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悪人の手記



オレは貧しかった。子供時代の記憶といえば空腹による苦痛と、それを紛らわせる為に木の根を嚙ってたことだ。

だから金さえあれば幸せになれる、そう思っていた。



そして、その為ならなんでもやった。



文字通り、なんでもだ。

盗み、脅し、殺し、犯し、あらゆる罪悪の限りを尽くした。

その結果、オレは金持ちになっていた。

豪邸に住み、美女を侍らせ、好きな物を食べたい時に食べ、気に入らない奴がいれば殺せる生活だ。



おかしな話だが、真面目に生きていた子供時代より贅沢な暮らしを送っていたわけだ。

そんなオレの周囲には、似たようなゴミが集まる訳だが、時折変な奴も来る。

例えば、正義感を振りかざし承認欲求を満たそうとする頭のおかしな連中だ。もっとも、オレの前に連れて来られた時には、いつも最後は等しく命乞いしやがる連中だ。



当然、最終的には全員殺した訳だが、存在自体が意味不明な連中だ。

そもそも言ってる内容が二転三転し過ぎ、一貫性が無い。例えば、オレに対して人殺しを悪だと言った直後、オレを殺そうとしたりする。

せめて、そこは捕まえて法の下で裁きを受けさせる、とかなら理解出来るんだがな。ま、個人的判断で好き勝手にオレを殺そうとする連中のくせに、オレについてどうこう言うのは理解し難いだろう。


信じ難いことだが、自分の行う殺しは正義の殺しと思い込んでいる連中だ。そもそも、物事を判断出来るだけの知性が存在してない可能性が高い。



つまるところ、オレが悪である事と、オレを殺そうとする連中が正義であることは、必ずしも一致しないのが当たり前だ。それなのに、オレを悪として断罪することで、自分たちが正義だと勘違いしてるわけだ。

いや、そうやって周囲から正義だと思われたいのかもしれん。



どちらにせよ正直、気持ち悪いだろ。

だから殺した。

それだけだ。




他にも、オレが侍らせてる美女を助けに来た奴もいたな。

なんでもそいつにとっては大切な女らしい。そいつから見ればオレは、惚れた女を奪った悪人なのだろう。

もっともその割には、他の女たちにも目が泳いでいたが、意味不明だ。

もしかすると、童貞野郎には全裸の女に価値があるのかもしれん。


ただヤルのに面倒だから全裸にしてただけなんだが、チラッチラッと他の女の裸を見ながら、愛する人を助けに来たと言われても、気持ち悪いだけだ。



だから殺した。

とりあえず、オレが悪なのは間違いない。

それはそれとして、果たしてこの世に正義は存在してるのだろうか。

この頃からオレは疑問に思っていた。




そんなオレは毎日美味い物を食べて、美女たちとヤリまくっていた。それが日常だったが、何をしても退屈な日々だ。

金なら幾らでもあり、オレが作りあげた組織に逆らう奴も滅多に居ない。

むしろ金と女に吸い寄せられるように、バカがどんどん集まってくる。



オレの持つ力に惹かれ、バカな男が集まる。

オレの持つ金に惹かれ、バカな女が集まる。



こいつらは自己弁護の為、間接的にオレを容認した。オレがしてる悪事を、仕方ないものだと言い訳をしたのだ。

正直、意味が分からない。

悪事なのだから社会から排除されるのは当然の事だ。ところが、その不都合な事実すら受け止められない者ほど、オレのような人間に擦り寄ってきた。


本当に、どいつもこいつもバカばかりだ。





そして、オレもそのバカの一人に過ぎない。

なぜなら、その頃のオレは退屈という名の鎖に縛られ、ただ日々を無駄に浪費していたのだから。



そんな時だ、部下の一人が面白い話を持ってきた。なんでも、この世界には神が住む地があるらしい。


それが事実だとするなら、実に笑える話だ。オレがこうして悪の限りを尽くして生きている事を、神とやらは見過ごしてるのだからな。


正義のヒーロー気取りの連中に殺される気がこれっぽっちも無いオレは、いつしか神とやらに会ってみたくなった。



ただの気まぐれだ。暇つぶしであり、退屈しのぎ。

そのために自分の死を偽装して、オレが作った組織を捨てた。

最早オレにとって金も女も力も、どうでも良くなっていたからだ。



その後、組織は後継者争いで分裂したらしいが、バカだから仕方ない。







オレがたった一人でやって来たのは、北に極寒のハイランド、西には豊かなミッドランド、南に行けばローランドがある場所だ。

その東には険しい山脈が連なっている。そして、その先に神の住む地があるらしい。


とりあえず、オレは麓で準備することにした。

毛皮を買い、食料を買い、道具を揃え、薬も持った。

これで何とかなるかもしれないし、途中で死ぬかもしれん。


だが、それでいい。


すくなくとも、オレは楽しくなっていた。

久々に生きている実感を味わっていた訳だ。





何時間もかけて積雪した道なき傾斜を登って尾根に出てみれば、その先には幾重にも重ねた山脈が見え、それらを見下すような巨大な山々が見えた。

この純白の山々の何処かに神の住む地がある、と言うなら、なるほど納得もできる。

それほどまでに、この山々と比べれば人間の矮小さを感じられた。



だからこそ、理解出来る。

この場所には正義も悪も存在しない。


あるのはそう、生きるか死ぬかだけだ。






今の季節は冬だ。

わざわざこの季節まで待っていた。

なぜ、夏ではなく冬に挑むのか。

その理由は簡単だ。

圧倒的に夏の方が死ぬ可能性が高いからだ。



ここがオレの生まれ育った場所の近くだからこそ、オレは知ってる。

その辺の山々と、ここの山々では決定的に違う部分がある。それが高さと気候だ。

夏でも雪に埋もれるここの山々は、冬と違って夏の場合、頻繁に雪崩が発生する。


そして安易に夏、山へと足を踏み入れた連中は、その殆どが雪崩で死ぬ事になる。

そんなバカは居ないと思うなら、間違っている。

少なくともオレの家族はそれで死んでるからな。



つまり、バカはいる。

あの夏、オレの兄は山に入った。

空腹で苦しむ幼いオレに、少しでも食べ物を手に入れようとして。

そして帰って来なかった。

その兄を探しに、未亡人の母はオレを置いて山に入った。

そして帰って来なかった。



そうやって正しく生きようとしてた家族は死んだ。バカだからだ。

それなのに、悪人として生きたオレがまだ生きている。

不思議だろ、兄や母よりバカなのに。



それで簡単な事に気付いた。

そもそも人間は脆い。

そんな人間が生きるのに必要なものは、賢さでも力でも金でもない。


あらゆる状況に適応出来る奴だけが生き残るのだと。








だからこそ、オレは極寒の中でここの山々に挑んだ。

木々すら生えない剥き出しの山。雲より上の世界に。



なるべく気温の高い日中に睡眠をとり、日の沈んだ夜は動き続ける。

夜空の下、肌を突き刺すような凍てつく寒さが、ただひたすら痛みを与えてくる。

その痛みに耐え、雪をかき分け一歩一歩進んだ。

星々の輝きだけを頼りに、歩き続ける。



天候が荒れればマントに包まり、ただ天候が回復するのを待った。

その姿はまるで虫のようだろう。



実際ここにくれば、人間なんて虫と対して変わらないと実感出来る。

いや、むしろ虫より劣る存在だ。

ただ、純粋に生きる力だけが試される場所。


だからこそ、生を感じ続けられる場所でもある。




オレはそこで生きた。

何日も、何日も、生きていた。




だが、ついに食料が尽きようとしていた。

食料は一ヶ月分買っており、かなり節約しながら食べていた。

つまり、此処までくるのに既に一ヶ月以上は経ってる訳だ。


笑える話だろ。


もう、今更あと戻りすることも出来ない。

此処で飢えて死ぬか、寒さで死ぬか、どちらかな訳だ。



それでもオレに後悔は無かった。

この状況ですら悔い改めることが無いオレは、本当に度し難いことが分かる。


そんな風に自嘲してた時だ、オレの視界に鹿が映る。



この時のオレには、此処に鹿がいることを不思議に思う余裕が無かった。

ただ、その鹿が食料にしか見えておらず、鹿を殺せばまだ生きれるという希望で追っていた。



だが、鹿は臆病な生き物だ。

あっと言う間に姿を消した。

それでも足跡は残っている。


オレはそれを頼りに歩き続けた。



ところが、その結果手掛かりとなる足跡すら無くなった。地面が乳白色の氷で覆われていたからだ。

こんな時、獣なら匂いで追えるのだろうが、オレにはそんな事は出来ない。

このまま闇雲に探すか、夜に備えて少しでも体力を温存すべきか悩む。


が、答えはすぐに出た。

動かなければ死ぬだけだからな。



そんなオレを嘲笑うように音が聞こえた。それは耳鳴りのような音だ。

オレはその音がした方向へ向かった。




そして辿り着いたのは、凍りついた剥き出しの岩肌だ。そこには洞窟がある。


オレは確信して洞窟に入った。鹿はこの中から来たのだと。

当然だろう。

この高さに普通の動物がいる事がおかしいのだから。




そこは洞窟として変な場所だった。

まるで一度開けた穴を埋め、それを時間をかけてもう一度開けたような歪さがある。

まず、入り口付近はデコボコしていた。



天井と地面からは尖った岩がある。

丸い形もある。

地面も凍りついて滑り易くなっていた。

悪魔がいるなら、そいつの口の中はこんな感じかもしれない。


奥へと進むと入り口からの光が入って来なくなり、周囲が暗闇に包まれ行き止まりになった。

だが、ここまで鹿の姿は無い。


そこで注意深く壁を触ってると、やたらと平らな壁になった。そして、そこに隙間を見つけた。

何も見えない闇に顔を向けていると、なんとなく暖かい風を感じた。



オレはその闇の中へと入っていった。



そこは今までとは違い、全てが平らな場所だった。壁も地面も平らだ。

先の見えない暗闇の中、右手で壁を触りながら歩き続けた。

おかしな話だが、この時のオレには下ってるのか登ってるのか、それともずっと平坦だったのか分からない。


確かに地面の上を歩いているはずなのに、浮いてるような錯覚すらあった。

壁を触れ続けてる筈の右手すら、本当に壁を触ってるのか分からなくなっていた。


自分の感覚が信じられなくなりながら、オレは歩き続けた。



そして視界に真っ白な点が見えた。

それが出口だと気付くのに、驚くほど時間が掛かった。いや、実際に時間がかかっていたのかすら分からないな。

その感覚すら麻痺してたから。


そんな状況でオレは闇から光へと足を踏み出していた。








その場所を一言で言うなら、楽園と呼べる。

石やレンガで作られた遺跡が、緑の草木と融合していた。そこには小鳥がさえずり、鹿もいる。

水路には綺麗な水が流れ、木々の根は至る所に張り巡らされていた。


リンゴや梨などの果実があり、野菜まであった。草花には蝶や蜂も飛んでいる。

空は一面白く光っていた。

色々な意味で、ここだけ季節が狂ってると思えた。




そして、人の姿は何処にも無い。




もう一度書こう。

オレには人間の居ないこの場所が、楽園に思えたのだ。

少なくとも、オレのような人間が居るべき場所ではないと感じた。



それぐらい調和のとれた狂った世界だ。



その世界を穢すように、オレは果実を食べながら散策していた。

肉体は限界まで疲れていたはずだが、そんな事を忘れてしまえるぐらい興味深い場所だった。




特にオレが気になったのは、どの廃墟にも違和感を感じたことだ。

住居と思われる建物には、管を使って水道が張り巡らされていた。だが、そんな建物は普通じゃない。他にも金属の鎧も飾ってある。普通、極寒の土地で金属鎧など使わない。生身で金属に触れたら肉がくっ付いて剥がれなくなるからだ。そんな事バカでも知ってることだ。

ならば攻める為ではなく、防衛の為の装備なのか。

それとも、ただの装飾というのだろうか。


あと、時計らしき物の残骸には、小さな金属の歯車まで使われていた。

それでいて建物の造りは古く、間取りは不便さと無駄が混在していた。



何もかも違和感しかない。

まるで高度な文明を持ちながら、わざと不便な生活を送ってるような違和感がある。

ここに神々が住んでいたのなら、生きることを舐めてるとしか思えない。




そんな疑念を抱きながら、オレは核心となる建物に入った。

そこで見たもの、知った事はここに記すべきでは無いだろう。

本当に知りたい者だけ、ここに来ればいい。



ただ、もしもコレを誰かが読んでいるならば、そいつに言えることが一つある。




人間の為に神がいる訳では無い。

神の為に人間が生まれたのだ。










極寒の山奥、一人の死体がある。

その死体の前に木箱を背負った白狼がいた。


『マスター、手記と思われる物の翻訳は以上になります』


背負った木箱が白狼に言う。


「結局この女性は、幸せだったのかな?」


白狼の眼前にある死体、それは若い女性の姿だった。凍りつき、白骨化する事がない死体だ。


『何をもって幸せとするのかによって変わるのでしょうが、少なくとも本人が決めるべきことかと』


「……うん。そうだね」


『それよりも、恐らくここに記載された場所と、私たちが目指す場所が同じである可能性が高いと思います。それでも向かいますか?』


「もちろん。多分だけど、予感があるんだ」


『予感ですか?』


「うん。その場所に行けば、分かる気がする。どうして此処に魔物が居ないのか、何故此処に住む人々が魔法を使わないのか。その答えがその場所にあると思うんだ」


『…………そうですね。私もこの先から、どうして姉妹の反応が微かに感じられるのか気になります。ところで、この死体はどうしますか?』


「このままにした方が良いと思う。それと、さっきの手帳も返しておこう」


『分かりました』


木箱はそう応えると虚空から手帳を取り出して、白狼へ渡す。

白狼はそれを受け取ると、死体の鞄に入れた。




その死体は片足を折っており、その状況で此処まで来たのだと分かるほど、装備がボロボロになっていた。

もちろん、この女性は既に死んでいる。

だが、少なくとも最期の瞬間まで生きようとしていた事が伝わる死体だった。




生きる為とはいえ、悪人となった人物。

それは、少なくとも社会的に見れば紛れもなく悪人と呼ばれるべき人物だ。

ただ、この雪山は社会から隔離されている。その場所に於いては、どこまでも生物として生き、そして死んだ人間といえた。


「……おやすみなさい」


白狼はその死体にどこか共感していた。

何故なら、この世界で生きる誰よりも、この世界が自分のいるべき世界だと思えなかったからだ。



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