異なる地より来ました
「ここは………どこ?」
ユバは辺りを見回す。そこは草木がある普通の森としか思えない場所だ。
吐息をしながら、白狼の頭部をバイザーのように上げた。
現れたのはどこにでもいる少女の顔だった。ただし、ここが少女の住む場所ならば。
『だから言ったじゃないですか……気をつけて下さいって』
ユバは背中に背負った木箱に話し掛けられた。と言っても、その声を聞けるのはユバだけである。
「気をつけたけど……これはちょっと予想外かな」
ダンジョン探索中に仕掛けを見つけたユバは、当然の如く魔物が現れるのを警戒した。
どんな魔物が現れてもいいように、万全の装備をして十分警戒もした。にも関わらず、気がつけば一瞬でダンジョンの外らしき場所に景色が変わっていた。
『転移系の装置でしたね。とりあえず、これからどうしますか……マスター』
「んー、いつもと変わらないかな。素材を集めて、仮拠点を作るでしょ。で、それが出来たら探索しよう」
それがユバにとって、この数年間の日常だった。
『分かりました』
木箱はそう言ってユバの背中から降りた。肩紐の部分は手になり、ベルトの部分は足となる。
そして、どこからともなく手に斧を出現させると、それをユバに渡した。
「ありがとう、ハコ」
『どういたしまして、マスター。私の中に素材なら大量にありますが、基本現地調達するマスターは最高です』
「えへへ……」
こうしてハコに褒めて貰えるのが、なによりも嬉しかった。
ニヤケた顔をしながら、オリハルコン製の斧を木に当てる。すると木は嘘みたいにスパッと切れた。
そして、すぐにハコがそれを収納していく。それはまるで大木が消えたように見える。
『マスター!』
「ん?」
『これ、普通の木材です! 珍しいです。超レア素材ですよ。大量に集めましょう』
「えっと……普通の木でも大丈夫なの?」
ダンジョン内なら問題ない。普段ユバたちが生活してる魔の大森林の深淵でも大丈夫。なぜなら、そこには普通の木が無いから。
だが、ここは違う。
その事がユバには心配だった。
『ふふふ……これでも私は最強の道具ですよ。こんな事もあろうかと、スキルを解放してあります。これをこうして……ハイ、出来た』
ハコは手にタネを出現させる。
「それは何かな?」
『普通の木のタネ、成長力強化版です。これなら、100年掛かる成長を1日で済まします。つまり、どれだけ採取しても、このタネを蒔いておけば翌日には元通りなのです』
明らかに普通ではなかった。
それを普通と言ってのけるハコ。
「それは凄い!……でも、2日目以降も大丈夫なの?」
『それも心配ありません。成長力が強化されるのは1日だけですから。しかも、大地への影響も限りなくゼロです』
根の張り巡らせかたなどはランダムゆえ、まったく影響が無い訳じゃない。
ただ、それこそ自然と言うべきものだろう。
「じゃ、ジャンジャン採取しよう」
この手の採取行動が、ユバは大好きだった。だから、いつも必要以上に集めてしまう。そんな事を自覚してるだけに、環境破壊を気にしていた。
『ええ、私の拡張しまくった容量に空きならまだまだあります。存分に採取しましょう』
ユバの住む世界において、超古代に生み出された最強の兵器。収納した素材や魔石を使って、自己強化及び最適化する自律型アイテムボックス……それこそがハコだった。
こうして、ユバたちは山をあっという間に禿山へと変える。
その様子を遠くから見ていた近隣の村人が、慌てて代官の元へ走り出した。
「こうしちゃいられん。天変地異の前触れかもしれん」
その土地は戦乱に明け暮れていた。そしていざ戦となれば戦う兼業兵士の領民。
その領民から見ても、異様に映る光景だったのだ。
ユバたちのした事は……
仮拠点を作る事にしたユバたち。人里離れた山奥へと移動していた。
そして道中で湧き水を見つけると、とりあえずこの場所に作り始めた。
ハコは湧き水から管を通して濾過装置へ繋げ、そこから水甕へと溜まる仕組みを作っていた。
濾過装置は大小異なる石を層にしており、蓋付きの水甕はわざと上部に穴を開けて、溢れるように作ってある。
『これで良かったのですか?』
一瞬、この作業についてかと思ったユバだったが、ハコが気にしてるのが別の事に気付く。
「ん……なんて言うか、逃げた方がいい気がして……つい」
禿山を作ったユバは、その見晴らしによって集落を見つけた。
ユバの知らない建て物、ユバの知らない衣服を着た異人。それらを頭部防具の力を借りて確認した。
『ここが何処か、彼らに確認しておくのもいいと思いますよ』
ハコの言うことはユバにも分かる。
ただ、誰も居ないと思って木材を集めていたが、そこが誰かの土地だとしたら話は別である。
翌日には元通りになるとはいえ、ユバには怒られる行為だと思えて仕方なかった。
「いやいや、きっと怒られるからね」
『それで逃げたと……分りました。マスター、拠点の範囲はどうしますか?』
「いつも通り、寝れる広さが有れば十分かな。素材は普通の木材で」
『はい。確かに、脅威を感じる魔物が近場には居ないみたいですね』
「そうなんだよ。道中いた猪や熊とか、一撃だったし。ま、装備のおかげなんだけど……」
それはユバにとっても意外な事であった。
毎日のように深淵の魔物と戦い、安息とは程遠い日常を過ごしてきた。
普通の木材で拠点を作るなど、考えられないくらいの不用心である。だが、今はその危機感がユバには必要だった。
『えっへん。私自慢の最高装備ですからね。視覚、聴覚、臭覚、痛覚の適正化により、視覚は暗闇でも眩しくても見え、拡大することも出来ます。聴覚は爆音を抑え、些細な音すら聞こえます。臭覚は刺激臭を抑えて、微かな匂いすら判別可能なのです。それだけでなく……』
まだまだ説明が続きそうなハコに、ユバは手帳を見せる。
「大丈夫。全部ここに書いたからね」
『そうですか……』
説明し足りないのか、ハコは少し残念そうにしていた。
「そうだ。今日は猪が食べたい」
『そうですね。せっかく普通の食べ物が手に入ったのです。有り難く頂きましょう。楽しみにして下さい。今日は私の料理スキルが火をふきますよ』
「おお、それは楽しみ」
心底嬉しそうにユバは言う。
ユバにとっては食事とは、食べれるだけでも十分。そもそもハコに出会うまで、魔の大森林でのユバの食生活は命懸けの作業だった。それこそ、下痢や腹痛にならない方が珍しかったぐらいに。
だからこそ、食事を楽しむことができる今は、まるで夢のような生活だとユバは思う。
ユバと会話しながらハコは、山の斜面が水平になるように土台を作り、その上に小屋を建てる。
何度見ても魔法のような建築に、ユバは感嘆の吐息をもらす。
「いつ見ても、ハコは凄いよね」
『ありがとうございます。ですが……
万能であっても、全能であるべからず……です』
「それは、どう言う意味なの?」
『私たちに出来ることは限られるべき、と言う人間の言葉です』
「なんでも出来た方がいいと思うけど、そう言えば採取とかもハコ自身では出来ないんだっけ」
『はい。それが仕様です。私たち道具は人間に使われてこそ、だからですね。後、もしかしたら人間たちは恐れたのかもしれません』
「…………何を?」
『採取が出来るってことは、あらゆる破壊活動が出来るって事を……です』
「そっか……なんだか難しいかも」
いつの時代にも、道具を悪く言う人々はいる。使う人間が、その責任から逃げる言い訳にされてきたのだ。
ハコたちの活躍した時代もまた、ハコたちを脅威だと思ったのだろう。そして、そう思われるだけの事を、ハコたちを使った人間が行ったという事でもあった。
『ま、私の場合はそれ以前に欠陥があり、不良品として解体されて研究室送りにされてますけどね』
「そうだったんだ。全然知らなかったよ」
『常に魔物を警戒してましたから、余りこう言う話をする暇はありませんでした』
「うん……でも、油断は良くない」
ユバはそう言うと、意味ありげに森を見た。
『……どうしますか?』
「とりあえず、様子見かな。いざとなれば、すぐに逃げれるし」
怖いのは寝込みを襲われること。だからユバは寝る時も装備を外したりしない。
今はハコがいるとはいえ、それでも眠りは浅かった。
完成した小屋は狭く、部屋の中にはベッドと作業台がある。
そして壁には地図が貼られていた。
「これってこの辺の地図?」
『はい。一応用意してみました』
そこにはユバが禿山にした山だけでなく、集落、川や田んぼなどが一目で分かる。
「助かるよ。どっちに行くか悩むけど、それは明日にする。今日は早めに食べて、暗くなる前に寝る」
余りにも平穏な場所。それがユバには気持ち悪く、落ち着かなかった。
まるで嵐の前の静けさのように、なにかの前触れに感じていたのだ。
『分かりました。それでは、台所を作りますね』
ハコは小屋の外に出ると、大きなひさしを作る。そしてそこに竃や焚き火を設置した。
これは出入り口が1つしかない小屋のため、そこを塞ぐことを嫌がるハコの気遣いであった。
また、こうした方が煙も屋内に充満せず、煙突などが不要という利点もあるし、建て物が燃える可能性も低い。
欠点は嵐の中では使えないことだが、仮拠点ということで気にしてなかった。
「ハコは本当に凄いよ」
ユバには性格的に料理が向いてなかった。
焼いて食べることすらせず、魔物の肉を生で食べては、何度も死にそうになったぐらいだ。
それでも気にせず繰り返した為、ユバの胃袋は超人的なものへと変貌していたのだが、それは偶然と呼ぶべきものだったのだろう。
どこかで死んでもおかしくなかった。
『料理は任せてください。マスターのやりたい事をサポートするのが、私ですからね』
竃に鍋を置き、水を入れて火をつける。出汁を取る為の材料だけを入れ、沸騰するまで放置。
その間に、焚き火で肉を焼く。
その手際の良さは、ベテランの料理人を見てるようだ。
「助かるよー」
どちらかと言えば、1つの事に夢中になるユバ。
ハコみたいに色々な事を同時にするのが、本当に凄いと思えた。
『お役に立てれるのは、私としても嬉しいです。もう少しで出来ますが、このまま待たれますか?』
沸騰した鍋に食材を追加し、焼け始めた肉に塩や胡椒をかけながら尋ねた。
そして辺りに広がる香ばしい匂いを嗅ぐユバ。
「ん……このまま、ここにいる」
そう答えた時、草むらがガサゴソと動きだす。
そして草むらから人影が数人現れた。
それは老婆たちだった。




