信じられないです
雲の切れ間から光が射していた。その光のカーテンに照らされる湖や大地は、とても美しくみえた。
そしてパスも美しかった。
何日も碌に寝てない瞳は赤く充血して、目元は黒い隈を作っている。
頬は痩け深い影を生み出す。
ローブは泥だらけで、中の服まで汚しボロボロにしていた。
靴は壊れ、のぞかせた素足は傷だらけだった。
それでも、必死に生きている姿は美しくみえた。
「ダイジョウブ?」
幻聴ではない。確かに聞こえる。
パスはその声に誘われるように振り返る。
「え………!?」
そこに居たのは白い狼だった。
それも普通の狼じゃない。
まず、二本足で立ってる。そして、お尻に尻尾がない。さらに、背中には木箱を背負っている。
パスが驚くのも無理は無かった。
人なのか、獣なのかの区別もつかない真っ白な狼。
現実と夢の区別すら曖昧になる。
まだ、夢の中にいるのかな。
パスはそう思ってしまう。
だって、その狼の側には馬が居た。
死んだと思っていた馬が、元気な姿でいるのだ。
「…………神様ですか?」
パスが尋ねると、しばらくして白狼は首を振る。
どうやら神様ではないらしい。
ならば悪魔なのだろうか。
パスはそれでもいいと思った。
「お願いがあります。領民を助けてください。ですが、お礼に差出せるものが何もありません。その……大して価値はありませんが、私の命でお願いします」
川向こうにいる領民を想い、指差しながらパスはお願いしていた。
それに対して、白狼は何か呟く。
でも、その言葉はパスには分からない。
そして白狼は少女の声で言う。
「……ワカッタ」
そこからの出来事は、パスにとっては信じられないことばかりだった。
まずパスを軽々と抱えた白狼は、川を飛び越えようとジャンプした。
「ひゃっ………!」
パスから変な声が漏れる。
川を渡るってレベルではなく上空まで上がる白狼。上空からキョロキョロ見渡すと、今度は地面に向かって急降下した。
「…………」
もう、パスも声にならない。悲鳴すらあげれない。内臓が口から飛び出しそうな恐怖に耐えていた。
そうして地面に降り立つと、白狼はゆっくり優しくパスを降ろした。
そこは疎らな木々に囲まれた、林の中にある家の前だった。
白狼はその家の扉をノックする。
だが、返事はない。
白狼は困っているのか、扉の前でウロウロとしていた。
「あ、あの……そこには誰も住んでないかもしれません」
パスは白狼に説明出来た。
なぜなら、その家は春まで自分が住んで居た場所だった。
パスの説明から少しすると、白狼は家の扉を開ける。
そしてパスを抱えて、家の中へと入っていく。
「あ、あの……」
困惑するパスをよそに、パスをベッドへ運んだ。
パスからすれば寝てる場合じゃなかったので、起き上がろうとするが力が上手く入らなかった。
「ん………」
その様子を見てた白狼は、今度は手に器を持ってパスの口元に添えた。
飲めと言うことなのだろう。
器の中にある液体はパスの知らないものであった。少し湯気が出てるところをみると、温かい飲み物なのだろう。
「ん……ん………」
それを飲んだパスは、ゆっくりと意識を失った。
目覚めたパスは驚く。
「えぇ……!?」
目があったのは、見知らぬ少年。
ボロ服を着ており、手にはリンゴを持っていた。
「………!?」
「あ、待って!」
パスは呼び止めるが、幼い少年は家から飛び出し、外へ逃げた。
「なに、どうなってるの?」
いまいち状況が掴めないパス。
ベッドからすっと起き上がると、見慣れない服を着ている自分を見つめる。
変わったのはそれだけではない。まず、身体から傷が消えていた。そして瞳は澄みきり、隈も無くなっている。頬は元に戻って、肌は心なしか若返っていた。
辺りを見渡すと、ベッドの上には、パスが着ていた服やローブが綺麗に畳んで置いてある。
そして壊れたはずの靴も、新品のようになって置かれた。
近くには木の皿があり、リンゴが一個ある。
「あっ……そうだ、急がないと」
パスは靴を履きローブを纏うと、服とリンゴを持って外へと飛び出した。
幼い少年の姿はどこにもない。
だが、そこには馬がいた。
夢なんかじゃない。
確かに元気な姿の馬がいた。
「お腹すいてる? 食べる?」
パスがリンゴを差し出すと、馬は美味しそうにリンゴを食べた。
「まだ疲れてるかもしれないけど、屋敷まで帰りたいの。頑張って」
そう言ってパスは馬に乗る。
馬は返事のように嘶くと、猛スピードで走りだした。
それはどんな名馬にも負けない速さ。アネモネ領を風のように駆け抜けていく。
「お願い、間に合って……」
領内では領民たちが日常を送っており、誰も逃げてる様子がなかった。
連絡が届いてないとしたら、このままでは逃げ遅れてしまう。
急いで緊急時用の鐘を鳴らさなければならない。
パスが屋敷に戻ると、そこにはルートがいた。
「パスよ。無事だったか……」
余程心配していたのだろう。ルートはホッとしたように言う。
「ご心配おかけしてすみません。でも、今はそれどころではありません。急いでみんなを集め、山へ逃げないと」
慌てながらパスは言う。
「その事なんだが、必要無くなった」
どこか笑いを噛み締めるように、ルートは言った。
「どう言う事でしょうか?」
「その……なんて言うか、ここに向かっていた別働隊なんだが……突然、進路を変えた」
「え?」
「だからな……つまり、アネモネ領は助かったと言う事だ」
「えぇ!?」
驚きの声を抑えられないパス。
「それよりパスよ。随分と変わった服を着ておるが、そっちこそ何があったんだ?」
何もかもが一変して、パスにはついていけない。
ルートへの説明もきっと苦労するだろう。パス自身もよく分からないことだらけで、しかも信じられないことばかりなのだから。
とにかく、それでも良かった。
パスは久々に、思いっきり笑っていた。そして、それにつられるように、ルートも笑っていた。




