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「畑ってこんな感じでいい?」


『はい。とてもいいです』


初めての畑をハコの指示で耕やしたが、絶賛されてホッとしていた。


「何を植えたらいいかな?」


『とりあえず、お試しという事でカボチャはどうでしょう。この畑はかなり水はけが良いので、丁度いいかと』


「うん。試してみないと分からないよね。ただ、育ったとしてお婆さんたちに料理出来るのかな?」


かぼちゃの皮が硬いことを考えて、ユバは心配していた。


『斬れ味抜群の包丁と砥石もセットで用意しましょう。大事なことは、お婆さんたちにこの場所が畑だと伝わることだと思います。それが伝われば、あとはお婆さんたちに任せてしまえば良いのではないでしょうか?』


切るではなく、斬るとしてるのはハコの仕様なのだろう。



そしてユバは、言われてみればその通りだと思った。何を栽培するかなど、お婆さんたちに任せていいのだと。


「それならむしろ、色んなタネを蒔いてみようよ。何が育つか分からないし、その方が好むものがあるかもしれない」


『それはいい考えですね』


そうして間隔を開けながら、色んなタネを蒔いたユバたち。

その中にさり気なくダンジョン源産のタネも入っていたが、特に気にしてなかった。なぜなら、そもそもユバたちが持ってるタネの大半は、ダンジョンか魔の大森林のどちらかで手に入れたものだったから。


「畑も出来たし、あとは何が必要かな?」


『製材所と製鉄所も作っておきましょう』


ユバにとっては、そのあたり全てハコがやってくれるが、お婆さんたちの自活には必要なのだろう。

畑や貯水池の近くに製材所を作り、温泉がある方に製鉄所を作った。

それぞれ作業に必要な道具も用意していく。


「ふぅ………。あっ!」


一息ついて、ユバは気付いた。


『どうしましたか?」


「あの……お婆さんたちってどこまで出来るんだろう?」


『…………無理、ですかね』


よく考えてみれば、製鉄所だけでも無理な気がしてくる。

炉は一度燃やしたら、燃やし続ける必要があるのだ。そもそも、近場で砂鉄や鉄鉱石などが取れるとも限らない。つまり、燃やすものを集めることが、既に困難かもしれなかった。


「……うん。壊すのは勿体ないし、このまま放置しよう」


『ですねー』


この手の失敗は経験済みだった。

必要だと思って事前に作るも、無駄になることは偶にある。

それはどこか抜けてるユバたちにとって、慣れたものだったのだ。


「出来る人にお願いするのがいいんだけど、この山奥に誰か来てくれるかな」


『お婆さんたち曰く、死ぬ為の山らしいので、来るとしてもそういう人になりそうですね』


「そう言われると、来て欲しく無いんだけど。でも、来て貰わないと困るし……うーん」


夜明けが近いのか、いつの間にか空が群青色になっていた。

だが、時間ばかり過ぎていき、ユバたちにはいい考えが浮かぶことはなかった。

妥協案として、薪や木材を多めに用意し、道具は耐久性重視にすることだけだった。









あれから半月が過ぎた。

何者かに襲撃された集落では、そこに住む領民が揉めていた。


「ここはもう終わりだ。捨てるしかねーだろ」


「捨ててどうする。俺たちに行くところなど、他に無いだろう。都会に行ったところで、仕事にありつけるとは限らん。その結果、税金も払えず犯罪者として生きたいのか?」


「だけどよぉ、このままじゃ俺たちに冬は越せねぇーぞ。僅かな蓄えすら失ったんだ。これじゃ、何の為に婆さんがお山に行ったか分からん」


「そのことだが……あの噂は知ってるか?」


「あぁ……あの根も葉もねぇー話か。お山に婆さんを連れていったら、他の婆さんたちが迎えに来てたって話だろ」


「そうだ、しかも迎えに来た婆さんたちは元気にしてたそうだ」


「そんな話、信じられるか? そりゃ、湧き水が飲めてりゃまだ生きてても不思議じゃねぇーがよ……元気ってことはねーだろ」


「だよな……そいつは幽霊でも見たのかもしれねぇーな」


「化けて出てこられても困るが、俺たちを恨んでたら、それも当然か」


「何を言ってんだ。婆さんたちが恨んでる訳ねーだろ」


「そんな事は分かんねーよ。実際は恨んでるかもしれん」


「なあ……オメェは子供の為に死ねるか?」


「死ねる」


「その時、子供を恨むか?」


「何言ってんだ。恨む訳ねぇーだろ!」


「なら、そう言う事だ。婆さんから見れば、幾つになっても俺たちは子供なんだろ」


「…………そうか」


領民たちによる復旧作業は、余り進んでいなかった。

これと似た会話が至るところで繰り広げられている。



領民からすれば頑張って復旧したところで、秋の収穫が絶望だった。そして、蓄えすら失った彼らに希望がなかったのだ。


「おい! 見ろ!」


領民が指さす先、そこには集落に向かって歩いてくる人影が見える。

それはお山に登ったはずの老婆だった。


「最近の幽霊は、日中もありなんか?」


「バカな事言ってんじゃねぇー。こりゃ、一大事だ!」


未だかつて、お山に行った老人が集落に戻ってくる事など、一度たりとも無かった。

そもそも足腰の弱った老人など、働けなくなった老人がお山を目指す。

そんな彼らが自力で集落まで戻ってくるのは、不可能なのだ。









その城は典型的な小さな平城だった。軍隊に攻められれば守るのが困難ゆえ、歴代の領主は近隣勢力とのバランスを考えながら土地を繁栄させてきた。

そして今、その城に領主はおらず領主代理が治めていた。


「領主代理、例の村ですが本当によろしかったのでしょうか?」


代官が領主代理に尋ねる。


「山1つの木材を脱税したのでしょう。近隣の集落に対する見せしめとして、当然の対応だと思います」


軍隊を送り、集落を焼き払った城代はそう答える。


「……その事ですが、後日確認したところ、その様な禿山が見当たらないのです」


「何を言ってるのですか。禿山であることを代官も確認したうえで、報告して来たのではないのですか?」


領主代理に責任を追求され、代官は慌てる。


「そ、それはもちろんです。ですが、その禿山が見当たらないのです」


「……つまり、見間違いだったと?」


「その可能性が高いかと……」


正直に言う代官に、領主代理は溜め息をつく。


「本当に……何を今更言ってますか。見間違いで集落を焼き払ったなど、領主に報告出来る訳がないでしょう。脱税はあったのです。いいですね?」


「はっ……」


有無を言わさない領主代理の発言に、代官はひれ伏しながら答える。


「それより、近隣の集落に布告は済みましたか?」


「それは……はい。例の集落の人々を助けない様に布告してあります」


「ならば問題はありません。領主には一罰百戒として報告してありますから。それに今頃、例の集落の連中もどこかでのたれ死んでる事でしょう」


死人に口なし。

領主代理にとってもはや事実はどうでもよかった。むしろ自分に対して責任を追求されることの方が、はるかに重要になっていた。









ところが、領主代理がのたれ死んでると思ってる領民たちは、元気に山奥で生活していた。

現在ユバがお婆さんたちの為に作った場所には、300人を超える人々が暮らしている。建物も当初より増えていた。


「…………」


そこで男性がひれ伏しながら何か言ってる。

それをユバは困惑しながら見ていた。


「こういう時、なんて言えばよかったっけ……えっと、ダイジョウブ」


ユバは数少ない覚えた現地の言葉を使う。

これで伝わって欲しいが、男性はひれ伏したままだった。


「どうしよう……」


今、その場にハコは居なかった。

朝だし誰も居ないと思って温泉にハコと入り、長湯してるハコを放置して出てきたところだった。


「とにかく、ダイジョウブ」


捨て台詞の様に言うと、来た道を温泉へと戻った。

流石に男性も温泉へはついてこない。

その事にホッとしながら温泉に戻ると、湯船に浮いてるハコがいた。


『おや、マスターも温泉の魅力に目覚めましたか』


心なしか艶やかな木箱が言う。


「もう、それどころじゃないから。なんでここの人たちってひれ伏すのかな?」


『……マスターの事を神様だと思ってるからでは?』


「私……そんなんじゃないから」


『ま、神様でなくとも、彼らからすれば命の恩人なのでしょう。そんな彼らに感謝するなとは言えないのでは?』


「うっ……それはそうだけど」


人から感謝されるのは嬉しいはずなのに、なぜかユバにとって凄く居心地が悪かった。


「ねぇ、お婆さんたちも生活出来てるし、もう私たちがここに居なくても大丈夫じゃないかな。どっか遠くへ探索しに出かけようよ」


今すぐ逃げだしたい。そんな気持ちでユバは提案した。


『良いですね。この近辺は粗方調べ尽くしましたから。ただ、気になることがあります』


「ん?」


『魔物が1匹も居ない事と、ここに住む人が誰も魔法を使わない事です』


「魔法は適正もあるからまだ分かるけど、なんで魔物が居ないんだろ……」


魔物が多い地域もあれば、少ない地域もある。だが、全く居ない土地をユバもハコも知らなかった。


『人間にとって脅威となる魔物が居ない土地ですか……それだけでも、随分と価値がありそうですね』


「だよねー。ま、それだと私が困るけど。まだまだ修行中だし」


『……マスターはかなり強いほうだと思いますよ』


「あ、ありがとう。ハコはそうやってなんでも褒めてくれるけど、実際はハコの作ってくれた装備のおかげだからね。私自身はもっともっと修行しないと」


ハコとしてはお世辞ではなく、客観的に評価していた。だが、それをユバは受け取らない。なぜならユバにとって強さの基準というものが、ずっと昔のまま更新されてなかったからだった。









「ギリワン様、湯加減はどうですか?」


「良い。ここはクスィフォスの言う通りじゃな。こうして湯に浸かるだけで、元気になってきたぞ」


男が2人いる。ギリワンと呼ばれた男は温泉に入り、クスィフォスと呼ばれた男はその側にいた。


「これこそ白狼様のお力で御座います。ここの皆が元気にしてる理由です」


「なるほど……確かに素晴らしい力じゃな。つくづく、その白狼様に挨拶出来ぬのが残念よ」


「申し訳ありません。白狼様にはギリワン様がお越しになるとお伝えしたのですが……」


クスィフォスはユバにお願いしていた。

それこそ頭を下げてお願いしていた。


「良い。こちらの都合に合わせるほうが不遜じゃ。それより、ワシの為に他の者が迷惑しておらぬか?」


温泉に1人で入ってるギリワン。くつろぎながら言う。


この温泉、今が昼時ゆえ他に誰も入ってなかった。村人たちは時間帯によって分けていたのだ。昼過ぎから夕方まで、老人や子供。夕方から夜まで男衆。そして日が沈んだ夜から女衆となっていた。

その時間割りは男衆にしてみれば、仕事で疲れた後にすぐ入れ、女衆にしてみれば肌を露出する羞恥心から自然とその時間帯になっていた。


「皆、朝から昼までは誰も入りませぬゆえ、ご安心下さい」


「それはなにゆえじゃ?」


「……その時間帯は、白狼様が入浴されますので……」


おそらくユバは気にしない。ユバが苦手なのは会話であって、別に人といるだけなら問題なかった。

が、村人たちは気にしていた。


「うむ。その気持ちは良く分かるぞ。感謝は言葉でなく態度で見せるものじゃ。さて、随分と時間を掛けてしまったが、そろそろ行くとしよう」


ギリワンは湯から出る。その肉体は引き締まっており、鍛えられてることが分かる。


「はっ……」


「それにしても、クスィフォスがいてくれて良かった。此度の事、そのほうがおらねば気づけぬところよ。だが、ここの者たちと知り合いとは知らなかったぞ」


「昔、放浪中で路銀が底をつき、行き倒れていたところを助けてもらいました。ゆえに、ここの皆こそ一宿一飯の恩義で済まぬ者たちでごさいます。とはいえ、つい恩人たちの里が襲われたと勘違いし、白狼様に攻撃してしまったのは痛恨の極み」


クスィフォスは己を恥じるように言った。


「カカッ……で、どうであった?」


「それが……お恥ずかしいことながら、手も足も出ませんでした。まるで赤子をあやす様にあしらわれました」


「それは誠か? そなた程の男が……」


ギリワンは心底驚いた。

クスィフォスの強さを知ってるだけに、信じられないのだろう。


「私もまだまだ未熟ということです」


「それは違うな……風や雲はそこにあるだけじゃ。それらと比べても仕方あるまい。ところで、ここの者たちは今後税はどうするのだ?」


ギリワンは気にしていた。

山間部では農作物で納税するのは困難である。そして納税は義務であり、同時に権利でもある。領民としての権利を持たぬ者を領内から排除するのは、領内の安全保障の観点から施政者として当然の判断だった。


「この山で生活しながら、荒れた田畑を再建していくみたいでございます」


「……うむ。ならば収穫出来るまでは、免除いたそう」


「はっ……ありがとうございます。きっとここの者たちも喜ぶことでしょう」










小さな平城では城代が慌てていた。


「ギリワン様、この様な場所までご足労頂き感謝の極みに御座います」


平伏しながらギリワンを迎える城代。


「うむ。ちとこっちに用があってな。ついでに顔でも出しておこうかと思ったまで」


「それはそれは、有難きこと。ですが、お供も連れずお一人はいささか不用心では?」


「なに、己の領内も自由に歩けぬほうが問題じゃ。それよりそちこそ、問題はないか?」


「はっ……。お気遣い頂き有難き幸せ。ですがこの通り、つつがなく治めております」


「ほう……そうか。じゃが、実は疲れておるのだろう。暫くいとまをやろう」


ギリワンの言葉に城代は驚く。

それは突然の解雇処分と同じ意味があった。


「ギリワン様、それは余りに酷いこと。なんの落ち度もないわたしめに、なにゆえその様なことをおっしゃるのでしょうか」


「酷いこと…………か?」


「はい。ギリワン様にお仕えし、長年奉公してきました。それが突然この様な仕打ち。あんまりではないですか」


その言葉にギリワンは頷く。

確かにその通りだった。だからこそ、時間を掛けて調べてきたのだから。


「なるほど……確かにワシにも情はある。じゃがな、そちにはそれが無いのではないか?」


「…………それは、どういう意味でしょう?」


「一罰百戒じゃ」


その言葉で城代は察した。

おそらくバカ正直な代官か、例の村人が泣きついたのだと。


「恐れながらギリワン様。俗物に何を吹き込まれたか存じませぬが、わたくしめといたしましては、当然のことをしたまで。脱税した者を罰するのは当たり前で御座います」


「うむ。じゃがのう、そもそも脱税は無かった……で、あろう?」


ギリワンがどこまで確認してるかを城代は見極めようとしていた。


「……それは初耳で御座います。わたくしは少なくとも代官から報告を受けての判断でした。ですが、脱税は無かったのですね。それは詰まるところ、代官がわたくしに嘘の報告をしたことになります。とはいえ、嘘の報告をする代官を野放しにしていたのは、わたくしの不届き。すぐにでもその者には厳罰を与えようかと……」


あくまで被害者として城代は言う。

その城代の言い訳にギリワンはうんざりしていた。


「もう、よい。そちの言葉は聞いてて醜い。だいたい、殺された村人には弁明の機会が無かったのじゃ。そちが少なくとも、自分が罰を受けるのを忌避するくせに、他人に対しては平然と罰する人間だということが、よう分かった」


しばし沈黙が流れる。

が、城代は不敵に顔を上げた。


「ふっ……ふ、ふははは」


その言葉を聞いた城代は、不敵に笑う。

そして平伏をやめ、立ち上がった。


「……何がおかしい?」


「ははは……これでは笑うしかないでしょう。ギリワン様……いや、ギリワン。あんたは詰めが甘い」


「そうか……?」


「お供を連れずに来るのは不用心だと言ったでしょう。者共、であえ!」


城代の叫びに呼応して、待機してた兵士たちが部屋へと入ってくる。

全員武装しており、ギリワンに向けて武器を構えていた。


「此奴はギリワン様を語る偽物! この不届き者を殺せ!」


その命令に逡巡する兵士たち。

だが、数名の兵士はすぐに襲ってきた。

それに対してギリワンは平然と座ったままだ。



その時、突如として部屋に現れた者がいた。

それはクスィフォスだった。

クスィフォスは歯向かう兵士たちを一瞬で血祭りにあげる。

目にも止まらぬ速さで刀を振るい、部屋の中を血しぶきで染めあげていった。



そしてクスィフォスは確認の為、ギリワンを見る。

それに対して、ギリワンは軽く頷いた。


「構わぬ。殺せ……」


「はっ……」


城代は何かを言おうと口を開けたが、それより速くクスィフォスの刀が城代の首を飛ばしていた。

血塗れの部屋に転がる城代の頭。

その無様な死に顔をギリワンは見る。


「愚か者が…………」


それはどこかこの結末が気に入らないのだろう。

残念そうにつぶやいていた。












「ぐぬぬ……嘘だと言ってよ、ハコ」


『……嘘です』


ユバの要望を受け、ハコはその願いを叶えた。


「あ、はい。ごめんなさい。私が間違ってました。嘘だと言ってもらっても、何も変わりませんでした」


『デスヨネ』


呆れるハコの言葉を、大袈裟に落ち込みながら受け止めるユバ。岩場に両手をつけ、がっくしと分かりやすく表現している。

そんな哀愁を感じさせるユバに、波しぶきがかかる。


「まさか、泳げないとは思ってなかった」


一度も海で泳いだことが無いのに、漠然と誰でも泳げるものだとユバは思っていた。


『練習すれば泳げるようになりますよ』


「そ、そうかな? だって自然と沈むんだよ。きっと人は泳ぐように出来て無いと思うんだ」


どこまでも続く海を眺めながら、達観したユバ。


『船と同じだと思います。姿勢が斜めになってるから、そのまま縦に沈んでいくのです。はっきり言って、その状況なら船でも沈みますから。逆に姿勢を横にすれば、マスターも浮いて泳げるようになりますよ』


言ってることは正しい。

が、必ずしも正しいことが出来るとは限らない。結果、ユバは「ぐぬぬ」となっていた。


「ま、そのうち泳げるようになるから……うん。今は陸地を移動しよっか」


『………分かりました、マスター』


まるで泳ぎの練習から逃げるかの発言に、ハコはとくに反論はしなかった。




そそくさと移動したがるユバは、どうしようもないくらい焦っていた。

それはなぜか。

この地に来てからもユバは普通に食事をしている。だが、ハコは違う。


ハコにとっての食事は『魔石』だった。魔物の体内に生み出される『魔石』こそ、ハコの動力源を動かすのに必要なもの。

それなのに、未だ魔物と出会えて無かった。


空にも居ない。

陸地にも居ない。

だったら海になら、そんな気持ちでユバは海に来ていた。

そして、沈みながら海の中にも魔物が居ないことを知った。実際のところ、背中にいるハコのおかげで浮くことが出来たし、頭部装備の機能によって、海中でも長時間呼吸が出来るから溺れることは無かった。



それでも、落ち込んだ。

自分が泳げないことなんて、実はどうでもよかった。

ただ、ハコが心配だった。

いつハコが動かなくなるか考えただけで、不安でいっぱいになるぐらいに。


『………マスター。この辺をのんびり歩いてみませんか?』


ここがダンジョンや魔の大森林だったら「いいね」と即答していただろう。

だが、今のユバにとってノンビリとは真逆の心境だった。


「んー……。このままだと腕が鈍っちゃうから、早く魔物を見つけて戦いたいかな。あと、泳げず沈む可能性があるから、なるべくならハコには背中にいて欲しいな」


そう言ってユバは誤魔化した。自分の不安がハコに伝わらないように細心の注意を払って。


『…………分かりました』


少し残念そうにハコは言うと、ユバの背中に乗った。

それを確認すると、ユバは猛スピードで走りだす。











高速で移動するユバより先に、ハコがそれに気付いた。


『マスター。街道に馬が倒れてます』


「ん」


短く返事をすると、頭部装備の機能を使って馬を発見した。そして、すぐに馬に近寄る。そこは先ほどまで雨が降っていたのか、地面はぬかるみ、ユバの足跡を残す。


『まだ、かろうじて息があります。どうしますか?』


その質問に、ユバは躊躇わずに尋ねる。ハコのエネルギーが気になっても、ここで飼い馬を見捨てる気にはならなかった。


「助けれる?」


『はい。もちろん』


ハコは取り出した薬をユバに渡した。

それは散々ユバも使ってきた薬だった。対象に振りかけるだけで傷を癒す。

ユバはそれを馬に使った。


『あと、こちらは栄養補給用です。かなり衰弱してるので、自力で飲めないと思います。なので、この道具を使って下さい』


渡されたのは液体が入った筒で、先端が小さく尖っていた。


「これって馬でも大丈夫なの?」


『もちろん、馬用にしてあります』


ハコのする事に大体抜かりは無かった。ユバは馬に筒を押し当て使用し、液体は馬へと流れた。


「これで一安心かな」


『ですね。鞍がついてますので、恐らく飼われてる馬だと思いますが、飼い主は何処にいるのでしょうか』


「この馬を助けるため、人を探してるのかも」


『なるほど。近くに人気ひとけが無いところを見ると、かなり遠くまで行ってるのかもしれません。上空から探してみますか?』


それに頷くユバだったが、その時馬の耳が揺れ、瞳が開かれた。ユバと目が合う馬。馬はすぐ立ち上がると、軽く嘶き走りだした。


「わっ……」


『どうやら元気になったみたいですね』


「あ、うん。でも、もしかして驚かせてしまったのかも」


ユバは自分の装備を見ながら言う。


『確かに、馬にとって狼は天敵とも言えますね。後を追いますか?』


「一応、飼い主さんのところまで行くのか心配だし、馬に気づかれないように後を追ってみよう」


『そうですね』


そう答えたハコは、ユバの背に乗りながら考える。

もしかしたら、自分の取り越し苦労かもしれない、と。

なんとなく、マスターが道具として自分を使うことを躊躇ってた気がしてたが、気のせいかもしれない、と。










馬を追いかけて行くと川にたどり着いた。その川は濁った水が激しく流れている。橋は壊れ、その手前で馬は立ち止まっていた。そして、そこには1人の女性が放心状態で座っている。


「飼い主さんかな?」


『そうかもしれませんね』


恐らく向こう岸に渡る事が出来なくて困ってるのだとユバは思った。


『健康状態も良くないので、安静にさせた方が良いと思います』


ユバは軽く頷く。


「あの……この馬の飼い主さんですか? 良ければ家まで送りますので、そちらでゆっくり休んだ方が良いかなって……」


優しく声を掛けるユバだったが、女性は見向きもしなかった。


『マスター。言葉が通じてない可能性が高いと思います』


ハコに指摘されて、ユバも気付いた。

が、気付いたところで、話せるほどこっちの言葉を知らない。

だから、知ってる言葉だけを使った。


「そうだね。えっと………ダイジョウブ?」


その言葉に女性は反応した。まるで夢から醒める直前みたいに、身体をビクンっと震わせた。だから、ユバはもう一度同じ言葉を言う。


「ダイジョウブ」


そのたった一言が、女性にとってどれだけ救われる言葉かも知らぬまま。ユバは優しく声をかけていた。





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