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これが最後です



秋、赤や黄色の落ち葉がアネモネ領を彩る。その中、信じられない人物が、アネモネ領を訪れていた。

その人物こそ、パキラ領の領主ルドベキアであった。僅か10名の共を連れ、やって来たのだ。


この一大事にアネモネ領はてんやわんやの大慌てだ。領民総出で街道を整備した。その一団を迎えるための建物も作る。幸い季節は秋、実りをつけた小麦は小麦粉にし、パンを焼く。肉や魚、野菜などふんだんに用意した。果実に至ってはベコニアに無理を言って持ってきて貰った。

ちなみに、壊された橋は、パキラが新しく橋を架けてくれた。それも以前の木で出来た橋と違い、石で作られた頑丈な橋だ。今度は壊すのが大変だと思えるような橋だった。



とにかく、アネモネ領に他領の領主、それもパキラ領という大領主がやってくるなど、前代未聞のことだった。



大広間に用意された長テーブルには、色々な料理が並び果実が添えられていた。もちろん、アネモネ領で出来る精一杯の料理だ。

テーブルの片側には、ルドベキアを中心に左右には重臣が座っている。

なぜか、端にはベコニア夫妻もいた。


して、逆側にはパスとルートの2人が座る。

並ぶ料理が無ければ、査問会に呼び出された気分だろう。


「……………」


そして双方の沈黙が空気をどんどん重くしていた。

パスにしてみれば、相手は遥か上の存在であり、自分から話しかける訳にはいかなかった。

そしてルドベキアもまた、自分から話すか躊躇っていた。



ルドベキアがここにいる理由。

それは東西パキラ決戦に勝利したからだ。

湖の南側で戦端が開かれた決戦は、当初東パキラ軍が優勢だった。西パキラ軍は勢いに負け、少しづつ後退を繰り返していた。

戦況が変わったのは、かなり東パキラ軍が押し込めた頃だ。勢いに乗る東パキラ軍の側面を、西パキラ軍の別働隊が襲った。

完全に予期せぬ攻撃を喰らい、東パキラ軍に動揺が走ると、突然西パキラ軍本隊も勢いよく攻めてきた。


挟撃を受け、東パキラ軍の負けが確定した時、ハイドは先陣に立ち討ち死にした。

その瞬間、戦争する理由が無くなり、東西に分断してたパキラ領は、元に戻ったのだ。

兄ハイドを討った弟のルドベキアだったが、これには別の理由があった。



そもそも当初の予定では、別働隊による迂回作戦で、東パキラ軍の後背を挟撃する予定だった。

結果的に勝つ事が出来た訳だが、別働隊が進路変更をした理由を問いただして、驚愕することになった。


それが白狼の存在だった。


その白き狼に別働隊は手も足も出ず、しかも手加減されたのか、死者もいない。

ただ、どうやっても先に進ませてくれない。

どうにも出来なくなった指揮官は、やむをえず進路を変更した。

3000人の兵士と、屈強な指揮官を相手に手玉にとった白狼。その存在こそアネモネ領の守護神なら、人がどうこう出来る相手ではなかった。



だからこそ、ルドベキアは自らアネモネ領を訪れていた。

その気分は、神様に面談を求めているものと同じだった。

ゆえに、自分から話しかけて良いのか躊躇っていたのだ。


「本日参ったのは、正式に我がパキラ領とアネモネ領との間で、同盟締結をお願いしたいからだ」


流石に埒があかないから、ルドベキアの方から切り出した。

その言葉に、パスは唖然とする。

パスとルートで事前に話してた予想では、よくて従属要求。悪ければ宣戦布告だと考えていたのだ。


「………あ、えっと」


返答に困り、パスはルートを見る。

が、ルートも驚いていた。


「もちろん、ただとは言わぬ。相応の対価も用意する」


ここぞとはかり、だめ押しにルドベキアは言った。

広間には真剣な空気が漂っていた。

その空気を台無しにするように、扉がバンッと開かれた。

そして、男が一人入ってくる。


「うん。まあ、そうだよな。実際のところその対価次第だな」


コレラは言う。

あまりにも場違い、空気を読むことすら出来ない男だ。

そして、その男はパスの夫でもある。


「な、どうしてここに?」


パスは驚く。そして尋ねた。


「おう、パス。おまえはもう消えていいぞ。ここからは領主であるコレラ様が決めるからな」


コレラには気づけないのだろう。

大事な会談を邪魔され、ぶちキレそうなルドベキア陣営の視線に。

だが、パスは気づける。


「あの、今は……」


なんとか出ていって欲しいが、どう言えばコレラに伝わるのか、パスには分からない。


「はぁ……おいおい、少し留守にしただけで随分と調子に乗ってるんだな。お前がすべきは、このコレラ様の言葉に『はい』と返事をするだけだろうが! 客人の前で、このコレラ様に恥をかかせるんじゃねー!」


コレラに恥なんてものはない。文字通りの恥知らず。だから、なんとでも言えた。綺麗事も嘘も、調子の良い言葉も、何でも言える。


「………なッ」


言葉にならないパス。よりにも寄ってなぜ、この大切な会談の場所で言うのか、理解出来なかった。


「いやはや困ったものですよ。ルドベキア様は知らんでしょうが、この女の故郷は無くてね、行く当てのないこの女を可哀想だと思い、このコレラ様が面倒を見てやることにしたんですわ。ですが、甘やかしてしまいまして。今にして思えば、それが間違い。もっとキツく躾をすべきでした」


コレラは平然と嘘を言う。

まず、時系列がおかしいのだが、嘘ばかりつくコレラには、それを正常に判断する能力が欠如していた。


パスがコレラの元に嫁いだ理由。


当時、アネモネ領では飢饉が発生していた。そこで多少の交流があるカルミアに助けを求めた。

カルミアだって大変な時だったが、それでも飢えて死んでいくアネモネ領の領民を想い、救援物資を送ることを決めた。

その際、引取りに来たのがコレラ。

そのコレラがパスを見て、自分の物にしたくなった。

そこで、「絶対に幸せにします」など綺麗事を並べまくった挙句、「結婚出来ないなら、この場で死にます」など訳の分からん事を言ってカルミア家を困らせていた。


そして、みんなを困らせてることに居たたまれなくなったパスは、結婚する事を承諾したのだ。


そうして嫁いたパスだったが、夫のコレラが優しい人を演じてたのは僅かな期間だった。

カルミアが攻めこまれる時には、平然とカルミアを裏切り、どれだけパスが頼んでも救援をしなかった。それどころか、カルミアが滅亡した後、パスが戻りたいと懇願すると、コレラは承諾した。それに喜ぶパスだったが、コレラは兵士を連れてカルミアの地で略奪出来る物を漁っていただけだった。


パスが悲しみに暮れる側で。


「…………」


言葉にならないパス。

それを無視して、コレラはルドベキア側で一番端に座る女性をいやらしく見ていた。


「そちらの美しい女性は、ルドベキア様の奥様でしょうか? いやはや、うちの出来損ないの妻にも見習って欲しいものですよ。本当に、今からでも交換して欲しいものですわ。ま、こんな役立たずの足手まといとじゃ、釣り合いませんかな」


気持ち悪い視線に耐えながら、ベコニアの妻ガーベラは、にっこり笑みを浮かべつつ聞き流していた。

もっとも、テーブルの下では刃物を握りしめていたが、隣に座るベコニアがそれを押さえていた。


「おい! 誰だお前は?」


ずっと黙ってたルドベキアだったが、ついに口を開ける。


「おっと、コレラ様としたことが名乗りもせず失礼した。このアネモネ領の正式な領主コレラ様だ。ルドベキア様とは長い付き合いになるんだ。これから宜しくな」


恥も知らなければ、身の程も知らない男だった。しかも、散々自分の事をコレラ様と言ってるにも関わらず、「誰だ」と問われた意味を理解する知性もなかった。


「ふむ……それほど長い付き合いになるとは思えないが」


そう言ってルドベキアは席を立つと、コレラに近寄る。

コレラの方は握手でもするのかと、気持ち悪い顔をしながら、ルドベキアへ手を差し出した。



そして、ルドベキアは思いっきりコレラの顔面を殴りつけた。


「ぐはっ………」


広間に転がるコレラ。

怯えた目でルドベキアを見ていた。


「あちらのご婦人は、ベコニア商会の奥様だ。お前のようなゴミが見ていい存在じゃない。生きる価値すらないゴミが……」


ルドベキアは剣に手をかける。


「お、おやめ下さい!」


慌ててパスは止めに入った。

夫がゴミなのは知ってる。クズなことも、どうしようもない人間だということも。

それでも、目の前で死んで欲しいとは思えなかった。


「ひっ………」


割って入ったパスを差し出すように、コレラは後ずさると、広間から逃げていった。


「これで良いのか? 今ならまだ、殺せるが」


ルドベキアはパスに尋ねる。


「お気持ちはとても嬉しいです。ですが、夫もきっとやり直せると思います。どうか見逃してあげて下さい」


「あの手の人間はネチネチと恨むぞ。しかも、強者に向かう気概などない。ゆえに、女や子供など弱き者をそのはけ口にする。生かして置いても、害にしかならぬが」


「そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。ごめんなさい。ただ、私の我が儘なのです」


「我が儘とは?」


「もう、誰も私の為に死んで欲しくないのです」


「…………!? そうか」


まるで白狼のような考えに、ルドベキアは確信した。

きっとパスと白狼との間には、なんらかの関係があるのだと。


そして無事同盟は締結された。

尚、この同盟締結に伴い後日パキラ領から送られた食料を含む物資は、このもてなしに使った分を差し引いても、有り余る物量だった。




結局、見逃されることになったコレラ。

そんなコレラに向けてパスは呟く。


「ねえ、貴方。私が尻拭い出来るのは、たぶんこれが最後です」


それはパスらしく慈愛に満ちた、優しい声だった。






そんなパスを、ベコニア夫妻は呆れて見ていた。


「ねえ、貴方」


「なんですか?」


「樽に空きはあるかしら?」


「ははは。もちろん有ります」


もっともこっちは、そんな物騒な会話をしていた。



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