第四話【七年後の再会】
果てしなく続く青い空の下。髪を上に一つに結んでる――所謂ポニーテールをした漆黒の髪の少女は、同じ髪色で何処となく雰囲気が似てる同い年の少年に、「兎もサボってないで手伝ってよ!」と、肩越しに振返り言った。
ウサギと呼ばれた少年は読んでいた雑誌を開いたまま膝の上に載せると、「嫌だよ。僕が手伝ってて言った時は手伝ってくれなかったじゃないか」と返すと、再び雑誌を読み始めた。
「た…確かにそうだけど…でも、男と女ではさぁ……」
「僕達ガキ。男、女の事を語るにはまだ早いんじゃなぁい?って事で、一人で頑張ってね」
少女――有栖はぷくぅと頬を膨らませ、「意地悪!!」と吐き捨てる様に言放つと、再び墓石の方に体を向け、持ってきた雑巾で墓石を磨き始めた。ピカピカになった墓石に満足したのか、一先ず休憩と決めたアリスは、ウサギが体を預けている一本の木の傍まで近付き、彼の隣に腰を下ろした。
「で?どーよ。大変だったろ?」
「えぇ其れはもう、身を知りましたよ。…って事で、手伝ってくれません?」
「あー…今日って確か、タケシと遊ぶ約束があったようなぁ……」
「おい無視か?ってか、今日墓参り行くからって、タケシ君達と遊ぶの断ってたじゃん。見てたんだぞ」
心地よい風が辺りを吹き抜ける。気持ちよさの余り、アリスは目を細めウットリした顔で、さっきまで自分が磨いていた墓石に目を移す。ウサギもつられて其方に視線を向けた。
「御父さんと御母さん、天国でイチャついてるかなぁ」
「イチャつくって御前…ハァ…まぁ、ラブラブしてんじゃねぇーの?二人とも若かったし…」
「ウサギ爺臭ーい!エンガチョ」
「んだとコラァ!?誰のせいで、こーゆう役を買って出てると思ってんだよ!」
誰もやれとは言って無い!と反論しようとしたが止めた。こんなに天気が好いのに、唯一の肉親と喧嘩するなんて勿体無いと思ったからだ。アリスは隣で雑誌を読んでるウサギを一瞥すると、彼が読んでいた雑誌を奪った。
「な…何すんだよッ!?」
「へーウサギでも、こんなん読んでんだぁ。エロガキ」
男なんだからしょうがねぇじゃねぇーか!!と顔を真赤にさせて怒鳴るウサギを無視して、アリスは頁を捲った。
次の頁には、水着姿の自分達より三つか四つ位年が上のお姉さんが、此方に御尻を付き出し所謂四つん這いの体勢で、肩越しに振返るといった写真だった。
「……エロ本は、中学生になってからにしてよね…」
「何、気持ち悪い勘違いしてんだ!!其れに中学生でもアウトだから!精々早くて高校生だろ!!……ってか、此れエロ本じゃなくて、漫画雑誌ぃぃぃ!!!!」
一気に疲れが込上げたウサギはハァと溜息を吐くと、顔を上げた。青い空に浮かぶ白い雲。そして急降下していく人影。あれ?人影?ウサギは利き手で目を擦ると、もう一度其の影を目を凝らして見詰る。
しかし何度見ても人影だった。しかも、此方に向って落ちてきてるのは気のせいだろうか?
『嫌あぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
『……っ』
声は段々近付いてきた。如何やら気のせいではないらしい。
ウサギは雑誌に集中してるアリスの腕を掴むと、落ちてくる“何か”から避ける為、彼女の腕を引き走った。と同時に、“何か”は凄まじい衝撃音と辺り一面に砂煙を巻き起こした。
「ゴホッゴホッ…な、なな何が、起ったの!?」
「ゴホゴホッ……何かが落ちてきた…」
視界が煙で覆われ視覚能力が発揮出来ない為、其れ以外の全神経の感覚を研ぎ澄ませ、手探り状態でアリスを探す。手に触れた。其れを掴み、此方に引き寄せる。
と、舞上がった煙は薄れていき、段々視界がハッキリしてきた。
目を見張った。手を掴んだ相手は亡くなった筈の母親によく似ていた。唯、髪の毛が短くて、外国人だと思わせるブロンドヘアで、違う…と肩を落とした。手を離す。
女性というには早いが少女というには大人びてる女は、「あのっ、御免なさい…」と謝ってきた。
「何で謝んの?」
「私達が落ちてきたから、吃驚したでしょ?怪我、しなかった?」
眉を下げ、其れは申し訳無さそうな女。ウサギはじーっと女を見る。落ちてきた?確かに何かが空から降ってきた。人影だったし、多分人であるかもしれないとは予想していた。唯、問題は其処ではなく、パラシュートも装着せずに落ちてきたって事だ。しかも、「私達」って言い方から目前の人物だけではない、と思わせる。
顔を上げ空を見た。飛行機雲は出来ていない。飛行機から降りてきた、とかではないらしい。
「……っ」
言葉に詰まり、あー!!とかうー!とか言葉にならない声を発するウサギに、女は心配そうな顔で彼を見詰ていた。重たい沈黙が二人の間に流れ、パキッと何かが折れた音で、二人の緊張していた体は更に強張った。
「ちょっとウサギ!誰よ?此の女!?」
二人は振返った。さっきまで休憩に最適と背中を預けていた木の枝は一本折れ、其の枝を踏んでいるアリスは、ムスッとした顔で此方を睨んでいる。
「さぁ?其れより怪我無かった?」
「ちょっと!私の質問に答えなさいよ!」
「其の様子だと大丈夫みたいだね。……流石、童話小学校一の、男子泣かせの名人」
何だとぉ!!と怒鳴ってるアリスを無視して、再び意識を女に向けると、女はクスクスと笑っていた。
「何が可笑しいの?」
ウサギの問いに女は笑うのを止めると、微笑み、「可愛いなぁ、と、思って」と答えた。
「何が可愛いよ!子供扱いしないで!!」
ウサギに当れない感情も含まれてか、女に刺のある言い方をするアリスに女は「そんなつもりじゃないのよ。唯、じゃれ合ったり喧嘩出来たりして、羨ましいなぁと、思ったの」と、目尻を下げ、何処か遠くを見る。そんな彼女に、アリスはシュンと肩を落とし、口を閉じた。
「お姉さん…貴方、一体何処から――」
「うっ…」
ウサギの言葉は唸り声により遮られる。三人は声がした方へと顔だけ向けた。ウサギとアリスの目は大きく見開かれる。女はというと、唸り声を上げた持ち主である男にゆっくり近付いていく。
フリルの真っ白いワンピースのポケットから何かを取出したかと思うと、女は其れを、男の前に突出した。
「悪魔!!エンジェル界において、無断で境界を侵入したとして、御前を此の場で捕らえる!」
え?悪魔?悪魔って、エクソシストとかっていう人達と戦う、日本では怨霊みたいに扱われてて、人魚姫の話では人魚姫の声を奪ったり…あ。あれは魔女か……とか、脳内で一人漫才をしてるウサギに対し、アリスは目をキラキラさせ、カッケェとか暢気な事を言っていた。
「…ッ。なぁ、御嬢さん。言っとくけど、此処では俺を捕まえられないぜ」男は上体を起すと、そう言った。
「な、…如何して、どっから、そんな自信があるのっ?!」
男はニヤッと余裕の笑みとばかりに口角を上げると、一呼吸置いて、答えた。
「だって、此処、エンジェル界じゃねぇもん」
後書き
ヤバいな…。何がヤバいかっていうと、何故、私が書くキャラは全て同じタイプになってしまうんだろう?
男も似たり寄ったりですね。。でも、まだ男の方がマシかな?うーん(汗)
初出【2012年4月5日】