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その8 宣戦布告

その8 宣戦布告

 

 青雲堂は、僕が午前中に寄ることのできた、おそらくレクア唯一の娯楽施設だ。ドーム状の建物の中に入れば、青空と草原が広がっていた。青空……見上げた空に前世の僕は何度も救われた。いや、いやいや出勤をそれで慰めてたんだから、かえって僕の寿命を縮めた一因かもしれないけど、でも恨みなんか全然ない。

「青空が見たいと仰せでしたのでご案内しましたけれど……モーリ様?」

 世界竜に飲み込まれる以前の世界の風景を残すため。そういう理由で建てられた青雲堂は、昔はそれなりに賑わっていたものの、この数年ですっかり不人気スポットになったらしい。だけど、僕は食い気味に天井を見上げていて、シャルネさんの目は気にならなかった。

「なにしろ、こんな、非現実な光景ですから」

 天井には、魔法で投影された青空と白い雲が映っている。足元には芝生。これはこの世界では残り少ない草花の精霊たちを保護するために集めているらしい。

「こんな景色のためだけに、多大な魔力を費やしているのですよ。街の人族にとっては、ここに来ることすら贅沢なのに、そのために自分たちが魔力負担していると思うと不満にもなるわけです」

 シャルネさんのような人でもそう思うらしい。

「午前中の、家業に勤しむ時間ではありますが、わたくしたち以外誰もいないのは、そういうことです」

 ここの住人たちの日程によれば、午前中は家業につく時間だ。つまり先祖代々の家の仕事をする時間。それは細工師や石工といった職人であったり、街の外で働く専業農家だったり、市内に出回るわずかな食糧や貴重品を扱う商人であったりする。

「ああ。でも、あのような親子連れにも有効ですね。ここの明かりは午後の光壁より強いですから」

 シャルネさんの視線を追うと、そこには夫婦と子ども二人の家族がいた。僕たち以外の唯一の利用者だ。

「あの子」

「ええ。あの人族の幼女は、病ですね。ここでは多いのです」

 病的に白い肌の女の子だ。そして、左足が大きく歪んでる。衛生部門に異動させられた時の記憶によれば、あれは多分、くる病だ。日光、特に紫外線不足により皮膚でのビタミンD生成が阻害され、骨の生育に悪影響を及ぼし、最悪は死んでしまう。

「街の人族、特に子どもはなかなか育ちません。5歳まで生きられたら、そこでようやく名前を授けられます。あの幼女は……危ないですね。かわいそうですがそこまで生きられないでしょう」

 20世紀以前まで、乳幼児はなかなか大人になるまで生きられなかった。そんなこと、頭では理解していた。まして、ここでは食糧不足に日光不足、外敵の襲来と、くる病以外にも子どもの生育を妨げる条件が多そうだ。

「あ~」

「こら、エラン。一人で歩いちゃ危ないだろ」

 幼女が歪んだ足で、それでも近くの花をよく見ようと歩いたんだけど、転びそうになって、その子の兄(?)が支えている。

「あ~?お花~」

「よく見たいのかい?俺が支えてやるから頑張って歩け」

 きっとよくある光景だ。前世の僕には余裕がなくて知らなかっただけで、こういう仲良しの兄妹なんていくらでもいたに決まってる。だけど、その子たちの両親は、涙ぐんで二人を見てる。いや、シャルネさんも、辛そうだ。

「……妹は長くはないでしょう。今日一日、ここの明かりを浴びたとしても、それは気休めです」

「そして、そんな子が、ほかにもたくさんいるんだよね」

「はい。しかし光壁の光量をあげるには、今以上の魔力が必要です。それを支える魔王様がいない今……そして庶民の魔力負担が限界に近い今、それは不可能なのです」

 この街の大人たちは、自宅の家妖精を通じて、毎朝その魔力の半分を捧げている。その一部は家妖精が家を維持するために使われるものの、残りの大部分は、街を護る光壁や精霊の維持に使われる。

「魔法にお詳しくないモーリ様にはご想像しにくいことと思いますが」

 体力の半分を急に失えば、生き物は重症といっていい。それが精神に関わる魔力の半分を失えば、頭痛ですめば御の字。人によっては意識がしばらく混濁しかねないそうだ。

 そんな負担を課して、ようやく維持しているなんて……本当にブラックだな。しかも年中無休か。

「その負担に耐えて、午前中は家業に、午後は労役に就くわけです」

 正午になると、光壁の光量は一時的に上げられる。その間、昼食をとる習慣もゆとりもないこの街では、大人も子どもも日光浴しながら昼寝するのが一般的らしい。そして一時間ほどの休憩の後、大人はそれぞれの労役場に赴く。それは農場であったり鉱洞であったりする。

「夕方、労役が終れば、その働きに応じて配給があります」

 食料や衣料は配給制……贅沢品は極めて高額で庶民には手に入らない。

「パパ。エラン、元気になるよね?あんな楽しそうだし、きっと治るよね?」

 小さな兄が、更に小さい妹を支えてる。妹は花を見て、笑ってるみたいだ。あれ、僕には花の精霊が妹の前で踊ってる様子が見える。妹にも見えてるかもしれない。

「名前がついてるってことは、あの子はもう5歳なのかな?」

「どうでしょう?幼名をつけることはよくあることです。特に兄弟がいる家庭では」

 正式な命名はまだしていないということか。

「両親は悔いているかもしれません。虚弱な子に幼名をつけ、愛情を深めてしまえば、もし死んでしまった時にはその悲しみもまた深まるというのに」

 ここはブラックな世界だ。前世でも、昔はどこもそうだったけど、それでも何かいいことがあったはずなのに。

「エスタル。エランが大人になるまで、あなたが支えてあげて」

 母親が、涙をこらえている。

「そうだ。お前は兄なんだから、早く大人になって、エランを守るんだぞ」

 父親だって泣きそうだ。幼い兄は、それなりになにかを察したのだろう。

「……大人になんかなりたくない」

「エスタル?」

「大人になったって、父さんも母さんも毎日辛そうじゃないか。だったら俺もエランもずっと子どものままでいるよ!」


「……大人になったら夏休みもなくなるんだよなあ……そんなのイヤだなあ」

 それは小さな僕のささやきだった。外国じゃ、大人になっても夏休みがとれる国もあったけど僕の母国はそうじゃなかった。みんなが一年中働いて、みんながお盆と正月だけ一斉に休んで、だから車は大渋滞、旅費は高額。最悪だ。僕も大人になんかなりたくなかった。もっとも大人になった僕は定期的な休日すら休まなくなってこうなっちゃったけど。


 小さな兄の言葉を父親が叱ってる。それ見た妹が泣き出して、母親も泣きそうだ。

「……仕方ない……なんて言いたくないな」

「え?モーリ様?」

 戸惑うシャルネさんを少しだけ放置して、僕は柄にもなく親子の元に歩き出したんだ。

「まあまあ、そう怒らないでください。それにお兄ちゃんか……大丈夫。キミたちが大きくなるまでには、この街はもっとよくなってるよ」

 それは、僕がこの街の問題を他人事じゃないって感じる最初の事件だったんだけど、父親には胡散臭い目でみられ、子どもたちには「変なおじさん」扱いされて、不本意な目にもあったんだ。でも仕方ないよね、僕はまだ何もしてないんだから。全てはここからで、これからだ。


 幸い、ここの精霊たちは僕を歓迎してくれて、おかげで知り合った一家には、特に妹のエランちゃんには大サービスができた。つまり、ここにいた精霊たちのパレードを見せられた。

「すげー暑い。それにまぶしいぞ」

小火精霊ファイアフライがこんなにお行儀よく回るなんて」

「まるで火でつくられたお花みたい……」

「お花!お花!」

 もちろん、明るい中だから、花火みたいに派手にはできなかったけど、小火精霊たちは頑張ってくれた。風や地、水の小精霊たちも協力してくれて、地精霊と火精霊がくっつくと火の色が変わったり、それを風精霊が空まで飛ばしたり、水精霊が水芸みたいな噴水をしたり。

「こんなに多くの精霊たちが、自発的に従うなど考えられません。やはりモーリ様は次代の魔王様……」

 シャルネさんが誤解したのは気になるけど。僕は一家と別れ、そして街の外に向かったわけだ。この時から、僕の中になにかが目覚めていたって思う。

 ・

 ・

 ・

 そして、世界の果てを見て、英士隊の駐屯所に行って。僕はイシャナさんに会いたいとシャルネさんにお願いした。その時には、僕の中の何かはもう形になってた。

 前世の僕にも取柄はあった。その一つは、新しい環境に慣れる速さだ。異動や転勤するたび、新しい職場での人間関係やら個人ごとの能力・趣味嗜好・シフトの時間を見極めた。

 職場によっては上司より有能で人望のある後輩がいたり、やたら経理に顔が効く先輩がいたりした。誰に何を頼めばいいのか、それは職場ごとに違うし、その成果の出し方もちがったりした。

「だから、ここじゃ、どうするべきか、そろそろ見極めないとね」

 その一人がイシャナさんだ。先代魔王の養女さんで、次代の魔王になる予定。この魔族の少女を無視して、僕の構想は始まらない……んだけど?

「そうですか……イシャナ様と、ですか?」

 紹介を頼んでから、シャルネさんの様子がおかしい。

「そっか~このオスビトも、所詮はオスなんだね~」

「期限切れの隊長より……」

「やっぱり若い子なのね~」

「それを言ったら、相手は次期魔王様よ!」

「どうせ狙うなら英士隊の隊長なんかより……」

「あ~あれか」

「ギャクタマってやつ?」

「なりあがるんだ~」

 いや、周りの兵士さんたちが変な方向に捻じ曲げてるせいじゃないか?

「イシャナさんに会うのは、ちゃんと理由があってですね……シャルネさん?」

「エエ、ワカッテオリマス。ワタクシノコトハオキニナサラズ」

「あのぅシャルネさん?」

「エエ、ワカッテオリマス。ワタクシノコトハオキニナサラズ」

「シャルネさ~ん……」

「エエ、ワカッテオリマス。ワタクシノコトハオキニナサラズ」

「シャルネさんが壊れた?」

 なにがあってこうなったのか、さすが、異世界は意味不明だ。前世とは因果律が違いすぎる。

「……このオスビトって、バカ?」

「いいえ、女を踏み台にしてのし上がろうなんて、女の敵よ!」

「期限切れで焦ってた隊長の純情を踏みにじった、この外道!」

 なんで僕、責められるんだろう?いや、みんなが尊敬してる隊長がおかしくなったのが、僕のせいなら当然だけど、なんでシャルネさんがこうなったのか、まったく身に覚えのないことで。

 そして、この窮地を救ったのは……

 じゃんじゃんじゃんじゃんじゃん!じゃんじゃんじゃんじゃんじゃん!

 駐屯所に鳴り響くこの音は……半鐘?なんだか時代劇を思い出すような音だ。

「街妖精エムリア様からの急報!街妖精エムリア様からの急報!……大カイチュウ接近!大カイチュウ接近!英士隊は南防壁に急行せよ!英士隊は南防壁に急行せよ!」

 うわあ。昨日戦闘したばっかりの部隊を、もう派遣するんかい?この街の防衛体制には深刻な問題がありそうだ。しかし、文句ひとつ言わずに身支度を始める魔族の子たち。そして一瞬で復活したシャルネさんだ!常在戦場を地で行く臨戦態勢ぶりに、僕はまたまたブラックだ……とつぶやいてしまう。前世の僕だって、ここまでひどくない。

「幸いにも、昨日の戦闘による我々の犠牲はありませんでした」

 数秒後には出動態勢の隊員たちを前にして、演説が始まってた。早っ。

「しかし、連日の出撃ともなれば、疲労で通常の能力を発揮できないこともありえます。体調の悪い者はただちに名乗り出なさい……恥じることはありません。普段通りの力を発揮できない者にムリをさせるつもりもありません。次の機会に頑張ってもらうだけですから」

 一人の魔族の子が恐る恐る前に出た。その子に微笑むシャルネさん。

「ジナ。昨日はイシャナ様の護衛をよく勤めてくれました。今日はここからの支援任務を命じます」

「隊長~」

「バカ、言ったでしょう?次に頑張ってね。でも、支援だって重要な任務ですから」

「は~い……」

「他の者は?異常ありませんか?……大カイチュウが相手ともなれば、苦戦、いえ、死戦は必至です。心身ともに万全の者しか連れていくわけにはいきません」

 みんな真剣な顔でシャルネさんを見て、シャルネさんもみんなを見て。なんだか神聖な場面だった。だけど、昨日の戦闘で、みんなわかってる。あんな敵と戦うからには、「次」があるとは限らないんだって。それでもシャルネさんもみんなも、戦いから逃げようとはしない。この閉ざされた世界では、敵から逃げることができないし、彼女たちが戦わなければ、滅びるだけだ。それをみんながわかってる。

「……では英士隊、出撃します!」

「はい!」

 そして、僕は……

「モーリ様、お家に送ることはできません。お一人でお戻りください」

 置いて行かれる。まあ、当たり前だね。無力で無知な僕なんか、戦場じゃ足手まといにすらなってない。

「お断りします。同行させてください」

 あれ?だけど僕の口が本音を吐いてる。バカだね~こっそりついていけばいいだけなのに。

「モーリ様。あなたの護衛にさける戦力はないんです」

 そういわれるの、わかってますから。だからこっそり、のハズだったんだけど。

「いいえ、僕は僕でなんとかします。だからお気になさらず」

 そう、僕にはまだ試さないといけないことがあって、会わなきゃいけない人がいる……人じゃないけど。

「モーリ様!」

「このオスビト、きも~」

「まさか隊長のストーカー?」

 怒ったシャルネさんも、僕を冷たくディスる魔族たちもそれぞれ違う意味で怖いけど。

「……僕には守護妖精がついてますから」

 もちろんエスリーじゃない。あの子は家から出られない。それでも……僕にはまだ可能性がある。その可能性を確かめないと、次の手は見えない。そして、それが大人なっても夏休みがある国をつくるためには必要なんだ。そう、これはもう、僕の戦いだ。

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