道具の気持ち
そこにいた3人の老婆たちは、足腰が弱っていた。こんな山奥に居るのが不思議なほど、疲れ果てた姿をしていた。
「ご、ゴメンなさい。ご飯食べたら出ていきますから」
慌ててユバは地面に手をつけて謝る。
だが、その姿は狼が威嚇してるようにしか見えない。そのせいなのか、老婆たちは驚き尻餅をつく。そして次々と体を丸め始めた。
『戦うつもりも、怒ってる様子も無いみたいですよ』
ハコは気にせず料理を続けていた。
実際、老婆たちはユバを見て逆に土下座しながら、何かを必死に言ってた。
「…………」
「どうしよう……何を言ってるのか全然分からないよ」
恐る恐る顔を上げ、老婆たちの様子に戸惑う。とりあえずハコが言うように、襲いに来たとは思えなかった。
『言語解析中ですが……似た発音を繰り返し言ってますね』
「怒ってないよね……呪文かな?」
『何かが発動する気配はありません。出来れば解析を進める為に、色々と話して欲しいです』
「えっ………そう言われても……」
ユバは困る。
ただでさえ、自慢では無いが人と会話するのが苦手だった。
だが、言葉が通じないなら逆に会話しなくていいかも、とユバは思う。
「よし、やってみる」
そうして色々と身振り手振りで説明するユバだったが、老婆たちは地面に顔をつけて見てもくれない。
どうしたものかと考えてると、微かに老婆の1人のお腹が鳴った。
ユバの耳はそれを聞き逃さない。
「分かった。お婆さんたちお腹が空いてるのかも。ご飯を食べてもらえば、見逃してくれるんじゃないかな」
がっつり犯罪者気分のユバは言う。
『分かりました。焼いた肉は難しいかもしれませんし、こちらのスープはいかがでしょう』
ハコの提案に頷くと、ユバたちは老婆たちの前にスープを入れた器を置いた。器の中にスプーンもつけてある。
すると老婆たちはゆっくりと顔を上げはじめ、互いを見て何か言う。
次に料理を見て何か言い、それからまたユバに頭を下げて何か言う。
「気にしないで食べてください。ハコの料理は美味しいですよ」
老婆たちの言葉は分からないが、遠慮してるのかとユバには思えた。
『ええ、自信の品です』
ハコの自慢は老婆たちには聞こえないが、言いたくて仕方なかったのだろう。なぜなら、普通のスープではなく、色々と回復系の効果が付与されていたから。
老婆たちは出来立てのスープに口をつけた。
そして一瞬驚きの表情を浮かべるも、夢中で食べはじめた。
「良かった。喜んでもらえたみたい。ハコの料理は美味しいもんね」
老婆たちと同じようにスープを飲みながら、たとえ言葉が分からなくても、表情だけで伝わるものだと思えた。
日が落ち辺りが暗くなった頃、ユバは小屋の中で目覚めた。
食事の後、老婆たちと意思疏通を試みた結果、3人の老婆たちは頭を下げ何かを言って森の中へと帰って行った。
その結果に満足したユバは、当初の予定通り早めに寝る事にしたのだ。
「あれ……?」
目が覚めると、いつもなら側にいるはずのハコが居ない。耳をすませば、パチパチと外から焚き火の音も聞こえる。
とりあえず外に出て、焚き火のところに行くと、そこにハコは居た。
「えっ……なんで?」
ハコだけじゃなく、焚き火を囲んで横になってる老婆たちを見て驚く。
なぜなら、老婆たちは5人に増えていたから。
『おはようございます。マスター』
「おかしい……どうしてこうなった?」
ユバとしては、明日にはここを離れると頑張って伝えたつもりだった。
老婆たちはそれに納得して帰ったと思っていたのだ。
『どうやら、このお婆さんたちには帰る場所がないみたいです』
「そうなの?」
『私の言語解析があってるなら、お婆さんたちはこの山に死に来たみたいです。とりあえず、ここで死なれるのも微妙なので、増えたお婆さんにもスープを差し上げました』
「あ、うん。それは良いんだけど……」
焚き火の周囲には、人数分の毛皮がマットのように敷かれており、ハコなりにおもてなしていた。
それでも、自分がベッドで寝てるのにお婆さんたちが地面で寝てるのは、心苦し過ぎる光景だった。
「起こすのもアレだし、どうしたらいいかな?」
『このまま黙って見捨てるか、面倒をみるかのどちらかですね』
「うっ……」
言葉にするとその通りなのだが、ユバは躊躇う。正直なところ、選ぶなら面倒を見る方がいいに決まってる。
ただ、その場合いつまで面倒を見るのか不明なのだ。
お婆さんたちが死ぬまで面倒を見るとなれば、それはまた話が違ってきた。
「よし、決めた。このお婆さんたちが自分たちで生活出来るようにしよう」
それがユバの出した答えだった。
『分かりました……てっきり、ご家族の元まで運ぶのかと思ってました』
「ん……それはやめた方が良いと思うんだよ。多分だけど、帰れない理由があるんじゃないかな」
『理由ですか?』
「うん。だって、命を捨てるには理由が必要だもん」
『……分かりました。マスター』
「じゃ、まずは住むところから作ろうか」
『それでしたら、斜面から平地に変えましょう』
ユバなら問題ないが、お婆さん基準の場合、この傾斜での生活は困難だとハコは考える。
「分かった」
そう返事をすると、ハコから渡されたオリハルコン製のスコップとオリハルコン製の斧を使い、伐採と整地をしていく。
それは段々畑を作る要領で、住居スペースと畑スペースに分けられていた。さらに段差は石で固め、排水路も敷かれている。
暗闇の中でもユバは見えてる為、特に問題なくハコの指示に従って土を掘り木を切っていた。
そしてその素材や、持ってる素材を使ってハコが作る。
これが、いつも通りの役割分担だった。
「ん……なんか変な匂いがしない?」
『マスター。温泉があるかもしれません』
ユバが貯水池の為に穴を掘ってると、その土を収納してるハコが言う。
「温泉? あのダンジョン内にあったやつ?」
文字通りダンジョン内にあったお湯の泉を思い出したユバ。
その時、地面からお湯が噴き出した。
「わぁ……」
とっさに飛び避けると、噴水してる光景を珍しそうに眺めていた。
もっとも、もし仮に直撃しても数千度の熱すら余裕で防ぐ装備のおかげで、これと言って問題はなかったが、ユバは身体に染み付いているのだろう、回避していた。
『予定地を変えて、せっかくならここに温泉を作りましょう』
「……ハコって温泉が好きだよね」
『当然です。マスターの為にいつでも綺麗でいるのは、道具としての嗜みですからね』
「な、なるほど」
逆にユバは温泉が苦手だった。
温泉が嫌いな訳では無く、ダンジョン内で装備を外してるのが、たまらなく不安にさせるからだった。
『マスターもここなら、ノンビリと湯に浸かれるのでは?』
「あ、はい。そうですね」
温泉の楽しみなど知らないユバにとって、その提案は微妙だった。
それでもハコが作る温泉を見てるのは楽しいのだろう。ユバの表情がそれを物語っていた。
あっと言う間に、巨大な石の露天風呂が完成した。
『せっかくの温泉なので、ちょっと効能を増やしておきました』
さらっとハコは申告する。
「そんな事も出来るの?」
『はい。温泉に特殊な装置を組み込みました。もちろん盗難防止を考えて、その装置は見えませんし、取り外しも困難にしてあります』
ハコ流セキュリティは万全だった。
「ちなみに、どんな効能なの?」
『温泉自体の効能としては、筋肉痛や関節痛の緩和、腸内機能の回復、冷え症の改善、自律神経の安定化などですね』
「なるほど……で、何を追加したの?」
『老人にも対応した皮膚細胞再生化、切り傷や刺し傷などの外傷回復、視力や聴力の回復、内臓疾患全般の回復、虫歯の除去及び歯の復元、歯肉炎や歯周病の改善、頭痛や生理痛などのあらゆる痛み除去、解熱鎮痛効果向上、乾燥肌から保湿肌へ変更、抜け毛防止、髪のキューティクル復活、生理不順の改善、そして、極めつけにあらゆる毒や病気の末期症状からの回復……です。もちろん、老人だけでなく妊婦や乳幼児にも対応した安心安全設計にしてあります』
「思ってた以上に、ちょっとじゃなかった……」
『いえいえ、これでも強化系の効能は除外してます。私的にはかなり控えめかと思いますよ。これがダンジョン攻略なら、物理攻撃アップや魔法攻撃アップ、素早さアップ、物理耐性や魔法耐性、精神系阻害耐性、そういった戦闘用の効能も沢山付けたぐらいですからね』
「お、おぅ……」
確かに、ダンジョン内なら出し惜しみしないハコだった、と思い出したユバは困惑しながら返事をしていた。
温泉を作り終え、お婆さんたちの住居を作るところでユバたちは悩む。
『素材や形状はどうしますか?』
「ね、どうしようか……」
『この辺りが年間を通して、どの程度の雨量があり、どんな気候なのか。それによって対策が必要になってきますし、魔物のレベル次第では防衛機能も重要でしょう』
「だよねー」
とは言え、初めての土地。
知らないことばかりであった。
「昼間見た集落の建物は参考になるかな?」
『…………平野部とこの山奥では多少違ってくると思うので、出来れば後で色々と見ておきたいです』
「うん、そうだね。それでもし足りないなら、後で変更すればいいし」
こうして、とりあえず仮住居を作ることにしたハコたち。
作ったのはアパートを4棟四角形に配置したような形状だった。中庭の中央には木を植え、湧き水から管を引っ張て水場も作った。その近くには竃を複数設置し、そこで料理も出来るようにする。
建物は住居部分が全て中庭を向いており、通路が外側になっていた。これは外敵からの襲撃に備えた造りだった。
『金属で作ると後で壊すのが面倒なので、とりあえず石で作っておきました』
「助かるー」
これはハコの仕様だった。
例えハコが作っても、建造物に関しては収納することが出来ない。その為、壊すにはユバが行う必要がある。
例外はベッド程度の大きさの設置物であり、それらは再度収納することが出来た。
全ての部屋に暖炉を設置し煙突を繋げ、中庭へと行けるようにドアや窓も付けた。床下収納を含め、収納スペースも多めに作ってある。
基本設計としては、魔物に襲われても長期間耐えられるように、建物内で籠城生活を可能としていた。
『とりあえずは、こんな感じでどうでしょう。豪雨豪雪対策として、中庭の木が大きく育ちます。これによって建物全体を木の枝が伸びて、覆ってくれると思います。そして根が地盤を固めてくれるでしょう。一応、補強の柱も埋めてありますし、それなりに耐えれるかと』
中庭に植えられた木は、普通の木ではなかった。
ダンジョン産の魔木で、一年中常に葉を生い茂らせる。しかも火耐性があり、半端な攻撃ではビクともしない。
ドラゴンの高温ブレスすら耐える魔木が、建物を守ってくれる仕組みだ。
「これなら少しの間、目を離しても大丈夫だよね。お婆さんたちを運び入れたら、出かけようか」
ドラゴンどころか他の魔物すら見てなかったが、それでもユバは警戒する。
『そうですね』
そしてハコも同じ考えだった。
真夜中の山をユバはハコを背負いながら、猛スピードで駆け抜ける。
山を越え、谷を飛び、その姿は人間どころか他の動物にも真似出来ない。
だからこそ、昼間見た集落に辿り着くのに、さして時間は掛からなかった。
「…………」
ユバたちの眼前には、集落がある。
いや、集落だったものというべきか。
畑は荒らされ、建物は焼かれて壊されていた。
『魔物の仕業でしょうか?』
ハコの質問に、ユバはゆっくりと首を振る。
その光景は、ユバにはよく知ってるものだった。それは忘れたくても、忘れられない記憶。
「………たぶん、違う」
『……なるほど。一応警戒の為、これを』
ハコはユバに木の棒を渡す。
それは神樹で出来た特別な棒だった。
そして、ユバの愛用の武器でもある。
「……うん」
ユバは武器を持ちながら、一軒一軒を慎重に確認していく。
恐らく殆どの住人は逃げたのだろう。
逃げ遅れたのか、それとも時間稼ぎの為に戦ったのか、数名の死体があるだけだった。
『マスター!』
突然、ハコが叫ぶ。
ユバ目掛けて背後からナイフが飛んできた。
それをユバは回避すると、飛んできた方を見る。
『敵性攻撃と認識。これより自己防衛機能を解放します』
「ハコ……殺しちゃダメ」
『……分りました。マスター。防御に徹します』
「うん」
暗闇の中、ユバには見えていた。
真っ黒なローブを身につけた、男性の姿を。
顔を隠しているが、目元だけは見えており、その鋭い眼つきからは激しい怒りを感じた。
「…………」
男は何かを言うと、曲刀を鞘から取り出した。
そして、問答無用とばかりユバに斬りつけてきた。それを回避しても、再度斬りつけてくる。何度も何度も回避しながら、ユバは尋ねる。
「この人がなんて言ったか分かる?」
『許さない……だと思います』
正確には、この化け物って部分がセリフに追加されるが、ハコはそこを伝えなかった。
「……そっか」
仮に言葉が伝わるとしても、こんな状況でなんて言えばいいのか、ユバには分からない。
男からの理不尽な殺意を向けられた攻撃を、ただひたすら回避していた。
『倒さないなら、逃げてはどうでしょう?』
「そうだね」
ユバは男の攻撃を初めて棒で弾くと、バランスを崩した男をよそに、一瞬で姿を消した。
残された男はユバを見つけようと周囲を警戒するも、既にその近くにユバは居なかった。
「…………」
男は何かを言うと曲刀を鞘にしまう。
そして死んでいる者に近づくと、優しくその瞼を閉じさせた。
『どうして殺さなかったのですか?』
男から逃げて拠点に戻る途中、ハコは尋ねる。
「えっ……だって殺すのは間違ってるもん」
『殺意をもって襲われたんですよ。マスターがあの男性を殺しても、問題無いと思いますが』
「いやいや、問題あるよ。だって他人の家に無断で入ってるし、むしろ住人が襲ってくるほうが当然だからね。なのに反撃で殺害とかやっちゃダメでしょ」
『あそこがあの男性の家とは限らないのでは?』
「そうじゃないよ。国家って家なんだよ。そこに住んでいる人たちにとって、掛け替えのない大切な家。だから私にとってここは、他人の家なの」
それがユバの価値観だった。
魔の大森林のようにどこの国にも属さない場所や、ダンジョンとは違う。
だからこそ、密入国者のような犯罪者気分が抜けなかった。
『なるほど……それがマスターの考えなんですね』
ハコは嬉しそうに言う。
ユバの価値観がハコには新鮮で、そして何よりも好ましく感じていた。
戦争の為に生み出されるも、そんな風に感じてしまうから、兵器としてはポンコツなのだとハコは思う。「兵器に感情は不要だ」かつてハコにそう言った人間がいた。その言葉にハコも同感だった。
だからこそ、道具でありたい。
マスターの役に立つ道具でありたい。
いつまでも……道具で。
ただの兵器としてではなく。
それがハコの願いだった。




