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新たな幕開けです



10年の歳月は、パスの想像以上に速く過ぎた。そして今のアネモネ領は、かつてパスが見た未来図に近い光景が広がっていた。

既に人口は2万人に増え、街は活気に満ち溢れている。都市部の中心だけでなく、東西南北に敷かれた街道は全て石畳になっていた。


むしろ、未来図を超えてる部分がある。


広大な住宅街には、全ての子供たちが通えるように学校が点在する。その卒業生から研究者として歩む者たちがいた。

彼らの為に作られた研究所では、日夜研究が進められている。もちろん、現状では大領地の技術には及ばない。それでも、50年先、100年先は追い付き追い越しているかもしれない。少なくとも、確実にその研究は財産となる。



未来図との変化はそれだけではなかった。

工房街と住宅街の境、造られた倉庫は巨大倉庫群だった。更に湖には立派な港まで建設されていた。

そしてこの日、新しく建てられた建造物のお披露目が開かれていた。




交易市場完成記念式典。

その式典に出席する為、ローランド地方のみならず、ミッドランド地方を含め各地の商人が集まり、アネモネの熱気は最高潮に達していた。


「おやおや……なんで、こんなところにアイビーさんがいるんですかね?」


ベコニアはその会場でアイビーを見かけ、声を掛けていた。


「これはこれは、ベコニアさんじゃないですか。相変わらず裏表のない素敵な挨拶を、ありがとうございます」


まるでベコニアの裏を匂わせるかの返答を、アイビーはしていた。


「いえいえ、それほどでも。それより、あの時息の根……もとい、倒産したと伺い心配してたのですが。まさかまた、再建出来たのですか?」


窮地に立たされたアイビー商会に対して、ここぞとばかり全力で攻めたベコニア商会。

持てる力の全てを使って、アイビー商会を倒産に追い込んでいた。


「ふふふ。その節は色々とご教示頂きありがとうございます。とても勉強になりました。申し遅れましたが、この度アネモネ交易市場総支配人を賜りました、アイビーです。今後とも、末永いお付き合いをお願いします」


その言葉に目を丸くしたベコニア。

恐らくこの会場にいる商人で、ベコニアだけが知らなかった。

ここにいる全ての商人に、この式典への招待状が送られていたが、全員パスとアイビーの連名の招待状なのに、ベコニアだけパスの名前だけで送られていた。


もちろん、ベコニアなりに探りを入れてはいたが、他の商人とこの話題をしても、笑って誤魔化されていた。


「ははは。これは驚きました。とても素晴らしいサプライズプレゼントですよ」


若干顔をヒクつかせながら、ベコニアは無理やり笑顔を見せた。


「ふふふ。ま、ちょっとしたイタズラですね。もちろん、ベコニアさんなら笑って許してくれると思ってました。そう言えば、パス様から伺ってますよ。もともとベコニアさんが交易市場について教えられていたんですよね」


10年前、確かに説明した。

開設するのに必要な人材、その確保の難しさも。

その点、アイビーは文句無しの人材だった。能力は疑うまでもなく、人脈も申し分ない。なにより、商売においてその公平な人格が信用に値した。

それなのに、ベコニアには気づけ無かった。余りにも関係が近すぎて、その発想に至れなかった。


「そうでしたね。随分と昔の話になります。そう言えば、アイビーさんはいつパス様からその話を聞たのでしょうか?」


「大体10年前でしょうか……まだ、倒産する前ですね」


「なっ……!? まさか……?」


ベコニアは察した。

アイビーはわざと倒産させたのだと。

それに都合よくベコニア商会が利用されたのだと。

そしてこの日の為に、10年準備していたのだと。


「ふふふ……」


それに対してアイビーは笑っていた。


「ははは……」


負けじとベコニアも笑う。

そんな二人を離れたところから、ベコニアの妻ガーベラとマリーが見ていた。


「ほんと、あの二人って仲が良いわ。マリー様もそう思いませんか?」


「ですね。男同士の友情……素晴らしいですわ。まるでお父様と伯父様みたい」


「ルドベキア様とハイド様ですか?」


「はい。あの決戦の後、お父様は言ってましたわ。我が兄ながら尊敬に値する、と。負けを悟った伯父様が死を覚悟したからこそ、無駄に兵士を失わずにすんだのだ、と。きっと誰よりも伯父様を理解していたのは、お父様なのかもしれませんわ」


「憎しみだけが争いの原因ではないのでしょう」


「そうですわね。理解は出来ないのですが、少しそういう男同士の関係に、憧れてる私もいますの」


「あら、女同士の関係も素晴らしいですよ」


ガーベラの言葉に、マリーは頷いた。

パス、ガーベラ、マリーの3人は、なんだかんだで10年の付き合いだった。マリーが結婚してからは、中々3人で会う機会が無かったが、それでも手紙のやり取りを続けていた。

色々と相談したり、悩みを打ち明けたり、愚痴をこぼしたり、と手紙の内容は様々だったが。


「ですね。ただ、結婚してから学んだのですが、未婚の女性相手に夫の愚痴をこぼすのは危険なんですね」


「ふふふ。女性はみんな、そう言うところは敏感ですから」


「…………ほんと、つくづく女は面倒だと思うわ。ま、私を含めてね」


「それは当然ですよ。男が武器なら、女はドレスです。武器なら叩けば強くなるでしょうが、ドレスを叩けは破けて壊れるだけですもの」


「それなら、男にはドレスを優しく手洗いするぐらい、出来るようになって欲しいわ」


そのマリーの言葉に、ガーベラは笑っていた。

そんな二人の前を通過したのは、男二人だった。


「よう、ジョエル。調子はどうだ? そろそろ木こりが懐かしいんじゃねーか?」


「トムか。仕方ないさ。誰かがやらなきゃならないなら、俺がやるさ。とは言え、そのうち息子に押し付けて、俺はまた木こりに戻るつもりだ」


ジョエルは現在、森林監督官という仕事をしていた。毎日、伐採と植林のバランスを調整し、木材の備蓄や売却まで管理していた。


「息子に継がせるのは羨ましいな。うちなんか娘だからな。どうにもならん」


そう答えたトムは、現在白狼猟団の団長を務めていた。

アネモネ領で唯一の武装集団にして、最強の軍団。その中核を担うのは、かつてこの地に派遣された、旧東パキラ軍の兵士たちだった。その生き残りが、家族を連れてアネモネ領に移住してきたのだ。

そしてあの時の無念を晴らすように、軍のノウハウをアネモネ領民に教えた。

その結果誕生した白狼猟団は、基本的に山で活動する山岳兵だ。だが、ひとたび領民の生活圏に猛獣が現れると、領民の安全を守るため速やかに討伐してた。また、軍事行動は今までしたことが無かったが、盗賊や山賊の捕縛は行っており、他領から依頼が来るほど有名な存在だった。


「いいことじゃねーか。昔に比べたら、ある程度仕事を選べるぐらいには、ゆとりが出来たって事なんだから」


「おう、その通りだな。最近、酒場で若者の文句を聞くと、そんな事が許されるくらいに、豊かになったんだと実感しとる」


「だな。これもパスさんのおかげよ」


「あぁ、そうだな」


きっとパスさんならよくしてくれる。その放った言葉は、嘘じゃなくなった。




会場には商人だけでなく、色々な人々がいた。彼らの視線を一身に集め、壇上にパスは上がる。


「お集まりの皆様のおかげで、今日というめでたい日を迎えることが出来ました。誠にありがとうございます。ここまでアネモネが発展してこれたのも、ひとえに皆様のお力があればこそです。そして、この交易市場が出来たことで、アネモネは新しい時代を迎えることでしょう」


会場に集まった大勢の人々を見渡しながら、パスは思い出す。

今、この会場にルートは居ない。

馬が歳で死んだ時、ルートは黙って姿を消した。恐らく、自分の死期を悟ったのだろう。

それは、パスに自分の死を背負わせないようにした、どこか偏屈なルートらしい死に方だった。

それ以外にも、これまで本当に色々あった。でも、それ以上に思い出せないことも沢山ある。

それら全部を合わせての人生なんだと思った。


「その新時代を担うべき若者を紹介させてください」


パスがそう言うと、壇上に青年が上がる。そしてパスの横に立つ。


「こちらは、私の息子ツールです。本日、この場をお借りして宣言します。私、パスはアネモネ領の領主代理の任を終え、正式にアネモネ領主ツールが就任します」


ツールはパスの実子ではない。

あの日、白狼の代わりに居た幼い少年だった。その子を養子として育てたパス。

そして今、幼い少年は見違えるように大きく育ち、パスと一緒に領地経営をしてきたのだ。


「ただいま母上から紹介されました、ツールと申します。まだまだ若輩者ゆえ、至らぬ点がございましたら、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


ツールが挨拶すると、会場からは拍手が巻き起こる。

こうして、アネモネ領は新しい時代へと進む。


きっとまだまだ困難は起こるだろう。

人々が住める土地は限られている。これからは闇雲に人口を増やす訳にいかない。それに現在も大量に出るゴミや汚物の処理、やりたがる人がいない仕事をどうするのか。

昔のように、やれの一言で人員を確保してた頃とは、変わりつつあったのだ。



それでも、ツールは乗り越えることだろう。

誰よりも側で、パスを見てきたのだから。








「母上、本当に行くのですか?」


「はい。もうここで、お役に立てることはありません」


「そんな事はないと思いますが……」


「それに、私にはどうしてもやりたい事があるのです」


パスはそう言うと、今着てる服をツールに見せつける。

それは白狼から貰った服だった。


「……そうですか」


ツールは何て言えばいいのか、困る。

パスから白狼について、ずっと聞かされて育ってきた。

だからパスがどれだけ白狼に感謝してるかも知ってる。

そして、その信じられない存在が確かに居た証拠が、パスの着てる服だった。


アネモネ領に集まった凄腕の職人たちですら、その服が動物の素材なのか、はたまた植物の素材なのか、判別出来なかった。

しかも10年経った今も、どこもほつれてなく、新品のように綺麗なままの服。


「はい。きっと、探してみせます」


ツールにそう言うと、パスは旅に出る。



もう一度、あの白狼に会えるか分からない。

それでも、あの日、白狼に命を捧げたのだ。

残りの人生を全て使っても、お釣りがくるとパスは思う。





そうして旅立つパスは、どこか遠くから狼の遠吠えが聞こえた気がした。








おわり




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