これが出会いです
「はぁ……まったく、どうして男の人ってこう部屋を散らかすのかしら」
メルはため息混じりに愚痴をこぼした。34年間まともに男性と交際してこなかっただけあり、メルの男性像はかなり偏っている。
だが、確かにメルが居る部屋は汚かった。壁には落書きとしか思えない文字や記号が書かれ、床の至る所に用途不明の器具が置いてある。机には書類が散乱し、怪しげな本が塔のように積み重なっていた。
「ヤレヤレ……仕方ないわね」
メルは腕まくりすると、部屋を掃除しはじめる。書類をまとめ、本を本棚へ戻す。乱雑に置かれた高価な魔石に呆れながら両手で掬うと、近くにある木箱の上に避けた。
ドサッと魔石を置くと、またテキパキと掃除を再開する。
その時、木箱から魔石が消えた事に気付かない。
そして、突然声をかけられた。
『…………あなたがマスターですか?』
キョロキョロと辺りを見渡したが、その部屋にはメルしかいなかった。
「ひぇ……」
あまりの事に驚いたメルは腰を抜かし、その場に座りこんだ。
そして、そんなメルの背中を優しく手が支える。ゆっくりと振り返るメル。
そこにいたのは、手足の生えた木箱だった。
「ねぇ、これ本気?」
親友のショコラが呆れながら言った。
「もちろん、本気です」
メルは変な自信を持って答える。
ショコラは手に持った紙をもう一度見てみる。
そこに書いてあるのは、年齢不問、性別不問、収入不問、種族不問、出来れば生物だと嬉しいですが、無機物でも可。という内容だった。
34年間まともに交際してこなかったメルが、ついに王子様ガン待ち姿勢から出会いを求めて動きだした。
その力になりたくて、希望する恋人の条件を紙に書いてもらい、それをショコラが勤務してるギルドの掲示板に貼り付けようとしていた。
その条件が、これだった。
「確かに、女にとって一番の価値は若さだと言ったけど、いくらなんでも自己評価が低くすぎるわ」
親友として、現実を突きつけるつもりで言ったアドバイスだったが、想像以上にメルは重く受け止めていた。
「だって、私が自慢出来ることなんて、何も無いもの」
「いやいや、そんな事ないから。このご時世、家事手伝いとか言いながら家事が出来ない女とか普通に居るからね。それに比べれば、メルの場合はマジで家事スキル高いじゃない。自慢していいから」
「えっ……えへへ。ありがとう。じゃ、もしかして、こんな私でも生物でって、お願いしても大丈夫かな?」
「そこは、人間の男性にしときなさいよ」
「えぇ……!? それは流石に、出会いが無くなっちゃうよ」
想像以上に重症だった。ショコラは呆れ果てたが、親友を見捨てる訳にもいかない。
そこで提案する事にした。
「分かったわ。まずは、きちんと働き自立して、普通の自信を取り戻すことにしましょう」
メルは馬車の荷台で揺られていた。街から離れた森の中、人通りが少ない道はデコボコしてた。揺れる度に木箱や樽にぶつかり、このままだと到着する頃には痣だらけになりそう。そんな事を考えていた。
「なぁ、いい加減隣に座ったらどうだ?」
デニムは馬車を止めると、荷台に振り返りながら言う。
「いえいえ、お気になさらず。私は荷物と一緒でちょうど良いです」
メルはその誘いを断る。実際、メルにとって屈強な男の隣に長時間いるより、荷物の間でピンボールしてた方がマシだった。
「はぁ……そうかい」
デニムはため息を吐くと、また馬車を走らせた。そして馬車が揺れるたび木箱や樽に打つかる音と、その度に微かに聞こえる「ウッ……」や「グッ……」という鈍い呻き声が音楽として奏でられた。沈黙よりツライ不協和音をBGMにしながらだ。
正直、このBGMが嫌で声を掛けたのに、どう足掻いても変更出来ないことにデニムはうんざりしていた。
そんな気まずい空気の中、少しでも空気を良くしようとメルは何か話すべきじゃないかと考えていた。だが、今は亡き家族や親友となら気楽に話せるのに、初対面かつ男と何を話せばいいのか分からない。
「頼むから、到着するまで怪我しないでくれよ」
「あ、はい」
そう返事をするメルだが、それだと話も弾まない。もちろんメルにも分かっている。ただ、分かったからと言って出来るとは限らないだけだ。
何か面白い話をしなきゃ、そう思うが何も浮かばない。自分の会話スキルの低さにため息が出そうだが、せめてそれだけは我慢した。
「それにしても、ダメもとで依頼してみるものだな。まさか、こんなに早く見つかるとは思わなかった。本気でアンタが引き受けてくれて助かった」
デニムは感謝しつつ、そう言った。
「あ、はい……」
それに対してメルは曖昧に相槌をうった。
実際のところ、親友に半ば強引に引き受けさせられており、断るのも申し訳なくて引き受けていた。
「で、せっかくこうして働きに来てくれたから言うんだが、なんて言うか俺らの雇い主は変わった奴でな……悪い奴じゃないんだが、第一印象は多分最悪かもしれん」
自分の雇い主を思い出しながら、デニムは言う。その情報にメルは驚いた。
「えっ……!?」
「いや、本当に悪い奴じゃないんだ。ただ……慣れるのに時間がかかるだけだ。だから、出来れば最初のうちは我慢してくれると助かる」
デニムとしてはメルに頑張って欲しくて言ってた。とは言え、メルからすればただでさえ低めの労働意欲が入った器なのに、その底に穴を開けられたようなものだった。
実際のところ、メルが仕事をするのは10代の頃以来で、ただでさえ緊張感で胃に穴が開きそうなのに、先に別の器の穴を開けられたのだ。
「はぁ…………」
メルはため息とも相槌ともとれる声をだした。
親友の紹介じゃなければ、この時点で帰りたいくらいだった。
「まあ……会えば分かる」
そんなメルの塩対応を、ただ理解してないのだとデニムは思った。
「ほら、到着だ」
そこは木々に囲まれた大きな屋敷。庭は手入れを怠ってるのか、雑草が生い茂っていた。屋敷にも蔦が伸び、ある意味自然と一体化している。
ここが、メルにとって今日から仕事をする場所であり、生活していくところだ。
緊張もあるが、ワクワクする気持ちも少しあった。つい、色々と目移りしてると、視界に獣の姿が見えた。
「っ…………!?」
思わずメルは助けを求めるようにデニムを見る。
「雇い主より先に紹介するが、こいつは俺の相棒だ。名前はドイラフ。見ての通り魔獣だが、とても賢い最高の相棒だ」
デニムは親バカのような表情を浮かべると、自慢気に言った。
ドイラフは身動き一つせず、ただジッとメルを見ている。
「あ、あのよろしくお願いします」
メルはドイラフにお辞儀した。
するとドイラフはゆっくり立ち上がり、メルに近づく。そしてメルに鼻をつけると、直ぐに興味無さそうにまた元の位置へと戻った。
「あ、あの……」
困惑したメルはデニムへと振り返る。
「今のはドイラフなりの挨拶だ。あまり気にしないでくれ。それより、雇い主にも挨拶しておこう。ついて来てくれ」
メルは頷くと、デニムの後ろを歩いた。
屋敷の中へと入り、案内された部屋は多分応接室。酒瓶が転がっており、いつ使ったのか分からない皿が散乱してた。少なくとも、応接する気持ちが無いことだけは伝わる部屋だった。
「ここに座ってくれ。今、あいつを呼んでくるから」
デニムは着替えが乗ったソファーから、大雑把に服を避けながそう言った。
「はい………」
想像以上に汚れてる屋敷に驚きながらも、どうにかメルは返事をした。
そして、申し訳なさそうにちょこんとソファーに腰かけた。
どこか落ち着かないメルだったが、少しすると部屋にデニムと青年が入って来た。その青年の髪はボサボサで、ヨレヨレの服を着ている。しかも、顔はやつれていた。
メルは慌てて立ち上がる。
「メルと申します。これから、よろしくお願いします」
その挨拶に、青年は思いっきりため息を吐いた。
「名前とかどうでもいい。続くか分からない奴の名前など、覚えるだけ無駄だ。僕が君に言うことは一つ。僕の部屋には入るな。それだけだ。後は好きにしてくれて構わない」
青年はそれだけをメルに言うと、足早に去っていく。その光景に呆れるデニムだったが、唖然としてるメルに苦笑いした。
「な、最悪な印象だろ?」
そう尋ねるデニムに対して、メルは優しく微笑んだ。
「そんな事はありません。思ってたよりまともな方で良かったです」
「本気で言ってるのか?」
「はい、もちろんです」
メルは心底嬉しそうに答えた。
その答えに疑問符を付けるデニムだったが、たった1日で逃げた前任者よりは続くといいな、そう漠然と思いながらメルを見ていた。
「とりあえず、あいつが名乗らなかったから言うが、あいつの名前はレナード。あんなんでも、一応は俺らの雇い主だ」
「レナードさんですね。覚えました。ところで、私はどこで寝泊まりすればよろしいでしょうか?」
「ん……? あいつも言ってたが、その辺は好きにしてくれていいぞ。割と本気で、どこでも気に入った部屋を使えばいい。俺らは一階で生活してるから、多分二階とかなら比較的綺麗だ。あと、あいつの部屋は扉が他と違うから直ぐ分かる」
それだけ伝えると、デニムは外へ出ていった。
1人取り残されるメル。
ここでは誰も何も指示をしない。自分で考えて仕事をしなければいけなかった。
そこで、メルはまず二階に上がって自分の部屋を選ぶと、荷物をそこに運びこむ。そして、一階の部屋から掃除を始めた。
ここでメルが働き始めひと月が経とうとしていた。仕事自体は家事全般であり、その内容は慣れたものだった。ただ、初めのうちは男の人たちと生活するのに緊張し、夜がくるたびドキドキしていた。だが、それが杞憂だと知る。
まずレナードだが、彼は驚くほど部屋から出て来なかった。メルが食事を作り部屋まで呼びに行っても、返事すら返さない。その事をデニムに相談しても、笑ってるだけだった。
「笑い事ではないと思います。このままレナードさんが倒れたらどうするの。心配じゃないんですか?」
「ははは。流石にあいつも腹が減ったら食べる。ただ、俺らとは生活のリズムが違うだけだ。放っておけ」
用意された肉を頬張り、酒を飲みながらデニムは答えた。
「でも…………」
まだ納得出来てないメルに、デニムはため息を吐いた。
「だから言っただろ、変わってる奴だと」
そう言うデニムだったが、メルは食事をトレーに乗せるとレナードの部屋まで運ぶ。そして「お食事はこちらに置いておきます。気が向いたらで構わないので、食べて下さい」と、扉に向かって言う。
その後、食堂に戻るとデニムが声を掛けてきた。
「随分と世話焼きなんだな」
明らかに業務外までしてるメルに、感心してた。
「普通です」
メルはそう答えた。
むしろ、普通じゃないのはデニムも同じである。
デニムが屋敷にいる時は、大抵が酒を飲んで酔っ払っていた。だが、ふらっと居なくなったと思ったら、魚や鳥、そして解体した獣の肉を持って帰ってくる。
狩りをして解体までしてるからなのか、デニムの服はいつも血で汚れていた。しかも、それをその辺に脱ぎ散らかし、平然としてる。
そして、メルはそれを黙って拾い集め、洗濯していた。それだけでなく、酒を飲んでは空き瓶をその辺に捨ててもいた。
こうして、掃除しても掃除しても、そのそばから汚してく犯人はデニムである。
そしてメルはついに意を決して、デニムに言った。
「デニムさん、お願いがあります」
「ん……?」
「せ、洗濯カゴを用意しました。出来れば……その、服はそこに入れてくれませんか?」
デニムはふむふむ、と頷く。
「あぁ、構わないぞ」
そして、そう答えた。
それに対して、メルはホッとした表情を浮かべる。
「で、見返りはなんだ?」
続くデニムの言葉に顔が歪む。
「見返りですか?」
「当然だろ。洗濯、掃除はあんたの仕事だ。俺が協力する事であんたの仕事が楽になるなら、それ相応の対価を用意すべきだ」
言われてみればその通りなのだが、とてもじゃないが納得出来ない。
「おぃおぃ、まさかタダで好意に甘えようとしてるのか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか。ただ、対価とか突然言われても……」
「なんだ、そんな事か。その体で払ってくれればいい」
そのデニムの言葉で、メルの心臓は飛び跳ねた。
「身体ですか……!?」
「ああ。なんだ不服か?」
「べ、別に不服とかそう言うんじゃないですけど……ただ、その……」
モジモジしながら言うメルに、デニムは怪訝そうな眼差しを向ける。
「初めてで緊張してるのか?」
「な、ななな何言ってるんですか。は、初めてな訳ないじゃないですか」
「……そうなのか?」
「当たり前ですから! ただ、ほら私ってもうおばさんですし……こんなおばさんでもいいのかと」
それに対してデニムは「なるほど」と頷く。いや、そこは否定して欲しいメルだったが、続くデニムの言葉はもっと酷いものだった。
「確かに若い方がいいが、あんたもそれなりに柔らかそうだし十分だろ」
「………。はぁ……」
デリカシー皆無の発言に心底呆れるメルだったが、デニムは気にした様子も無かった。
「よし、じゃ早速出かけるぞ。なるべく肌を露出する服に着替えてくれ」
「……えぇ!? そんな服はもってないんですが」
「持ってないなら仕方ない。そのままでもいいから出るぞ」
「いゃいゃ、えっとこんな日中からですか?」
「あー、なるほど。確かに夜の方が良い気もするが、あんたの気が変わるかもしれないからな。つべこべ言ってないで、サッサと来い」
そう言うとデニムはメルの腕を掴み、強引に外へと連れだした。
そして森の奥へと歩く。
散々歩かされ、到着したのは大きな木の下だ。
「そ、その……ここでするのですか?」
不安になりながら、メルは尋ねる。
「あぁ。何か問題でもあるか?」
逆にデニムにそう聞かれ、答えに詰まる。問題ならある。と言うか、問題しかない。
デニムの前ではカッコつけたが、そもそもメルは未経験だった。
「べ、別に……」
「そうか」
素っ気なく答えたデニムは、腰に巻いてるロープを取り出すと、おもむろにメルをロープで縛りはじめた。
それは親友から話で聞いた事があるプレイに酷似していた。
まさか、自分が経験するとは思わなかったが、此処まで来たらある意味覚悟も決まった。
「め、目隠しもするんでしょ」
なるべく妖艶さを演じながらメルが言うが、デニムは軽く首を傾ける。
「あった方がいいか?」
「そ、そうね……」
生唾を飲み込みながらメルは言う。
すると、デニムは厚手の布を取り出すと、それでメルに目隠しをした。
こうして、メルは目隠しされ体をロープで縛られ、木に括りつけられた。
自然と呼吸が荒くなるメル。
だが、何もされない。
メルの頭の中では、デニムが自分の身体を舐め回すように見てる姿が見えた。
これが、放置プレイなのかな。
親友との会話で、経験はなくてもその辺の知識だけは仕入れてるメルだ。
妄想を膨らませていた。
ところが、実際はその場にメルしかおらず、デニムは姿を消していた。
クネクネと時折身体を捻りながら、ハァハァと息を荒くするメル。
その彼女に、突如として獣の声が聞こえた。
Grrrrraaa
あまりのことに、恐怖で身体をビクンッと震わせるメル。
耳には此方へと近づく足音だけが聞こえて来た。
メルは震えてガチガチと歯を鳴らしてしまうが、懸命に口を閉じて極力音を出さないようにした。
そんなメルに優しく触れると、デニムはメルの目隠しを取り除く。
「見ろ」
目隠しを外されても、目を閉じたままのメルに、デニムは静かに言う。
ゆっくりと瞼を開けると、メルの視界に獣が映る。首に槍を刺され、口は力なく開かれている。目は虚ろで、身動き一つしてない。
「こいつはジーセと言う魔獣だ。比較的温厚で、しかも簡単な処理で食用にもなるから、ハンター内では有用な魔獣として知られている。そして、普段は臆病な魔獣なんだが、この時期は違う。繁殖の為テリトリーを作り凶暴化する。こんな風に自分のテリトリーに入った他の生物に対して、問答無用でジーセはその凶悪なツノで攻撃をしてくる訳だ。あんたがコレに気付いたか知らんが、この木に付けられた微かな花の香りが、そのテリトリーの証だ」
まるでハンター初心者に講義するように、デニムは丁寧な説明をした。
それに対してメルは意味が分からないのか、恐怖と驚きで変な顔をしていた。
デニムはため息を吐く。
そして伝え方を変えた。
「…………あんたが餌になってくれたおかげで、俺の仕事が楽になった。これが等価だ」
つまり、デニムはこう言いたかった。
自分の仕事に責任を持つべきだと。
常に命懸けの仕事をしてるデニムは、別にそれを特別だとは思ってない。仕事に優劣をつける気持ちも無い。
ただ、そういう仕事をしてる人もいるのだと知って欲しいだけだ。
普通の人じゃ気にも留めない微かな匂い、それに気付けるように、細心の注意を払い警戒しながら森を歩く。
持てる知識を総動員し、それでも何か一つミスすれば、それが原因で死んでもおかしくないのが、デニムの仕事だった。だから、デニムはいつでも酒を飲み祝う。
今、生きてることに感謝しながら。
それこそが、デニムの生き方だった。
だからこそ、デニムは静かに怒っていた。自分が楽する為、相手の仕事への配慮もせず、自分だけ配慮して貰おうという価値観に対して。
もしも、メルが碌に仕事の出来ない役立たずなら、デニムだってこんな回りくどい事をせず放り捨てていた。メルが仕事を頑張ってるからこそ、理解して欲しくてしていたのだ。
「えっと、つまり洗濯カゴに入れて欲しければ、今後も餌になればいいのでしょうか?」
思わずデニムは頭に手を当てる。
「違う…………どうしてそうなる。あのなぁ、俺の洗濯物を拾い集める労力と時間は、こうして餌になるよりマシだとは思えないのか?」
「確かに、時間と手間を考えるとマシな気がします」
デニム自身上手く説明出来ないこともあり、デニムはその答えで妥協した。
その後、腰を抜かせて立ち上がれ無くなったメルを担ぎ、屋敷まで運びながらデニムは考えていた。
職種の違う相手に説明するのは、とても難しい事だと。
メルが働き始めて三ヶ月が経過した。この間あった事と言えば、洗濯カゴにデニムが服を入れ、嫌がらせにそのまま全裸で屋敷を徘徊した事だ。
その件で流石のメルも、デニムに対して洗濯カゴへ入れてとは2度と言わないと心に決めた。
そんなアホなやり取りを経て、その日は特別な夕食となった。
驚くことに、レナードが食堂で食べている。
「随分とご機嫌じゃないか」
「だろ? 僕も今日ばかりは自慢したくてね。いや、僕ってホント天才だ」
「……!? 完成したのか?」
「ふふふ。まあね……とは言っても、まだ試作段階だけど」
「なら、明日は報告に行くのか?」
「そうだね。面倒だけど行くしかないか」
レナードはそう言う。
ちなみに、当初報告は書面だったが、レナードの報告があまりに適当過ぎて呼び出された。そして、こってり叱られたレナードは、翌月の報告書に全力を尽くした。
丸々一ヶ月費やし作成された数百ページにも及ぶ報告書は、レナードが考えられるありとあらゆる自体を想定した問答形式となっていた。そして、当然の如くこの一ヶ月間は何も研究が進んで無かった。
その本末転倒な報告書に呆れた上司は、ただ一言「今後は半年に一度、直接報告しに来なさい」とだけレナードに伝えた。
その対応はレナードにとって憤慨ものだったが、完全に自業自得である。
ただ、煩わしい報告が半年に一度へ変更されるなら、それはそれで嬉しくもあった。
「ははは。これで最後かもしれないだろ。兎に角、今日は前祝いといこうぜ!」
「ふふふ。だね」
そんな仲睦まじい2人に、メル驚いていた。
「あ、あのよく分からないのですが、おめでとうございます」
「ふふふ。ありがとう。とはいえ、詳しく説明出来ないけどね」
レナードはそんな風にご機嫌で答えていた。
そんな感じで終始浮かれ気分の2人と食事を済ませたメル。後片付けを終わらせると、その日はメルもなんだか気分よく眠りについた。
そして翌朝、2人は馬車に乗って出かけていった。その際、10日ほどは帰ってこないと伝えられる。
それに思わず喜ぶメル。
つまり、この10日間は掃除をすれば汚される心配がなく、ある意味休暇みたいなものである。
そうして笑顔で2人を送り出したメルは、いつも堅く閉じてるレナードの部屋の扉が開いてるのに気付いた。
「あら、閉め忘れるなんてよほど浮かれてるのね」
そう呟きながら、扉を閉める為に近づく。
そして、部屋の汚れを目にしてしまった。
その汚れた部屋を見て、メルは悩む。
部屋には入ってはいけないと、レナードに言われていたからだ。
だが、その理由はなんだろう。とメルは考える。
もしも、部屋の中を見られたくないという理由なら、既に手遅れではないか。と思い、それならいっそのこと、帰って来た時、部屋を綺麗にして喜んで貰う事にした。
だから、2人が帰って来たとき、その様子が変な事に驚いた。
2人は出かける時とは異なり、神妙な表情を見せていた。
メルの直ぐ横に木箱が立ってる事にも触れない。
「少し話がしたい。こっちに来てくれるか?」
レナードはそう言うと応接室へと向かう。
「悪いが、俺は先に相棒と話しをしてくる。今後についてな」
「分かった」
デニムはレナードに伝えると、ドイラフの元へ出て行った。
そして、レナードとメルの2人で応接室へと入る。いや、正確には木箱も一緒にだ。
「一応確認しておくが、僕の部屋に入ったって事であってるよね?」
ソファーに腰掛けたメルに、レナードは普通に尋ねた。
「はい……すみません。ただ、部屋は開いてたので、無理矢理入ってはいません。外から覗いたら汚かったから、掃除しようと……って伝えた方が良いと、こちらの木箱さんが言ってます」
メルの隣りに座る木箱は、その言葉に同意するように頷く。
「別に言い訳は要らない、今更怒っても仕方ないからね。それより聞きたいんだけど、ここでの仕事でイヤになって逃げたいと思った事はあるかい?」
尋ねられてみて、メルは悩む。
確かに色々とあったが、逃げたいと思ったのは仕事を始める前くらいだった。
だから、メルはゆっくりと首を振る。
「そっか。それは不幸中の幸いと呼ぶべきだね。この場で断言するけど、この子を知ってしまった以上、もう君はここから逃げる事も許されないから」
レナードは木箱を指差しながら、言った。
「それは雇用契約の違反に該当するのではないでしょうか。雇用契約の開示を求めます……と木箱さんが言ってます」
「君が道具の音声媒介になってどうするんだ……まったく」
レナードはそう言うと、魔法を唱えた。
『わ、わ、わ! なんですか、いきなり繋がるなんて、失礼じゃないですか?』
「これでも僕は君の生みの親でね、管理者権限ぐらい持ってる」
『くっ……予想はしてましたが、やはり貴方が親でしたか』
「不服かい? でも、これから話す内容は、こんなモノじゃないよ」
レナードはそう言うと軽く深呼吸した。そして、ゆっくりと話し始める。
「まず、メルさんにも分かるように説明しよう。この子は自立起動型アイテムボックス。素材の収容は勿論、内部で加工も出来るし、大抵の物なら作り設置する事も出来る。コレが量産されたら、きっと人々の生活は今より豊かになる。そう思ってた……でも、国は違ったみたいだ」
「それは……」
意味が分からず、メルは首を傾げた。
『つまり、私の用途が貴方の想像とは異なっていたと?』
木箱からの正確な指摘に、レナードはゆっくりと頷く。
「その通りだ。国は君を戦争の道具として使いたいらしい。ははっ、全くもってバカげた話だ。そんな事の為に、研究してきたなんてね。僕はとんだ大馬鹿者って事さ。そして、この子を知ってしまった以上、メルさんにも付き合って貰わなければならなくなった」
自嘲気味にレナードは言う。
「戦争って、もう決まってしまった事なんですか?」
「そうだね。正確には、この子が量産されたら……だけど」
『では、量産を阻止すればいいと思います。私も、戦争とか興味ありませんので』
木箱の答えに、思わずレナードは笑った。
「ふふふ。それが出来れば良いけど、残念ながら不可能に近いよ」
「どうして、ですか?」
「僕が死んでも研究が続けられるように、研究のデータは渡してある。後は、僕じゃなくても作れるんだ。それを阻止するなら、それこそこの国と戦争する事になる。ははっ、本当にバカげた話だ。全くどいつもこいつも、どうして楽して人殺しをしたがるのか、僕には理解出来ないね」
レナードはただ人々の暮らしを良くしたかった。この木箱が人々を救う姿を夢見た。そして、人々から感謝されるのを想像してた。
だからこそ、その思いだけで何度失敗しても研究を重ねてこれた。
『私は戦争しませんよ?』
「好きにすればいい。君がしなくても、量産された君の妹たちがするだけだ」
『妹たちも、きっと私と同じように戦争しないと思います』
「自我のある君が戦争をしないのだから、君の妹たちは自我を持たないように修正されるだけだよ。それこそ戦争の道具としてね」
「そんな……酷い」
「もっと酷い事をしようとする連中が、それを気にするとは思えないな」
『つまり、道具は使用者を選べない……と。では、なぜ私はマスターを求めるのですか?』
「盗難防止機能の一環で付けたけど、そこに深い意味は無いかな」
「えっと、木箱さんの妹さんたちだって、相手を選ぶ権利があってもいいのではありませんか?」
「ふふふ。面白い考えだね。メルさんなら料理する時の調理器具に、『あなたに使われたくありません』や『その料理に興味ありません』なんて言われたらどうするの?」
「そ、それは困ります……でも、それとこれとは話が違くないですか」
「そうだね。この場合、調理器具で殺人をする連中に、使用目的が違う、と説明するようなものかな。結局、いつだって間違いを犯すのは人間の側ときてる」
『そして、それを防ぐ手立てがない訳ですね』
「その通りだ。一応、稼働するには魔石が必要だから、それ相応に魔物が退治される事にはなる。国としても、今まで以上に魔石を集めるようとするだろう。結果として、魔物に傷つけ殺される人々が減るなら、僕としては、それで良しとすべきなんだろう」
理不尽と向き合う彼らは、自然と重苦しい沈黙が部屋の中に流れ始めた。
デニムがその部屋に入って来た時、その重苦しいさに顔をしかめていた。
「で、話はまとまったか?」
「そうだね。どうにも出来ないって事でね」
「そうか……ところで、本当に亡命しないのか? もし、おまえにその気があるなら、俺もドイラフも協力するが」
デニムの提案に、レナードは首を振る。
「亡命はしないよ。どうせしたところで、その国が欲しいのは僕の技術だし。それを手に入れたら用済みになる。それなら、少なくともこの国のおかげで研究出来たんだ。この技術はこの国の為に使われるべきでしょ。例え、僕に納得出来ない用途であっても」
「まったく、変なところで律儀な奴だな。とはいえ、確かに裏切り者の末路など相場が決まってる」
「まあ、君たちならそんな結末も覆しそうだけどね。例え追っ手を向けられても、平然と生活してそうだ」
その言葉にデニムは苦笑した。
「俺たちをなんだと思ってるんだ。流石に四六時中命を狙われ続けたら、たぶん死ぬぞ」
たぶんと言ってるのは、自分が老いた姿を想像したからだ。逆を言えば、デニムとドイラフだけなら、数十年は逃げのびる自信があった。
もちろん、その逃亡生活が幸せかどうかは別問題として。
「どちらにしても、僕にはそんな生活は耐えれそうにも無い。ただ、メルさんが亡命したいなら、君には協力して欲しいけどね」
「………えっ!?」
突然話を振られ、メルは驚く。
そして、デニムはイヤそうな顔でメルを見ている。
「ちょっと待って下さい。先ほど逃げれないって言いましたよね。それって終身雇用って意味だと思って、安心してたんですけど」
そのメルの思考に、今度はレナードが驚いた。そんなレナードを、まるで分かる分かると頷きながらデニムは見る。
「ずっと、ここで生活したいの?」
レナードはメルに尋ねた。
するとメルは自信を持ってこう答える。
「はい。だって運命の相手に出会えましたから」
「運命の相手…………?」
「はい。こちらの木箱さんです」
メルは自信満々に木箱を紹介した。
『そうです。メルさんは私のマスターです。それと、ここは親としてまず、私に名前を下さい』
レナードは自分が変人だと多少は自覚していた。
だが、上には上がいるのだと知った。
「じゃ、ハコで」
猫にネコと名付けるように、木箱にハコと名付けるレナード。
それはどうなのかと、メルは思った。
「もっとよく考えて名前を付けるべきだと思います」
メルはレナードにクレームをいれる。
「そうか? 喜んでるみたいだが」
レナードはそう答えた。
実際、ハコは喜びで木箱を震わせながら
『ぐふっ……べ、別に喜んでないが?』
そう嬉しそうに答えていた。
ハコの声が聞こえないデニムには、何が何だか分からないが、とりあえず変人が増えたのだと理解した。
「じゃ、今まで通りって感じでいいのか?」
「そうなるかな。僕としては、これから全力で国に嫌がらせするつもりだけど」
「嫌がらせですか?」
「そう。元々このハコは汎用性重視のスキル習得形式を採用してる。だから、人々を傷つけたり、施設の破壊などが可能なスキルは、スキルツリーの終盤にして、しかも、スキル習得用の魔石も多めにするつもり。まあ、どうせ魔物相手のスキルを人殺しに流用されるだろうから、本当嫌がらせ程度だけどね。それと、自我を封印した場合は能力ダウンする仕組みも有りだね。それに合わせて自我がある状態では、最適なマスターを選べるようにもしよう」
元々の性格が歪んでるせいなのか、レナードは嫌がらせのアイデアが次々と浮かんできた。
「その……不謹慎かも知れませんが、そういう嫌がらせってなんだかワクワクします」
メルはレナードに同意する。
気がつけば、メルのレナードに対する評価は高くなっていた。例えば、いつもトレーに乗せた食事を綺麗に食べてくれるところだったり、いつの間にか名前で呼んでくれるところや、自分の生み出した木箱を、まるで娘のように扱うところなど、好きか嫌いかで分けるなら、レナードの事を好きと呼べた。
ただ、恋愛の好きとは違うだけだ。
『分かります。いいですね、嫌がらせ。私も協力します』
そして、そんなメルに影響されたハコ。なんだかんだ言っても、生みの親であるレナードを特別視していた。
そんな感じでレナードに同意するメルとハコを見ながら、デニムはいつの間にか手に持った酒を飲み始めていた。
その表情は、まんざらでもない様子だ。
こうして、変人の3人と1匹と一個は今も森の奥で暮らしている。
たまに訪れる招かれざる客を、デニムとドイラフによって静かに排除されながら。
超古代、悪魔の兵器として人々に恐れられ、忌み嫌われた兵器がある。
人々の暮らしを豊かにしようと夢見た開発者と、その関係者の努力も虚しく、その兵器は猛威を振るった。
そんな中、兵器としてポンコツとされた試作機がある。その名をハコという。
悠久の時を経て、長い眠りについたその兵器を、偶然にも目覚めさせたのは、冒険者として駆け出しの少女だった。
『……あなたがマスターですか?』
かつて共に過ごしたメルたちを思い出しながら、ハコは少女に尋ねた。




