なにせこの辺に学校はないからな。もし、パスさんがよければ、それを専属にして貰えないか?」
「えっ……ですが、その……」
「なに、食い物なら心配せんでいい。うちの娘も大きくなったから、来年からベリー摘みをさせるつもりだ。だが、読み書きを教えれるのは、この辺にはパスさんしかいない。お願い出来ないか?」
「はい。私でお役に立てれるなら」
「そうか! 引き受けてくれるか。それは助かる。ありがとう、パスさん」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
「そうと決まれば早速、ここは建て替えるか。なに、少し不便をかけるが、しばらくはうちに住んでくれ」
「え……!?」
驚くパスをよそに、トムは決めた。
そして、木こりのジョエルにも声を掛けると男手を集め、パスのボロ小屋を改築し始める。
夏から始めた改築は秋には終わり、冬を前にして綺麗な住居へ変貌することになった。
こうしてパスは、子供たちに読み書きを教えながら生活していく事になる。
旧アネモネ家の屋敷は、領民たちの集会所として活用されていた。
そこへ挨拶しに訪れたのはアイビー商会のアイビーだった。
「どういうことでしょうか?」
アイビーは困惑しながら領民に尋ねる。
「どうもこうも無い。コレラは逃げた。これからはわしらが直接取引をする」
「いえ、そう言われても困ります。アネモネ家の方はどなたも居ないのでしょうか?」
「コレラの妻なら外れに住んでいる。それより何が困るんだ? あんたにとっても取引出来るなら問題無いだろう」
領民の言葉にアイビーは頭を抱えたくなった。
小さいとはいえアネモネ家の領地との取引は、個人単位とは扱う物量が違った。しかもこの領地が売れるものは、重い石と木である。荷馬車一台でどうこう出来るものではなく、その為の人手を含めた諸々の手配が必要だった。
そこに含まれるリスクは領主という肩書きが持つ信用によって、はじめて取引を可能としていたのだ。
「とりあえず、私としては奥方様に挨拶してこようと思います。取引については、また後日に」
そう言って席を立つアイビー。
応接間から出ていこうとした。
その背中に領民の1人が呟く。
「俺らが石や木を売ってやるって言ってんだ。さっさと買えばいいだろう。面倒な奴だな……」
その言葉はアイビーの耳に届いていた。それでもアイビーは特に反応せず、黙って出ていった。
秋、紅葉に彩られた木々の合間で、綺麗な住居で生活してるパスに挨拶したアイビー。
パスからお願いされたこともあり、領民と取引することを渋々決めた。
来年の春に領民が売りたい石と木を購入し、領民が欲してる諸々を売却する契約を交わしたのだった。
アイビーが去った後、市場にきた領民はぼやく。
「俺らが居なければ商売にならねーだろうに、いけ好かねえ奴だ」
アイビーの態度が気に入らなかった領民は、公共の場で平然と不平をこぼしていた。
「おや、感じの悪い店でもありましたか?」
男はその領民に声を掛ける。
「いや、この市場の店じゃねー」
「と、言うと?」
領民は溜まってた不満をぶちまけるように、取引内容を全て話した。
「それは酷い!」
「だろ? 頭にくるよな」
「えぇ。特にみなさんが欲してる商品の値段が高すぎます。私なら、その半値で用意出来るというのに……」
「な、なんだって!」
「どうです……その悪徳商人に一泡吹かせてやりませんか?」
「そんなこと出来るのか?」
「えぇ……もちろん。申し遅れましたが、私はミッドランド地方にある大商会ペンタスの一員、グールと申します」
「グールさんか。よろしく。それにしても、わざわざローランド地方まで来たのか?」
「商人たる者、どこへでも行きますよ」
「そう言うものなのか。ま、とにかく皆んなに紹介したい。こっちに来てくれないか?」
「……はい」
グールは嬉しそうに笑顔で答えた。